内定後に連絡がとれなくなった人材
入社前に条件確認をおこたった人材
コミュニケーション不足の時代というが…
突然の雲隠れの背景に何があるのか
何か問題が起こったら関係各所にすぐ連絡を入れる。「報・連・相」がビジネス常識の初歩の初歩であることに疑いをはさむ人はいないだろう。ところが、転職活動となるとこれがまったくできない人がいるのは不思議なことだ。たしかに転職自体はプライベートなことだが、ビジネスとも密接に結びついたイベントである。その時、人々は何を考えているのだろうか。
転職活動中に実家が火災で全焼…
「すいません、連絡が遅くなりまして…。実は、先日実家が火事にあってしまったんですよ。ほぼ全焼なんです。それで私もずっと後片付けとか手伝いをしなくてはならなくて…」
Bさんからの電話には驚かされた。家族にケガなどがなかったのが不幸中の幸いだったというが、私が心配したのは別のことだった。
Bさんはある企業に内定していて、そこの役員との顔あわせの日程が翌日に迫っていたのだ。アポイントが取れたことをメールで知らせたが、いつもならすぐに返ってくるはずの返事がなかなかない。電話を何度もかけて、ようやく実家の被災が分かったのだった。
私はお見舞いの言葉を伝えたあと、翌日の訪問予定についてきいてみた。
「明日の役員との顔あわせ、大丈夫ですか? もしどうしても無理なら、日程を変更するようにお願いしてみますよ」
「そうですねぇ。まだ○○市(Bさんの実家のある都市)にいるんで、明日は正直無理ですね。少し落ち着いたらまたご連絡するということでいかがでしょうか」
企業側に連絡すると、そういう事情ならしかたない…と日程を延ばしてもらえることになった。
ところが、翌日も翌々日もBさんからの連絡はない。やはり火事の後始末で忙しいのか。携帯電話にかけてみても留守番電話になるだけだ。あまりにも何度もメッセージを残したせいか、しまいには「メッセージが一杯で録音できません」という音声が流れるようになってしまった。
しかたがないので、携帯にメールを送ると、数日後に返事がきた。
「あまりにもお待たせして企業にも申し訳がたちません。今回は内定をご辞退したいと思います」
予期せぬ災害に気が動転しているのかもしれないが、いきなり辞退は性急すぎるのではないか。
「実家が全焼というのは普通の事態ではありません。企業側も理解してくださっていますから、早まらない方がいいのでは?Bさんご自身の素直なお気持ちをお聞かせ下さい。入社したいというお気持ちはおありですか? それとも…」
入社意欲を示してくれていたはずなのに…
「なかなか電話に出られなくて申し訳ありませんでした。入社が遅れることを企業さんが認めてくださるのでしたら、私自身はぜひお世話になりたいと思っています…」
Bさんと電話で話せたのは本当に久しぶりだった。メールでのやりとりというのは、微妙なニュアンスが分からないから、お互いに疑心暗鬼で不安になりやすい。電話でBさんの元気そうな声が聞けたので私はすっかり安心してしまった。
「よかったです。企業側もBさんの経験は高くかってくれていますから、入社日が少しくらい伸びても心配はいらないと言ってくださっていますよ。アポイントを取りますから、ぜひ役員と会って下さい。その場で入社のための書類も用意して下さるそうですよ」
「分かりました。一週間後からならいつでも大丈夫です。アポイントを取って下さい」
Bさんも大いに乗り気と見えた。日程が無事決まり、あとは役員との顔合わせの日を待つばかりとなった。
ところが当日、企業から電話が入った。
「えっ、Bさんが行ってないんですか? ええ、昨日には○○市から戻ってこられるということだったんですが…。申し訳ございません。すぐに連絡してみます」
さっそくBさんの携帯に電話してみるが、いっこうにつながらない。自宅にかけても留守番電話になるだけだ。なんども連絡していると、携帯の方が突然着信拒否になってしまった。メールを送っても、こっちも着信拒否になっているのか、「指定されたアドレスはありません」というエラーメッセージだけが返ってくる。
結局、会う予定だった役員から、「約束を無断で破るような人はちょっと…」という判断が出て、内定はなかったことになってしまった。
Bさんが何を考えていたのか、いまだに分からない。内定していた企業に入社できないのなら、一言「こういう理由で辞退させて下さい」と言えばいいだけの話ではないのだろうか。それとも、もっと別な事情があったのだろうか。
電話もメールも通じない今となっては、そのことをBさんに訊ねるすべもないのである。
