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指揮者のいないオーケストラに聞く
一人ひとりがリーダーシップを発揮する「自律型組織」のつくり方

東京アカデミーオーケストラ

田口輝雄さん 室住淳一さん 益本貴史さん

東京アカデミーオーケストラ 益本貴史さん 田口輝雄さん 室住淳一さん (左から)

「ティール組織」「ホラクラシー」など、自律的な組織のあり方が注目されています。一見、まったく新しいもののように思えるこの概念を、40数年前に実現していた組織が、1972年にニューヨークで創立された、オルフェウス室内管弦楽団です。この楽団の特徴は、「指揮者がいない」こと。団員一人ひとりのリーダーシップを引き出す同団の仕組みは、「オルフェウス・プロセス」として企業の経営にも取り入れられていますが、おなじ仕組みを持つ楽団が日本にもあります。1991年に創立された東京アカデミーオーケストラ(TAO)です。TAOの奏者の方々を迎え、自律的組織を作っていく上でのヒントをうかがいました。

Profile
田口輝雄(たぐち・てるお)さん
田口輝雄(たぐち・てるお)さん
東京アカデミーオーケストラ 団長/コントラバス
大日本印刷株式会社 出版メディア事業部

東京アカデミーオーケストラ(TAO)団長兼首席コントラバス奏者。普段は都内の印刷会社で雑誌・書籍印刷営業部門に勤務している。小学6年生のときに地元のジュニア・オーケストラでコントラバスを始め、中高ではブラスバンドを経験、大学在学中には慶應義塾ワグネル・ソサイエティー・オーケストラに所属し、幹事として定期演奏会や演奏旅行のマネージングも担当した。卒業後はTAOの活動の傍ら、都内のいろいろなアマチュアオーケストラにも出演している。

室住淳一(むろずみ・じゅんいち)さん
室住淳一(むろずみ・じゅんいち)さん
東京アカデミーオーケストラ 広報/クラリネット
アビームコンサルティング株式会社 執行役員 プリンシパル

東京アカデミーオーケストラ クラリネット奏者兼広報担当。13歳の頃からクラリネットとクラッシックギター及び作曲を始めた。クラリネットを谷尻忍氏、磯部周平氏、カール ライスター氏に、室内楽を志賀信雄氏に師事する。早稲田大学卒業後、大手金融機関のシステム企画業務および外資系コンサルティングファームを経て、アビームコンサルティングに入社。現在はプリンシパル 執行役員としてAIセクターリーダーを務め、人工知能、機械学習を活用したデジタルソリューションを開発・展開を行っている。金融業、サービス業、流通業を中心に多数のプロジェクトを実施し企業価値向上に貢献している。大阪大学非常勤講師。修士(経済学)。ITストラテジスト(IPA)、システム監査技術者(IPA)、ITコーディネーター。

益本貴史(ますもと・たかし)さん
益本貴史(ますもと・たかし)さん
東京アカデミーオーケストラ コンサートマスター/ヴァイオリン
三井不動産株式会社 ロジスティクス本部

東京アカデミーオーケストラ ヴァイオリン奏者兼コンサートマスター。幼少期をイギリスで過ごし、4歳からヴァイオリンを始める。これまでにヴァイオリンを佐々木由美、立田あずさ、久保良治の各氏に師事。早稲田大学国際教養学部卒業。在学中にノルウェー国立オスロ大学への留学を経験。大学卒業後、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。その後、東京海上日動火災保険株式会社にて海上保険の事故対応業務に従事。2017年3月、三井不動産株式会社入社。ロジスティクス本部にて物流施設のリーシングに従事。就職後もオーケストラや室内楽等、仕事と両立しながら精力的に音楽活動を続けている。

「カリスマ頼り」の組織から、一人ひとりがリーダーシップを発揮する組織へ

東京アカデミーオーケストラ(以下、TAO)は、どのような経緯で創立されたのでしょうか。

田口: 1991年、早稲田大学交響楽団や慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラなど、大学オーケストラの首席経験者たちが、卒業するにあたり、社会人になっても演奏活動を続けられるように立ち上げたのが、TAOでした。ただ、運営にあたっては課題がありました。団員数は30名程度で、指揮者を呼ぼうとすると、どうしても資金的に厳しくなってしまうのです。そこで、自分たちだけで自主的に運営していくことにしました。

室住:ただし、最初からリーダーがいなかったわけではありません。当時、「カリスマ・コンマス(コンサートマスター/ミストレス)(※)」と呼べるような、リーダーシップを発揮できるメンバーが何人かいました。また、総合アドバイザーの志賀信雄(国立音楽大学教授)さんからも「コンマスのリーダーシップがあればうまくいくのではないか」と助言をいただきました。そこで、コンマスたちが5ヵ年計画を決めて、それに従って運営するという、どちらかというとトップダウン的なやり方でスタートしたのです。

(※)コンサートマスター/ミストレス:オーケストラの演奏をとりまとめる役割のこと。一般的には第1ヴァイオリンの首席奏者が担う。

当初はコンマスのリーダーシップに従って、楽団はうまく運営されていました。しかし、20代だったメンバーたちがやがて30代になり、結婚や子育てなどのライフイベントを経て、仕事でも重責を担うようになると、だんだんTAOへの参加率が減っていったのです。2003年頃になると、集客にも苦戦するようになり、客席が半分も埋まらないことがありました。せっかく苦労してコンサートをつくりあげても、観客に聞いてもらえないのはつらいものです。

そこで、今後どうするべきかをみんなで議論した結果、全員が運営に携わっていくことを決定。オルフェウス管弦楽団の運営手法である『オルフェウス・プロセス』を、改めて参考にしました。

