日本の人事部「HRアカデミー」開催レポート
日々の業務に求められる「戦略人事」の視点とは
人事メンバー全員で実現する「経営に資する人事」
積水ハウス株式会社 顧問 人材開発室管掌
藤間 美樹氏
日本経済は「失われた30年」と言われる停滞を続けてきたが、日本企業がこの状況から脱却して発展していくために、人事にかかる期待は大きい。いま人事には「経営に資する人事」として、戦略人事を実践することが期待されているのだ。では、具体的に何をすればいいのか。さまざまな企業で長年、戦略人事を実践してきた藤間氏がその手法を語った。
※本講座はオンラインで開催しました。
- 藤間 美樹氏
- 積水ハウス株式会社 顧問 人材開発室管掌
ふじま・みき/1985年神戸大学卒業。同年藤沢薬品工業(現アステラス製薬)に入社、営業、労働組合、人事、事業企画を経験。人事部では米国駐在を含め主に海外人事を担当。2005年にバイエルメディカルに人事総務部長として入社。2007年に武田薬品工業に入社し、本社部門の戦略的人事ビジネスパートナーをグローバルに統括するグローバルHRBPコーポレートヘッドなどを歴任。2018年7月に参天製薬に入社し執行役員人事本部長などを歴任。2020年12月に積水ハウスに顧問として入社し人材開発室を管掌。M&Aは米国と欧州の海外案件を中心に10件以上経験し、米国駐在は3回、計6年となる。グローバル化の流れを日米欧の3大拠点で経験し、グローバルに通用する経営に資する戦略人事を探究。人と組織の活性化研究会「APO研」メンバー。
講義1 戦略人事
最初に藤間氏は「戦略人事は英語に似ている」と述べた。極めようとすればきりがないが、ある程度できれば実践で使える。覚えただけでは役に立たないが、実際に使ってみることで身に付いていく。「日々使ってみることを視野において、今日の戦略人事の話を聞いてほしい」と語り、近年の日本が「失われた30年」と言われるようになった理由から講義は始まった。
「1979年に米国の社会学者エズラ・ヴォーゲル氏が書いた『ジャパン・アズ・ナンバーワン』がベストセラーになりました。当時はそれほど、日本の経営が注目を集めていたのです。しかし、今や『ジャパン・ワズ・ナンバーワン』で、もう過去のこととなっています」
2017年のOECD加盟国の労働生産性国際比較を見ると、日本の労働生産性はOECD加盟36ヵ国の中で、時間当たり労働生産性が21位、一人当たり労働生産性が22位。IMD世界競争力ランキングでは、2016年は26位だったが、徐々に落ちて2020年は63ヵ国中で総合34位。特に「ビジネス効率」はここ2年で36位から55位と大きく下落。「マネジメント慣行」は62位とブービー賞だ。また、世界経済フォーラム(WEF)が発表するジェンダーギャップ指数では、2020年に121位となっている。
「こうしたデータから、近年の日本は『失われた30年』と言われています。なぜでしょうか。昭和のビジネスパーソンと平成のビジネスパーソンで個人の能力に大きな差があったのかというと、そこまでの差はありません。ではどうしてこうなったのかというと、私は人事が組織開発に失敗したのではないかと思っています。環境変化に適応した組織風土改革ができなかったのです」
ここで藤間氏は、参加者に対して「人事制度やその運用は事業に役立っているか」と問いかけた。年功序列、成果主義、経験重視、評価制度、昇格制度/昇格アセスメント、報酬制度、研修、定年、役職定年、働き方改革の制度運用は事業に役立っているのだろうか。
「私が2000年に人事に入ったときには、『組織を変更するときは、最低3年は通用するか確認しろ』と言われました。20年経った今、同じ言葉は通用するでしょうか。変化の激しい時代に、3年も同じ制度でやっていくことは難しい。例えば、精緻な評価制度。細かく作りこんで、公平性を保てるものをつくったとしても、昇進はあくまでも年次であり、データは活かされない。何ごとも管理重視の前例主義で、勘と経験と度胸による判断がされ、 データによる客観的な判断は行われていません」
ではビジネスはどうかというと、常に競合との闘いにさらされ、データを集めて分析し、戦略を検討している。藤間氏は「今の人事の状態で、経営をサポートできるとは到底思えない」と語る。経営を支えるためには戦略人事が必要だが、そのために藤間氏が考える人事の基軸が二つある。
