日本の人事部「HRアワード2023」受賞者インタビュー
企業人事部門 最優秀個人賞 受賞
変革の起点は常に「従業員の声」
HRBPとして培った現場・経営との関係性を軸に
富士通の戦略的人事をリード
富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO
平松 浩樹さん
日本の人事部「HRアワード2023」企業人事部門 最優秀個人賞に輝いた、富士通株式会社 執行役員 EVP CHROの平松浩樹さん。ニューノーマル時代を見据えて人事・総務・IT部門が一体となった改革を断行し、巨大組織・富士通に新たな働き方を根づかせる原動力となりました。現在は新たな中期経営計画に基づく戦略的人事をリードし、人材ポートフォリオの見直しも大胆に進めています。そんな平松さんの原体験には、若手時代に苦労を重ねながらも現場との連携を進めたHRBPとしての気づきがありました。さらに変化が加速していく時代にあって、人事パーソンには何が求められているのか。これまでの平松さんの歩みや富士通の挑戦とともに、日本の人事が目指すべき将来像を聞きました。
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- 平松 浩樹さん
- 富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO
ひらまつ・ひろき/1989年富士通株式会社に入社。2009年より役員人事の担当部長として、役員人事・グローバル役員報酬の制度企画・指名報酬委員会の立上げ等に参画。2018年より人事本部人事部長としてタレントマネジメント、幹部社員人事制度企画・ジョブ型人事制度の企画を主導。2020年4月より執行役員常務として、ジョブ型人事制度、ニューノーマル時代の働き方・オフィス改革に取り組んでいる。 2022年より現職。
従業員の声を起点に、縦割りを乗り越えて富士通を変革
「HRアワード2023」企業人事部門 最優秀個人賞を受賞された感想をお聞かせください。
大変光栄に感じています。今回の受賞は、私たち富士通がDX企業へと変わっていく中で、人事制度変革を大胆かつ粘り強く進めてくれた人事部門メンバーみんなの努力と、全社的な変化への不安や戸惑いを乗り越えてくれた全従業員の取り組みが評価されたものと受け止めています。その意味でも心からうれしいです。
日本企業は今、大きな変化を迫られています。人事の仕組みには企業を超えて共通する課題も多いので、私が富士通のデータをどんどん共有して、これまでに挑戦したり悩んだりしてきたストーリーとともに伝えてきました。そうした発信が多くの方々の役に立っているのであれば、これに勝る喜びはありません。
富士通が進める変革の取り組みに注目する方はとても多いと思います。直近では、どのような課題を乗り越えてきたのでしょうか。
富士通では「ワークライフシフト」をコンセプトに、2020年7月から新しい働き方を導入しています。コロナ禍の緊急事態宣言のもとで突然リモートワークを余儀なくされ、不具合や混乱もあって、従業員全体がストレスにさらされている状態でした。そんな時だからこそ、アフターコロナを見据えて、ニューノーマルな時代にはどう働くべきなのかをいち早く宣言しなければならないと考えたのです。
そこでハイブリッドワークを基軸とし、従業員が自ら最適な時間や場所を選択して働けるようにしました。あわせてオフィス環境やIT環境、人事制度も一体的な見直しを断行。この背景には大きな投資に関する判断もありました。
国内従業員約8万人からサーベイを取り、何に不安を感じ、どんな働き方を望んでいるのか、生の声をたくさん聞いたのですが、出てきた課題は人事だけで解決できるものではありませんでした。そこで、人事・総務・IT部門が三位一体でアイデアを出し合い、新たなコンセプトを作り上げたのです。
従来も、人事だけでは解決できないテーマに対して他部門を巻き込もうとしたことがありましたが、それぞれが自組織の理屈に縛られてしまい、なかなかスピーディーに動けませんでした。しかし今回の変革では、どの部門がリードするかではなく、たくさんの従業員から集まった声を起点にしてプロジェクトを進めていくことに注力することができました。
