川西玲子さん 映画から学ぶ
「人事力=人材マネジメント術」
時事評論家、映画評論家
川西 玲子さん
IT化が進み、利便性が向上した一方で、人と人とのコミュニケーション不足が問題視されています。職場においても、人間関係の希薄さから業務に支障が出る ケースが少なくありません。円滑なコミュニケーションを図るためには、共通の媒体が必要です。その一つとして「映画」の存在が挙げられるのではないでしょ うか。なぜなら、映画は世代・立場・男女の違いを超えて、ものの感じ方や考え方を共感・共有することができるからです。今回は、人材マネジメントの“ツー ル”としての映画に着目。人事担当者が映画から学ぶべき事柄について、時事・映画評論家である、川西さんならではの視点から興味深いお話をうかがいまし た。
かわにし・れいこ●1954年生まれ。中央大学大学院法学研究科修士課程修了 (政治学修士)。シンクタンク勤務の後、企業や自治体などの研修講師を務めつつ、コメンテーターとして活動。エンターテインメントを題材に社会を語るのが 得意。東京学芸大学非常勤講師。近著『歴史を知ればもっと面白い韓国映画』『映画で見る昭和の日本』(共にランダムハウス講談社) 。
人事部に求められる、人間に対する理解と洞察
いまの人事部には、何が必要だと思われますか。
目新しい話ではないのですが、人間に対する理解と洞察だと思います。これってある年齢になったら自然に身に付くものだと思っていたのですが、最近はそうではないようです。いまの40代くらいの方と話していると、必ずしもそうではないと感じることが多いですね。
時代によって変わらないものが本来あったはず。それは、いつの時代も変わらない“人間に対する理解”です。こういうふうに言うと相手が傷つく、こういうときに幸せを感じるという、ごく当たり前の人間理解が、いまほど必要なときはないかもしれません。
その中で、私たちが問題意識として持っているのが「コミュニケーション不全」です。
「普通に話す」ということが大事なのです。メールではなくて、「普通に会って話す」ことがいまは難しくなっているのではないでしょうか。これは、社 会に出てからのトレーニングが必要だったかもしれない。それをしなくてよくなったために、人と話すことが大事件になってしまった。軽く話しながらちょっと 悩みがあることをにおわす──そういうことって案外、テクニックがいるのです。
そうした意味で、1つのソリューションとしてコーチングが出てきたのもうなずけます。
映画の持つ「有用性」とは?
では本題。映画の持つ「有用性」についてどうお考えですか。
映画人口は昭和30年代の半ばが絶頂期で11億人。テレビが娯楽の王様になって以降、1億人にまで減ってしまいました。ただし、それからは減ってい ません。ですから、映画好きな人は確実にいます。一方、若者がテレビを見なくなっています。学生にテレビの話題を出しても、全然反応がありません。若者の 話題として、テレビはもうかなり下に位置しています。またヒット曲にしても、最近はミリオンセラーが出ていません。聴く音楽はデジタル配信が主流になりま したが、すぐ飽きられてしまっている。長く聴く音楽がないので、ヒット曲に関する共通の話題も減ってきています。
一方、映画はネットで情報が流れているし、映画人口自体が減っているといっても、それは映画館に行く人の数。むしろ、DVDで観る人は増えてきまし た。映画は、まさに世代を超えた共通の話題になってきたのです。実際、映画の話をしたら関心を持ってくれて、TSUTAYA(ツタヤ)の会員になったとい う学生が少なくありません。それで初めて黒澤やチャップリンの映画を観て、びっくりしたと。こんなに面白い映画だとは思わなかったと、口々に言います。
映画は古くて実はいま、新しいツールになっていると。では、職場のコミュニケーションツールとして、映画をどのように使っていくことができますか。
映画というのは、さり気なく話題に出てくるところがいいわけです。何か話しているときに、映画の話題になって、「この人、いろいろ知っているな。そ の映画、面白そうだな」と。人と人との交流が増えれば、職場全体の活性化にもつながります。そのためには、新しい映画を観ることも必要ですね。
今年最大ヒットの「レッドクリフ」から学べること
その視点から、最近おススメの映画は何ですか。
