【診断書の情報だけで判断してはいけない】
精神科産業医が教える職場でみられる「うつ」の困難事例における具体的対応
筑波大学医学医療系助教
宇佐見 和哉
2. 現代型うつ病への対応
(1)25歳男性Aさんの事例
Aさんは、有名私立大学を卒業後大学院に進学、24歳に国家公務員として就職しました。明るい性格で、配属された部署でも宴会幹事を引き受けるなど、職場 内で積極的にコミュニケーションをとっていました。ところが、自分の仕事が終わるとすぐに帰宅したり、お願いされた仕事も「用事があるから」と断ったりす るようになって、徐々に同僚から距離を置かれるようになりました。
8月中旬から、体調不良を理由に、当日になってからの急な休みを申請するようになりました。課長がAさんに状況を確認すると、「7月の終わりくらい から夜もあまり眠れず、朝起きられないんです」と話しました。課長は、「もう学生ではないのだから、社会人として恥ずかしくない行動をとりなさい」と注意 しました。Aさんはうなだれ、その日は体調不良を訴えて早退しました。
翌日から会社を無断で欠勤するようになり、そのような状況が数日続いたため課長がAさんの携帯電話に連絡をしましたが繋がらず、実家に電話をしまし た。すると母親が出て「息子は昨日帰ってきました。会社でパワハラを受けたそうで、今日は精神科を受診しています。診断書が出ると思いますので、郵送させ ていただきます」と話しました。
Aさんは実家近くの精神科を受診し、診察で「インターネットで症状を調べたらうつ病の症状だったんです」「会社でいじめられて、体調不良を訴えたの に上司からは『社会人として失格』と言われて」「こんなみじめな思いをするなら死んだほうがいいです」と訴えました。また「会社には行けないと思うので、 診断書を出してください。実家でゆっくり休んだほうがいいと思うので、できるだけ長めでお願いします」とも話しました。主治医は『うつ病のため3ヵ月の自 宅療養が必要』という診断書を書き、抗うつ薬が処方されました。
休職開始後2週間ほどで憂うつさ、不眠などの症状は改善し、地元の友達と連絡を取って遊べるようになりました。夜遅く帰り、昼まで寝ているという生 活が続き、母親は「もう体調も戻ったのだから仕事に戻ったら?」とAさんに伝えましたが、「俺はうつ病なんだよ? 仕事なんかできるわけないじゃん! 『3ヵ月休み』って言われてるのに、仕事に戻って体調を崩したらどう責任取ってくれるの?」と母親に詰め寄りました。職場からの電話連絡があっても「調子 が悪くなるから」と言って、一切応じませんでした。
休職開始後2ヵ月が経過した時、主治医には「仕事のことを考えると憂鬱になります」と話し、もう3ヵ月自宅療養を延長する診断書が出され、職場に郵送されてきました。
(2)現代型うつ病の特徴
前述のように、従来のうつ病とは異なる「うつ」が増えていることは1970年代より指摘され、「逃避型抑うつ(広瀬徹也)」、「退却神経症(笠原 嘉)」、「ディスチミア親和型うつ病(樽味伸)」などと提唱されています。本記事では、現代型うつ病を樽味先生らが提唱した概念である「ディスチミア親和 型うつ病」として解説していきます。従来から言われてきたうつ病(メランコリー親和型うつ病)との相違点を表2に示します。
まず、病前性格についてみてみましょう。Aさんは、明るい性格で積極的に周りと関わろうとしますが、その反面仕事に対する熱心さは見受けられません でした。そして徐々に「職場の人たちにいじめられている」と感じるようになりました。この心理的背景にはAさんの自分自身への愛着(自己愛)が強いことが 影響しています。漠然とした万能感を伴う強い自己愛は、傷つくことを極端に恐れ、原因を避けようとしたり(回避)、批判的に考えます(他罰)。Aさんが周 りと距離ができたことで会社を休んだり「いじめられている」と極端に捉えていたりすることは、自己愛からの防衛行動であると考えられます。
そして、上司からの叱責を機に体調を崩し、受診しています。Aさんは診察で会社の批判を繰り返すなど他罰的な言動がみられ、「死んだほうがいい」な どとも話していました。治療開始後は比較的速やかに改善し、友人と遊べるようになっていますが、仕事に戻ることを考えると憂うつさや不安感が強く表れま す。このように、現代型うつ病では休養および治療が開始されると早期に効果がみられますが、多くの場合は不十分な回復にとどまると言われています。
ディスチミア親和型うつ病 | メランコリー親和型うつ病 | |
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年齢層 | 青年層 | 中高年層 |
関連する気質 | スチューデントアパシー 退却傾向と無気力 |
執着氦質 メランコリー性格 |
病前性格 |
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症候学的特徴 |
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薬物への反応 |
多くは部分的効果にとどまる (病み終えない) |
多くは良好 (病み終える) |
認知と行動特性 | どこまでが「生き方」でどこからが「症状 経過」か不分明 | 疾病による行動変化が明らか |
予後と環境変化 |
休養と服薬のみではしばしば慢性化する 置かれた場・環境の変化で急速に改善することがある |
休養と服薬で全般に軽快しやすい場 環境の変化は両価的である (時に自責的となる) |
樽味伸、神庭重信:「うつ病の社会文化的試論ーとくに『ディスチミア親和型』についてー」
2005年日本社会精神医学会雑誌13巻129-136頁より一部抜粋。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。