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賃金のジェンダーギャップを説明できますか?

マーサージャパン株式会社 組織・人事変革コンサルティング アソシエイトコンサルタント 小林 眞弘氏

賃金のジェンダーギャップを説明できますか?

近年、賃金のジェンダーギャップ(男女間賃金格差)はESGやDiversity, equity, and inclusion(DEI)の文脈で世界的に注目度が高まっている。日本において、男女間の賃金格差はどのくらいあるのだろうか?賃金格差はどのような仕組みで発生するのだろうか?このコラムでは男女間賃金格差について分析する。

「説明できる格差」と「説明できない格差」

一般的に、課長の賃金は新卒1年目の社員よりも高い。賃金差がある理由を聞かれたら、「課長は新卒社員よりも生産性が高いからだ」と説明できる。生産性を測るのは難しいが、勤続年数や職階などの属性が分かれば大まかに生産性を想像できる。この想像から、「あの人は私より勤続が長くて、しかも部長だからもっと給料が高い」といった説明ができる。

日本では平均的に女性は男性より勤続年数が短い。さらに、女性よりも男性の方が管理職者になりやすい。それが影響して、平均的に女性は男性よりも賃金が低い。勤続年数や職階といった属性の男女差は男女間賃金格差の要因だ。ただし、男女間賃金格差の全てを属性の男女差で説明できるわけではない。

性別と賃金との間にある因果関係と、それによって生じる男女格差を単純化して図1に示す。男女間の賃金格差は2つに分けられる。
1つ目は上記のように男女で平均的な勤続年数や職階などの属性に差があることによって説明できる格差で、2つ目は属性の男女差では説明できない格差である。「説明できない格差」は、たとえ男女で属性が同じ(例:同じ学歴・スキルで同規模の事務所で働く勤続5年の弁護士)であったとしても生じる賃金格差のことだ。

日系企業において「説明できる格差」と「説明できない格差」がどの程度あるのか、マーサーが実施した総報酬サーベイ(Total Remuneration Survey、以下TRS)のデータのうち、日系企業に所属する約60万人分のデータを分析して計測を試みた。分析結果を述べた後に、格差が生じる理由と格差を縮める方法について既存の仮説を紹介する。

図1 性別と賃金の因果関係
図1 性別と賃金の因果関係

出所:山口(2017)を参考に筆者作成

女性の賃金は男性より25%低い

マーサーが保有するTRSのデータを用いて、まずは単純に男女の賃金の平均値を比較し、「説明できる格差」と「説明できない格差」の両方を含んだ男女間賃金格差の全体を測る。表1は女性の賃金が男性より25%低いことを示している。この値は、OECDが2020年に報告したフルタイム雇用者における23%の男女間賃金格差に近い。
ただし、本サーベイに参加する日系企業は大企業が多く、さらに分析対象を主に大卒のホワイトカラー正社員に限定している。したがって、このコラムの分析結果は日本全体を代表しているわけではない。

表1. 男女間賃金格差の全体(説明できる格差+説明できない格差)
総現金報酬
平均値(万円)

賃金

格差

男性 女性
810 610 25%

「説明できない格差」は9%あり、男女格差全体(25%)の3分の1を占める

次に、この格差を「説明できる格差」と「説明できない格差」に分解する。
マーサーのデータ(60万人分)に独立行政法人労働政策研究・研修機構が作成した職業情報データベース(日本版 O-NET)の情報を結合したうえで、25%の格差を統計的な方法で2つに分解する。格差を分解した結果、25%のうち下記8つの属性の男女差が生む「説明できる格差」は16%ポイントで、「説明できない格差」は9%ポイントだった。

これは、下記の属性が男女で等しい場合でも、女性の賃金が男性より9%低いことを意味する。表1の平均的な男女においては、200万円の格差のうち73万円が「説明できない格差」だ。また、「説明できる格差」に最も強く影響しているのは職階の男女差(昇進の度合いの男女差)であり、この点は山口(2017)が示した結果と一致している。
管理職に占める女性の割合が一般社員よりも低いことが賃金格差を広げているため、管理職の女性比率が上昇すれば、「説明できる格差」は縮まるだろう。

  • 年齢
  • 勤続年数
  • 職階(一般社員や課長級など)
  • 職種(営業、製造、人事、経理など)
  • 仕事で必要とされるスキルレベル(職業情報データベース(日本版 O-NET)の情報を加工して使用)
  • 勤務先の従業員数
  • 業種
  • 親会社/子会社の区分

賃金格差縮小のためには?

男女間の格差は個人の自主的な選択や様々な差別が複合的に絡み合って生じている。格差の原因と格差を解消する方法について、川口(2008)、川口(2017)、原(2017)が紹介する差別の仮説を表2に列挙した。これらの差別は「説明できない格差」と「説明できる格差」の双方の拡大につながっていると思われる。

「嗜好による差別」は雇用主が企業の業績よりも自身の価値観を優先することによって生じる。例えば、「女性は生産性が低い」という根拠の無い思い込みによって男性を優先して採用する差別的な雇用主がいると、差別的でない企業の求人に女性が集中するため、需要よりも供給が多くなり、女性の賃金が下がる。これは「説明できない格差」だ。
また、従業員の希望とは無関係に「子育て中は家庭を優先すべき」といった一方的な配慮で昇進を先延ばしにすると、職階の男女差によって「説明できる格差」が生じる。このような差別は経営の効率を下げるため、ステークホルダーや政府からの働きかけによって差別は解消しうる。