「一つ目は、経営に資する戦略人事であることです。人事戦略で事業に貢献する。二つ目は、人と組織の活性化を目指すこと。人と組織の『イキイキ』を追求することです。そして、戦略人事の最終目標は何かというと、私は勝つ組織をつくることだと思っています。ただし、勝つことの定義は時代によって変わります」
では、勝つ組織に必要なものは何か。藤間氏はスポーツチームで考えるとわかりやすいと語る。チーム作り、チーム強化ですべきことは、選手のスカウト、監督・コーチの招聘、選手の指導・育成、相手チームの調査分析、戦術、自チームの勝ちパターン、目指すチーム像、戦略だ。
「これらはそのまま、人事の活動に当てはまります。組織を強くするには『やる気を引き出す』『今までとは違うことをする』『チームワークを育てる』。勝つ組織をつくるために人事がやるべきことは、実に多いことがわかります」
藤間氏は、企業の戦略と風土は種と土壌の関係に例えるとよくわかると語る。「土壌=風土」があり、そこに合った「種=戦略」が入れば「樹木=業績」が大きく育つ。しかし、土壌とたねの相性がよくないと大きな樹木は育たない。
「風土に合わない戦略であれば、戦略を変える。戦略が変えられないのであれば、それに合う風土をつくっていく。あるいは双方で歩み寄る。ここで大事になってくるの、はリーダーの存在です。業績に対して、組織風土は30%~40%影響します。その組織風土に対して、リーダーの存在は70%影響すると言われています」
藤間氏はここで、米国ミシガン大学ロスビジネススクールのデイビッド・ウルリッチ教授が示した、人事業務の進化について紹介した。人事業務は、最初は「HR administration=人事管理」だったが、「HR practices=実務型人事」となり、それが「HR strategy=戦略人事」へ。そして2012年に「HR outside in」、2016年に「Victory Through Organization」が提唱されている。
「HR outside in とは、外部の重要なトレンドと、ステークホルダーの新たな期待に注意を払い、それらを特定し、企業の要求や優先事項、社内の行動に合う形にして落とし込んでいくことです。そして、Victory Through Organizationは組織で勝つという意味であり、人材育成を組織の成長につなげること、人と組織の活性化が重要だということを示しています。組織の成長は個人の成長よりも、 4倍業績に影響します」
ここで藤間氏は、戦略人事に求められることを列挙した。「事業戦略の理解」「ビジネスに通用する人事専門性(それにより相手を説得する)」「過去の経験だけではなく、新しいトレンドの理解」「継承すべき戦略、変革すべき戦略の明確化」「ビジネスの変化のスピードとリスクテイクの理解 (物事が確定していなくてもリスクを取って前に進む)」「事業からの信頼の獲得」「変革のリーダー」「戦略人事は環境変化に対応し、先取りする」「人の成長、組織の変化には時間がかかるため、先取りが必要」「人という経営資源の責任者という自覚」といったものだ。そのうえで藤間氏は、「戦略の実行を可能とする組織風土を作るには、人事制度改革をストーリーとして語ることが重要」と述べた。
「戦略を実行する組織とはどんなものなのかを、相手に思い描かせてから進めることが大事です。そのうえで、大義を忘れないことも重要。何のためにやっているのかを、常に確認しなければなりません」
藤間氏は、戦略人事となるために必要な視座・マインドセットを述べた。「社長のつもりで事業戦略を考える」「過去の成功体験にとらわれない」「社外・他業界にも好奇心をもつ」「腹をくくる勇気」が大切になる。
そのうえで必要となる日常の取り組み姿勢としては、「事業サイドのニーズとビジネスプロセスを理解し、相手のロジックで攻める」「予算獲得は社長が『ほしい』と思う提案をする」「週に1度は業務を振り返り、新たな付加価値を考える(立ち止まる習慣をつける)」「自身の業務を戦略人事の視点で語る 」「進んでタフアサイメントを取りに行く(成長にはタフな経験が必要)」といったことが挙げられた。
グループディスカッション1
「戦略人事を実践するために、自社の人事、あるいは自身が強化すべき事項は?」
ここから、グループに分かれてディスカッションが行われた。一つ目のテーマは「戦略人事を実践するために、自社の人事、あるいは自身が強化すべき事項は?」。ディスカッション後は、いくつかのグループで話し合われた内容が共有された。