私たちコーポレート部門が一枚岩にならないと、従業員の期待には応えられません。経営陣もスピーディーに決断してくれましたし、新制度の発表後は多くの従業員からポジティブな声をもらいました。縦割り組織を超え、従業員の声に応えてコラボレーションしながら大胆に課題を解決していく。それが大きな価値を生み出すために欠かせないことを実感しています。
HRBPがキャリアに与えた影響。現場との信頼関係を築くまで
平松さんは富士通において長年人事パーソンとしてのキャリアを歩んでこられました。人事や CHRO という仕事に、どのような思いで向き合っていますか。
私は富士通に入社してからずっと人事畑を歩んできました。そのうち約20年間は、今で言うHRBPとして、特定の部門を担当する現場に近い人事に従事。その後は本社の人事部門へ移り、企画や制度設計などを経験しました。
そうした日々の中では、従業員一人ひとりが持つ可能性や思いをもっと発揮させられるはずだという課題意識を常に抱いていました。人事の仕事とは、人の可能性を最大限に広げ、さまざまな人が集まったチームがより良いパフォーマンスを発揮していけるように貢献すること。現場の従業員の声に応えることは、私の人事としての根幹なのです。
その課題意識は、HRBPとしてのどのような経験からもたらされたのでしょうか。
HRBPとして、本社人事の企画部門によるさまざまな施策を受け止め、現場の従業員に説明する場面を数多く経験しました。すぐに施策に対して理解を示す人もいれば、冷ややかな反応をする人もいます。本社人事の意向をただ伝達するだけではなく、現場の一員であるHRBPとして、自分ごととして向き合わなければ、「一緒にやろう」という機運は生まれないのだと痛感しました。
それがうまくできなかった頃は、本社人事から「現場を動かせ」と言われ、現場からは「人事は何を考えているんだ」と言われて、板挟みのような状態。悩む日々が続きましたが、現場の人たちからのフィードバックや指導を通じて、人と人との信頼関係を築くことが第一歩だと学びました。
それからは「平松は現場に貢献しようとしてくれているんだ」と理解してもらえるように、ビジネスライクではないコミュニケーションを積み重ねていきました。その結果、現場では「平松にサポートしてもらって助かった」と言ってもらえるようになり、本社人事からも「現場のことをよく理解している平松に企画段階から相談したい」と打診されるようになったのです。
今この瞬間も多くの企業で、HRBPとして奔走している方がいると思います。HRBPは現場に近い分、大変なことも多いのですが、率直なフィードバックを得て成長できるのは人事パーソンにとって大きなメリットといえるでしょう。また本社人事は多くの場合、賃金や教育、採用など機能別に分かれていますが、HRBPは現場の課題に対して縦割りを超えて対応していかなければなりません。この点でも貴重な経験を積めると思います。
平松さんが現場の方々との信頼関係を築いた、「ビジネスライクではないコミュニケーション」の秘訣をお聞かせください。
信頼関係を築くにはまず、自己開示が欠かせません。自分の価値観や大切にしていることを言葉にして相手に伝えること、さらにいえば、自分の弱みをうまくさらけ出すことが重要です。そうして人と信頼し合い、助け合える関係を作る力は、人事のみならず全てのビジネスパーソンに求められるでしょう。
人事の場合は、若手のうちから現場の部長・課長クラスと話す機会が多いですよね。相手のほうが圧倒的に経験も年齢も上だと、なかなか本音を語ってもらえないこともあります。そんなとき私は「こいつは面白いな」と思ってもらえるように強く意識していました。理路整然と堅苦しく話すだけではなく、「本社の方針はこうですが、私はこう思っています」と率直に自分の意見を伝え、「こんなとき、現場ではどう感じますか」「それは大変ですよね」などと相手に共感しながら会話するのです。理屈だけで会話していても信頼関係は生まれませんし、何より面白くありませんからね。
基盤となる制度改革を終え、戦略的人事の実践フェーズへ
改めて、富士通での現在の平松さんのミッションをお聞かせください。
CHROという立場で人事戦略を実行し、変革をリードしています。富士通自体がグローバル企業になっていくために、国境を越えてワンチームで仕事ができる体制を作っていくことも私の重要ミッションです。
代表取締役社長 CEOの時田隆仁からは「社長のHRBPとしてビジネス戦略や変革の実現を支えてほしい」と言われています。富士通が描くビジョンの実現に必要な要素を、具体的な人事戦略やテーマに落とし込み、スピード感を持って取り組むことを求められているのです。
