ワーク・エンゲイジメントと生産性の単年分析
~ワーク・エンゲイジメントと生産性
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子氏
健康経営(R) 1 の推進にあたり、経済産業省では、取組の可視化の段階を終え、評価の可視化の段階であるとしており、健康経営度調査で、これまで収集していなかったワーク・エンゲイジメント等従業員の業務パフォーマンスについても現状の把握と向上に向けた取り組みの推進をはじめている。
ワーク・エンゲイジメントは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の三つが揃った状態として定義される。
「健康経営に関する取り組み効果の可視化に向けた動向~ワーク・エンゲイジメントと生産性」では、ワーク・エンゲイジメントの解説をおこなった。本稿では、ニッセイ基礎研究所が2019年から実施している「被用者の働き方と健康に関する調査」の結果を使って、ワーク・エンゲイジメントと生産性の関係を紹介する。まず、2020年3月に実施した調査の結果を使って単年における分析を行った。
1 「健康経営」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標。
1――はじめに
1|本稿で使用したデータ
本稿で使用するデータは、ニッセイ基礎研究所が2019年3月から毎年実施している「被用者の働き方と健康に関する調査」の2022年調査の結果である。調査はインターネットで2022年3月に実施した。対象は、全国の18~64歳の被用者(公務員もしくは会社に雇用されている人)の男女で、回収件数は5,653件である。全国6地区、性別、年齢階層別(10歳ごと)の分布を、2020年の国勢調査の分布に合わせて収集している。
2|分析概要
以下では、まず、本分析で使用するワーク・エンゲイジメント、生産性の測定方法、および生産性に影響すると考えられるストレス状況の判定、ワーカホリズムの状況の測定方法を示し、ワーク・エンゲイジメント、ストレスの状況、ワーカホリズムの状況と生産性の関係を分析する。
2――ワーク・エンゲイジメント等の測定
1|ワーク・エンゲイジメントの測定
一般に、ワーク・エンゲイジメントは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、「活力」「熱意」「没頭」の三つがそろった状態と説明される 2。ワーク・エンゲイジメントの測定方法は、いくつか提案されているが 3、本稿では、ニッセイ基礎研究所が定期的に実施している「被用者の働き方と健康に関する調査」で継続的に尋ねている「仕事をしていると活力がみなぎる気がする」「職場での自分の役割に誇りを感じる」「仕事にのめり込んでいる・夢中になってしまう」への回答を使う。
2022年3月に行った調査におけるこれら三つの質問に対する回答の分布を図表1に示す。いずれも「どちらとも言えない」が半数程度を占めて高かった。残り半数程度についてみると、「仕事をしていると活力がみなぎる気がする」「仕事にのめり込んでいる・夢中になってしまう」では、「あてはまらない」と「あまりあてはまらない」の合計が3割弱で、「あてはまる」と「ややあてはまる」の合計を上回っていた。「職場での自分の役割に誇りを感じる」では、「あてはまらない」と「あまりあてはまらない」の合計と「あてはまる」と「ややあてはまる」の合計がいずれも25%弱で同程度だった。
本稿では、「あてはまる」~「あてはまらない」に対して順に5~1点を配点し、三つの質問の合計点をワーク・エンゲイジメント得点とする。ワーク・エンゲイジメント得点の分布は図表2のとおりで、全体の平均は8.6点(標準偏差2.6点)だった。以下では、3~8点を「低ワーク・エンゲイジメント」、9点を「中ワーク・エンゲイジメント」、10~15点を「高ワーク・エンゲイジメント」とする。
性、年齢別のワーク・エンゲイジメントの概要を図表3に示す。今回の調査では、ワーク・エンゲイジメントは、性別にみると女性で「低」が多く、年齢別にみると~29歳以下と、60~64歳で「高」が多かった。
2 厚生労働省「令和元年版労働経済の分析」等。オランダのシャウフェリらが提唱した概念。
3 健康経営に関する取り組み効果の可視化に向けた動向~ワーク・エンゲイジメントと生産性(1)」ニッセイ基礎研究所 保険・年金フォーカス(2022年7月26日)等をご参照ください。
2|生産性の測定
生産性の測定には、東大1項目版として知られる「病気やけががないときに発揮できる仕事のできを100%として、過去4週間の自身の仕事を評価してください。」という自分が考える仕事のパフォーマンスを問う質問への回答を使った。生産性の分布は図表4のとおりだった。およそ半数が病気やけががないときに発揮できる仕事のできと比較して100%、およそ3割が80~99%と自己評価しており、全体の平均は84.1%(標準偏差23.8)だった。
3――生産性への影響
1|ワーク・エンゲイジメントと生産性の関係
ワーク・エンゲイジメント(低、中、高)別の生産性の平均を図表5に示す。低ワーク・エンゲイジメントで81.6%、中ワーク・エンゲイジメントで84.1%、高ワーク・エンゲイジメントで87.2%と、ワーク・エンゲイジメント得点が高いほど生産性も高い、すなわち従業員自身が高いパフォーマンスで働けていると認識していることが確認できた。
2|ストレスの状況やワーカホリズムと生産性の関係
