大学への現役合格を目指す高校生に、映像による授業を提供している、株式会社河合塾マナビス。2007年4月に事業を開始した同社は、企業としてまさに成長段階にあります。同社は河合塾が誇るクオリティの高いオリジナルコンテンツを数多く持っていますが、それらは競合他社との決定的な差別化要因ではないと言います。現場の社員が日々創意工夫を重ね、生徒や保護者に対するサービスレベルを向上させていく力こそ、最大の差別化要因であると考えているそうです。そのために同社が注力しているのが、現場の社員の教育。では、実際にどのような教育を行っているのでしょうか?同社の代表取締役社長の岩田一彦さん、人材開発部の大杉信之さん、谷口淳さんに詳しいお話をうかがいました。
Part1 岩田一彦さん×中村一浩さん
事業を発展させる人材をいかに育成するのか
~「研修」と「修羅場体験」が人を成長させる
中村:まず、岩田社長に、人材育成に関するお考えをうかがいたいと思います。御社では人材育成に大変注力されていますが、その理由をお聞かせいただけますでしょうか。
岩田:河合塾マナビスは、2007年4月に河合塾グループの新規事業としてスタートしましたが、人材が不足していることは明らかでした。そこで、人を採用・育成していくための投資は惜しまないと強く思ったのです。
人材育成を重視する考えは、私自身の過去の経験によるものです。以前、私はある大手流通業で人事・労務の仕事をずっと担当していました。その後、関連会社の社長も務めましたが、ここでの経験が非常に大きかった。社長になって、人の重要性が分かるようになったのです。「企業は人なり」と言いますが、何の事業をやるかということ以上に、誰が何の事業を行うかが重要だと実感したからです。誰をどのポストに就ければいいのか、そのためにはどのような人材を採用し、いかに育てていけばいいのかを、毎日のように考えていました。
当社には、現在150人あまりの社員がいます。直営校とFCを両軸とした事業を推し進めていくというビジネスモデルができてきたので、今後はそれを担う若い人たちを成長させ、組織を活性化させていかなければいけません。そのために、人材育成に力を入れているのです。
中村:限られた人材を育てていくために、どのような工夫をされていますか。
岩田:全ての機会を「教育の場」とし、その中から自社なりの人材育成体系とカリキュラムを作っています。
実は、受験産業では、講師に対する教育は行っていても、社員の教育を行っている企業がほとんどありません。受験産業は1975年頃、受験戦争が激化した時に大きく成長しました。それから40年近く経過しましたが、本当に競争が激しくなったのは、少子化が進んだここ数年のことです。それまではやればやるだけ儲かったので、講師は別として、社員の教育を行う必要はそれほどありませんでした。まして、経営やマネジメントを学ぶ必要などほとんどなかったのです。
しかしその間に、他の業界の企業は大変な競争を経て、組織を筋肉質にしていきました。当然、社員教育にも力を入れていました。そのため、受験産業に属する企業は、組織として非常に遅れた状態にありがちなのです。しかし、逆に考えれば、これから人材を育てて適切なマネジメントを行なえるようにしていけば、人と組織は成長し、大きなチャンスになるということ。私自身、教育の機会を社内外で数多く与えてもらい、成長することができたという実感があります。だからこそ、社員にはできる限り教育の機会を与えたいと思っています。
中村:御社が求める人材像とは、どういうものですか。
岩田:現在は、求める人材のスペックをいろいろと言うよりも、採用した人材を育てていくことに注力すべき時期だと思っています。むしろ、組織にはさまざまなタイプがいたほうがいい。同じタイプばかりだと画一的になりやすく、組織が硬直化します。それよりも多様性があり、バランスの取れた人員構成のほうがいいでしょう。企業理念に対する共感と理解は必要ですが、組織の構成員としては新卒採用と中途採用の両方を行い、バランスを取っていきたいと思っています。
中村:人材育成において、どういう研修が効果的だとお考えですか。
