田中潤の「酒場学習論」【第30回】
阿佐ヶ谷「SUGAR Sake&Coffee」とアンコンシャス・バイアス
株式会社Jストリーム 執行役員 管理本部 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
燗酒は、まだまだ誤解されています。悪酔いするとか、翌日頭が痛くなるとか、そもそもまずいとか……。若い頃に質のあまり良くない酒を、あまり良くない提供方法とあまり良くないシチュエーションで呑んだ記憶が尾を引いている人、日本酒は端麗辛口とかフルーティーとかいうプロパガンダに巻き込まれている人、そもそも呑まず嫌いの人など、いろいろといらっしゃいます。
これはこれで仕方がないのですが、そういう方々の人生がもったいなくて仕方がない。燗酒は最高に旨いのです。そして、まったくといっていいほど翌日に残らないのです。さらには、さまざまな料理に合う理想の食中酒なのです。
というわけで、燗酒をなんとなく人生の中で遠ざけてきた人が燗酒を知り、愛するようになるための活動を密かに行っています。百聞は一見にしかず、まずは楽しんでいただくことです。そんなとき、お連れする酒場は重要です。このファースト・コンタクトが未来を決めるのです。そんな場に最適な酒場の一つが、今回ご紹介する「SUGAR Sake&Coffee」です。
阿佐ヶ谷の街で、若き佐藤ご夫妻が営む酒場です。2階にありますが広い間口から陽光が差し込み、昼呑みにはうってつけなので、週末のまだ明るい時間帯にお邪魔するのが好きです。
燗酒酒場は例外なくアテが旨いのですが、ここはまた格別です。本当に最高です。和食・中華・エスニックとメニューの幅が広いのも魅力です。燗酒はそれ単体で楽しむよりは、アテと一緒に楽しむことで旨さが倍増する酒です。そしてもう一つ大切なのは、一緒にいただく「和らぎ水」。酒とともに水もしっかりと身体に取り込みます。
お通しで供されることの多い八角の香り溢れる豆でまずはやられます。これだけで一晩呑めるという一品です。次にメニューの選択を始めるのですが、すべてのメニューが食べてみたい魅力に満ちているので、逆に何をあきらめるかの選択に悩まされるくらいです。どの燗酒をいただくかは、最初から最後までお任せです。
この酒場のメニューには二つの源流を感じます。一つはオーナーの佐藤さんの故郷でもある津軽、そしてもう一つはオーナー夫妻がしばしば旅されてきた台湾です。個人的には青森県、特に弘前と八戸の街が大好きなので、メニューに津軽の食材やテイストを感じるとうれしくなります。実にさまざまなジャンルの手のかかる料理を、次から次へと繰り出してくださいます。私たちは燗酒と一緒に至福の時を過ごすだけです。
さて、話は変わります。いつ頃からでしょうか、「アンコンシャス・バイアス」という言葉が、HR用語として定着してきました。言葉通り、無意識の根拠のない思い込みや偏見のことを指します。HR的な見地からは、「ある特定の人々」に対しての無意識な思い込みを意味し、集団の中で無意識のうちに学習されて、その集団のメンバーの行動に影響を与える危険が指摘されます。
アンコンシャス・バイアスのベースには、ステレオタイプなものの見方があります。男はこうだよね、若者はこうだよね、関西人はこうだよね、といったやつです。あるカテゴリーの人たちに典型的で画一的なイメージを投影するものです。
ステレオタイプは私たちの脳が生産性を高めるために作り上げたものなのでしょう。物事を単純化して、判断を迅速化するプラスの効果があります。また、組織の中で同質的なものの見方を推し進めることが、組織への帰属意識にプラスの影響を与えると思われていた時代もあったのです。
しかし、こういったものの見方は、特定の人たちに対する偏った認知や偏見を生み、一人ひとりの特性を無視し、排他的な組織をつくりかねません。ダイバーシティに満ちた組織においては、致命的なものの捉え方です。
バイアスの強い組織では、バイアスが明文化されていない規範となり、暗黙の期待にもなります。メンバーにそのように振舞うことを暗黙のうちに強制するのです。これが組織力を強化するのに役立った時代もあったのでしょう。やればいいことが決まっていて、それを一糸乱れぬ組織で疑問も感じずに遂行すれば利益があがっていた時代です。隣の会社よりも、もっと安く、もっとたくさんものを作ることが利益の源泉だった頃です。しかし、今は変わりました。隣の会社が作れないものを創造しなければ、ビジネスに勝てない時代なのです。
バイアスを持つこと自体を悪いことだと考える必要はありません。私たちの脳の機能として、バイアスは誰もが持って当然のものです。大切なのは、自分がどのようなバイアスを持っているのかを意識して、それと上手につきあっていくこと。バイアスがあっても、それに引きずられて行動にまで移さないことは意思の力でできます。バイアスを意図的に少しずつ変えてみようというチャレンジも、意思の力でできるはずです。
冒頭に書いた燗酒の話は、まさにアンコンシャス・バイアスです。私は酒の世界にも3大アンコンシャス・バイアス被害酒というものがあると思っています。その筆頭が燗酒ですが、あとの二つは、テキーラとホッピーです。テキーラは実は燗酒に負けず劣らない2日酔いとは無縁の酒です。しかし、世間からはまったく逆にとらえられています。ホッピーも本当の美味しい呑み方を経験せずに論じている人がまだ多数派です。
私は長らく障がい者雇用の仕事もしていましたが、知り合いに障がい者がいる人といない人では、障がいに対する理解度・許容度がかなり違うことを実感しました。知り合いがいることによって自然と関心が高まり、理解も深まるのでしょう。アンコンシャス・バイアスを調整するためには、真摯に知ろうとすることが何よりも大切です。
ぜひ、燗酒を知っていただきたい。そしてその結果として、できれば好きになっていただきたい。そんな思いをもって「SUGAR Sake&Coffee」にゲストをお連れします。ここは本当にアテが旨いので、それだけで皆さんは魅了されます。メニューの幅も広いので、誰でも大好きな一品にも出会えます。そして、いずれのアテも燗酒と実に合うのです。最初は冷たい日本酒や日本酒以外を頼んでいた人も、自然と燗酒に巻き込まれます。恐る恐る呑んだ燗酒に少しずつ魅了されていきます。
どうしても燗酒が合わないという人がいても、この酒場は大丈夫です。ビールももちろん供されますし、レモンサワーは酒場の看板にできるレベルの逸品です。さらには驚異的な品ぞろえの紹興酒もあります。やはり燗酒は無理でしたという人がいても、選択の自由が担保されている酒場なのです。ただし、今のところはそのような経験をしたことがありません。皆さん、自身の燗酒への思い込みを一掃して岐路についてくださいます。もっともっと多くの方をお連れしたい酒場です。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 執行役員管理本部人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会代議員。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。