続いて、生産性に影響を及ぼすと考えられているストレスの状況とワーカホリズムの状況について、生産性との関係をみる。ストレスの状況は、「職業性ストレス簡易調査票(57問)」を使用し、素点換算表 4 から高ストレス者を選定した。高ストレス者は1097人(全体の19.4%)だった。また、ワーカホリズムは、「過度に働くことへの衝動性ないしコントロール不可能な欲求」「仕事中でなくても頻繁に仕事のことを考える」などの特徴が指摘されていることから、本稿では、同様の概念である「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答を使った。「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答は、「あてはまる」が242人(全体の4.3%)、「ややあてはまる」が1043人(〃 18.5%)、「どちらともいえない」が2580人(〃 45.6%)、「あまりあてはまらない」が1010人(〃 17.9%)、「あてはまらない」が778人(〃 13.8%)だった。
ストレスの状況や「家にいても仕事のことが気になってしかたがないことがある」への回答別の生産性の平均を図表6に示す。その結果、高ストレス者で、それ以外の人と比べて生産性は低い。また、高ストレス者で生産性が低いのと同程度に「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」と回答した人の生産性は低かった。
4 厚生労働省ストレスチェック実施プログラム「数値基準に基づいて「高ストレス者」を選定する方法(https://stresscheck.mhlw.go.jp/material.html)」
3|重回帰分析
最後に、ワーク・エンゲイジメント、ストレスの状況、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」への回答を説明変数とし、生産性を被説明変数とした重回帰分析の結果を図表7に示す。「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に対する回答が「あてはまる」を1、「ややあてはまる」「どちらともいえない」「あまりあてはまらない」「あてはまらない」を0とした。ワーク・エンゲイジメント、性、年齢、職業 5、仕事内容 6、年収 7 は調整変数として投入した。投入した変数はいずれも強い相関はなく、多重共線性はないものと考えた。
重回帰の結果から、ワーク・エンゲイジメントと高ストレス、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」は、それぞれ独立に生産性と関係があり、図表5と同様に、ワーク・エンゲイジメント得点は生産性と正の関係があり、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」人、また、高ストレス者は生産性と負の関係があった。
5 職業は、公務員(一般)/公務員(管理職以上)/正社員・正職員(一般)/正社員・正職員(管理職以上)/契約社員(フルタイムで期間を定めて雇用される者)/派遣社員(労働者派遣事業者から派遣されている労働者)とした。
6 仕事内容は、管理職・マネジメント/事務職(一般事務、コールセンター、受付等)/事務系専門職(市場調査、財務、秘書等)/技術系専門職(研究開発、設計、SE等)/医療福祉、教育関係の専門職/営業職/販売職/生産、技能職/接客サービス職/運輸、通信職/その他 とした。
7 年収は、300万円未満/300~700万円未満/700~1000万円未満/1000~1500万円未満/1500万円以上/収入はない/わからない・答えたくないとした。
4――おわりに
以上より、ワーク・エンゲイジメントを、「仕事をしていると活力がみなぎる気がする」「職場での自分の役割に誇りを感じる」「仕事にのめり込んでいる・夢中になってしまう」という質問への回答で評価した結果、ワーク・エンゲイジメントが高い人では、高いパフォーマンスで働けていると認識していた。ただし、ストレスチェックによって「高ストレス」と判定される人、「家にいても仕事のことが気になってしかたないことがある」に「あてはまる」人では、パフォーマンスと負の関係があり、ワーク・エンゲイジメントが高い状態であっても、過度なストレスはもちろん、家にいても仕事のことが気になってしかたない程没頭するのは、生産性にマイナスの影響がある可能性がある。
しかし、今回の分析は、ワーク・エンゲイジメントを測定する質問も、生産性を問う質問も、アンケート調査で行っている。したがって、例えば、どういった質問に対してもポジティブに捉える人と、どういった質問に対してもネガティブに捉える人がいた場合、企業からみた「生産性」が同様であっても、前者はワーク・エンゲイジメントを測定する質問にも生産性を問う質問にもポジティブに回答しているのに対して、後者はいずれもネガティブに回答してしまっていて、客観的な評価になっていない懸念がある。
なお、仮に、個人の特性によって、あらゆる質問に対して、ポジティブな回答をしていたとしても、ワーク・エンゲイジメントが高い人は職場には活気をもたらし、周囲の従業員についてもそれぞれのパフォーマンスは高まると考えられる。したがって、従業員が自分自身に求められていると考える役割や目標が、企業がその従業員に求めるものと乖離がない限り、職場にとってプラスとなり得る。したがって、各従業員が、自分自身に求められる役割や業務量について、企業と共有することが重要だと思われる。
ニッセイ基礎研究所は、年金・介護等の社会保障、ヘルスケア、ジェロントロジー、国内外の経済・金融問題等を、中立公正な立場で基礎的かつ問題解決型の調査・研究を実施しているシンクタンクです。現在をとりまく問題を解明し、未来のあるべき姿を探求しています。
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