行橋労基署長事件(最高裁判決)が与える影響は?
宴会への参加は労働法上どう位置付けられているか
弁護士
渡邊 岳(安西法律事務所)
4. 宴会への参加をめぐる労働法上の取扱いの整理
(4)宴会の場でのハラスメントに当たる言動と使用者の責任等
セクハラやパワハラに当たる言動が会社の宴会の場であった場合、被害者が使用者の責任を追及したり、労災保険の保険給付を請求したりすることがあります。これらのケースにおいて、当該宴会は、「事業の執行」に関連するものであるのか、あるいは、労災保険法上の「業務」と言えるのかが問題となることがあります。
男女雇用機会均等法11条1項は、事業主に対し、職場におけるセクハラ問題に対処するための雇用管理上の措置の実施を義務付けていますが、ここにいう「職場」の意義に関連して、「勤務時間外の『宴会』等であっても、実質上職務の延長と考えられるものは職場に該当するが、その判断に当たっては、職務との関連性、参加者、参加が強制的か任意か等を考慮して個別に行うものであること」との通達が発せられています( 平18.10.11、 雇児発第1011002号)。したがって、実質上職務の延長と考えられる宴会に関しては、事業主の上記義務が及ぶ範囲にあるということになります。
一方、民法715条1項は、被用者が事業の執行につき不法行為を犯したときは、使用者が責任を負う旨を定めています。この責任に関連して、宴会の場で労働者がセクハラやパワハラに当たる言動をした場合、それが「事業の執行につき」なされたと言えるのかが問題となることがあります。裁判例では、「事業の執行につき」と言える範囲を比較的緩やかに解しており、例えば、建前上は従業員間の私的な飲み会を禁じている場合であっても、それが従業員らに重く受け止められておらず、現に多くの従業員が参加して行われた飲み会におけるセクハラの言動は、使用者の「事業の執行につき」なされたものであるとされ(大阪セクハラ(S運送会社)事件・大阪地裁平10.12.21判決・判時1687号104頁)、出張先の居酒屋で行われた業務に関する反省会を兼ねた飲み会の場での上司による飲酒強要行為が不法行為に当たるとし、それは会社の「業務に関連してされたものであることは明らかである」とされています(ザ・ウィンザー・ホテルズ・インターナショナル(自然退職)事件・東京高裁平25.2.27判決・労判1072号5頁)。市の職員が私費で行った懇親会の場でのセクハラにあたる発言について、原則として職員全員が参加することが想定され、職員相互の親睦を深めることが目的とされているような場合には、国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」の要件を満たすとしたケース(A市職員(セクハラ損害賠償)事件・横浜地裁平16.7.8判決・判時1865号106頁)も、同様の文脈で理解することができます。
労災保険との関係でも、懇親会における上司の「できが悪い」「何をやらしてもアカン」といった発言により被災者にかかった負荷は、「業務上のものであると解される」とした判決があります(国・奈良労基署長(日本ヘルス工業)事件・大阪地裁平19.11.12判決・労判958号54頁)。
このように見てくると、セクハラないしパワハラの被害者らが、使用者の責任を追求する場面や労災保険の業務災害に当たると主張する場面においては、従前から、宴会も、その大半は事業の執行中あるいは業務と認定される余地があったと言えます。
そうなると、この場面では、本判決が出される前から、宴会を業務に関連するものとして捉える範囲が比較的広かったということができ、本判決の影響はほとんどないのではないかと考えられます。
(5)宴会の場での言動と懲戒処分
会社に関係する宴会の場において、労働者のハラスメントに当たる言動や他人の名誉を棄損するような言動があった場合、当該労働者に対する懲戒処分の可否あるいは程度が問題となることがあります。
この問題に関連し、その宴会に業務性があるのであれば懲戒処分は可能だが、業務性がないのであれば、懲戒処分はできないのではないかといった意見を耳にすることがありますが、必ずしもそのような関係にはありません。
懲戒処分は、労働者の行為によって職場秩序が乱されたときに、それを回復するために使用者により行われる制裁処分です。したがって、宴会に限らず、一般的に、業務外(職場外かつ勤務時間外)の行為であっても職場秩序を乱す行為があったときは、懲戒処分が可能であると解されています(国鉄中国支社事件・最高裁一小昭49.2.28判決・民集28巻1号66頁)。
