通勤時間と幸福度の関係
-リモートワークの拡大で幸福度は高まるか?
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 研究員 岩﨑 敬子氏
はじめに
新型コロナウイルス感染症は、リモートワークの制度拡大のきっかけになっている。リモートワークによる様々なストレスが報告されている一方で、これまで通勤や身支度にかかっていた時間を節約できることで、生活の質が向上したと感じている方もいるのではないだろうか。実際に通勤時間と幸福度の間には負の相関が見られることがこれまで欧米で行われてきたいくつかの研究で報告されている *1。しかし、日本での通勤時間と幸福度の関係に関する研究はこれまで殆ど無い。そこで、日本での状況をとらえるために、本稿ではニッセイ基礎研究所が行った独自の調査の分析結果を紹介する。
国が実施した平成28年社会生活基本調査によると、日本に住む10歳以上の通勤・通学者における平日の通勤・通学時間の全国平均は往復1時間19分である。これは1ヶ月(20日間)では26時間20分になる。多くの人が人生の中で無視できない割合の時間を割いているからこそ、その人々の幸福度への影響をとらえることは重要と考えられるのである。
*1 Chatterjee et al. 2020
調査の概要
全国の18~64歳の男女被用者を対象 *2 にしたWEBアンケート調査である。回答期間は2020年2月28日~3月25日。回答数は5,594件。回答は全国11地区の性・年齢別の分布を2015年の国勢調査の分布に合わせて収集した *3。
*2 株式会社クロス・マーケティングのモニター会員
*3 「第2回被用者の働き方と健康に関する調査」
幸福度と通勤時間の分布
幸福度の分布
まず、幸福度の把握には、「現在、あなたはどの程度幸せですか。「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点とすると、何点くらいになると思いますか。」という11段階の選択式質問を用いた。回答者の平均は5.9点であった。同様の質問を含めた全国調査である平成23年度国民生活選好度調査では平均点は6.4点であったことから、それと比べると少し低めの分布であることが分かる。調査実施時期の違いに加え、本調査が18歳~64歳の男女被用者を対象としているのに対して、国民生活選好度調査は15歳から80歳の(被用者とは限らない)男女を対象としており、対象が異なることが影響していると考えられる。
幸福度の分布は図表1の通りである。最も回答が集中しているのは、5点で約20%、次に多いのは8点及び7点でそれぞれ約18%となっている。5点のところと8点及び7点のところの2箇所に頂点がある分布の形状は、これまで日本で行われてきたアンケート調査で示されてきた日本の幸福度の分布と同様の傾向である。
片道通勤時間の分布
次に、片道の通勤時間の分布は図表2の通りである。片道の通勤時間として最も多かったのが10分~30分で約37%。次に多かったのは、30~60分で約33%であった。片道の通勤時間が30分以内の人が約50%、30分以上の人が約50%と半々程度であることが確認できる。
幸福度と通勤時間の関係
通勤時間別の幸福度の平均値
次に通勤時間と幸福度の関係を捉えるために、通勤時間別の幸福度の平均値を示したのが図表3である。この図からは、在宅勤務の人はその他の通勤者と比較して幸福度が低い傾向があることが確認できる。また、片道の通勤時間が90分以上の人については、片道の通勤時間が90分未満の人に比べて幸福度が低い傾向があることが確認できる。
通勤時間と幸福度の関係
しかし、通勤時間別の幸福度の平均点の比較は、通勤時間と幸福度の関係をとらえるのには十分ではない。通勤時間や在宅勤務の選択と幸福度の両方に影響を与えている様々な要因が存在している可能性があるからだ。例えば、幸福度に大きな影響を与えることが知られている健康状態が悪いことが理由に在宅勤務を行っている場合、健康状態が悪いことは幸福度を下げる一方で、在宅勤務の可能性を上げる影響を与えることで、幸福度と在宅勤務の選択の間に見せかけの負の相関が示される可能性が考えられる。
そこで、在宅勤務や通勤時間の長さの選択と幸福度の両方に影響を及ぼす可能性がある項目(健康状態、通勤手段、年収、性別、年齢、婚姻状況)をコントロール変数に加えて、幸福度を被説明変数、通勤時間の長さを説明変数として、線形回帰モデルの推計を行った。片道の通勤時間の係数の推計結果は図表4の通りである。図表4には、片道通勤時間10分以内を参照カテゴリー(係数ゼロの赤い線)として、その他の通勤時間のカテゴリーの係数とその信頼区間を示している。在宅勤務の該当者は少ないため、信頼区間が広くなっているが、係数はほぼゼロで、片道の通勤時間が10分以内の人と幸福度に大きな違いが確認できないことを示している。一方で、在宅勤務ではない人については通勤時間長くなるにつれ、係数がより大きくマイナスになっていくことが確認できる。つまりこの推計結果は、通勤時間が長くなるほど幸福度が低くなる傾向を示している。
本分析の課題
本分析ではクロスセクションの観察データを用いており、因果関係の示唆には限界があることを申し添える。今後パネルデータや自然実験を用いて因果関係に関する厳密な検証が行われていく必要がある。また、通勤時間や通勤手段が幸福度に影響を与えるメカニズムについても検証が進められる必要がある。例えば、通勤中に、通勤ルートや時間、環境を自分ではコントロールできない状況がストレスにつながる傾向があること *4 、通勤時間が長いことは社会的な活動への参加や余暇の減少と相関していることが報告されている。*5 通勤によるストレスや時間配分の変化が幸福度の低下に繋がっている可能性が示唆されるのである。
*4 Sposato et al., 2012
*5 Hilbrecht et al., 2014
おわりに
厳密な因果関係やメカニズムの検証といった課題があるものの、本分析は、新型コロナウイルス感染症対策のためのリモートワーク拡大による通勤時間の軽減が、幸福感の高まりを示す可能性があることを示した。幸福度が高まると人々の生産性が高まる可能性があることが様々な研究で明らかになってきている*6。リモートワークの拡大で通勤時間が減少し、幸福度が高まることで、生産性が向上するという良いサイクルに繋がることが期待される。
*6 岩﨑(2020)
参考文献
Chatterjee, K., S. Chng, B. Clark, A. Davis, J.D.Vos, D. Ettema, S. Handy, A. Martin & Louise Reardon (2020) Commuting and wellbeing:a critical overview of the literature with implications for policy and future research.Transport Reviews, 40(1), 5-34.
Hilbrecht, M., B. Smale & S.E. Mock (2014)Highway to health? Commute time and wellbeing among Canadian adults. World Leisure Journal, 56, 151–163.
Sposato, R. G., K. Röderer & R. Cervinka (2012) The influence of control and related variables on commuting stress. Transportation Research Part F: Traffic Psychology and Behaviour,15(5), 581–587
岩﨑敬子(2020年1月15日)「幸福度が高まると労働者の生産性は上がるのか?-大規模実験を用いた因果関係の検証:プログレスレポート-」基礎研レポート
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