日本の人事部 HRアカデミー2018 夏期講座新しい時代、人事に求められる役割とは
―将来に向けた非連続な成長を実現するために―
ITの進展により、企業は大きな環境変化にさらされている。製品のライフサイクルは短くなり、顧客行動がビックデータで解析され、スモールマスという小市場が無数に生まれているが、このような環境下で人事はどうすれば企業に成長をもたらすことができるのか。複数の外資系企業でグローバル人事を経験し、現在は味の素株式会社でグローバル人事部長を務める髙倉氏が、新しい時代に求められる人事の役割について語った。
- 髙倉 千春氏(タカクラ チハル)
- 味の素株式会社 理事 グローバル人事部長
津田塾大学(国際関係学科)卒業。1983年、農林水産省に入省。1990年にフルブライト奨学生として米国Georgetown大学へ留学し、MBAを取得。帰国後、1993年からコンサルティング会社にて、組織再編、新規事業実施などに伴う組織構築、人事開発などに関するコンサルティングを担当する。その後、人事に転じ、1999年ファイザー株式会社、2004年ベクトン・ディッキンソン株式会社、2006年ノバルティスファーマ株式会社において人材組織の要職を歴任。2014年7月、味の素株式会社に入社し、2018年4月から現職。同社のグローバル戦略推進に向けたグローバル人事制度の構築と推進のリード役を務める。
世の中は初めて「人事を話題にする時代」を迎えている
最初に髙倉氏は「人事がこれほど話題になっている時代はない」と語った。
「人事が戦略の根幹を担う時代になってきました。最近も数社の社長とお話ししましたが、今の人事に対する不満や、人事へのフラストレーションが溜まっているという声を聞くことが増えています」
髙倉氏が味の素に入社したのは、2014年。入社以来、同社のグローバル化、グローバル人事を推進しているが、改革は現在も進行中だ。
「味の素は創業1909年で、今年は109年目。100年以上続く企業は人を大事にしている、人を戦略の要にしているといわれますが、味の素も、社員一人ひとりをよく見ている会社だと思います」
同社の売上は1兆1502億円。世界に123の工場があり、製品販売エリアは130国・地域。従業員数は3万4452人で、研究開発要員は1700人以上。商品分野も食品、バイオ・ファイン、医療・健康と多様化しており、最近ではスポーツサプリメントにも力を入れているほか、オリンピック選手の食事サポートも行っている。
「当社のビジネス・モデルは人の健康、そして味に寄与することであり、ローカルに拠点を置かないとビジネスができません。グローバルビジネス展開の歴史をみると、1917年にはニューヨークオフィスを開設しており、海外にはかなり早くから進出しています。最近は、米国で冷凍食品事業、フランスで冷凍デザート事業に取り組んでいます」
髙倉氏は、人事は人事の話をする前に、自分の会社のビジネス・モデルはどういうものか、どうすれば勝てるのかを考えることが重要だと語る。
「ぜひ自社の勝ちモデルを、人事として考えてほしい。味の素で大事なことは、これだけローカライズしたビジネス・モデルなので、世界中にいる従業員の気持ちをいかに集約するか、ということです。どこかに皆の気持ちを集める軸がないと、企業としてなかなかうまくいきません」
味の素では、ASV(Ajinomoto Group Shared Value)という、共通価値を創出する活動を実施。社会的価値と経済的価値の両方実現することを目的としている。米国の経営学者マイケル・ポーターが提唱した考え方を取り入れたものだ。
「食品業界はあまりIT業界の影響を受けないと考えていましたが、そんなことはありませんでした。先端のIT企業がもたらす影響は非常に速く、大きいのです。先般、アマゾンは米国でほぼ無人のスーパー『アマゾン・ゴー(Amazon Go)』をオープンしました。同社の中にあるビッグデータが戦略となって出たものです。データを持つと何が起こるかというと、マスで製品をつくらなくてもよくなり、多様な消費者の嗜好に合わせたスモールマスで製品がつくれます。当社も遅ればせながら、今年度から生活者解析・事業創造部を設置し、活動を開始しました」
日本企業は「強くてよい会社」になる価値をわかっていない
次に髙倉氏は、これからの人事に求められる役割とそのコンピテンシーについて語った。戦略人事という言葉が聞かれるようになって久しいが、髙倉氏は、最近、元LIXIL副社長である八木洋介さんの著書を読んで共感したことがあったという。