現在の人事に関する目標や課題をお聞かせください。
直近の3年間はかなりのスピードで人事制度改革を進め、ある程度の基盤は固まりつつあります。2023年から2025年までの新中期経営計画では、今後3年間のチャレンジとして、新しい人事の仕組みの上で戦略的人事に取り組むことを明記しています。
これまでが制度改革のフェーズであるとすれば、今後は戦略的人事の実践フェーズだと言えるでしょう。大胆に人材のリスキリングに取り組み、成長領域にどんどんアサインしていくこともその一つです。また、エンゲージメントを非財務指標の一つとして着目し、データを蓄積してきましたが、従業員一人ひとりのことを考えればさらなるウェルビーイングの向上が欠かせません。
ウェルビーイング向上に向けては、どのような施策を計画していますか。
成長することでウェルビーイングが高まると考え、これまでさまざまな学習機会やコミュニティ参加機会を提供してきました。しかし、一人ひとりのウェルビーイングの状態を可視化するところまでは至っていませんでした。
そこで現在は、改めて一人ひとりのウェルビーイングをサーベイで可視化し、新たな施策に取り組もうとしています。ウェルビーイングにつながるポイントは、一人ひとり違うはずです。人事だけでなく、個々の従業員も自分のウェルビーイングを高めるために必要なことを考えられるようにしていかなければなりません。
大切なのは、プライベートも含めてウェルビーイングを高められるようにすることです。会社や人事が影響を与えられる範囲には限界があるかもしれませんが、少なくとも「プライベートも含めて今よりも良くしていく」というマインドを全社的に醸成していきたいと考えています。
富士通を「日本で一番、人材ポートフォリオを大胆に変革する会社」にしたい
人事・CHRO としての今後の目標やビジョンをお聞かせください。
今後の大きなチャレンジとして、事業のポートフォリオ変化を実現する人材ポートフォリオを描き、現状の人材のスキルとのギャップを埋める投資や施策を打ち出していきたいと考えています。
新中期経営計画では、富士通の事業ポートフォリオそのものを大きく変える計画が打ち出されています。この将来像に向けて、人材のギャップを埋める大胆で具体的な打ち手が必要なのです。事業は変化が激しいため、局面に応じて当初の計画から軌道修正することも十分に考えられます。その際に人材ポートフォリオをどのように見直し、組み換え、社内コミュニケーションを図っていくかについても考えなければなりません。
数年後には富士通が「日本で一番、人材ポートフォリオのマネジメントを大胆に行っている会社」だと認識されるようになる。それがCHROとしての私のビジョンです。
今後は大胆なリスキリングやアサインの機会が増えていくと思いますが、従業員の納得度を高めるには何が必要でしょうか。
従業員自身が手を挙げ、さまざまなジョブに挑戦できる機会があることでしょう。人材ポートフォリオが将来的にどう変わっていくのかを従業員に示し、「このビジネス領域は拡充するが、この領域はスリムになる」「これからはこんなスキルの価値が上がっていく」といった情報もわかりやすく発信していきたいと考えています。
加えて、さまざまなジョブやポジションのポスティングを常に活性化させ、いつでも挑戦できるようにしたいですね。そうした機会を目の前にして、「自分にはまだこのジョブに挑戦するスキルが足りない」と気づく従業員もいるかもしれません。そんなときこそオンデマンドの豊富な学びの機会を活用し、自律的にキャリアを切り開いてほしいと思います。
「社長のHRBPとしてビジネス戦略や変革の実現を支える」という言葉もありましたが、経営側の思いを理解することに苦しんでいる方は多いかもしれません。
これも信頼関係の問題なのだと思います。人事パーソンは、経営戦略や中期経営計画などの情報を理解するだけでなく、その裏側にある経営陣の悩みや、人事として本気で関われる部分までを含めて理解しなければいけません。しかし経営陣との信頼関係がなければ、そうした本音を引き出すのは難しい。現場の従業員や管理職と同じように、経営層とも人と人との信頼関係を築いていくことが重要なのです。
仮に経営やビジネスに関する高度な部分に理解がおよばなくても、「まず経営陣へ質問してみること」が大切です。それによって自分が「経営やビジネスに貢献したいと考えている」ことが伝わります。それが信頼関係の第一歩です。