Aさん:戦略人事はなかなか難しい、という感想が出ていました。皆で最後に議論したのは、人事の中でも戦略人事をやろうと考えている人と、そうではない人がいて、そこで問題が起きやすいということです。メンバー全員が賛同していて、大変印象に残りました。私の体験でいえば、今コンサルティング会社にいますが、コンサルティングは人を大事にしないとビジネスにつながらないところがあるため、その意味において経営者と人事の距離感が近い会社だと実感しています。
Bさん:私たちのグループでは、藤間さんの講義で何が心に残ったかを話し合いましたが、「ビジネスサイドのスピードに追い付いていかないといけない」とか、「戦略を種として風土を土壌として、いかに自社にマッチするのかを考えないといけない」といった話が心に響いたという感想が聞かれました。また、鉄鋼の会社の方からは、社内に事業が複数あると役員のところで意見が対立し、事業の方向性、戦略が人事としてはまとめづらいといった話が出ていました。弊社でいえば、社長が役員を全員集めて、役員でのディスカッションを行う場に私たち人事部や経営企画部の管理職を同席させるなどの工夫を行っています。それにより、会社として何を目指しているかを知ることができています。
講義2 戦略人事の視点でジョブ型を考察
次に藤間氏は、戦略人事の視点からジョブ型の考察を行った。メンバーシップ型とジョブ型の違いとは何か。メンバーシップ型は定年までの雇用を保障するものだ(終身雇用)。年齢順で退職するため年齢順に昇進する、いわゆる年功序列である。一方、ジョブ型は実力主義による昇進であり、ポジションを明確にするためのジョブディスクリプション(職務記述書)が存在する。
「メンバーシップ型とジョブ型は、二者択一ではありません。実力主義の昇進と終身雇用の両立は可能です。ただし、希望するポジションに就けない人が退職することはあります。最近は、人件費を削減するためにジョブ型にしようという話も聞きますが、職務等級制度ではポジションで報酬が決まるため、総額の人件費はどちらも同じになります。同一労働同一賃金の考えにおいても人件費は同じです」
藤間氏は、そもそも組織をつくるときの優先順位について、欧米企業と日本企業とでは違いがあると語る。欧米企業では「戦略」が先にあり、その戦略を実行できる「組織」をつくって、それぞれのポジションにおける「職務」は何かを考え、そこに最適な「人材」を当てていく。
「それに対して日本企業は、最初に『戦略』を立てますが、そこに内部の『人材』を当てて『組織』をつくろうとします。まれに、まず『人材』を見て、その人たちでできることは何かと『戦略』を立てていく方法も見られますが、どちらにしても、日本の人事は戦略に合わせて組織をつくれていません」
藤間氏は、ジョブ型を採用する前に、それが経営に役立つものかどうかをもう一度確認しておく必要があるという。では、ジョブ型の本質とは何なのか。
「ジョブ型の本質は、強い組織になるため、重要なポジションに優秀な人材を配置することです。要するに配置の問題であり、優秀な人材を見極める評価が重要です。また、継続的に優秀な人材を育てることも大事です。つまり、タレントマネジメントです。ジョブディスクリプションは有効ではありますが、あくまでツールの一つに過ぎません」
タレントマネジメントでは、人の「評価→配置→育成」というサイクルを回していく。ただし、ある人材を新たな仕事に就かせるときは、仕事の内容が変わるため、過去の評価で上げていくことは本来、おかしいことになる。
「欧米企業では、新たなポジションができたら、誰がそれにふさわしいのかをタレントレビューをして決めていきます。だから、欧米企業はジョブ型が機能しているわけです。この事実をおさえておく必要があります。そのような中で組織を強くしようとすれば、キャリア自律がキーになっていきます。人がキャリア自律に目覚めれば、やりたいことが見えてくる。それをかなえる仕組みとして、オープンジョブポスティング(社内公募)が必要です」
藤間氏はジョブ型導入の目的は「グローバル共通のマネジメントをし、グローバルビジネスを推進する」「仕事を明確にして成果主義を推進する」「仕事のできる人に重要な仕事を任せ、適切な報酬を与える」などいくつかあると語る。
