VUCA時代に輝くリーダーを生む。
AGCの次世代を支える「経営人財育成プログラム」とは
AGC株式会社 常務執行役員 人事部長
小林 純一さん
先行きが見通せず、予測不能な時代になり、リーダーに求められる要件は大きく変化しています。次世代のリーダーをどう生み出すか、各企業はトライアンドエラーを重ねながらリーダー像を描き、育成する方法を模索しています。それは100年以上の社歴を誇るAGC株式会社も例外ではありません。30を超える国や地域で事業を展開し、独自の素材やソリューションであらゆる産業に価値を提供する同社では、2004年ごろから「経営人財育成プログラム」を開始。未来の企業を牽引する「グループ経営人財候補」を見出し、戦略的な配置と研修により中長期視点で育成しています。同社の常務執行役員 人事部長の小林純一さんに、経営人財育成プログラムを立ち上げた背景や、時代に合わせた変化についてお聞きしました。
- 小林 純一さん
- AGC株式会社 常務執行役員 人事部長
こばやし・じゅんいち/1987年 旭硝子(現AGC)株式会社入社。国際・法務部門で、グローバル法務・企画等に従事。事業部門での人事企画室長や、コーポレートでの広報・IR室長等を経て、2020年 執行役員 法務部長。2022年より現職。
「グローバル化への対応」を目的に経営人財育成プログラムを立ち上げる
経営人財育成プログラムは、どのような経緯で作られたのですか。
グローバル化が急速に進み、海外の売上比率が高まり続ける中で、2002年にカンパニー制度を導入したことがきっかけです。それまでの事業本部制から、各事業部門が社内カンパニーとしてグローバルに裁量を持つ体制に変更したことで、カンパニーのトップに日本人だけではなく外国人の社員も就任するようになりました。
人事にはグループレベル・部門レベルでの経営人財の育成が有機的に連動する仕組みを構築することが求められるようになり、2004年頃に経営人財育成プログラムの原型ができました。グローバルリーダー候補を、国籍や部門を問わず世界中から発掘し、グループの全体最適の観点から育成して戦略的に経営上の重要ポジションへ配置するというものです。この経営人財育成プログラムは、その時代に合わせて常に改善を行なっています。
経営人財育成プログラムの根底には、どのような方針があるのでしょうか。
まず当社の人財戦略の方針として「従業員のエンゲージメントを向上させ、持続的に企業価値を向上させる」ことがあります。一人ひとりが持てる力を最大限に発揮することで、その総和が強い組織を創り出し、事業戦略や組織目標の達成が完遂できる。この方針に則って、個々のキャリア開発・評価・育成の仕組みを整えています。またその成果を可視化できるように、2005年から継続的にエンゲージメント調査を実施しています。
経営人財育成プログラムの特徴として、若手社員の抜てきや次世代のリーダー候補を選抜して育成する仕組みがありますが、具体的にはどのように運用しているのでしょうか。
当社では、グループレベル・部門レベルでの経営人財育成の仕組みを有機的に連動させています。まずは、経営メンバーである役員や事業本部長などの重要ポジションを近い将来担い得る人財で、これがグループ経営人財候補となります。
そして、各カンパニー・地域レベルで見出された経営人財候補になり得るタレントプールを、ハイポテンシャル人財としています。加えて、若手の人財を見える化し、育成を図るため、35歳以下の社員で将来の経営を担える可能性がある50名ほどの人財を見出し、ヤングポテンシャル人財(以下、YP)としています。YPは、キャリアの方向性が多様であるため、ゼネラルマネジメントだけでなく研究職などのスペシャリスト候補も積極的に含めています。
当社では、ジョブローテーションによる育成を基本としています。グループ経営人財候補は、経営層や人事が接点を持って認知し、それぞれの特徴を踏まえて、中長期的な育成計画を立てます。さまざまな部門や海外事業所へ戦略的に配置し、チャレンジングな職務経験をすることで、経営メンバーに必要な視座を獲得していきます。
実務以外にも、研修を設けて成長の機会をつくっています。日本やアジア、欧米など各地域の人財を対象に行う「AGC Management College」や「AGC University」、勤務地域を問わずグローバルに人財を集めて行う「Global Leadership Journey」や「Global Leadership Session」など、地域や階層別にプログラムを用意しています。これら経営人財育成プログラムは、外部の教育機関とも連携し、AGCグループの目的に合致した、質の高いものを目指しています。
