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タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第75回】
AI時代のキャリア開発――「職業を選ぶ」から「自分を進化させ続ける」時代へ

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」を戦略的にデザインしていきます。

「このまま今の仕事を続けていて、本当に大丈夫なのだろうか」。キャリア相談や企業での講演の機会に、この問いを私は幾度となく耳にしてきました。年齢や立場、業界は異なっていても、その問いの奥に潜む感覚は驚くほど共通しています。それは、これまで自分が信じてきたキャリアの前提が、もはや通用しなくなりつつあるのではないか、という漠然とした不安です。

AIをはじめとするテクノロジーの進化は、私たちの働き方を劇的に変えました。しかし、キャリア開発の視点から見ると、AIの本質的な影響は「仕事がなくなる」ことではありません。より深刻なのは、「仕事を軸に自分を定義してきたキャリア観」が揺らいでいることです。

かつては、一つの専門を磨き、組織のなかで評価され、昇進を重ねていくことが安定した人生につながると信じられてきました。しかし、AI時代においては職務が細分化され、再編され、ある日突然アルゴリズムに置き換えられます。その結果、仕事に依存していた自己定義が、根底から問い直されることになるのです。「大丈夫なのか?」「このままでいいのか?」と。

大手メーカーで30年以上勤めてきたAさん(50代)は、次のように語ります。「AI導入の話を聞いたとき、最初は『自分の仕事は大丈夫だ』と思っていました。でも、実際に業務が再設計され、長年やってきた仕事の一部がシステム化された瞬間、初めて怖くなったんです。仕事が奪われたというより、『自分は何をしてきた人間なのか』が分からなくなりました」。Aさんの言葉は、AIが奪ったのが仕事ではなく、仕事に依存していた自己理解だったことを物語っています。

AI時代のキャリア形成のセーフティネットになるのが、ダグラス・ホールの「プロティアン・キャリア理論」です。このゼミで幾度も取り上げてきたように、プロティアン・キャリアとは、環境や組織ではなく、個人を基準にキャリアを形成していく考え方です。評価軸は、昇進や報酬といった外的成功ではなく、自分自身が納得できているかどうかという心理的成功に置かれます。この理論が画期的なのは、キャリアを「安定した状態」ではなく、「変化し続けるプロセス」として捉えている点にあります。

AI時代において、変化は例外ではなく常態です。そのなかで重要なのは、正解を選ぶ力ではなく、キャリア選択を修正し続ける力です。プロティアン・キャリアが重視する自己主導性と価値主導性は、不確実な時代を生き抜くための中核的な原理だと言えます。AIは最適解を提示することはできますが、「自分にとって何が意味あるのか」を定義することはできません。だからこそ、価値観を言語化し、それを軸に選択を行う力が、これまで以上に重要になっているのです。

キャリアは「物語」でできている:意味づけの力と人間の役割

AI時代のキャリアを理解するうえで、プロティアン・キャリア理論と並んで重要なのが、マーク・サビカスの「キャリア・コンストラクション理論」です。この理論は、キャリアを「選択の結果」ではなく、「意味づけのプロセス」として捉えます。人は出来事そのものによってキャリアを形づくっているのではなく、その出来事をどのように語り、どのような物語として再構成するかによって、自らのキャリアを生きているのです。

AIは膨大なデータを分析し、過去の傾向から未来を予測することはできます。しかし、経験に意味を与え、それを自分の人生の文脈に位置づけることはできません。この「意味づけの力」こそが、AI時代における人間の決定的な役割です。

IT企業で働くBさん(30代)は、転職を繰り返しながらも、どこか満たされない感覚を抱えていました。「条件は良くなっているはずなのに、前に進んでいる感じがしなかったんです」。これまでのキャリアに向き合うなかで、Bさんは気づきました。「自分が一番エネルギーを感じるのは、誰かの挑戦を後押ししている瞬間だ」と。これまで「一貫性がない」と感じていたキャリアが、「人の成長に関わり続けてきた物語」として再構成されたとき、Bさんの中でキャリアの意味が大きく変わったのです。

キャリア・コンストラクション理論が示すのは、キャリアとは出来事の集合ではなく、語りの体系だということです。同じ失敗や停滞を経験しても、それを「終わり」と語るか、「次への準備」と語るかで、未来の行動は大きく変わります。AI時代において、キャリアの差を生むのはスキルの差以上に、この語りの差なのです。

内省や対話は、単なる振り返りではありません。自分の経験を再編集し、意味を更新し続けるための実践です。変化の激しい時代において、過去を固定化せず、語り直し続ける力こそが、キャリアの持続可能性を支えています。

イメージ図:変化の激しい時代において、過去を固定化せず、語り直し続ける力こそが、キャリアの持続可能性を支えています

エンゲージメントが未来を決める:AIと共に生きるキャリアの条件

近年のキャリア研究において、特に注目されている概念が「キャリア・エンゲージメント」です。キャリア・エンゲージメントとは、自らのキャリアにどれだけ能動的に関わっているかを示す概念です。学び続けているか、自分なりの意味を更新しているか、他者や社会と接し続けているか。これらの姿勢が、AI時代のキャリアの明暗を分けます。

医療系専門職として長年現場に立ってきたCさん(40代)は、昇進もなく、専門性も頭打ちになったと感じ、「もう成長は終わった」と思い込んでいました。しかし、キャリアを振り返るなかで、「後輩を育て、現場の暗黙知を言葉にしてきた時間」が自分の中心的な役割だったことに気づきます。「停滞だと思っていた時期が、次の役割への準備期間だったと分かったとき、急に視界が開けました」。語りが変わったことで、Cさんのキャリアへの関与度は大きく高まりました。

AI時代における最大のリスクは、スキル不足ではありません。キャリアへの関与が低下し、考えることをやめてしまうことです。エンゲージメントが高い人は、AIを脅威ではなく、自分を拡張する道具として使いこなします。一方で、エンゲージメントを失った瞬間、人はAIに代替されやすくなります。

AI時代のキャリアは、もはや設計図どおりに進むものではありません。仮説を立て、試し、学び、修正しながら進化させていくものです。この進化型キャリア観は、プロティアン・キャリア理論、キャリア・コンストラクション理論、サステナブル・キャリア論、エバーグリーン理論へと連なっています。共通しているのは、不確実性を排除するのではなく、不確実性のなかで自分を更新し続ける姿勢を重視している点です。

AIが高度化すればするほど、キャリア開発はテクニックの問題ではなくなります。私たちに突きつけられる問いは、極めてシンプルです。

「あなたは、何を大切にして働く人間なのか」

プロティアン・ゼミは、この問いから目を背けずに向き合い続ける場でありたいと考えています。自分という存在を進化させ続けること。それこそが、AI時代におけるキャリア開発の本質なのです。

そして最後に、私が常に自分自身に問いかけている次の言葉も、皆さまにシェアさせていただきます。

「どんな未来を創りたいのか。そのために、働くことを通じて何を生み出していくのか」

それでは、また次回に!

田中 研之輔氏
田中 研之輔氏
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

オピニオンリーダーからの提言

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