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組織の活力を保つための「メンタルヘルス対策」

解説:福田敦之(HRMプランナー/株式会社アール・ティー・エフ代表取締役)

近年、働く環境は大きく変化し、職場における「ストレス要因」が増加している。その影響で、心身の健康を害する人も急増、大きな社会問題となっている。働く人に対するさまざまな負荷の増大は、当然ながら組織の生産性を著しく低下させる。そういう意味でも、「メンタルヘルス」を健全に保つことが、組織活力の源につながることは間違いないだろう。今回は、今日的なストレスが増加している状況下、組織として「メンタルヘルス対策」をどのように考えていけばいいのかを整理していく。

働く人の「心」の現状

6割の企業で「心の病」が急速に増加。特に30代へと集中

社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所が2006年7月に発表した調査によると、近年の「心の病」の増減について、61.5%の企業が増加傾向にあると回答している。過去2回の調査と比較すると、増加傾向の割合は2002年が48.9%、2004年は58.2%、そして今回が61.5%と、一貫して増加していることが分かる。年齢別では30代に61.0%と、働き盛りの年代に集中する傾向が鮮明になっている。

また、健康づくりに関する施策を聞いてみると、「メンタルヘルスに関する対策」は、「定期健康診断の完全実施」に次いで多くの企業が取り組んでおり、6割近くを占めている。注目されるのは、過去2回の結果と比較すると、明らかに他の施策と比べ上昇傾向が認められることだ。企業のメンタルヘルスに対する認識の高まりが伺える結果と言えよう。

図1:心の病の増減傾向~時系列変化(単一回答)(%)
図1:心の病の増減傾向~時系列変化(単一回答)(%)
図2:心の病の最も多い年齢層~時系列変化(単一回答)(%)
図2:心の病の最も多い年齢層~時系列変化(単一回答)(%)
図3:健康づくりで力を入れている施策~上位7項目の時系列変化(3項目の複数回答)(%)
定期健康診断の完全実施 メンタルヘルスに関する対策 定期健康診断の事後措置 人間ドックの実施、充実 職場の喫煙対策 健康教育、相談指導 職場環境の整備
2006年 82.6 59.2 54.1 25.7 20.6 18.8 11.0
2004年 81.7 46.3 57.8 26.5 24.3 22.8 13.4
2002年 85.1 33.3 53.9 31.9 17.0 20.9 24.8

*図1~3出所:「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート調査結果(社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所)

「個人で仕事する機会が増えた」「コミュニケーションの機会が減った」「職場での助け合いが少なくなった」など、背景には職場の変化が

この背景には、近年の職場の変化が見逃せない。同調査によれば、実に7割近い企業が「個人で仕事をする機会が増えた」と回答しており、「職場でのコミュニケーションの機会が減った」は約6割、「職場での助け合いが少なくなった」も5割近い企業が回答している。そして、これらの結果と心の病の増加傾向には相関関係のあることが明らかとなった。

端的に言えば、成果主義や目標管理制度を導入する企業が増えたことにより、個人で仕事をする機会が飛躍的に増え、その結果、職場の人間関係がぎすぎすしたものになってしまったということ。最近のベストセラーともなった「不機嫌な職場」が生まれた背景には、このような職場の変化が大きく影響していると考えられる。

精神疾患が原因の自殺が増加傾向

問題なのは、こうした状況を放置しておくと、精神疾患にかかり自殺などに結び付くケースが出てくることだ。事実、厚生労働省が5月に発表した労災認定に関する調査によると、過労や職場のストレスが原因でうつ病などの精神疾患にかかり自殺したとして2007年度に労災認定された人が、前年度を15人上回る81人に達し、2年連続で過去最悪となった。さらに、自殺を含む精神疾患の認定者も268人と前年度比3割の増加となっている。厚生労働省では「長時間労働に加え、仕事の重圧なども精神疾患の原因となる」としており、労働環境の改善を強く求めている。

メンタルヘルスの専門家は、労働者の精神疾患が増える背景には、企業が目先の発症者対策に追われ、長時間労働を減らせていない根本的な問題があることを指摘している。加えて、「勝ち組・負け組」といった考え方がもてはやされ、さらには職場でのいじめや過剰なノルマなどが跋扈し、会社の中で連帯して問題を解決する能力が低下していることも一因に挙げている。

メンタルヘルス対策が重要課題に

以上見てきたように、仕事や職業生活に関する「ストレス」を感じる社員の割合は、年々増加傾向にある。IT技術も日々進歩していき、働く人に対する負荷はますます増大、多様化すると予想される。何より過労自殺が増えてきたことが、そのことを証明しているだろう。今日的なストレスに対して、いかに有効な対策を打てるかが極めて重要な課題となってきたのだ。

メンタルヘルス対策の「視点」

メンタルヘルス対策における「4つのケア」とは?