「例えば、最近ではジョブディスクリプションを作って、テレワークでの仕事の見える化をしようという声がありますが、それがテレワークで起きている問題の解決につながるのかは疑問です。また、人件費の削減のためという声もありますが、本当にそれが目的なのか、考える必要があると思います」
藤間氏は、ジョブ型は海外で広く行われており、ジョブ型が成り立っている海外の仕事環境を知っておく必要があるという。ジョブ型は、海外の生活習慣に合っている側面があるからだ。
「海外企業の仕組みを見ると、ポジションごとの採用であり、新卒一括採用はありません。ポジションの要件を満たした人を採用するということは、育成は自己責任です。本人が自ら、その仕事のレベルまでに達しておく必要があります。そして、異動には本人の同意が必要です。そのため、日本でジョブ型を導入するときは、新卒採用、育成、異動・配置を今後どうしていくのかを考える必要があります」
それでは、藤間氏が所属する積水ハウスは、どのように戦略人事を行っているのか。積水ハウスは2020年に設立60周年を迎えた。次の30年をどのように活動するかについて社内で話し合いを行った結果、「2050年のありたい姿」として決定したのは「お客さま、従業員、社会の『幸せ』を最大化する」こと。そして、積水ハウスのグローバルビジョンとして、「『わが家』を世界一幸せな場所にする」ことを掲げた。幸せのループを実現する組織風土を構築するため、「積水ハウスを世界一幸せな会社にする」人事制度改革を行っている。
「そこで私は社員の幸せとは何かについて、社長とすり合わせを行っています。精神的幸せとは働きがい、自己実現、キャリア充実。物質的幸せとは報酬、福利厚生です。積水ハウスはこのどちらのタイプの社員の幸せを重視していくのか。結論として、報酬や福利厚生の充実は大事ではあるが、幸せの本質ではないということを確認しました」
では、どうやって社員に幸せを提供するのか。藤間氏は二つのタイプがあると語る。「過保護タイプ」と「かわいい子には旅をさせよタイプ」だ。過保護タイプとは「会社の言うとおりにしていれば幸せはつかめるぞ」ということ。いわゆる年功序列、職能資格制度だ。一方、かわいい子には旅をさせよタイプは、会社は幸せになる環境は提供するが、幸せは社員の努力で掴んでもらう。いわゆる実力主義、役割等級制度だ。
「積水ハウスはどちらのタイプの社員の幸せを目指すのか。確認すると、かわいい子には旅をさせよタイプだとわかりました。人生100年時代には、社外でも通用する実力を身につけることが幸せにつながる、ということです」
積水ハウスでは「世界一幸せな会社にする」ための3本柱として、「キャリア自律」「働き方改革」「ダイバーシティ&インクルージョン」を掲げている。それに向けて、人事制度の成功のカギとなるタレントマネジメントを構築していく。
「社員の幸せ、報われるキャリアを実現するには、公正で納得性のある昇格、つまり配置が重要です。正しい評価があって初めて、正しい配置が可能になります。キャリアの充実、会社の発展には育成が不可欠。やはり、タレントマネジメントが人事制度の根幹になります」
積水ハウスの戦略人事のプロセスは、「経営の思い、経営戦略」をきちんと理解し、それを実行する組織を思い描き、戦略実行可能な組織風土について考えていくこと。そのために必要な人事施策、人事制度改革を考える。
「人事はこの流れを頭の中に入れて行動すればいい。そのうえで施策が『積水ハウスを世界一幸せな会社にする』ことに合っているかどうかを、常に考えるようにすることが重要だと考えています」
グループディスカッション2
「自社にジョブ型を導入すべきか? 導入するならどのようなジョブ型か?」
二つ目のディスカッションのテーマは「自社にジョブ型を導入すべきか? 導入するならどのようなジョブ型か?」。ディスカッション後はグループで話し合われた内容が共有された。
Cさん:このグループには、メンバーシップ型の企業もあれば、すでにジョブ型を導入している企業もあり、バリエーションがあったように思います。私の会社も外資系企業の傘下に入ったときに、人事制度がジョブ型に変わりました。しかし、完全には変わり切れていなくて、日本企業として終身雇用を残すという運営を行っています。他でジョブ型を導入している企業でも、終身雇用は維持する、異動のやり方を工夫するなど、制度をカスタマイズしながら運用しているという声が聞かれました。
質疑応答 社内に戦略人事を根付かせるには
最後に、参加者との質疑応答が行われた。