「制度による差別」は、日本型雇用慣行が結婚した人の家庭内の役割分担のしかたに影響して、格差を広げている可能性がある。夫婦が役割分担を自由かつ合理的に決めているのだから、伝統的分業(女性が家事・育児を多く担うこと)によって生じる格差を問題視する必要はないという考え方もある。
しかし、山口(2017)は日本型雇用慣行が夫婦に伝統的分業を押しつけていることを問題視して、女性が活躍できない社会が合理的であるはずはないと主張する。女性の賃金が男性より低い現状を前提とすると、伝統的分業をした方が世帯収入は高くなりやすく、たしかに夫婦にとって経済的な合理性がある。
だが、伝統的分業が合理的なのは現状の格差を前提としているからにすぎず、格差が無い社会において伝統的分業は合理性を失うと山口(2017)は指摘した。差別を解消するには、「1人当たりの生産性」よりも「時間あたりの生産性」を追求するような取り組みが必要だ。

「統計による差別」は、例えば「女性の離職率が男性よりも高い」といった過去のデータを基に、女性が不利な扱いを受けることだ。この差別を解消するには、他の差別の解消などによって離職率などの男女差を縮めて、「統計による差別」を行う動機を減らすことが有効だ。

表2の差別解消方法のうち企業が自発的に取り組みやすいのは、多様で柔軟な働き方を選べるようにすることだろう。すべての人が活躍できるようになれば、賃金格差は縮まるはずだ。貴社は誰もが属性に関わらず潜在能力を発揮できるような会社になっているだろうか。このコラムが再考のきっかけとなれば幸いである。

表2. 男女間賃金格差の原因となる差別
  仮説 差別の原因 賃金格差が生じるしくみ 差別の解消方法
1 嗜好による差別 伝統的な価値観
「女性は家にいるべき」
女性雇用を抑える雇用主がいることで、労働市場で女性の賃金が下がる コーポレートガバナンスを強化する
企業間の競争を促す
 根拠の無い思い込み
「女性は生産性が低い」
2 制度による差別 日本型雇用慣行 企業に強く拘束される働き方によって女性が活躍しづらくなり、格差が広がる 労働時間の上限を規制する
育児等で一度離職した女性が再び活躍する機会が不足し、格差が広がる 多様で柔軟な働き方を選べるようにする
3 統計による差別 過去のデータに基づく信念
「女性は勤続年数が短い」
偏見ではなく合理的に女性雇用を抑える雇用主がいることで、労働市場で女性の賃金が下がる 1と2の差別解消に取り組むことで企業と個人の行動が変わり、データと信念が変わる好循環を生む
女性に重要度の低い仕事を割り当てることで女性の意欲が低下して、離職が増える(予言の自己成就)

出所:川口(2008)、川口(2017)、原(2017)を参考に筆者作成

参考文献

  • 打越文弥・麦山亮太・小松恭子(2020)「職域分離とスキルからみる労働市場のジェンダー格差:日本版O-NET・国勢調査マッチングデータから得られる示唆」『一橋大学経済研究所ディスカッション・ペーパー』A713。
  • 川口章(2008)『ジェンダー経済格差』勁草書房。
  • 川口大司(2017)『労働経済学――理論と実証をつなぐ』有斐閣。
  • 原ひろみ(2017)「女性の活躍が進まない原因」川口大司編『日本の労働市場――経済学者の視点』有斐閣、150–181ページ。
  • 山口一男(2017)『働き方の男女不平等――理論と実証分析』日本経済新聞出版社。
  • Hlavac, Marek (2018). oaxaca: Blinder-Oaxaca Decomposition in R. R package version 0.1.4.

使用したデータ

  1. マーサーの報酬調査データ 
    • 総報酬サーベイ(Total Remuneration Survey)
    • マーサーが調査した日本のジョブ別の市場報酬水準データ
    • 日系企業の主に大卒者のデータを使用した (マーサーが定義するキャリアレベルP10–P60, M10–M50)
    • 分析には個人の総現金報酬(基本給+諸手当+賞与)、年齢、勤続年数、性別、勤務先の業種、従業員数、親会社/子会社の区分を使用
    • データの規模は約60万人程度
  2. 職業情報データベース(日本版 O-NET) 
    • 仕事で求められるスキルレベルについて、8つの合成指標を打越ほか(2020)の方法で作成した
    • 約500種類の職業に関するデータを収録
    • 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)作成「職業情報データベース 簡易版数値系ダウンロードデータ ver.2.00」
    • 職業情報提供サイト(日本版O-NET)より2021年7月7日にダウンロードしたものを加工して使用した

分析方法

  • 手法:Blinder-Oaxaca分解
  • 目的変数:総現金報酬 (基本給+諸手当+賞与)の自然対数値
  • 説明変数:年齢、勤続年数、キャリアレベル(職階)、職種、勤務先の業種、従業員数の自然対数値、親会社/子会社の区分、仕事で求められるスキルレベルの8つの合成指標
マーサージャパン株式会社

組織・人事、福利厚生、年金、資産運用分野でサービスを提供するグローバル・コンサルティング・ファーム。全世界約25,000名のスタッフが130ヵ国以上にわたるクライアント企業に対し総合的なソリューションを展開している。
https://www.mercer.co.jp/

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