このようにメンタルヘルス対策の推進が強く求められる中にあって、厚生労働省でも以下のような「4つのケア」からなるステップに基づく指針を示し、企業によるメンタルヘルスへの対応を促している。

  1. セルフケア~労働者が自ら行うストレスへの気づきと対処
  2. ラインによるケア~管理者が行う職場環境の改善と相談への対応
  3. 自社内の産業保健スタッフによるケア(内部EAP)
  4. 外部の専門家によるケア(外部EAP)

では、厚生労働省の指針に沿って、順にメンタルヘルスの取り組み方について見ていくとしよう。

セルフケア~労働者が自ら行うストレスへの気づきと対処

メンタルヘルスとは、心の健康のこと。メンタルヘルス対策の第一歩は、労働者が自ら行う「セルフケア」を積極的に実施することから始まる。これには、自分でストレス反応をコントロールする方法を学び、職場でのストレス耐性を高める「セルフコントロール研修」と呼ばれる手法が有効である。

まず、自分のストレスの「現状」をよく知った上で、上手にストレスと付き合うための「心理学的スキル」を学んでいく。その際に重要なのは、ストレスをどうとらえるかということ。というのも、ストレスのとらえ方はプラス・マイナスの2通りあるからだ。例えば、難しい仕事を担当することになった時に、それを脅威ととらえるか、それともコントロール可能なものとしてとらえるかが大きな分かれ目となる。

仮に、脅威ととらえた場合、不安な気持ちでいっぱいになり、どのように対処していいか分からず、ストレスがどんどん溜まっていく。一方、コントロール可能なものだと思えば自信も芽生え、むしろ困難であることをポジティブに考えて、難しい仕事にやりがいを感じ積極的に対処していくようになる。人はストレスに遭った場合、それをどうとらえるかで、心身の反応が両極端に出てくる。だからこそ、ストレスに遭遇した時に、どういう対処方法を取るかが重要となるのだ。この対応の如何によって、後々のストレス反応が大きく違ってくることを忘れてはならない。

そういう意味でも、自分にとって感じやすいストレスとは何なのかをよく知ることが大切である。さらに、対処のバリエーションを幾つか持つことも重要だ。自分自身でストレスをうまくコントロールできれば、仕事の生産性は大きく違ってくる。仕事に対しても、前向きになれるだろう。

一般的に、ストレスに対処していくためには、次のような行動やスキルの習得が有効である。

●「感情・思考」の記録を付ける
ストレスを感じた時、自分の感情や思考の状態を、記録として毎日付けていこう。できれば最低、2週間程度は続けたい。なぜなら、人間には独自の考え方や思考の癖というものがあるからだ。日々の感情・思考の記録を意識して付けることによって、自分の認知のパターンや傾向に気づき、ストレスを感じない別の考え方を探すことができるようになる。

●「リラクゼーション」スキルを習得する
「リラクゼーション」とはストレスを受けた結果、発生した感情や生理反応をできるだけ軽減していくことである。この方法を学ぼう。これも、体の反応を変えることで、感情も変えることができるからだ。具体的には、「筋弛緩法」「呼吸法」「自律訓練法」などを学ぶことにより、ストレス感情の減少、肩こりなど筋肉の緊張の減少を図ると共に、ストレス性疾患(胃潰瘍、パニック不安など)の予防を図っていくことができる。

●「対人関係」スキルを習得する
「対人関係」を良好に保つことは、現代社会では非常に重要な位置を占めている。ある意味、業務に関わる専門知識よりも重要ではないだろうか。だからこそ、自分の意見や考えを相手に上手に伝えることができるようになれば、それは大きな自信につながっていく。例えば、「アサーション」(言うべきことは言う)と呼ばれる対人スキルを習得することで、職場における人関関係を円滑に進めることができるようになる。

