伝統的な左官という仕事の価値を見つめ直し、
安定的かつ魅力的な仕事へ
新たな形の左官業に挑む、原田左官工業所
有限会社原田左官工業所 代表取締役社長 原田宗亮さん
人手不足や従業員の高齢化など、さまざまな問題を抱えている、建設業界。特に中小企業では、その苦労が大きいことでしょう。そのような状況下、人材育成や働き方改革に取り組むことで従業員の採用・育成に成功し、業績の向上も実現しているのが、原田左官工業所です。同社では、これまであまり注目されることのなかった「左官」という仕事にスポットをあて、仕事の掘り起こしを実現。同業他社と共同で若手職人の育成プロジェクトを推進するなど、その動向が注目を集めています。同社はなぜ、そのような活動を行うようになったのでしょうか。また、これからの左官業にどんな姿を描いているのでしょうか。社長の原田宗亮さんにお話をうかがいました。(聞き手:株式会社natural rights代表取締役 小酒部さやか)
- 原田宗亮さん
- 有限会社原田左官工業所 代表取締役社長
はらだ・むねあき/1974年東京都生まれ。二級施工管理技士、左官基幹技能者。女性職人の登用や同業8社共同による新人教育など、革新的な取り組みが注目され、多くのメディアに出演。著作、講演も多数。
同業8社共同の研修で入社1年目の退職者がゼロに
貴社が左官に関するPRや、若手の左官職人を育成するようになった背景について、お聞かせください。
私たちは、伝統的な左官という仕事の価値が見直され、安定かつ魅力的なものにしていきたいと考え、10年前からさまざま活動を行っています。昔はビルを建設する際も「湿式工法」で、左官がモルタルを塗り、柱などをつくっていました。左官が建物づくり全体の3割から4割の仕事を占めていたんです。しかし現在では、大型の建物づくりに限ると、1%にもならないほどシェアが減っています。塗りが乾くまで待つ必要のない、パネルや合板を貼る「乾式工法」へと変わったためです。
このような変化もあって、左官の仕事は近年、マイナーなものになっていました。最近の小学生には、左官の仕事を知らない子が増えています。施主や店舗の建設業者でさえ、左官の仕事をよく知らない人が多い。そこで仕事を広く知ってもらうこと、また、左官業に携わる人や仕事を増やしていくことを目的に、広報活動や人材育成を始めました。
具体的にはどのような活動を行われているのですか。
まず、左官の仕事をPRするために、社内に「サカンライブラリー」というショールームをつくりました。ここでは、さまざまな素材を使った壁の見本や施工例を見ることができます。また、インターネット上にもPRページをつくり、情報を発信しています。すると、仕事を依頼される機会が増えるようになりました。
人材育成に関しては、2014年から東京左官育成協会という任意団体をつくり、同業8社共同で新人を集めて、1ヵ月の集団研修を行っています。1社で人を教えることには限界があります。そこで、もっと広い輪の中で育成しようということになったのです。昔は「見て習え」が当たり前でしたが、今の若い人たちにそう言っても戸惑ってしまいます。どのように教えれば定着してくれるかを、皆で考えるところから始めました。
人材育成に注力することで、どんな成果がありましたか。
以前はすぐに辞めてしまう人が多かったのですが、集団研修を始めて、入社後1年以内に辞める人はゼロになりました。「教える、教わる」という形をしっかりとつくることができたからだと思います。この業界に入りたい人たちは、左官という技術をしっかりと覚えたい、と考えています。しかし、以前のように「見て覚えろ」だけでは、どこをどう学べばいいのかわからない。「見て覚えるとはこういうこと」ときちんと教えてもらえれば身に付き、現場でも迷いません。例えば、研修では見て習うことを意識したビデオ学習を行っています。壁塗りの手本ビデオがあり、それを繰り返し見て覚えることから始めます。その結果、若手が実際に仕事をするようになるまでの期間は短くなりました。
今年度の研修には、8社13名が参加しました。当社からは4名です。大学を出た新卒社員もいれば、中途社員もいます。以前は新卒で1名採用しても、現場の職人の平均年齢が高いため、雰囲気になじめずに辞める人がいました。しかし、集団研修で1ヵ月一緒に勉強すると、お互いに同期であるという意識が高まります。そういう点も、大きなメリットですね。
貴社では、多くの女性が現場で活躍されています。女性の視点を活かした仕事も、評判のようですね。