現に、裁判例においても、結論として懲戒解雇処分は重すぎると判断された事案ではありますが、社員旅行や日常の宴会の場で、部下の女性従業員に対し、支店長兼取締役の地位にある者が、肩に手を回したり、手で胸の大きさを測るそぶりを見せるなどのセクハラに当たる行為をしていたことは、懲戒の対象となる行為ということは明らかであると判示されています(Y社(セクハラ・懲戒解雇) 事件・東京地裁平21.4.24判決・労判987号48頁)。
そうすると、この場面では、宴会への参加の業務性の有無は、第一義的な問題の地位を占めているわけではないので、本判決による影響はほぼないと言ってよいでしょう。
(6)宴会の場での言動を理由とする降職処分
上記(5)と類似する場面として、管理職者の宴会の場での使用者の利益に反する言動を理由に、その者を降職させることの可否が問題となったケースがあります。
土地改良区の総務部長兼出納責任者の地位にあった者が、同改良区の費用で設けられた酒席の場などにおいて、監事および理事に対し、「あんたのような人が亡くなったとしても改良区の職員は誰一人として葬式には行かない」などと発言したことを理由になされた降職処分につき、その懇親会等が改良区の費用で賄われ、出席者が改良区の理事、監事、職員に限られていることに照らせば、職務執行に関連性がないとは言い難いと指摘し、酒席の場における発言であるから職務と関連性が乏しく、発言があったとしても、職務に必要な適格性を欠くことにはならないとの労働者側の主張を一蹴して、当該降職処分を有効とした裁判例があります(空知土地改良区事件・札幌高裁平19.1.19判決・労判937号156頁)。
ここでは、「職務に当たるかどうか」ではなく、「職務執行に関連性がないと言えるかどうか」という基準が立てられていることが注目されます。筆者は、降職処分の適否は、その言動が管理職としての適格性に疑問を抱かせるかどうかで判定されるものであって、宴会と職務執行との関係を過度に重視すべきではないと考えていますが、宴会への参加が業務に当たるかどうかという基準によることなく判断をしている点は、見落とされてはならないと思います。
問題となる場面 | 判断のポイント | 根拠裁判例等 |
---|---|---|
労災保険法上の業務災害に当たるか | 幹事などでない場合は原則として業務性はないが、事業活動に密接に関連し、参加せざるを得ず、業務の途中で参加した場合の負傷等は、業務労災たり得る | 本判決 昭22.12.29基 発516 |
賃金支給の対象か | 参加が義務であれば支給対象(ただし、飲食が中心なら、不支給でよいと解する) | 前掲 三菱重工長崎造船所事件 |
賃宴会中の負傷等に対し使用者が損害賠償義務を負うか | 特別の社会的な接触の関係に入った者として信義則上安全配慮義務を負う者に義務違反があれば、損害賠償義務がある | 前掲 自衛隊車輌整備工場事件 |
過労による健康被害と主張される事案で労働時間とみるか | 業務が目的であり、参加が強制されている事案では、労働時間としてカウントされる | 前掲 国・池袋労基署長(光通信グループ)事件ほか |
労働者の言動につき使用者が責を負うか | その宴会への出席の義務の有無、目的、参加者の数や地位、使用者の態度等による | 前掲 A市職員(セクハラ損害賠償)事件 |
労働者の言動に対し懲戒処分できるか | 職場秩序を乱しているなら、懲戒処分は可 | 前掲 Y社(セクハラ・懲戒解雇)事件 |
管理職者の言動を理由に降職し得るか | 費用負担や出席者の観点から、職務執行に関連性のある宴会であれば、降職も可能 | 前掲 空知土地改良区事件 |
【執筆者略歴】 渡邊 岳(わたなべ がく)●弁護士(安西法律事務所)・一橋大学大学院国際企業戦略研究科経営法務専攻課程非常勤講師。1994年弁護士登録、現在に至る。主に、解雇、労災など労働関係裁判、労働委員会事件、人事・労務問題に関する相談等を手掛ける。主な著書に、「詳細!最新の法令・判例に基づく『解雇ルール』のすべて」(日本法令)などがある。
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