ミドル層採用時の情報収集・経歴詐称・ミスマッチ等への対応
KAI法律事務所 弁護士 奈良 恒則/佐藤 量大/端山 智/髙橋 顕太郎
3 中途採用者の経歴詐称と解雇
Q18.中途採用者が履歴書や職務経歴書に記載していた内容について、以下のような虚偽の記載があったことが判明した場合、経歴詐称を理由として当該中途採用者を解雇できるのでしょうか。また、採用してから長期間が経過した後に下記事情が判明した場合でも、解雇ができるのでしょうか。
(1)職務経歴書に給排水工事に5年間従事していたと記載されていたのに、実際にはそのような職歴がなかった場合
(2)履歴書に大学卒業と記載していたのに、実際には大学を中退していた場合
経歴は、従業員の能力が会社の求める条件に合致しているか否かを判断し、社内での配置や担当業務さらには賃金その他の労働条件等を決定するとともに、会社への適応性や信用保持などの企業秩序維持に関する事項を見極めるための基礎となる情報です。この点、従業員は、信義則上、会社が申告を求めた場合には経歴について真実を告知する義務を負っていると解されています。
そして、就業規則等で経歴詐称が懲戒解雇事由になる旨が定められている場合、どんな些細な経歴詐称でも懲戒解雇事由に該当するのではなく、「経歴詐称がなかったならば雇用契約が締結されなかったであろうという因果関係が、社会的に妥当と認められる程度に重大なとき」に初めて、懲戒解雇事由に該当すると解されています(関西ペイント事件・東京地決昭30.10.22労民6巻6号788頁)。
(1)「重大な」経歴の具体的判断
ここにいう「重大」な経歴とは、主に学歴、職歴、犯罪歴、病歴等を指しますが、社員の従事する職種に応じて具体的に判断されることになります。
まず、中途採用においては、募集にあたって求める能力等との関係で、過去の職歴を参照することが多いと考えられるところ、職歴の詐称についても、それが採否の判断に重大な影響を及ぼす場合には、懲戒解雇事由に該当することがあります。
例えば、以下の例では、解雇を有効と判断しています。
[1]溶接作業員への採用にあたり、溶接関係の仕事に12年余り従事していた旨偽った場合に諭旨解雇を有効とした事例(生野製作所事件・横浜地川崎支判昭59.3.30労判430号48頁)
[2]住宅資金融資会社の審査役への採用にあたり、警官等の職歴が1年5ヵ月しかないのに約9年と偽った場合に、他の事由も含め、懲戒解雇を有効とした事例(相銀住宅ローン事件・東京地決昭60.10.7労判463号68頁)。
[3]システム開発のため特定のコンピュータ言語(JAVA)を自由に扱える契約社員の採用にあたり、同言語のプログラミング能力がほとんどないのにあると偽った場合に、懲戒解雇を有効とした事例(グラバス事件・東京地判平16.12.17労判889号53頁)。
[4]給排水工事に5年の経験を有しどのような仕事もできると虚偽を述べて採用された場合に、即時解雇を有効とした事例(環境サービス事件・東京地判平6.3.30労判649号6頁)。
[5]経営コンサルタントとして約4年従事していた旨を偽って述べた場合に、他の事由も含め、懲戒解雇を有効とした事例(メッセ事件・東京地判平22.11.10労判1019号13頁)
したがって、設問の事例でも、給排水工事を行っている会社等が、経験者を即戦力として中途採用した者について、実際には給排水工事の経験がまったくなかった場合には、懲戒解雇等を行うことができると考えられます。
(2)留意点
もっとも、注意しなければならないのは、経歴に詐称があれば必ず懲戒解雇が有効となるわけではないという点です。あくまでも、詐称のあった経歴が、従事する業務との関係で労働力評価や企業秩序維持との関係で採否にあたって重大な要素であることが重要です。
この点、新卒採用の場合、参照できる経歴は学歴が主であるのに対し、中途採用の場合には、学歴に加えて卒業後の職歴も参照することになり、特に、即戦力を求めている場合には、学歴よりも職歴のほうが重要となるのではないでしょうか。そのため、中途採用の場合には、学歴の詐称は、職歴の詐称に比べると、採否にあたって重要な事項とはなりにくいと考えられます。
(3)長期間経過後に判明した場合
中途採用から長期間が経過した後で経歴詐称が判明した場合、採用当時に経歴詐称が発覚していた場合とは異なる判断がなされる可能性があります。
すなわち、裁判例では、従業員が雇入れ前に懲役刑に処せられていた事実および雇入れ時にそれを賞罰欄に記載しなかった事実は、懲戒解雇事由に該当するとしつつ、「X〔従業員〕がこのようにして6年間会社に勤務したということは雇入れ当時の前歴詐称という信義則違反に対する社会的評価をなすについて情状的判断に影響を及ぼすものといわなければならない。すなわち労働者の雇入れ前の非難すべき行動(犯罪行為)と雇入当時の背信行為(前歴詐称)はその労働者が長期間会社の経営に寄与した後においては勤務当初におけると同様の企業に対する反価値的判断をなすべきではない」として、労働者の長期にわたる良好な勤務状態の継続を指摘して、結論として懲戒解雇を無効と判断したものがあります(東光電気事件・東京地決昭30.3.31判時50号17頁)。
そのため、長期間が経過した後に経歴詐称が発覚した場合には、発覚した経歴詐称だけではなく、就職後の事情も併せて考慮しながら懲戒解雇をすべきか判断する必要があります。
採用後に経歴詐称が発覚することを防止するためには、採用時点で履歴書や職務経歴書の記載内容を精査し、面接等で疑問を解消しておくことが肝要です。
特に、中途採用の場合、前職までの労働条件等(無期雇用か有期雇用か、月給制か時給制かなど)を確認するのはもちろん、職務経歴書に記載された会社名、肩書や部署に惑わされず、実際に従事していた具体的な業務内容を把握することに努めることが重要と言えます。
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