採用活動の新たな指針となる「採用学」とは(前編)
―― いま企業が抱える、新卒採用の課題について考える
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 准教授
服部 泰宏さん
新卒採用の現場で何が起きているのか
では、新卒採用の現場ではいま、何が起きているのでしょうか。まずは、就職サイトなどのサービスによって引き起こされている問題についてお聞かせください。
就職サイトのメリットの一つは、企業がこれまでなかなか出会うことができなかった学生たちと出会えることです。かつては地理的な理由や学歴的な側面で分断されていた学生たちと、企業が就職サイトを通じで出会えることは、大変良いことだと思います。
ただ、就職サイトには、まだ「学歴」という境界が存在しています。しかし、表向きには存在しないことになっていて、学歴の問題は水面下に隠れてしまっている。これは企業と学生の双方にとって、大きな問題だと思います。また、就職サイトは人を集めるという機能に長けているため、企業は多くの応募者を集めることにばかり力を入れています。実際、採用担当者にとって、多くの学生にエントリーしてもらうことは、大きなミッションです。エントリー数が少なければ、採用担当者の評価が下がってしまうのが現実です。就職サイトは母集団形成に関して、効果的な役割を果たしますが、その会社にあまり興味や関心のない学生が応募してくるのも事実です。こうしたミスマッチが、さらに過当な競争をあおっています。
就職サイトのサービスはこれだけにとどまらず、いまや人材コンサルタント的な役割も果たしています。応募者を集めるだけでなく、その後の選考や内定出し、内定者管理・フォロー、入社前教育など、採用プロセス全体に関わる運用をサポートする機能を持ち合わせているからです。このような機能が日本企業にとって大変魅力なのはよくわかるのですが、これに過度に依存してしまうと、日本企業の人事部から人材を採用する能力を奪ってしまうことになりかねません。例えば人材を育成していく際に、社内での研修と外部での研修が考えられますが、あまり外部に依存し過ぎると、自前で育てていく能力がなくなってしまいます。外部の力をどう活用するのか、そのバランスは非常に難しいところですが、就職サイトはとても強い集客力を持っているので、企業はどうしても依存しがちです。しかしその結果、企業の採用力が落ちてしまう可能性があるのです。ぜひとも、うまく活用していただきたいと思います。
この点については、先述の「曖昧さ」と重なる部分があります。例えば、A社では営業担当を必要としていますが、営業担当は言葉巧みにいろいろな会社に営業をかけなくてはならないので、ユーモア感覚が不可欠であると考えたとします。しかし、このような具体的な能力になると、就職サイトに登録している人の中から該当する人材を採用するのは難しい。そこで、あえて就職サイトを使わないで、具体的な能力を問うようなアプローチを行う企業がでてきます。
その中でも私がよく例に挙げるのが、新潟県にある三幸製菓さんです。現在は採用や育成にとても力を入れていますが、もともと社内では「新卒採用では就職サイトを利用し、一定レベルの大学生に多くエントリーしてもらうというアプローチで十分ではないか」という認識だったそうです。しかし、現場の人事担当者がそれだけではいけないと考え、採用課題を整理し、「カフェテリア採用」という他社には見られない独自の採用方法に変えていきました。
学生側で起きている問題については、どうお考えですか。
学生は、多くの企業がコミュニケーション能力を求めていること、大学時代にベンチャー企業を起こしたことがあること、英語がネイティブで話せることなど、人とは違う経験や能力が就職活動では評価されることをよく理解しています。
そのため大学生活そのものが、就職活動をにらんだものになってしまっています。経歴を作るための留学、就職のための起業など、本末転倒なことが起きています。学びたいことがあるからではなく、就職がいいからという理由でゼミを選ぶようなこともある。いろいろなことが経験できるはずなのに、多くの学生が貴重な大学の4年間を就職活動のために費やしているように思えて、とても残念です。もっとも、学生からすれば合理的な行動ということもでき、一方的に学生を責めることはできないのも事実ですが。
採用活動における経団連の存在については、どうお考えですか。
「採用選考の指針」は、経団連に所属していない企業には関係ありません。また、破っても罰則がないルールの存在は、混乱を招きます。いつ、誰かがルールを破るかもしれないという状況は、各企業をとても不確実性の高い状況に置くことになります。では、こういう状況の中で企業はどういう行動を取るべきなのでしょうか。経営学では結論が出ています。
有名な事例としては、アメリカの新聞社のIT化への対応があります。情報技術が進み、新聞を電子化するのか、それとも紙での発行を続けるのかという、過渡期における選択が迫られていた時、新聞各社はお互いの様子を見ながら、微妙にIT投資を上乗せしてみるなど、細かな変更を行うだけでした。ドラスティックに記事の新しいコンテンツを考えるとか、一気にIT化に切り替えるといった、大胆な変革を行うことはできなかったのです。
これと同じようなことが、採用でも起こる可能性があります。まだ簡単なデータしか取れていないのですが、2015年卒採用と、経団連による採用選考活動開始時期の早期自粛が指針に盛り込まれた2016年卒採用とでどのような違いが生じているのか、調査を行いました。すると「大学にリーチする際の予算が少し増えた」「就職サイトへの投資が少し減った」などといったように、予算の配分の仕方は微妙に変えている。ところが、これまで採用活動の中で行ってきたものを一気に廃止するとか、採用活動の方向性を根本的に変えるといったことを行っているのは、ベンチャー企業や地方の企業ばかり。大企業など、安定的な企業では、他社をベンチマークしながら自社の対応を考えるというケースがほとんどでした。
新しいことに取り組むことが全て正しいとは言いませんが、これまでやってきたことを踏襲するだけなら、何も変化が起こりません。しかし、実際にはお互いが疑心暗鬼になりながら、自社だけ突っ走るのは怖い、自社だけ置いてきぼりになるのは嫌だ、といった歩調合わせの状況にあります。結局、どの企業でも同じような人材を採用したいと思うから、このような状況になってしまう。自社で採用したいと思う人材が他社とは違うという自信があるのなら、早くその人材を採用しにいけばいいのです。先ほども述べたように、「曖昧にされる期待」「曖昧で画一的な能力評価」など、企業も学生も曖昧になりがちであることが、新卒採用に関する問題全ての根源にあると思います。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。