ラインによるケア~管理者が行う職場環境の改善と相談への対応

次は、管理者が部下のストレスにどう対処していくかについて、3つの段階に分けて考えてみる。まず、部下に病気の可能性があるケース。ここでは「早期発見・早期対応」ができるかどうかがポイントとなる。そして、外見上は健康に思えるケース。日々のコミュニケーションをうまく図り、部下のストレス低下に効果的なマネジメントをどう行っていくかということが求められてくる。最後は組織の風土。これもストレスに大きな影響を与えるので、自らリーダーシップを発揮して、健全なものに変えていくことが求められる。

ただこれらには、注意しなければならないことがある。最初の病気かどうかの見極めについては、専門家でないと正しい判断を行うことはできないという点である。しかし、前兆を感じ取ることはケア対策として非常に重要なので、管理する立場にある者としては、専門家へのつなぎ役としての必要最低限の知識を身に付けておきたい。この場合、状態に応じてどう接していけばいいのか、さらには相手とどのように話すのかといったスキルが欠かせない。

一見、健康と思われる人でも、内面は違うことが少なくない。実際問題、ビジネスの現場ではストレス要因が山積している。管理職は日頃から部下がどういう状況の時に悲観的になるのか、落ち込むのかといったことを知り、その対策について部下と一緒になって考え、前向きに仕事に取り組めるよう働きかけていく姿勢が大切である。

さらに一言。近年、管理職に対するコーチング研修などで「傾聴」のスキルが大切だと言われているが、ことメンタルヘルス対策に関して言えば、逆効果になる場合も少なくない。まずは専門家を招いて、状況別の対処方法や部下にメッセージを伝えるときのコミュニケーションスキルを正しく身に付けることを考えていこう。

自社内の産業保健スタッフによるケア(内部EAP)

ここからはメンタルヘルス対策としての「EAP」(従業員支援プログラム)について。EAPには、内部と外部がある。内部EAPは、自社内の産業保健スタッフなどが職場環境やストレスの状況について評価し、管理者と協力してその改善を図ることを主目的としている。

何より内部EAPでは、自社内に労働者の心の健康相談に応ずる相談機能を設置すると同時に、専門的な治療を要する労働者に対しては、適切な外部EAPを紹介し、心の健康問題を有する労働者の職場復帰や職場適応を指導したり支援することが求められている。

*EAP: Employee Assistance Program メンタルヘルス対策として相談室を設けたり、カウンセラーを配置したりして、従業員を支援するプログラム

外部の専門家によるケア(外部EAP)

そして外部によるEAP。近年では、外部EAPを利用する企業が増えてきているが、その理由としては大きく2つある。1つは「コスト」が安いこと。2つには内部EAPと比べて、「利用率」が高いことが挙げられる。外部EAPは社外にあるのでプライバシーが厳格に守られ、利用する側にとっても敷居が低くなり、結果的に疾患に至る前での早期対応が可能となるからだ。

また、現在ではEAPに対する認知度が上がり、新たにEAPを扱う企業も数多く出てきて、利用者にとって比較検討しやすい状況となっている。さらに、EAPがアルコール依存症やうつ病などの疾病への対処だけではなく、心身の問題の予防やカウンセリング、そして家族やプライベートな問題、あるいはキャリアや将来的な問題にまでカバーするようになってきたことも、利用率を上げる誘因となっている。

外部EAPの利用で、「生産性」の向上を実現していく

そもそもEAPとは、アルコール問題が大きな社会問題となった1940年代のアメリカで、アルコール依存症になった社員の早期発見・早期治療を目的として始まったもの。その後、メンタルヘルス全般へ応用されるようになった。

最近では、社員のストレスを減らして能力を存分に発揮できるよう支援することによって、組織の「生産性」を向上させることが大きな目的となっている。前述したように、働く人を取り巻く環境は大きく変化してきた。M&Aなども頻繁に行われるようになり、必然的に職場にストレスが溜まる要因が増えている。こうした環境下では、想定する以上に不適応を起こしてしまう人が少なくない。チームとしての協同作業もうまく機能せず、コミュニケーションや効率性の面で低下している組織も多々見受けられる。