岩田:人は仕事を通じて成長しますから、OJTは基本です。また、それにあわせて自己啓発などのOff-JTをいかに組み込んでいくかも大切だと思います。目の前の仕事をしていく中で、自分に欠けているものや必要なことについて考える――自ら学ぶ姿勢を身に付けていってほしい。そうなると、組織として万全です。だからこそ、そのための“仕掛け”が大事なのです。
また、人が育つためには、修羅場を経験することも大切です。どのような形で修羅場の機会を与え、それを乗り越えさせるか。これは、実際のビジネスで起きたことを通じて、経験していくしかありません。
修羅場に遭遇した時は大変ですが、後になって、それを経験し乗り越えたことを感謝するようになります。修羅場をどれだけ乗り越えたかで、人の成長は大きく違ってきますから。私自身の経験を振り返ってみても、それは間違いありません。私利私欲ではなく、会社や世の中のためにはどうあるべきか、人間としてどう行動すべきかを考えるようになるのです。追い詰められた時こそ、人は深く考え、自分なりの判断軸が磨かれていきます。
中村:トライ&エラーの繰り返しの中で、人は育っていくように思います。
岩田:仕事ではミスをすることがあります。やってみなければ分からないことも多い。重要なのは、そこから何を学ぶかです。失敗したらすぐに反省し、改善点を見出して、実行していく。目の前にあることに、皆が全神経を研ぎ澄ませる。そうした緊張感が、組織風土の中になければなりません。
そういう意味でも、仕事には厳しい姿勢で臨みますが、人には温かく接しています。優しいとか甘えではなくて、人を育てていこうという気持ちを持つことが大事だと思います。
今は会社として成長期にありますが、この後に必ず成熟期と衰退期が来ます。その時に、好転できるかどうかは、リーダーと人材の力で決まります。そのために、人材を育てていく必要があるのです。しかも自社だけではなく、社会全体で通用する人材です。当社では一定のポジションに就いた人材は、社外のさまざまな研修に送り出してカルチャーショックを受けてもらい、いろいろな知識や知見を得られるようにしています。
中村:外部との交流や刺激を得る機会を大事にされているのですね。
岩田:自分と発想の違う人と議論し、新たな考え方を知る――これは社内の研修だけではなかなか実現できません。ものの見方やネットワークが大きく広がります。結果として、何事にもポジティブに対処する心構えと、アプローチが身に付くと思います。わが社の社員は、どこに出しても恥ずかしくない。そういう組織にしたいという強い思いがあります。
中村:それには、意図的に人が育つ環境や仕組みを作る必要があるということですね。
岩田:そのための試行錯誤がずっと続いています。会社ができた当初は教育体系が未整備で、その時々に起きている、一番重要な問題に対応するための研修を行うというのが実情でした。しかし、その中からだんだんと向かうべき方向が見えてきました。
現在、FC事業を大きく展開していますが、FC校舎には一種独特の経営手法やマネジメント能力が求められます。その中でキーとなるのが、SV(スーパーバイザー)という現場を司る立場の人材。毎年どんどん増えていますが、この人たちをどのように育成していくかがとても難しい。
直営の校舎長として優秀だった人がやってきたことと、FC校舎のSVとして求められることは、大きく異なります。SVを志望しているのであれば、校舎長の時にそのための勉強をしておかなければなりません。次の階層に移るための準備が必要なのです。そのための研修の仕組みを作っておけば、この先自分がどのような勉強をしていけばいいのか、道筋が見えてきます。
中村:どのような仕組みを考えていらっしゃるのですか。
岩田:直営の校舎長は、河合塾マナビスとしてのオペレーション業務に熟達しています。しかし、SVとしてFC校舎の現場に行った時は、それと違った要件が必要です。例えば、SVはFC校舎に対しての指示・命令権はありません。その中で、人をいかに動かしていくかを知る必要があります。また、FC事業のオーナーと対峙する際には、経営的な視点、経営に関するさまざまな知識が求められます。
つまり、校舎長とSVの間にあるものを埋めなくてはならないのです。その“さわりの部分”を教えていくだけでも、かなり違うと思います。現在は、それをどう行っていくのかを考えている段階です。やはり、修羅場体験を積んだり、外部の研修に出て行ったりして、刺激を受けることは重要ですね。厳しい時代を経験することが、人を大きく育てていくのだと思います。