弊社には、左官として活躍する女性社員が11名います。そのうち3名は、ここ4年で入社した若手です。女性の視点で評判になった仕事は、新しい素材を使った壁づくりでした。白い漆喰にアイシャドウを入れて色付けしたり、口紅をくだいたものを入れてグラデーションにしたりと、デザイン性のある壁づくりを行い、評価をいただいています。
女性の職人が増えて、変わってきたことはありましたか。
女性の職人が、仕事人生の選択肢をさまざまに選べる環境が整ってきました。例えば、ある女性は社内結婚しましたが、入籍後も仕事を続けています。また、配偶者が転勤になって退職した女性もいますが、戻ってきたら復職できるよ、と声をかけています。以前と比べると、社員それぞれが自分の希望を言いやすい環境になってきたと感じます。また、左官の仕事自体も、壁の見本をつくったり、壁材の作り置きを準備したり、家具に壁材を塗ったりするなど、社内でできるものをいただくことが増えています。出産後の仕事復帰への調整期間にも対応できるので、今後は徐々に職場に復帰してもらうことも可能になると思います。
日本でも、欧米の職人のような自由度の高い働き方はできる
左官の業界が厳しい中でも、貴社では売上を伸ばされていますが、どのような努力をされているのですか。
今までになかった左官の仕事を、新たに掘り出せているのではないかと思います。昔ながらの仕事は減っていますが、店舗の内装など、左官でなければできない仕事は増えつつあります。当社のショールームに店舗の設計技師の方々がお越しになって、アイデアをいただくこともあります。「デニムを染める染料をモルタルに入れ、ムラをつくり模様にできないか」「布地っぽい壁をつくれないか」など、素材づくりだけでも話はどんどん広がります。左官という仕事の奥深さを皆に知ってもらうことが大事だと、あらためて感じています。
左官という仕事をどうやって伝えるのかは、今も模索中です。「何でもできますよ」というのはお客さんに伝わりづらいので、カタログや見本をつくるなど、少しずつ伝え方を工夫しています。また、クリエイティブ性の高い仕事は属人的になりやすいので、注意しなければなりません。一人の職人しかできない仕事では困るので、社内で講習会を開き、皆で技を教え合っています。昔はそのように教え合う雰囲気がありませんでしたが、今では皆が共有することに積極的で、仕事も広がっています。
左官という仕事を、これからどのように変えていきたいとお考えですか。
最近は40代以下の若い職人が増え、昔と比べて仕事とプライベートのバランスの取り方が変わってきたように思います。私よりも上の世代には、「仕事があれば働く」「子どもの授業参観にも出たことがない」という人が多かったのですが、若い世代は違います。私も仕事とプライベートのバランスは取ってほしいし、新たな職人の働き方を創造してほしいと考えています。
その点では、欧米の職人の働き方が参考になると思っています。彼らは稼ぎがよく、働き方はおおらかで、いつも楽しそうにしている。しかし、日本では厳しさを感じることが多く、自由さはあまりありません。昔、日本で職人といえばあこがれの存在であり、稼げるから職人になる、という人も多かったはず。職人的な働き方のいいところは、現場仕事であり、「この現場が終われば長期で休む」といえばできる点です。弊社でも、仕事の合間に2週間くらい海外を旅行する社員がいます。仕事の合間に海外の建物を見に行き、視野を広げて、それを仕事に活かす――。職人には働き方の新しい形を、世の中の動きとも合わせながらつくっていってほしいですね。
そのようになればダブルワークも可能ですし、左官という仕事の可能性がもっと広がるように思います。本日は大変参考になるお話をありがとうございました。
取材:小酒部さやか(株式会社natural rights 代表取締役)
2014年7月自身の経験からマタハラ問題に取り組むためNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞し、ミシェル・オバマ大統領夫人と対談。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より『マタハラ問題』、11月花伝社より『ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~』を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rights(自然な権利)となるよう講演・企業研修などの活動を行っており、Yahooニュースにも情報を配信している。