EAPは、「面談」によるカウンセリングが基本である。これも、EAPで扱う問題というのは、フェース・トゥ・フェースでなければ正確にアセスメントできない類のものだからだ。さらに、その後のフォローアップ、それに対するカウンセリングやトレーニングが重要になってくる。電子メールや電話、ファックスなどはあくまで補助的なツールと考える。

利用を考える際に安心してほしいのは、契約企業に対してこのような「利用履歴」を一切伝えることはないということ。このことで従業員は不安を感じることなく、カウンセリングを利用できる。その結果、ストレスによる欠勤や生産性のダウンなどを防ぐことが可能となる。

さらに言えば、企業経営の面から考えてもEAPは不可欠なツールである。アメリカの例であるが、EAPに1ドル投資することで、会社の利益として5ドルから15ドルの経済効果が上がることが実証されていると聞いた。

今後、EAPの利用を高めていくために必要なこと

ところでEAPを受けたくない理由としてよく挙げられるのが、「守秘義務は守られているのか」「カウンセラーは信用に足る人なのか」「カウンセリングは自分の問題解決に役立つ手法なのか」など。導入していく際には、こうした点からまず払拭していくことが当面の課題であろう。

個々人のライフステージや役職の違いによって、抱えている悩みは違う。様相も異なる。EAPを活用していく上でも、社内の利用者を細分化し、各ターゲットに合わせたサービスを的確に提供していく。さらに、その反応などを分析して、より利用率の高まるサービスを実施していくといったマーケティング的なアプローチが今後は欠かせない。

外部EAPを導入する際のチェックポイント

以上、企業におけるメンタルヘルス対策を4つの視点から見ていったが、この先ニーズが増すと考えられる外部EAPについて、導入する際のチェックポイントを整理してみた。

【 対応 】
  • 具体的なケースや質問などを聞いた時、躊躇なく応答ができているか
  • セキュリティや相談した内容の秘密保持が厳格に守られているか
  • スピィーディなブッキングができているか。1~2週間後などの対応は問題外である
  • 「連絡経路」や企業としての基本的な「管理体制」が整っているか
【 サービス内容・コンテンツ 】
  • いろいろなケースに対応できる「ネットワーク(紹介先)」を確保しているか
  • カウンセリングは基本的にフェース・トゥ・フェースで行うもの。その点で、Web(電話)対応で十分としている業者は要注意。ただし、ストレスチェックなどはWebなどでも可能である
  • 質の高いカウンセラーを確保しているか、育成しているか
  • 精緻なカウンセラー養成プログラムを持っているか
【 その他 】
  • 料金があまりに安すぎはしないか。例えば、1人当たり年間500~1000円を提示してくる業者は異常である。これでは、まともなビジネスとして成り立たない。本場アメリカでも、25ドルが一般的と言われている
  • 利用率が低すぎる業者。5%以上が一つの目安と思われる

今日的なストレスへの対応~人事マネジメントからの「攻め」の視点

「攻め」のメンタルヘルス対策も考えよう

メンタルヘルス対策は大事だが、企業が利潤を追求するものである以上、社員に一定の「ストレス」がかかることは避けられない。「能力いっぱいの仕事が与えられる」「一定の役職に就くと、想像以上の重い責任がのしかかる」「複雑な人間関係の中で、円滑に仕事を進めていかなければならない」「仕事量が多く残業続きで、自由になる時間が全く取れない」「成果が出なくて、思うような収入が得られない」など、今日、ストレスとなる要因を挙げればきりがない。

事実、連合が行った調査で「仕事上のストレスを感じる理由」を聞いているが、上位には「仕事量が多すぎる」41.2%、「長い時間神経を集中する」38.6%、「働く時間が長い」28.4%など、長時間労働に関する理由が挙げられている。次いで、「自分の職場や仕事の将来が不安」25.7%といったキャリアに関する理由、さらに昨今の「不機嫌な職場」に代表されるような「職場の人間関係がよくない」21.6%、「拘束感がある」19.3%、「職場環境が悪い」19.0%などの理由が続いている。

