田中潤の「酒場学習論」
【第16回】秋田「永楽食堂」と幅のある人事制度設計
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
なかなか酒場にお邪魔しにくい状況が続いています。このような状況の中で生半可ではない苦労をされている酒場の皆さまを思うと、何ともいえない気分に陥ります。しかし、酒場の皆さまを応援する気持ちも込めて、この連載は続けさせていただきたいと思います。
今回は、食堂呑みの話をしたいと思います。酒場と食堂の定義の違いについては、喧々囂々の議論が成り立ちそうですが、あまり難しいことを気にする必要はありません。酒場呑み同様に、食堂呑みにも実に楽しいものがあります。特に地方を旅するときには、素敵な食堂によく出会うことができます。今日はそんな食堂の代表選手として、秋田駅からほど近い「永楽食堂」をご紹介します。
さて、この食堂、誰もが「永楽食堂」と呼ぶのですが、のれんには「御食事処永楽」と書かれています。まあ、「御食事処」とあるくらいですから、食堂であることを自認していることは間違いないでしょう。夜に行きますと、もう立派な素晴らしい風格の酒場そのものですが、ランチ時は定食メニューがしっかりと出る、まさに食堂です。壁のメニューには、ラーメンもオムライスも焼肉定食もあります。きっと夜にオーダーしても、心よく出してくれることと思います。どの定食を頼んでも、呑みたくなってしまうことは間違いないとは思いますが。
店内の壁には、実に豊富なアテのメニューの表示が並びます。食堂呑みは一人でしっぽりとやるのも楽しいのですが、何人かでお邪魔するからこそ楽しめる点もあります。人数が増えた分だけ、さまざまなメニューを注文できるからです。ただし、宴会ではないので大人数過ぎてもいけません。
このときは、現地集合・現地解散で、呑み歩いている酒呑み仲間と3人でお邪魔しました。まだ早い時間なのですが、私はこの時点ですでに3軒目。そこそこ腹も満たしてきたのですが、ここは食堂ですからさらに食べ続けます。まず、酒はやはり秋田だと高清水ですね。実はこの食堂、極めて豊富な日本酒メニューがあることで有名なのですが、私は高清水を続けます。そして、お通しに続けて頼むのはカレーです。酒場でもカレーはよく見かけるようになりましたが、食堂ですから当然カレーがあります。食堂呑みにおいてカレーは万能です。サラダでも揚げ物でも、カレーをかけると一味違ったメニューになります。食堂呑みでのカレーは調味料なのです。この夜も、カレーは大活躍しました。カレーライスではなく、「カレールー300円」というメニューがあるところあたり、酒呑み心を実に理解している食堂だといえます。この場合、ライスは不要なのです。
食堂呑みの楽しさは、こういった「幅の広さ」にあるのかなと思います。昼の食堂呑みでは、酒を呑む客の隣のテーブルで、部活帰りの高校生がカツ丼をほおばっていたり、小さい兄弟をつれたお婆ちゃんがいたりと、酒場とはちょっと違った幅広い客層を味わえます。メニューもさまざまですから、一人ひとりのお客さまなりの使い方の幅の広さ、自由さがあります。定食の前に一本だけビールを呑んでもいいですし、居酒屋づかいで〆は省略してしまうことも可能です。この幅の広さが、私たちの気持ちをゆったりとさせるのかもしれません。
人事制度を設計する際にも、幅の広さを考えます。幅の広い人事制度という際の「幅」とは、現場に運用を委ねる「幅」のことです。新卒採用一辺倒の時代は、極めて幅の狭い人事制度でもあまり問題はありませんでした。しかし、もはやどの企業でも社内は多様性を極めています。当然、人事制度も多様性に対応したものである必要があり、複線的な要素であるとか、選択的な要素を多く取り込んだ制度をつくらなければなりません。
しかし、すべてのケースにベストマッチすることは不可能ですし、人事部が想定していないケースが社内に存在していたりすることもありえます。ですので、現場で判断したり、決めたりすることができるような幅をある程度、人事制度には持たせる必要が出てきているように感じます。また、現場を預かる立場の人たちも、よりよい事業運営を期すために、自分たちに幅を委ねることを求めるようになってきています。
しかし、会社として譲れないものもあります。「これだけはどんな職場であろうと、どんな職種であろうと、新卒だろうと中途だろうと、この会社にとって大切なのだから同じ基準でガチっといきたい」といったこともあるでしょう。このあたりをしっかりと判断して、人事制度の設計を行う必要があります。
幅をもった人事制度をつくる場合も、単純に判断を現場に委ねるだけでは混乱します。ある程度のガイドラインを一緒につくり込み、運用も伴走するといった、キメの細かい人事部の対応が必要になります。これは幅のない人事制度をつくるよりも、随分と大変なことです。しかし、今の時代では、幅のない人事制度はあっという間に陳腐化してしまうのではないかとも思います。
食堂呑みで楽しめる幅の広さから、人事制度の幅の話になりました。人生自体を考えても、幅を広くもった人生の方が豊かなのではないのか、という気がします。私たちの行動の幅を極端に狭めている今の事態を早く収束させるためにも、一人ひとりができることをしていきましょう。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会代議員。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。