書面での条件確認は基本の基本
信頼していた人を介しての転職に意外な落とし穴
転職活動を進めるなかで、知人に知り合いの企業を紹介されるケースはよくある。つきあいの長い人からの推薦であれば安心感も大きいが、反面、待遇や条件などビジネスライクに確認した方がいい点がおろそかになりがちだ。紹介してくれた人を信用しないわけではないが、特に重要な給与や職権などについては書面でしっかりと確かめておかないと、あとで後悔することになるかもしれない。
上司に紹介された新たな転職先
「いやあ、またお世話になることになってしまいました。誠に恐縮です…。こんなにすぐにお目にかかることになるとは、夢にも思ってなかったですよ…」
苦笑いしながら再会したTさんは、実は半年前にも私どもの人材紹介サービスをご利用いただいていた方である。
「たしか内定された会社があったので、活動を終了されたと記憶していますが…」
「ええ、おっしゃるとおり、希望の企業から採用通知をいただきました。すんなりそこに入社していれば何の問題もなかったのかもしれないですね…」
私は驚いた。Tさんの口調は明るいが楽しい話ではなさそうだ。
「ということは、ご入社されなかったわけですか?」
「ええ、実は…」
Tさんによると顛末はこういうことであった。
内定を受けてさっそく退職願を提出したTさん。すると、上司はその退職願を受理してくれるとともに、こんな話を始めたというのだ。
「退職の意思が固いのはよく分かった。ぜひいい転職をしてもらいたい。ついては、自分の知っている会社が君のような技術を持った人材を求めている。社長とは懇意にしているが、とても素晴らしい人物だ。どうだろう、一度会うだけでも会ってみては。せっかく転職するのだから、いろんな情報を得て、その中からベストの選択をすべきではないのか…」
長年お世話になった上司からのありがたい申し出である。Tさんとしては、もう決まった会社がありますから…と言いたいところだったが、「会うだけでも…」という話を断りきれずに、その会社を訪問することになったという。
「訪問してみると確かに素晴らしい社長なんです。この人と一緒に働けたらいいなと素直に思いました。しかも上司からの紹介ですから、すっかり信用してしまったんですね…」
内定していた企業には何度も頭を下げて辞退し、上司に紹介された会社に転職したのだという。
細かい話は意外とアバウトだった社長
「入社して少ししたら、ちょっとおかしいぞ…ということが何件も続いたんですよ。給与は当初聞いていた金額が振り込まれないですし、海外事業のつもりだったのに仕事は国内ばかりですし…」
Tさんはおかしいと思いつつも、まあ入社早々だししばらく様子を見るか…と働きつづけた。
「しかし、半年たってやはり確認した方がいいと思って、新しい上司と話をしたんですよ。そうしたら、給与のことも業務のことも、お互いにまったく勘違いしていたんですね」
社長はたいへん立派な方なのだが、やはり社長だから細かい話は部下に“おまかせ状態”だったのだそうだ。社長は口約束で前職の給与を保証すると言ったものの、人事が給与規程に沿って計算してみると、とうてい前職並みに出すことは出来ない。仕事内容についても、将来海外事業も拡大したいという社長の願望をあたかも現実のように語ってしまったらしい。
「Tさん、ご入社される前の、条件面や配属部署の確認は口頭だけだったんですか?」
「そうなんです。相手は社長だし、しかも元の上司の紹介で行っているわけですよね。いちいち書面で条件を確認させろとは、とても言い出せる雰囲気じゃなかったんですよ。まあ、今から思えば、雰囲気がどうであろうと確認すべきところはしておくべきだったと反省していますが…」
こういった話は決して珍しいことではない。知人の紹介による転職で一番注意しなくてはならない点といってもいいくらいなのだ。
「何もなかった状態から今の会社に転職したのならあきらめもつきますが、内定していた会社を断ってまで行った…というところが、自分の中ではものすごいトラウマになってしまいました。なぜ、あの時もう決まった会社があると上司にしっかり言えなかったのか…と思ってしまうんですよ」
転職という重大な判断が必要な場面では、人は時折、考えられないような行動を取ってしまうことがある。何かアクションを起こすときには、とにかく一呼吸置いてみることも重要ではないだろうか。そういう意味からも、私は落ち込んでいるTさんにこう釘を刺した。
「ぜひ次は転職を成功させましょう。そのためにも、今の会社はすぐに退職しないで下さいね。在職しながらじっくり新しい職場を探そうではありませんか…」