「八木さんは『強くて良い会社』になることが大事だとおっしゃっていますが、私も同じことを実感したことがあります。私はファイザーが業界1位に駆け上がる時期に、同社に在籍していました。当時、本社から言われたのが『most successful most respected company』。そして、売上が1位になっても「Beyond No.1」(ナンバーワンを超えろ)と。売り上げや利益が上がってもそれで良しとしない。リスペクトされる企業にならないと、高い業績も続かないからです。日本企業にとっても、重要な課題といえるのではないでしょうか」
「良い会社」は、もともと日本企業の真骨頂として存在していたと髙倉氏は語る。近江商人の三方良しといった、社会的価値を尊重する考え方が昔からあったからだ。
「ただし、グローバルで勝とうと思えば、強くなければいけない。そのため、私も経営陣とどのように人事戦略を実現するかを話し合っています」
「強くて良い会社」を実現するには、多様な人財を活用する必要がある。味の素も、既存のカルチャーとは異なるITやビッグデータのエンジニアを採用。グローバル化により、人財の多国籍化も進んでいる。同社が先月行ったエンゲージメントサーベイは、19ヵ国語に訳されて配布された。
「19もの国の人と仕事をするために、人事は何をしなければいけないのか、ということです。八木さんは『戦略はわかりやすい言葉で伝えないと理解されない』とおっしゃっています。戦略は、一部の経営陣だけが述べるものではありません。人事がコミュニケーターとなって、伝える必要性があるのではないか。また、人事がもう少し戦略の内側に入ることにより、少しでもわかりやすくなるのではないか。皆の中に入っていくことは、組織の活性化にもつながります」
「生産性向上」のために効果があるのは、人のやる気を上げること。人の気持ちにいかに火をつけるかが、これからの人事の課題ではないかと髙倉氏は問いかける。では、今までの人事とこれからの人事では、どこを変えなければならないのか。これまでのマネジメントは「継続性のマネジメント」であったが、これからは「戦略性のマネジメント」が重要になると、髙倉氏は語る。
「学校で整列するときに『前へならえ』と言いますが、あれが継続性のマネジメントにおける人材育成ではないかと思います。言われたことを間違いなく、きちんとやりましょう、というマネジメントです。日本企業では『経験』『社内ルール』『バランス感覚』という言葉がよく聞かれますが、これは継続性を重んじるからこそ出てくる言葉でしょう。日本の経営を支えてきた三種の神器である『年功序列』『終身雇用』『企業内組合』も、継続性を重んじたものです。しかし、ここから脱却しなければ、変革についていけません」
「戦略性のマネジメント」はどんなものか。専門性、着想力、実行力を重視し、そして戦略に基づいた「適所適材」を実践することだ。また、個に焦点を当てたコーチングを行うこと。これらがこれからの人事の役割だと髙倉氏は語る。
もう一つ、髙倉氏は人事における変化として「Water Fall型の業務推進からAgile型の業務推進へ」を挙げた。Water Fall型とは、最初に決めたことを最後までやりきること。これはかつて、日本企業にとってのバリューだった。しかし市場の変化が激しければ、最初に決めたことをそのまま続けるのではなく、変えることもある。
「Agile型では、途中で仕様変更し、トライアル・アンド・エラーで早期に価値を提供していきます。この場合、最も優れた情報を持つ人でチームを構成しなければ、途中で仕様を変更できません。評価もこれまでの相対評価ではなく、絶対評価とリアルタイムのフィードバックが必要。最近はノーレイティングを導入する企業も現れ、日々当人にフィードバックが行われています。そのような時代に突入しているということが、今日、皆さんにご提示したい課題の一つです」
このような時代に、人事は具体的に何を行っていけばいいのか。ミシガン大学のD.ウルリッチ教授が、これからの四つの人事コンピテンシーを提示している。
一つ目は「人事の活動の方向性を決めるコンピテンシー」。「Strategic Positioner」であり、人事は戦略の位置づけを行う。組織内外事情を洞察し、戦略と連携させていく。二つ目は「戦略的に定められた活動を実現するためのコンピテンシー」。事業ニーズを踏まえた組織構築や風土醸成、将来事業ニーズを踏まえて人財発掘や登用が大事になる。
「また、適材を発掘して適所を与える作業も求められます。戦略とは戦いに勝つための方策。いかにして勝つかを考え、自分の部隊、組織構成を考えなければいけません。そこに誰を当てはめるかは、非常に重要です」
三つ目は「有言実行により、社内外の信頼・尊敬を得て組織を動かすコンピテンシー」。周囲から行動と結果に対して信頼を得ていく。
