ライフデザインの視点『「幸せ」視点のライフデザイン~なぜ今well-beingなのか』
第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部長 ・主席研究員 宮木 由貴子氏
「幸せ」「well-being」について考える組織の増加
今、「幸せ」「well-being(ウェルビーイング)」の実現を組織のミッションに据え、商品・サービスやリソースがそれらにどう貢献できるのかという視点を持つ企業や自治体、団体が増えている。
その背景には、「主観的に幸せ」である人が多い組織において、様々な利点があることが検証されてきたことがある。「主観的に幸せ」であるとは、自分が幸せであると自ら評価していることである。主観的に幸せな人が多い組織では、生産性や売り上げ、創造性などが高く、一株当たりの利益が高いことや離職率が低いことなどが指摘されている。つまり、組織のメンバーが幸せを体感していることは、組織の持続性を高め、成長を促すのである。
こうしたエビデンスの蓄積により、多くの企業や団体が「幸せ」「well-being」に着目し、従業員とお客さまの幸せ体感をいかに実現するかに心を砕くようになってきた。今日、CHO(チーフ・ハピネス・オフィサー)やCWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)といった役職を社内に設ける企業もある。
政府の方策にもwell-beingのコンセプトが盛り込まれたり、豊かさを測る指標としてGDP (gross domestic product:国内総生産)からGDW (gross domestic well-being:国内総充実)へのシフトが提案されるなど、「幸せ」視点で豊かさを測る動きが生じている。こうした動きは国際的にも展開されており、社会は「幸せ」の価値を測るようになりつつあるのである。
幸せにかかわる価値観のシフト
人々における「幸せ」の捉え方も変化してきた。従来の「勝ち組」は、収入や地位の高さ、モノの多さや学歴といった、量・高さ・速さなどの段階的・数値的なもので測られることが多く、さらにそれらは皆に共通の価値として社会で共有され、幸せと同義であるとの認識があった。
しかし、今ではそうした価値観は変化し、幸せを体感する感性や人とつながる力、利他的行動、健康体感などによる主観的な幸せが重要であるとの認識が浸透している。いわば、人より抜きん出ようとする「勝ち組」から、多様な価値を尊重しつつ、それらを組み合わせて新たな価値を生む「価値組み」への転換である。
当社で2019年に出版した「人生100年時代の『幸せ戦略』」(東洋経済新報社)においても、「幸せとは“なる” ものとして目指すのではなく、“感じる”ものとして日々身近にある」と言及している。そうした幸せ体感ができる毎日を送るべく、「つながり」「お金」「健康」の3つの人生資産を形成することによる人生100年時代への備えを提言している。
こうした考え方へのシフトは、コロナ禍によってより強まった側面もある。行動が制限され、これまで当たり前だった生活を送れなくなり、「日常に多くの幸せがあった」と再認識した人は少なくない。私たちは「自分にとって何が幸せなのか」「自分にとっての不要不急とは何か」にコロナ禍で向き合い、幸せの基準が一人ひとりにとって異なることにも気づいたといえる。
「ライフデザイン3.0」の時代
さらに、当研究所では、これからの社会が「ライフデザイン3.0」時代であると提唱している。
同質的で画一性の高い「ライフデザイン1.0」時代(昭和)は、モデル的なライフコースを歩んでいれば、将来への心配は大きくなかった一方で、そのライフコースを逸脱することによる不安があったり周囲の目が気になるなど、人生における選択の自由度が低かった。
続く「ライフデザイン2.0」時代(平成)は、多様化が進んで人生の選択肢が広がり、人生がカスタマイズできるようになった。女性の社会進出や高学歴化により、結婚や出産も自己裁量による部分が大きくなるなど、人生における選択の自由度は高まったが、将来への見通しが立ちにくくなったことに加え、自己責任部分が拡大した。
折しもこの時代はバブル経済の崩壊やリーマンショックといった経済的ダメージに加え、大きな自然災害が続いたことで、備えの意識は高まったものの、ライフコースの多様化により、自分に合うモデルが見つけられず、「どう備えていいかわからない」という時代でもあった。
これらに対し、「ライフデザイン3.0」時代(令和)は、発想を転換し、ありたい未来を自ら描き、その実現に向けて今をデザインしようというものである。寿命と資産のバランスに主眼を据えて備える人生設計だけではなく、日々を充実させ、幸せを体感することを目的とし、いつからでも始め、何度でもやり直し、方向転換をして歩む、柔軟性の高いライフデザインが求められている。
「幸せ」視点のライフデザイン
では、「つながり」「お金」「健康」の3つの人生資産の領域において、どのように「幸せ」視点へのシフトが起きているのだろうか。
幸せ視点で考える「つながり」
コロナ禍における行動制約や在宅時間の増加は、地域やコミュニティ、家族関係において、正負両面の影響をもたらした。また、芸術やスポーツなどの「不要不急」と言われがちな事柄が、私たちにとってどのような意味を持つのかを問うことにつながり、様々な工夫やイノベーションが図られた。さらに、リモートワークやハイブリッドな働き方の導入により、多様な働き方が展開され、コロナ禍の終息後に元の形に戻さない、より良い形でアフターコロナに着地する方向性が見出された。
このように、リアルでつながることができない状況において、DXが代替手段として展開され、さらにそれは単なる代替手段にとどまらない新しいつながり方の発見と定着にもつながった。つながり方が多様化し、その選択肢が増えたことは、幸せを感じるつながりの実現に向けて、多くの可能性を示したといえよう。
幸せ視点で考える「お金」
働き方の多様化によって、私たちは働きやすさを模索するようになったと同時に、「働きがい」についても考えるようになった。お金を稼ぐこと、貯めること自体を目的とせず、それらを「幸せに生きるための手段」であるととらえ、幸せに働き続けることの意義や、働くことが自分にとって何を意味するのかを考える時代となっている。その結果、学び直しやリカレント教育への注目が高まっている。
さらに、消費を通じた自分の幸せと社会の持続性を両立するようなお金の使い方についての模索も進んでいる。
幸せ視点で考える「健康」
健康であることが「ノーマル」とは限らない人生100年時代においては、どのような身体状況においても社会参加できるユニバーサル社会の構築が求められる。そのためには、社会システムだけでなく、個人の意識や社会・技術とのかかわり方において、「寛容さ」をもって多様性を受け入れる姿勢が必要となる。持病や障害があっても充実した人生を送ることが「健康」であるととらえ、そのライフデザインを支える社会の構築が期待される。
幸せを体感できるライフデザインを
一人ひとりが幸せを体感できるライフデザインを行うためには、①多様性、②寛容性、③ハピネス体感スキル、 ④サステナビリティ、⑤デザイン思考といった視点が重要だ。「ライフデザイン3.0」時代の生き方を意識したうえで、これら「幸せ」視点のライフデザインを行い、自らのハピネス体感スキルを高めることで、皆が日々幸せを体感できる社会が実現されることを期待したい。
(なお、本稿の内容については、当研究所が出版した「『幸せ』視点のライフデザイン」東洋経済新報社刊)で詳述している。)
第一生命経済研究所は、第一生命グループの総合シンクタンクです。社名に冠する経済分野にとどまらず、金融・財政、保険・年金・社会保障から、家族・就労・消費などライフデザインに関することまで、さまざまな分野を研究領域としています。生保系シンクタンクとしての特長を生かし、長期的な視野に立って、お客さまの今と未来に寄り添う羅針盤となるよう情報発信を行っています。
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