図4:仕事上のストレスを感じる理由(3項目の複数回答)(%)
図4:仕事上のストレスを感じる理由(3項目の複数回答)(%)

*出所:2006連合生活アンケート調査(連合)

いずれにしても、現在の職場には今日的とも言うべき多様な「ストレス要因」が山積しており、これらを全面的に排除していくのは難しい。だから、少し発想を変えてみよう。これまで述べたような「守り」に重点を置いたメンタルヘルス対策だけではなく、避けることのできないストレスならば、それとうまく付き合うことを考えてみてはどうか。守るだけではなく、「攻め」の姿勢が必要。攻撃こそ最大の防御だというではないか。そういう視点から、今後はメンタルヘルス対策も考えていく必要があると思う。

ストレスに強い人材を育成するフィールド作り

では、今日的なストレスに対して、企業が取る攻めの施策にはどのようなものがあるのだろうか。それは大きく、以下の3点からのアプローチが考えられる。

  1. ストレスに強い人材を育成するフィールド作り
  2. ストレスを早期に発見できる体制の確立
  3. ストレスを発生させない人事システムの確立

まず、第一の点に関しては、年功序列・終身雇用時代のような画一的な人材観ではなく、多様な価値観やバックボーンを持った人材を包含し、そうした人たちが活用できる企業風土を形成していくことが重要である。というのも、仕事や会社を唯一最大の拠り所としている社員だと、その拠り所を失うことの不安、失った時の衝撃には計り知れないものがあるからだ。

会社や仕事一辺倒のライフスタイルというよりも、例えば、会社以外にも自己表現の場を持ち、昇進よりも仕事のやりがいを重視する、過大な収入より好きな仕事を求めるといったことに価値観を置くような人材。そういう人ならば、自分の仕事に対する自信やあくなき探究心も強く、今日的なストレスに対する「耐性」が強いように思う。

会社に全面的に頼るのではなく、自分で道を切り開いていけるような人材を育成するためのフィールドを作ること。個が確立し自立した人材を輩出していくことが、今日的なストレスを前向きのエネルギーへと代え、過剰ストレスを出さない組織へとつながっていくのである。

日頃のマネジメントを的確に行うことで、ストレスを早期に発見していく

ストレスを出さない強い組織を作るには、前段で指摘したようなストレスを早期に発見、治癒できる体制を確立することである。と同時に、人事部として考えなくてはならないのは、中長期的な視点で過剰なストレスを根本から断つ人事システムの構築である。

例えば、「社員一人ひとりに対するストレスマネジメント教育の徹底を図る」「過剰ストレスの防止・早期発見のカウンセリング体制を確立する」「各種のストレス発散機会を提供する」などが具体的な施策となる。ただ、それにも増して重要なのは、部下を持つ管理職への過剰なストレスに対する対策を充実させることだと考える。

過剰ストレスに陥ると、一定の「ストレスサイン」が出てくる。「仕事の能率が低下する」「ミスやロスが増える」「遅刻・早退・欠勤が増える」「態度が落ち着かなくなる」「口数が少なくなる」「考え込むようになる」など。こうしたサインをいち早く読み取り、適切な措置を取れるようにしておくことである。これらは、上司が部下の動向を緻密に観察していないとできることではない。つまり、ストレスの早期発見においては、日頃からのマネジメントがより大切ということだ。

管理職の適切な指導の下、仕事の意味を見出すことがストレス解消につながる

大胆に言えば、社員が上司を信頼してコミュニケーションがうまく図れ、仕事に傾注し、会社への満足度が高くなれば、過剰ストレスに陥る割合は極めて低くなると思う。問題となるのは、上司と部下の信頼関係、コミュニケーションをいかに確立するかという点である。その際に、部下それぞれの適性に応じて役割や業務内容の明確化を徹底し、その先にある目標をお互いに納得できる形で具体的に提示できるかどうか。このことがとても重要になってくる。

このようなマネジメントを実現するためには、不安定でブレがちな経営方針と部下の“緩衝材”としての管理職の機能を、これまで以上に当人が意識する必要がある。経営課題を部下が納得する形に落とし込み、部署としての目標を明確にする。その目標に対する到達方法を考え、実現のため部下にどのような役割を期待するのかを明確にしていく。それを個々の目標として説明し、それが自分たちの部署にとって、また会社にとっていかに重要なことであり、何よりも目標を実現することが自分自身にどのようにプラスとなるのか。要は、各人における仕事の「意味」を的確に明示していけるかどうかである。