「信頼を得られない人事は、何をやっても言うことを聞いてもらえません。そのため、人事は人間性を高めることが第一に必要だと考えます」
四つ目は「相矛盾する要素をバランスし、組織のパフォーマンスを上げるコンピテンシー」。組織内の矛盾に取り組み、結果としての最大化を図る。いろんな意見がある中で、そこから成果を最大化する策を見つけていくのだ。髙倉氏は、人事の課題には100%正しい解決策がないという。
「私は3年前に、年功序列を廃止してポジションマネジメントを導入することを提案しました。すると『モチベーションが上がらなくなる』と多くの反対の声があがったんです。それも正しい意見ではありますが、これからの味の素がビジネスで勝っていくには、適所に適材を置くことが重要です。10年後の味の素を考えて結局、私の提案を受け入れていただきましたが、このときに私が感じたのは、矛盾する意見をどのようにリスペクトして最大化するか、ということです。相手の立場を考えて、物事を動かすことが大事なのです。このときも、先輩方の努力へのリスペクトなしでは話が通らなかったと思います」
「人事が強ければ会社が強くなる」を信じられるか
これからの人事は、どのような点を強化すればよいのか。D.ウルリッチ教授は、これからの人事の機能を四つあげている。「ビジネスリーダーとしての人事部門」「人事管理のエキスパートとしての人事部門」「継続した成長を支援する人事部門」「働く人の支援者としての人事部門」だ。このうち髙倉氏は「継続した成長を支援する人事部門」「働く人の支援者としての人事部門」が重要になると語る。「継続した成長を支援する人事部」とは、経営視点を持ち、ビジネスパートナーとして半歩先んじて将来を洞察し、人事の方向性、人事施策を提案、構築、展開する。まさに「事業を創造する人事」だ。
「ファイザーにいたときに、『人事が強ければ会社が強くなる』ことを経験しました。ファイザーが登り調子のときには、人事にそれなりの人材がいましたし、各部署にも人事を理解してくれる関係者がいました」
「働く人の支援者としての人事部」とは、社員に寄り添い支援していく人事だ。各自の異なる特性(can)と志(will)を基に、多様性を尊重した人事施策を展開し、“一律の展開ではない”ダイバーシティやエンゲージメント、働きがいを実現していく。これら二つを考えていく必要があると髙倉氏は語る。
また、味の素では人財把握のために、「グローバル人財マネジメント・プラットフォーム」を整備している。四半期に一度、人財会議を行い、どこにどんな人財がいて、その人がどんなポテンシャルを持つかを測り、どこのポジションがベストなのかを皆で考えている。
「大事なことは、人財をどこで育成していくのか、ということです。一方で人の心も大事であり、個の尊重も慎重に行っています。今後も定期異動は継続しますが、手上げによる公募もグローバルで行いたい。そのようにして、社員一人ひとりの自律的成長を押し上げたいと考えています」
最近は企業で働き方改革が進められているが、そこで人事が考慮すべきことは何か。髙倉氏は「質を重んじる働き方」「パーソナルバリュー」がポイントと語る。「これまで」の働き方は「生産性=量」だった。しかし「これから」の働き方は「生産性=質」。長い時間働くのではなく、より創造的な発想が求められるのだ。どうすればそのような力が付くのか。
「先日、営業の若手と話したのですが、食の業界にいながら、料理をほとんどしない人もいます。ぜひ家事に参画し、自分の生活を自分で担っていく、正しい生活者であるということが新たな創造へとつながります。コミュニティーにどんな価値を与えるかを考えることが、、これからはかなり重要になっていくと思います。そうなると、一人ひとりがコミュニティーや家族、友人などのネットワークの中で時間を使うことが大事です。だからこそ若い人には、時間を使って人脈をつくってほしい」
もう一つのポイントはパーソナルバリューだ。髙倉氏はグローバル企業の採用担当者との会話の内容を語った。
「面接で何を聞くかと尋ねたら、『あなたの価値観は何か』『あなたの部下を採用するとき、どんな価値観の人を採用するか』を聞くと言っていました。今はSNSの世の中で経歴書と組み合わせるとだいたいのことがわかります。人の価値観は『死ぬほど仕事がしたい』でも『ライフとワークのバランスを大事にしたい』でも、いろんなものがあっていい。個人が『こういうことを人生で大事にしたい』と思うことが仕事に直結する時代になってきています。ぜひ人事も、パーソナルバリューについて考えてほしいと思います」
では、人事として必要とされるコンピテンシーを強化する方法にはどんなものがあるのか。D.ウルリッチ教授がその方法をあげている。