いろいろな意味で興味深かったのが「レッドクリフ Part I (以下、レッドクリフ)」(2008年)。この映画を観て、まず分かるのが、いま中国の映画界にすごくお金が集まっているということ。監督のジョン・ウー は中国大陸の生まれ。香港で才能を開花させハリウッドに進出して、成功をおさめ、資金と人脈をつくった人です。現在、中国にお金が集まって、アジアで大 ヒットする映画をつくろうと思ったときに、やはり「三国志」が1番いいということになった。そこで、ジョン・ウー監督が生まれ故郷を舞台にした映画をつ くったというわけです。アメリカ、中国、台湾、韓国、日本の5ヵ国合作の「中国映画」です。
正直、あまりの宣伝ぶりに辟易してしまったのも事実ですが、この映画の特徴は、「三国志」が分からない人もスーッと入っていける点。のびのびとジョ ン・ウー監督がつくっています。京劇や歌舞伎の型が取り入れられていて、「見え」を切っている。何というか、アジア的な美しさを感じますね。漢字圏の新し いアクション映画として画期的ではないですか。
また、音楽が日本人で、和太鼓が上手に使われています。中国の画(え)なのに日本の音楽が流れている──それらがミックスされているところが面白い。こうした汎アジア的というか、アジア圏全体で通用するアクション映画は、いままでありませんでした。
今年1番のヒットで、「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」を抜きましたね。
1回目を観た後でいろいろ調べてみたら、黒澤明へのオマージュであると書いてあった。途端に気になって、もう1回観てみようと。馬の動きを中心に2 度目の鑑賞です(笑)。「なるほど、ここが黒澤か」なんて思って観ていたら、今度は和太鼓の使い方が面白いと気づいた。それで、今度は太鼓を中心に3度目 を観る羽目になりました。こうしたいろいろな見方をすることができるのも、「レッドクリフ」の面白さです。
「三国志」というと、経営や人事にも役立つ定番の歴史物ですが、映画の「レッドクリフ」も細かい部分を観ていくと、またいろいろな面白さが出てくると。
純粋に楽しみつつ、観ているうちにいろいろと思いついたり、考えたりする映画としてとても興味深いですね。さらに驚いたのは日本人の反響です。ネッ トレビューを見ていると、面白いと言っている人が半分くらいで、それも「三国志」に詳しくない人が言っている。賛否両論、さまざまな見方がされていて、自 分では思いもつかない見方や考え方を知ることができます。
そうした経験ができるのも、映画ならではという気がします。
だからこそ、新しい映画を選んで観ることが大事なのです。もちろんハズレもありますが、そういうリスクを負ってこそ、いいものにも当たるわけです。 実際、「レッドクリフ」を観た中で私も思ったし、レビューでも多くの人が書いていた、ある欠点があります。ラブシーン、あれは必要なかった。
では、なぜ入れたのか。ハリウッドがお金を出しているからです。当然、ハリウッド映画のお約束が入ることになる。それが、ラブシーンと男性を打ち負かす強い女性の存在、というわけです。
でも、ものは考えよう。「あのラブシーン、ちょっと変だよね」というところからもけっこう話題が広がります。なぜあれがお約束なのかというと、アメ リカという国は多様な民族がいて、とにかく“分かりやすい”ということが大前提になる。ハリウッド映画はグローバル経済の問題と切り離せないというところ から、今度は経済の話に移っていく。そんなふうに、映画一つとっても、これをきっかけにいろいろと話題が広がっていきます。
映画というのは、コンテンツがてんこ盛りなのですね。欠点である違和感のあるところさえもネタになると。
いい映画というのはトラウマをつくる。それが大事なのです。やはり人生、ハッピーエンドばかりとはいかない。映画を通じて人の痛みを疑似体験するこ とで、「こんな理不尽なことがあるのか」という、トラウマを持つことになる。それが人の不幸に対する痛みや、内面への洞察を育てるわけです。明るく、楽し く、常にハッピーエンドだけ、そういうものしか観ないのでは、人間として深まっていかない。成長もない。
ただ、人の痛みを知りなさいといっても、なかなか想像できない。映画を観ることで、想像力が知らず知らずのうちに育っていくと思います。そういう意 味で名作として残っている映画は、ハズレがない。一方、いまの映画を観るというのは常にはずれるリスクを負います。しかし、自分の目で判断することで、見 る目を磨くことができます。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。