経営人財候補の選抜基準であり、リーダーシップの指針「AGCリーダーシップコンピテンシー」
経営人財候補を見極めるために、どのような指針を設けていますか。
グループ経営を担う人財に必要な能力・資質を明確化した「AGCリーダーシップコンピテンシー」に基づいて、経営人財やその候補を選抜しています。コンピテンシーは、「Leading the Team:チームを率いる」「Leading the Self:自己を高める」の二つ視点で四つずつ、計八つ設定されています。その下に、計43個の具体的行動を定義しています。
なぜ、AGCリーダーシップコンピテンシーが必要だったのでしょうか。
当社は2002年にグループのビジョンである“Look Beyond”を制定して、グループ社員が共有すべきミッションや価値観、行動原則を明らかにしました。その後、AGCリーダーシップバリューも制定されています。事業環境の変化等により、改めてリーダーたちはどう行動するのが望ましいのかを具体的に示す必要があり、2009年にAGCリーダーシップコンピテンシーが導入されました。
リーダーシップコンピテンシー作成は、ゼロ地点からスタートしたわけではありません。創業者の岩崎俊彌から受け継がれている「易きになじまず難きにつく」の精神をはじめ、メンバーを行動に駆り立てて成功へと導く、自らが模範を示すなど、それまで私たちが大切にしてきた行動規範を再編集しました。
2000年ごろから蓄積していた、ハイパフォーマーのプロファイリングも活用しています。さらに、日米欧のエグゼクティブへのインタビューや次世代を担うリーダーへのグループインタビューを実施したほか、マネージャーや海外メンバーとの議論、ワークショップなどを通じて検討を進めました。2015年には、改定も行っています。
次世代のリーダーには「ファシリテーション能力」が欠かせない
経営人財育成プログラムを通じた、人財育成の成功例を教えてください。
現在の役員クラスは、ほとんどが経営人財育成プログラムの出身者です。経営上の重要ポジションの推奨条件を踏まえ、プログラムを通じて戦略的に経験を積んできています。
かつては「ガラス事業一筋」のように一つの事業、一つの職種だけで経験を積んできた役員が主流でした。現在は複数事業経験や国際経験を、重要ポジションを担うための推奨条件にしているため、さまざまな経験を積んだうえでそのポジションに就任しているものがほとんどです。
経営人財育成プログラムは適宜アップデートしているとのことですが、「ファシリテーター型リーダー」の必要性について触れているのもその一環でしょうか。
「ファシリテーター型リーダー」という概念は、公式な言葉としているものではありませんが、経営層自らが時代に合わせてリーダー像をアップデートしています。
AGCリーダーシップコンピテンシーの中には、チームを率いるために「傾聴して積極的に対応することによって、双方向のコミュニケーションを行う」という内容があり、当社にとって全く新しい概念ではありません。ただ、時代の変化と共にその重要性は増しています。
その理由の一つはグローバル化の進展です。さまざまな国で事業をするうえでは、異なる文化や考え方を許容する力が求められます。また現代は「VUCAの時代」と言われており、一人のリーダーだけで将来を見通すのはほぼ不可能です。周囲の人の多様な考え方を尊重しながら、挑戦しようとする部下の背中を押して自律的に動けるようにするマネジメントが必要です。
また「心理的安全性」の重要性が叫ばれる中、それを保つのもリーダーの重要な役割になります。これは、当社の創業の精神でもある「人を信ずる心が人を動かす」に通じるもので、社員のエンゲージメントを向上させる「ダイバーシティ&インクルージョン」の実現にも欠かせません。このような背景もあり、ファシリテーション能力を兼ね備えたリーダーが求められていると感じます。
現在の経営陣の方々の姿勢はいかがでしょうか。
現在のCEOをはじめ、経営メンバーの「ファシリテーション能力」は高いと思います。分け隔てなく社員と対話していますし、何よりそういったコミュニケーションが「好き」なのかなと感じます。
当社の取り組みの一つに「経営層との対話会」があります。2015年からグローバルで展開して、経営層と社員が語り合う場を設けています。コロナ禍の前の2018年は国内外45拠点で135回、2019年も国内外40拠点で120回開催しました。コロナ禍以降は、オンラインで継続しています。