「『人事の活動の方向性を決めるコンピテンシー』では、現場に行くことがヒントになります。そして、財務、事業について学ぶこと。ファイナンスとPL、BSくらいは読めないといけません。ネットワーキングにおいては、自分の会社を外から眺めることがよいヒントになります。事業戦略を見抜くうえで重要です」
「有言実行により社内外の信頼・尊敬を得て組織を動かすコンピテンシー」では、人と向かいあうときに真摯に向かうことが重要になる。
「たとえ苦手なタイプの人でも、努力して接触してほしい。自分の中に多様な人との向き合い方をつくることが、これからの人事には特に必要ではないでしょうか」
「相矛盾する要素をバランスし、組織のパフォーマンスを上げるコンピテンシー」では、自分にない要素の人とチームをつくることがよい突破口になる。
「私は『新人×変人×強人』でチームをつくりました。変人は変化を楽しめる人、強人は決まったことをきちんとやる人です。自分と違うタイプとチームを組むと、見えなかったことが見えてきます」
最後に、髙倉氏は「今、求められる人事リーダー」について三つのポイントを述べた。一つ目は、変革の時代だからこそ、真の「人事リーダー」が必要ということだ。
「人事は、変化する外部環境を見据えて“あるべき方向性”を示し、経営視点をもって主体的にアクションを起こし、結果につなげていかなければなりません。そして、リーダーとして“個”を尊重し、一人ひとりを鼓舞して、各自がイキイキと活躍できる職場風土を醸成することが求められます」
二つ目は「人財は成長の源」。“Talent-First Company”、人財を第一に考えるということだ。
「最近は“Talent-First Company”という言葉が聞かれます。今まで企業はCEOとCFOを中心に運営されましたが、そこに最高人事責任者であるCHROが加わって、3極で戦略を推進していくべきということです」
最後のポイントは「近道はなし、日々鍛錬」だ。
「人事は楽な仕事ではありません。でもぜひ自分自身の信念、軸をつくって、毎日の業務を楽しみながら取り組んでください」
グループディスカッション:今後の「ビジネス変化、多様化な価値観」に人事はどう対応するべきか
ここで参加者が八つのグループに分かれて、グループディスカッションが行われた。テーマは以下の二つで、各4グループに割り当てられた。
テーマ1
「皆さまが考える将来予想されるビジネス上の変化はなんでしょうか。それに対して日本企業はどのような人事施策で対応していくべきでしょうか。(会社・個人双方の成長のため)」
テーマ2
「これからの世代は、私たちとはまったく異なる価値観を持って入社してきます。そのような多様な価値観を受容し、寄り添える組織をつくっていくために、人事としてできることはどのようなことでしょうか」
発表では次のような意見が聞かれた。
テーマ1
- 変化はもっと激しくなる。それに追随できる仕組みが必要。そして個に寄り添うことが 大事。個人にキャリアを考えてもらう仕組みをつくることが重要になる。
- 業界の垣根がなくなる。そして人により付加価値の高い仕事が付くようになり、個人事業主化していくのではないか。人をいかに囲い込みするかが問われる。
- 例えば自動車は持つ→シェアリングといったビジネスの変化が起きている。その一方で、人事はビジネスの多様化に対応できる人材像を定義できていない。
- 人口減少で働き手も減っていく。その中で必要な人財を確保するのは困難。ビジネス・モデルの変化は非常に速く、時代を先取りしていく人事が求められる。
テーマ2
- 多様性を受け入れるうえで、個々との会話が重要になる。メールは面倒であり、今後はラインのような瞬時に言葉を返せるような仕組みが必要だ。
- 最近は出戻り入社する人がいるので、出戻り歓迎の施策が今後必要になる。辞める人に戻ってきていいと伝えることも、大事になるのではないか。
- 例えば、複数の制度を並行させるなど、型にはまる人事ではなく、いろいろなものを受け入れていく柔軟な人事が求められると思う。
- 個に寄り添い、個を活かすには、“仕掛け、文化、環境”がポイントになる。個人が自由に挑戦でき、それを応援するような人事でありたい。
最後に髙倉氏が次のように語り、講座を締めくくった。
「将来予測は難しいものですが、この先の日本の“人口減少=市場の減少”は確実に予測できます。日本企業はどこかに市場を求めなければやっていけなくなる。いま考えないといけないのは、企業を5年後、10年後にどうするか、ということです。特に若い人に、そのことを共に考えてもらうことが大事なのではないでしょうか。人事には主体的に、経営と人事をこれからどうするのかを考えてほしいと思います」