同じ企業から2度も内定をもらった幸運な人材
同じ人材の募集を2度も繰り返した不運な企業
内定を蹴った会社と「復縁」した人材のケース
あっちにしておけばよかったかもしれない…
じっくり考えて、「よし、ここで頑張っていこう!」と決めた会社。しかし、実際に入社してみたら仕事内容や配属部署、給与や勤務条件などが聞いていた話と違っている…などという話も時折あるようだ。そんな時、入社前に他の企業からも内定をもらっていた人の場合、「あっちにしておけばよかったかもしれない」という思いが必ずつきまとうものだろう。なかには「やり直せないだろうか」と本当に行動を起こす人もいる。
「あの会社をもう一度紹介してもらえませんか…」
「前回は大変お世話になりました…。その節はいろいろとご迷惑をおかけました…。ええ、そうです。実はそのことでちょっとご相談がありましてお電話したのです…。前回紹介していただいたB社さんですが、もう募集は終わったのでしょうか…」
電話をくれたのは、少し前に転職活動をしていたKさんだった。私がご紹介したB社に内定していたのだが、最終的には知人が勤務していて馴染みがあるという別の企業に入社したはずだった。その際、当然B社には内定辞退の連絡を入れている。それから2カ月もたっていない。
「たしか今は新しい会社にご勤務でしたよね。何か問題でもあったのでしょうか」
「ええ、本当にお恥ずかしい話なんですが…」
Kさんは少しずつ事情を話してくれた。
知人の紹介ということで、採用条件については口頭で大まかな説明しか受けていなかった。給与などを細かく確認するのは、せっかく紹介してくれた知人を信用してないようでためらってしまったのだという。ところが、案の定というか、入社してみたら最初の半年は試用期間だから契約社員待遇だという。
それでも、まあ半年の我慢だ…と思って勤め始めたところ、今月になって、その会社の顧問だった紹介者が、社長との意見の食い違いで辞任してしまったのだ。すぐに退職を迫られているわけではないが、社内での後ろ盾を失い、今後、勤務条件が改善する見通しも立たない…。
まさにこういったケースが、よく言われる「転職のリスク」というものだろう。たしかに、事前に十分確認しておけば、試用期間のことなどを後で知って驚くことではなかっただろう。しかし、紹介者が急に辞任してしまうことまでは誰にも予測できない。
「大変なことですね。それで再度、転職活動をお考えだと…」
「はい。そこで思い出したのが、前回、小中さんに紹介していただいたB社さんなんです。結果的にはお断りしてしまったのですが、先方の役員の方とはかなり突っ込んだお話もさせていただいておりました。無理は承知の上です。もし可能性があれば再挑戦させていただきたいのです…」
Kさんは本当に恐縮した口調で言った。
「承知しました、B社さんにはまずは募集がまだ継続しているかどうかを確認してみましょう。ただ、あれから2カ月近く経っていますから、もう別の人を採用してしまった可能性もありますが…。それと、仮に募集中でも、いったん辞退された方の再応募は難しいと言われるかもしれません。それも仕方ないですよね」
「もちろんです、それ以上の勝手は申せません。どうぞよろしくお願いします。それと、B社さんばかりに頼りきるわけにもいきませんので、別の会社の採用情報のご紹介もお願いできますか?」
「今は御社で働くことだけを考えています…」
さて、B社に確認してみるとそのポジションはまだ空いていた。引き続き募集中だという。そこで、Kさんにお願いしたのは、B社から再度の内定がもらえた暁には必ず入社する…という決意を手紙に書いていただくことだった。
「一度お断りされた人材に再度、門戸を開くというのは、企業側としてもかなり慎重になるものです。とくに、採用担当としては、一度辞退した人材を採用したいという稟議をあげて、それで再度辞退された…となったら社内での立場がないですよね」 私はKさんに説明した。
「ですから、まずKさんの中で、絶対にB社に入社するという気持ちを固めていただけませんか。そして、それを手紙にしていただきたいのです。私のほうは、このB社の件が終わるまで新しい企業のご紹介はいたしません。もちろんB社の件が不調に終われば、その後はいくらでもご紹介いたしますが…」 「そう言われれば確かにそうですね。わかりました。自分は今、真剣にB社でやりたいと思っています。その気持ちが伝わるように手紙を書きますよ」 Kさんもこのやり方を快諾してくれた。
一度辞退した人材に再度オファーを出すかどうかは、その企業によって異なる。どちらかといえば「止めておこう」という企業のほうが多いのではないだろうか。やはり最初の出会いが大切と考えるのはごく一般的なことであり、スムーズに気持ちよく入社して欲しい…という会社がほとんどだ。
ただ、募集しているポジションが高度な経験や能力、特殊な技術力を要する仕事である場合などは、企業側も軟化することが多いようだ。つまり、忠誠心(ロイヤリティ)を求めるよりも、「スペシャリスト、プロとしてのスキルを買う」という考えのほうが強くなるからだろう。
幸い、この時のKさんの仕事は、かなり特殊な経験を要するものだった。だからこそ、Kさんが辞退してから2カ月近く経過していても他の候補者が決まってなかったのだとも言える。
後日、Kさんの思いを綴った手紙を添えて出した再度の推薦は、無事B社に受け入れてもらえることになった。役員との再面接を経て、KさんのB社への入社が決まった。しかし、Kさんのように幸運なリカバリーができる人は現実には少数派なのである。