これが、今日的なストレスに対する攻めの対策の一つの回答だと思う。意味ある仕事の実現を通してこそ、ストレスは解消される。これならメンバーは目標に向かって邁進することができるし、ストレスに対して強い耐性を確立することにつながっていく。

しかし、これらは管理職一人の力で100%できることではない。いくら管理職が優秀でも、企業の人事システムが今日的なストレスを解消する方向で構築されていないと、管理職の努力にも限界がある。そのためにも、後方支援部隊としての人事部のサポートが不可欠である。

人事システムの見直しを、ストレス緩和の機会とする

年功主義から成果主義への過度な移行が長時間労働、サービス残業などをもたらし、さらには職場の人間関係をおかしくしたことが、今日的なストレスを生んだ大きな原因と言われる。しかし、多かれ少なかれ人事システムの見直しというのは、この先も、避けて通ることのできない命題である。

忘れてはならないのは、人事システムの見直しを行うに際して、従来の人事制度から新たな考え方に基づく人事制度に移行するのだということを、会社側の一方的な都合ではなく、さまざまな側面からその必要性を明らかにし、社内的なコンセンサスを得て、実現していくことである。しかし、実際には十分にできていない企業が多いように感じる。結果、やらされ感やノルマのある職場が増えていく。ストレスは溜まるばかりだ。逆に言えば、これができている企業では過剰なストレスが起きている割合は低い。この差はとても大きい。

いずれにしても、人事制度の整備と正しい理解が社員個々の目標を明確なものとし、上司と部下のコミュニケーションの促進につながり、ひいては「個立」し「自立」できる人材を育成する社内風土作りにもつながっていく。その意味で考えれば、人事システムの見直しは今日的なストレスを根治するために絶好の機会だと思う(とはいえ、やり方を間違うとさらなる過剰なストレスを生み出す原因になるのも確かだが…)

中長期的な人材育成計画で未来を語る

だからこそ今、企業が打ち出すべきは、中長期的な人材育成計画(キャリア・ディベロップメント・プログラム)の確立である。それは、社員に対して未来を語れる組織であることを大いに謳うということ。現実的に、もはや全員が管理職となれる時代ではなく、5年後、10年後の自分がどのようなコースを歩み、どのような場所にいるのかについて、不安を感じる人が急増している。特に、保守化傾向を見せる若手社員にその傾向が強い。そういう現実があるからこそ、若いうちからそれぞれの適性、希望などに応じて将来設計を立てることができる多様なコースを用意し、自分自身で選択できるような人材計画を提示する必要がある。

さらに、人事考課の基準や内容をオープンにすることも重要だ。評価結果をより明確にし、不公平のない評価を行い、それに基づいて各種の処遇を行うことも同時に必要である。昇進のポストは減少し、昇給、賞与の原資は限られている時代だけに、ストレスを過剰なものにしないためには、このような対応がとても重要になってくる。

「守り」と「攻め」の両面の充実が欠かせない

以上、ここで指摘したのは攻めのごく一部分であるが、社員が十分に納得できる形で人事施策の充実と浸透を図っていくことが、働く人たちに対するコンセンサス作りに大きく貢献していく。それが、今日的なストレスの緩和につながり、何より、組織の活力につながっていくことだろう。メンタルヘルス対策を考える際に、今一度、人事システムやマネジメントについての認識を、新たにしてほしいと思っている。

それで結論。前段で示したメンタルヘルス対策が「必要条件」だとしたら、ここで示した人事制度とリンクした対応は、「十分条件」としてのメンタルヘルス対策と位置付けることができると思う。守りと攻めという、両面の充実が人事にとっては欠かせない。最近では、「安心」と「挑戦」と表現する企業も出てきた。それは、メンタルヘルス対策だけに限らない、「人」を扱う人事としての鉄則ではないだろうか。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

この記事ジャンル メンタルヘルス

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【用語解説 人事辞典】
エメットの法則
心理的柔軟性
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企業がレジリエンスを高めるための取り組み
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ローカス・オブ・コントロール
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