誰かひとりに依存するような組織を作るのではなく、一人ひとりが職責を果たし、練習計画の策定や選曲、組織運営などに参画する。マルチ・リーダーシップを進めていこう、と決めたのです。

【オルフェウス・プロセス 八つの原則】
1 その仕事をしている人に権限をもたせる
2 自己責任を負わせる
3 役割を明確にする
4 リーダーシップを固定させない
5 平等なチームワークを育てる
6 話の聞き方を学び、話し方を学ぶ
7 コンセンサスを形成する
8 職務へのひたむきな献身

出展:『オルフェウス・プロセス 指揮者のいないオーケストラに学ぶマルチ・リーダーシップ・マネジメント』 ハーヴェイ・セイフター、ピーター・エコノミー 著 鈴木主税 訳(角川書店)

気付けば実現されていた、「オルフェウス・プロセス」

東京アカデミーオーケストラ  田口輝雄さん

具体的にはどのように組織を運営しているのでしょうか。

田口:定期演奏会は、春と秋の二回。このコンサートを成功させることが、メンバー全員の最終目標です。それに向けて、まずは「どんなプログラムにするか」を決めるために、話し合います。

もちろん、曲によって目立つ楽器もあれば、登場しない楽器もある。メンバー構成、ゲスト、曲をどのように解釈し、演奏するかなど、考えるべきことはたくさんあります。それらを人員的な面と音楽的な面から、合議制で決めていきます。メンバー30名余がすべて集まるのは大変なので、多くの場合、集まるのは約10名のコアメンバーです。

コアメンバーには各楽器パートの代表が含まれていて、同じ楽器を演奏するメンバーそれぞれの特性や技術に応じて、どんな演奏が良いのか、方向性を定めていきます。また、コアメンバー以外のメンバーも含めて、約20名が担当楽器とは別に、広報や会計、編集など何らかの役割を担当しています。

合議制というと、なかなか意見がまとまらないこともあります。最終的に、多数決で決める場合もあるのでしょうか。

室住:確かに民主的にやろうとすると、団員からアンケートや投票を募った上で選曲委員会が何曲かに絞りこみ、最終的には多数決で決める、といった方法がいいのかもしれません。しかしTAOの場合は少し特殊で、多数決は取らないんです。アンケートすらありません。各楽器パートのメンバーの技量や状況を踏まえながら「次はこんなコンセプトのコンサートがしたいよね」などと意見を出し合っていくうちに、自然とまとまっていきます。

田口:「この曲はマイナーだから、興行的に成立しないかもしれない」といった広報的な視点や、特殊な楽器を使わなければならなかったり、ソリストを呼ばなければ実現しなかったりするので「コスト面で厳しい」といった会計的な視点など、それぞれの立場から意見を述べていくこともあります。そうやって話していくうちに、おのずと絞られてくるんです。

どうしても決まらない場合には、コンマスが最終的な決定を行うこともあります。しかし、あくまで大切にしているのは、みんなの合意のもとで決定すること。団員が「演奏したい曲かどうか」はとても重要なんです。モチベーションにも関わってきますから。

室住:ある意味、マーケットインではなくプロダクトアウトで考えられるのは、「アマチュアの特権」だと思うんです。企業経営に置き換えると、やりたいことを挙げて、コンセプトを決めた上で、マーケティングとリソース面でのチェックを行って、最終的には事業責任者が判断する、といったイメージですね。

私たちはあくまでもアマチュアで、誰もが日々、仕事をしています。余暇の時間を使って演奏するのであれば、やはり、やりたいことができるほうがいい。それを具現化するには、とても信頼できる仲間がいることが前提となります。

「オルフェウス・プロセス」の項目でいうと、「(3)役割を明確に」したうえで、意見を出し合い、「(7)コンセンサスを形成」しているのですね。

田口:「オルフェウス・プロセス通りにやろう」と意識しているわけではありませんが、自然と実現されているように思います。

益本:例えば、「(4)リーダーシップを固定させない」という項目。TAOには指揮者がいないので、演奏の主体となるのは基本的にコンマスです。通常、オーケストラでは「演奏会ごと」にコンマスを決めるのが一般的です。しかしTAOでは、一度の演奏会で演奏する3・4曲のそれぞれでコンマスが異なるんです。

室住:こういうかたちになったのは、オルフェウス・プロセスに合わせたからではありません。指揮者不在のぶん、TAOではコンマスの負担が大きいんです。曲の全体的なグランドデザインを描き、その曲を仕上げるためにはどんな練習して、どう構成していくのか。それらは本来指揮者の仕事ですが、我々はコンマスに委ねなければならない。技術としてちゃんとクオリティを出さなければならないし、時間も限られている。一曲コンマスを担当するだけで、相当な負担があるんです。そのため、それぞれの曲に一人ずつコンマスを立てて、権限を持たせて責任を負うようにしています。

益本:コンマスをやることは、ある意味でリーダーシップの訓練にもなります。また、結果として自律的な組織の実現にもつながっているように思います。

コンマス以外のメンバーにも、それぞれがリーダーシップを発揮し、全員が意見を出し合って音楽を作っていくことが求められます。また、コンマスであっても、他の誰かのリーダーシップに従う場面もあります。オーケストラでは少数か大人数かにかかわらず、自分のパートに責任を持って演奏してもらわなければ、曲として成立しなくなってしまう。「楽譜を忠実に再現する」ことは誰もが責任として負っています。

室住:それができる人たちが集まっているんですよね。そのため、「責任を負わせる」よりも、「自ら責任を負う」という意志があります。

TAO演奏会の様子

TAO演奏会の様子(撮影・渡部晋也)

キーパーソンが語る“人と組織”

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