対話会は、現場からの要望を受けて実施することも多くあります。役員層のスケジュールを押さえるのは大変ですが、とくに開催条件や稟議の必要はありません。社員同士が「さん付け」で呼び合うなどフラットな組織文化も影響しているのか、CEOとの距離感も近く、若手から自主的に企画が上がることもあります。
先ほどお伝えしたとおり、経営メンバーも対話をすることに非常に積極的です。経営メンバーが若手だった頃の失敗談を話すことで、それを聞いた若手がチャレンジする気持ちを高めることもあります。「自律的な行動を促す」という目的を持ってスタートしているので、人事部にとっても喜ばしいことです。
経営人財育成プログラムを通じて感じる「若手社員の意識変化」
YPなどで若年層を抜てきされていますが、最近の若手社員に対する印象はいかがでしょうか。
キャリアや働き方に関する考え方をはじめ、とても多様性が増しました。一人ひとりが異なるので、もはや「若手」という枠で語ることはできないと感じています。かつては、地方の工場や海外に転勤を命じられても、それをステップアップのチャンスと捉えるのが一般的だったと思います。しかし、現代の若手社員は転勤一つとっても捉え方がさまざまです。
一方で、現在の企業を率いるリーダーには、さまざまな国や地域、事業における経験は欠かせません。だからこそ、早いうちから挑戦できる環境を整えるのが重要です。
またマネジメント側への道筋だけではなく、いわゆる高度技能人財のようなスペシャリストへの道も用意する必要があります。社員があらゆるキャリアを構築できるように対応する必要があると感じています。
経営人財育成プログラムの発足当初とは、社会環境や企業課題も変化していると思います。実施している研修はどのような観点で見直してきたのでしょうか。
大きな変化としては、2015年にAGCユニバーシティを再編しました。この時期から、地域別の課題や人財の能力を踏まえた地域別研修も開始しています。
たとえば、2016年からアジアのマネジメント層を対象に「AGC Leadership Challenge」という研修を開講しています。自社の経営課題を明らかにし、解決策を検討して実行する過程を通じて、「職務能力」「リーダーシップ」を高めるものです。このプロジェクトは、メンターや外部のコンサルタントをつけて2年ほどかけて取り組みます。また、近年、改めて海外MBAへの留学制度を改定し、社員を派遣しています。他社の方々との交流ができ、社員からも好評です。
コロナ禍では、座学中心でハードスキルを学ぶ研修はオンラインに切り替えました。オンラインにしたことにより物理的な距離を超えて、世界中の社員が同時に学べるのは大きなメリットだと感じます。
一方でディスカッションがメインになるトップ層の研修は、オンラインで代替するのが難しいですね。経営層との対話を通じて視座を高めるという目的を実現するには、対面で実施する方が良いと考えています。
日本人は英語のディスカッションが苦手とよく言われますが、実際はいかがですか。
グローバルで実施するトップ層の研修は全て英語で、参加者は問題なく議論しています。しかし、母国語以外の言語で機微な内容を伝えきるのが難しいこともあります。当社では日本語に限らず、必要に応じて同時通訳をつけて発表を行うなど、できる限り言語の壁を低くできるよう工夫しています。
今後の経営人財育成プログラムの展望をお聞かせください。
人財プールの多様性を高めていきたいですね。とくに課題となっているのが、女性の経営人財。どの地域も少ない状況なので、いかにその人財プールを充実させ、その活躍を後押しできるかが鍵になると考えています。
当社では2030年までに取締役・監査役の3割、執行役員クラスの2割を女性にするという目標を掲げています。しかし、コーポレート部門や研究開発部門では女性が部長クラスに就く例が増えてきていますが、それ以外の部門ではまだ極めて限定的です。経営人財候補やハイポテンシャル人財に積極的に女性を登録し、将来の候補者を育てていきたいですね。
メーカーで技術職の割合が多いこともあり、そもそも女性の入社志望者が少ないのが実情です。採用も3割くらいは女性になるようしていきたいと考えています。採用イベントでは、ロールモデルになりうる女性社員に出席してもらい、AGCで働くイメージが伝わるように工夫しています。多様な働き方を実現し、さまざまな人財に選ばれる会社になるために、これからも試行錯誤を重ねていきます。
(取材:2022年4月13日)