Part2 大杉信之さん・谷口淳さん×中村一浩さん
学びの「体系」をどのように構築していくのか
中村:ここからは人材開発部の大杉さん、谷口さんに具体的な施策についてお聞きします。直営校・FC事業の展開をにらみながら人材を育成していくには、どのような体系を構築し、施策を講じていく必要がありますか。
谷口:当社には、まだオーソライズされた教育体系はありません。私が異動して来た段階では、実際に使えるマニュアルもない状態でした。当社がお客様に提供しているのは、最高品質の映像による授業です。しかし、映像事業は他社でも行っています。当社でどうサービスを差別化するかと言えば、生徒への「個別フォロー」に他なりません。個別フォローの質を高めるには、指導する人の質も高い必要がありますから、徹底して強化しようと考えました。
まずは、一定の質を担保できるよう、校舎の運営をマニュアル化することからスタート。次に、実務スキルの研修を行いました。しかし、当初は実務スキル以外にもコミュニケーション力や営業力など、さまざまな課題がありました。そこでしばらくは、既存のビジネススキル研修の中から、効果のありそうなものを対症療法的に行いました。
しかし、対症療法では該当する部分こそ解決できますが、他に起きる問題には対応できません。また、組織が大きくなっていけば、同じ研修を続けていくこともできません。そのため現在は、階層別の研修を用意しています。
まずは「リーダー育成研修」を柱として用意。そして、「ビジネススキル研修」と「実務スキル研修」を並行して走らせています。この三つの柱は会社が用意しますが、もう一つ、大きなカギとなるのが、「自己啓発研修」です。
リクルートラーニングクラブによって
「自立的」に学ぶ人材が生まれる
中村:そのために導入されたのが、リクルートラーニングクラブというわけですね。
大杉:受講者はリクルートラーニングクラブという学びの場を得ることで、さまざまな「気づき」や「刺激」を受けます。それらを職場に持ち帰り、自分の意志で実際に活用する――。成功すれば嬉しいでしょうし、失敗しても何がまずかったのか、考えるはず。そうした手応えを感じつつまた次の課題を見つけて、学びのサイクルを回していきます。
自分の状況を見ながら、必要なものを得て自立していってほしい。壁にぶつかった時は、四苦八苦しながら乗り越え、また次の課題を見つけていく。この学びの場が、そのきっかけになればいいと考えています。その意味では、リクルートラーニングクラブはそのテーマについて実践すべきことをきちんと得ることができるので、大変期待しています。
谷口:当社は塾ですから、生徒の学力を上げること、志望校に合格させることが命題です。また、河合塾には「汝自ら求めよ」という塾訓がありますが、当社が求めるのはまさにその「生徒の自立」です。そのため当社では、「学習のPDCAサイクル」を生徒に身に付けさせるようにしています。
中村:具体的には、どのようなことでしょうか。
谷口:まず、入会から合格まで、学習を進めていくための年間計画を作成し、それを元に各月の学習計画を作成します。その後は、進捗管理を行います。テストを実施し、結果が悪ければ学習のやり方を改善していきます。これは一般的なPDCAの考え方を、生徒の学習指導に持ち込んだものです。
これを実現するには、生徒のモチベーションを上げていかなければなりません。各校には学習計画の作成のほか、授業後の質問対応など、生徒にきめ細かな指導やフォローを行うスタッフ(アドバイザー)が数名いますが、最も重要な仕事は、生徒のやる気のスイッチを入れることです。
当社は教育産業でありますが、サービス産業でもあります。アドバイザーをはじめとした社員が、ホスピタリティを持って働くことを徹底的に求めています。そういう人材を採用できればいいのですが、現実にはなかなか難しい。そこで、研修体系を構築し、長い年月をかけて人材を育てていく。そのためにリーダーを育成していくための研修、ベースとなるビジネススキルと実務スキルの研修の三つを積み上げているのです。
とはいえ会社が提供する研修だと、受講者側には「受けさせられている」という思いがあることでしょう。リクルートラーニングクラブが、自ら前向きに学ぶきっかけとなってくれればと思っています。
