起業経験を強みにできない人材、できる人材
採用リスクを気にする企業が多い? 起業経験のある人材の採用
グローバルな企業間競争を勝ち抜いていかなくてはならない現代。安定志向の強い社員はいらない、自分で起業するぐらいの経営者感覚を持った人材が欲しい、という企業は多いことだろう。しかし、それは「あくまでも例え」であって、本当に会社を辞めて起業した経験のある人材を、自社で積極的に採用したいと考える企業はどのくらいあるのだろうか。「起業経験者は、チャンスがあればまた起業したいと思っているのではないか」と考えてもおかしくはない。人材採用は、いわば「投資」だが、採用して教育し、現場で経験を積ませた人材に、「起業したいので退職します」と言われたくはないと考える企業は多いのではないか。
もう一度起業したいと思いますか?
「どの企業の面接に行っても、『将来、チャンスがあればまた起業してみたいと思いますか?』という質問をされるんです。どう答えればいいのか、迷っています。アドバイスをいただけませんか」
その日、転職相談を受けたYさんは、新卒で就職した会社を退職して起業した経験の持ち主だ。インターネットを利用した通販ビジネスをスタートさせ、扱う商品の独自性には自信があったそうだが、思ったように売上が伸びず、起業後2年で自分の会社は休眠状態にして、現在は知人の会社を手伝っている。
「いつまでも居候というわけにはいきませんので、再就職したいと思い、転職活動に真剣に取り組んでいます。私としては起業した経験は、次の仕事にも必ず活きてくると思っているのですが…」
どうやら面接した企業の担当者は、Yさんが再び起業する可能性を気にしているらしい。自分で会社を興すぐらいだから、ビジネスパーソンとしてのセンスは十分だし、人柄なども申し分ない。それだけに、企業としては高く評価しつつも、いずれは退職してしまうのではないかと、採用リスクを気にしていることが容易に想像できた。
「Yさんの本当のお気持ちはどうなんですか? やはり機会があれば、もう一度起業してみたいとお考えでしょうか?」
Yさんは少し目を落として考えている。
「今、また起業することはまったく考えていません。決して甘いものではないことも実際に経験して分かりましたので、今度は組織の中でその経験を活かしていきたい――そう思っています。ただ…」
「ただ?」
「一度の失敗で、自分の考えを変えてしまう人材と思われるのもよくないのではという気もするんです。それに、将来のことは分かりません。起業しなくても転職する可能性だってあるわけですし…」
Yさんは非常に真面目な人のようだ。軽々しい約束などは出来ないタイプなのだろうが、それが面接担当者からは、「まだ起業に未練があって迷っている」ように見えてしまうのかもしれなかった。
「では、まずYさんご自身の考え方を『自己PR』のような文章にまとめてみるのはいかがでしょう。そこから始めてみませんか」
このケースはじっくりとコンサルティングする必要がありそうだった。