内定者にドタキャンされてバタバタした企業のケース
また同じポジションの募集を再開します…
さまざまな事情で、転職後すぐに転職活動を再開しなくてはならない人がいるように、募集する企業のほうでも、いったん採用を終了してしばらくした後に、「また同じポジションの募集を再開します」というご連絡をいただくことは珍しくない。応募者側から見たら妙にバタバタしているように見えるのだが、企業側には企業側の事情があるようだ。
「入社した人がすぐに辞めたんじゃないでしょうね…」
「このP社の営業マネジャー候補の募集は、また再開されたんですか?」
この日、ちょうど電話で話をしていたYさんから質問をいただいた。P社の募集がまた出ているのをホームページでご覧になったようだ。私たち人材紹介会社はこういう募集復活には慣れているので、そのつど理由を突っ込んで聞いたりはしないのだが、求職中の人材の方からすれば、かなり気になるポイントらしい。
「そうなんですよ。募集要件も少し前まで出されていたのと同じですものね」
「こんなことってよくあるのでしょうか?前回は応募しようと思ったら、ちょうど採用が終了しましたと言われて断念したことがあったので覚えていたんですよ。2、3週間前だったでしょうか。採用した人が辞めたのでしょうかね」
Yさんとしては、興味はあるものの不安な要素もあって、募集再開の理由を知りたいのだという。たしかに、入社した人がすぐに退職した可能性があれば安心して応募できないというのは理解できる。
「募集終了のお知らせをもらってからまだ1カ月も経ってないですから、入社した人がすぐ辞めたのではないと思いますよ」
「と、言いますと…」
「よくあるのは、採用基準に達した人がいたので、そこでいったん募集を打ち切り、給与などの条件交渉をしていたというパターンですね。オファーをもらった人が、たとえば希望年収が折り合わない…といった理由で辞退したとか、そんな事情じゃないでしょうか。まあ、私個人の推測ですけど…」
「そうなんですか。他にもいろいろあるのですか」
「外資系企業の場合ですと、海外の本社への稟議が通らなかった…という話をよく聞きますね。たとえば、日本法人サイドで採用したい人材が決まって、いったん募集を終了します。ところが、海外からはこの候補者の年収は高すぎるから、もっと若手で探しなおせ…などという指示が来たりすることがあるそうです。外資系企業は年収が高いイメージがありますが、同時に採算やコスト意識にもシビアですからね」
「それは聞いたことがありますよ」
「あとは、採用を予定していた人材が他の企業にも応募していた場合ですね。転職活動では二股、三股をかけるケースは珍しくありません。P社の内定が出たあとで、どこか別の第一志望の会社の内定が出たという場合、やはり辞退されたりするのではないでしょうか」
もちろん、本当に入社した人がすぐに退職するというのも、決してない話ではない。しかし、多くの場合は、入社前の条件交渉などで辞退されたというのが一般的ではないだろうか。
「普通なら入れない会社に入るチャンスですよ…」
こうした募集復活にからんで、思いがけず希望企業に就職できたというケースがある。
「小中さん、困ったことになりました。急いで良い人材を推薦してもらえませんか」
W社の採用マネジャーからの電話だった。なんと、採用が確定していた人材が入社1週間前になって急遽内定を辞退してきたのだという。募集を再開しなくてはならない。
「親が倒れて家業を継がないといけない…という話なんですが、たぶんもっと条件の良い会社に一本釣りされたような気がします。かなり話し合ったんですが辞退の意思が固くて…。まあ、もうそれは仕方がないと思っているんですが、困るのは入社後に担当してもらうはずだったプロジェクトがすでに動き始めていることなんです。このままだと取引先にも迷惑がかかってしまうし、営業のほうも、もうカンカンですよ…」
「なるほど、状況はよくわかりました。ただ、お聞きしていた募集はかなりハイスペックなものだったと思いましたが…。そんな人材を急に探すといっても難しいですよ」
「もちろんです。そこで担当部門とも話し合って、若い人でも良いということになりました。前回内定していた人はベテランで即戦力でしたが、今度は入社後に教えながら覚えていってもらう…というのもアリにしましたよ。とにかく今回は早い時期に入社してもらえることが最優先ですから」
実はそこでピンときた若手の方がいたのである。そのCさんは、W社の業界を希望している方だが業界での経験はない。即戦力採用を原則としているW社は、普通なら希望しても入れない企業である。とすれば、これはCさんにとっても大きなチャンスではないのだろうか。
さっそくCさんにこの情報をお届けすると、「もちろん受けてみたいです」という返事をいただいた。面接の前には、今回、急に募集が再開された経緯なども詳しく説明しておく。それによって、Cさんはモチベーションを一段とアップさせてくれたようだ。その意気込みがW社にも伝わったのか、無事内定を獲得したのである。
「とてもレベルの高い仕事なので不安もありますが、めったにないチャンスだと思って頑張ります」とCさんは張り切っている。
「これで得意先に迷惑をかけることが最低限なくなりました。私も一安心です」と採用マネジャー。
終わりよければすべて良し…という言葉を思い浮かべながら、転職というのは本当にタイミング次第でどうにでもなるのだなと改めて痛感させられたのだった。