Dさん:当社はこれまでメンバーシップ型で運営し、新卒一括採用や年功序列を守ってきましたが、ここにきて、職種プラスアルファ程度のジョブ型を取り入れることを検討しています。ただ現状は、キャリア自律とジョブ型を同時進行させることをあまりイメージできていません。5年後、10年後に向け、職務や職種を限定して人材を雇用・育成し、キャリア自律を行っていくとき、企業がジョブ型に求めるものと、社員がジョブ型に求めるものをどのように共存させていけばいいでしょうか
藤間:ジョブ型とキャリア自律ですが、この二つは非常に結びつきが深いものです。なぜ日本はキャリア自律が足りないといわれているのかというと、私はジョブローテションが一つのネックになっていると思います。会社は育成のために社員を異動させ、管理職になっても異動は続きます。しかし、個人の思いとは別で異動させられてしまうと、人は真剣に勉強しなくなる。海外では、そのポジションに就くための勉強をしてから仕事に就き、仕事をしていても勉強します。なぜそれができるかというと、自分のキャリアを自分で選べるからです。ここに大きな違いがあります。
社内にオープンジョブポスティングの仕組みがあれば、今の仕事をしながら希望の職に就く勉強を始める人が出てきます。私も海外勤務に異動したときは自己申告でした。ジョブ型をうまく取り入れて運用できれば、それがキャリア自律につながります。積水ハウスで「世界一幸せな会社にする」という目標も、軸にあるのはキャリア自律です。それを実現するために選んだ制度がジョブ型ということです。
Eさん:当社はほぼジョブ型で職種別採用を行っており、初任給も持つスキルによって違います。ジョブ型を運用するに当たって、日本の法律などで気を付けなければいけないことは何でしょうか。
藤間:同じ仕事でもスキルや実績によって給与を変えることは、本当の意味での同一労働同一賃金だと思います。ポジションごとの役割が決まっていれば、できている人とできていない人の差も明確になりますから、報酬に違いがあって当然です。ただ一つ気を付けないといけないのは、解雇でしょう。日本の法律は雇用を守るという視点に根差しています。そのため、法律よりもむしろ判例を確認すべきです。キャリア自律が芽生えても社内に目指すポジションがなければ、会社を出ていく人はいると思います。しかし、本人のディシジョンで出ていくのであれば、それは健全なことだと思います。
Fさん:私はジョブ型で役員まで昇進した場合、自分の事業領域しか知らないという弊害が生まれるように思います。その結果、自分の知る領域以外では意見を言わなくなり、その領域を知る人だけの意見で決済されてしまう。そんな弊害が生まれることを危惧しますが、その点はどうお考えですか。
藤間:海外企業はどうしているかというと、将来の経営を担う人材は頻繁に異動させています。キャリアが始まって5年から10年の間に経営層になる候補を決め、本人に確認しながら異動させる。もちろん候補は複数いますから、競争させるわけです。そのため、一部の業務しか知らない人が役員になることはほぼありません。とはいえ、極めて専門性の高い仕事をしてきた人が役員になることはあります。そのときは本人の新たな情報への吸収力を見ながら、アセスメントをきちんと行い、経営センスを見て経営の視点でモノが言えるかどうかを確認します。もし適任でなければ、1年で降格です。これは日本企業でも行えることだと思います。
最後に藤間氏が「感動の大切さ」について語り、講義は終了した。
勝つ組織の意味は場面で変わると言いましたが、私は、人事がビジネスサイドの人と同じ視点で動いてはいけないと思っています。事業が厳しくなると、事業サイドはいかに売上げを上げるかという視点になりがちです。しかし、それで本当に組織が強くなるのでしょうか。
私は社員の幸せが大事だと言いましたが、そこには、相手に幸せを与えているからこそ本人も幸せになる、という構図があります。やはり、相手を幸せにするという思いがある組織のほうが強い。人は何かに感動すると気持ちが動きます。私も感動したことをきっかけに「この人に付いていこう」と思ったことがあります。そんな感動を仕掛けるために、人事がどう動けるかを考えることが、これからの戦略人事ではないでしょうか。
ぜひ人事として組織が勝つ定義を、人の幸せに持って行ってほしい。そういう共通認識が社内にあれば、厳しいジョブ型でも運用していけと思います。本日はありがとうございました。