大杉:学習のPDCAを生徒が自ら回していけるようにするのですから、自分自身が学ぶこと、成長していくことの楽しさを分かっていなければなりません。そのためには、どう意識付けを行ない、継続していくための仕掛けをどうするかが重要です。
谷口:そこで、弊社では河合塾マナビスとしての教育体系の全体像を、事前に全社員に見せています。決して対症療法ではなく、将来を見越してこういう研修を行っているのだと伝え、各段階で自分がどう力を付けていけばいいのか、イメージを持ってもらうのです。
その中にリクルートラーニングクラブをどのように位置づけ、いかに活用していくのか。会社が行う三つの研修と紐付けて、自分はどこを強化していけばいいのか。各人が理解できる形で示していくことが大切です。
大杉:リクルートラーニングクラブの「自立的に学ぶ人を育てる」という人材育成に対する考え方は、当社と非常に似ています。実際、リクルートマネジメントソリューションズのマネジメント研修では皆が同じ言葉の定義の中で会話できることや、マネジャーの仕事として部下を育成することがいかに大切かなど、その考え方に大変共感しました。この研修を経験したことで、マネジャー層における人材育成に対する考え方やマネジメントの仕方を合わせることができました。
谷口:人材育成においては、その考え方や言葉を共有することが重要です。皆の共通理解の下、一つの型ができてくれば、それを元にいろいろな展開が可能となり、それだけバリエーションも多くなります。
大杉:私自身、リクルートラーニングクラブのコンテンツを見て、タイトルや内容がとても面白いと感じました。学びの姿勢として、非常に能動的になれるものが多い。このコンテンツなら、自分も学びたいと思いました。
中村:自己啓発では、自ら選べることがとても重要です。
谷口:自ら希望して行くようになってほしいですね。その意味では、1コースが3時間というのは非常にいい。階層別研修などは、2日間で行いますが、受講者への負荷は大きなものとなります。しかし、3時間だと受講者への負荷は少ない上、勉強するポイントが明確になります。聴いているほうも頭に入りやすいでしょう。また、明確だからこそ、実行に移しやすいという利点もあります。何回も繰り返して行うことで、学んだことが身に付いていきます。
リクルートマネジメントソリューションズで提供している内容は、大きな体系を持ったいわば学校そのものであり、今回のリクルートラーニングクラブは整理されたポイントを一人ひとりの課題に応じて学ぶ塾のような存在だと言えるのではないでしょうか。
中村:実際、リクルートラーニングクラブには、広く体系を学ぶというより、知りたいポイントを絞って学びにいらっしゃる人が多いんです。
谷口:重要なのは、皆の学びの心に火が点くかどうかです。そして、点いた火が消えないように、継続することができるフォローアップの仕組みや工夫を、どのように入れていくかが大切です。
大杉:これからの課題は、次世代を担う人材の育成です。そのためには、裾野を広げると同時に、今いる人材を伸ばしていかなくてはなりません。当社では校舎長を育てながらも、SVはもちろん、次の役員候補を育てていく必要に迫られています。こうしたことを、短い時間の中で凝縮して行わなければなりません。本来だとOJTの中で行いたいのですが、それは時間的にも難しい。
谷口:そのためにも状況に応じて、研修体系・内容を柔軟に変化させていくことが大切です。スピード感を持って対応していくには、外部のリソースをうまく活用することがポイントではないでしょうか。
中村:自分が知らなかった世界を知る、できなかったことができるようになる。学ぶことは、とても楽しいですね。リクルートラーニングクラブで、そのきっかけや手応えをつかんでもらえればうれしく思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
わたしたちリクルートマネジメントソリューションズは、42年間にわたって最も重要な経営資産である「人と組織」に焦点をあて、企業が直面するさまざまな人・組織課題の解決にあたっていくリクルートグループのプロフェッショナルサービスファームです。特に主となる人材開発分野については、年間130万人の受講者へ研修サービスを提供してきた実績があり、そのノウハウを生かして、様々なサービスを提供しております。