今は経営戦略と人事戦略が一体とならなければいけない時代です。どんなに優れた経営戦略やビジネス戦略であっても、それを実行する人や組織の変化を加味しないままでは、絵に描いた餅にしかなりません。経営戦略やビジネス戦略を打ち立てる際は、どのような人材や組織が実現するのかを同時並行で議論しながら考えていかなければならないのです。
そこで必要になるのがまさにHRBPでしょう。人事パーソンは採用マーケットの相場観を持っていますし、社内育成の難易度も理解しているはずです。その現実的なアドバイスがあるからこそ、経営戦略やビジネス戦略がより具体化されていきます。そうしたプロフェッショナルとして人事パーソンが価値を発揮できれば、経営側も「戦略構想の早い段階で人事を引き入れよう」と考えるはずです。
人材の流動性をポジティブに捉え、積極的に進めていくべき時代になった
現在、富士通と同じように多くの日本企業が変革の真っただ中にいます。これから人事部門が乗り越えていくべき課題は何だとお考えですか。
どれだけ制度面での改革を進めても、現場ではまだまだ年功的な運用が息づいている企業は多いのではないでしょうか。それは私たちも同様です。富士通は約30年前に成果主義の人事制度を構築しましたが、現場の運用面では年功的な判断がまだまだ根強いのが実状です。
制度としては成果主義なのに、「彼はまだ3年目だから」とか「年上の部下を持つと苦労してしまうのでは」などといった形で評価判断してしまうこともあります。良かれと思ってのことだったとしても、本人はアンフェアだと感じるかもしれません。こうした状況が続けば、人事戦略や制度からどれだけ年功要素を排していっても、従業員は「現実は年功序列だよね」と感じるでしょう。どんなに立派な制度を作っても、現場には白けたムードがまん延してしまう。そんな状態を打破するために、私たちは年功的な運用から脱却するべきなのです。
富士通はこの問題にどのように対処しているのでしょうか。
2020年以降、ポスティング制度を大幅に拡大しました。2023年までの間に国内8万人の従業員のうち2万人が手を挙げ、約7000人が異動しています。ポスティングではポジションを担う要件を明確に示し、その要件を最も満たす人材を純粋に選びます。結果的に、管理職に就任する人材の年齢を気にしなくなりました。20代の課長が誕生し、若くても重要なポジションに就けることが事実として認識されるようになりました。
正直に言うと、ポスティング拡大には勇気が必要な側面もあったのです。社内で人材の取り合いになり、混乱が生じてしまうかもしれません。かつてはそれを警戒し、年間100人程度の異動でポスティング案件を厳選していた時期もありました。しかし「従業員の思いを実現し、人材の流動性をエネルギーに変えていく」という社長の強い思いと後押しもあり、断行しました。
人材の流動性については、今後は社内だけでなく、社外との流動性も高めていくべきだと思っています。長期雇用の文化では離職率の低さばかりを追いかけてきましたが、現在では新卒入社する従業員の大半が「定年まで1社で勤めること」を想定していませんよね。今後は中途採用も増え、ますます社内外での人材の流動性が高まっていくでしょう。
大切なのは、企業のパーパスやカルチャーを社内外に発信し、そこに共感する人が集まり、共感できない人は共感できる会社に転職していけるようにすることです。これによって全ての個人が幸せになれるようにしなければ、日本企業全体のエンゲージメントは上がりませんし、個人の可能性を最大限発揮することにもつながりません。私たち人事パーソンは、人材の流動性をもっとポジティブに捉え、積極的に進めていくべきでしょう。
こうした変化の中で、人事パーソンにはどのようなマインドセットが求められるとお考えですか。
昨今では人的資本経営の重要性が叫ばれ、ジョブ型を軸にした人事制度改革に取り組む企業も増えています。私たち人事パーソンにとって、ますますやりがいのある局面になってきたと言えるでしょう。人事が経営やビジネスに貢献できる度合いがさらに高まっているわけですから。
そんな今だからこそ、人事パーソンは管理部門的・統制的な考え方を捨て去るべきだと思います。従来型の人事の理屈や正義にとらわれるのではなく、未来志向で現場と同じ方向を向き、人や組織をより良いものにし、ビジネスで勝っていくために貢献する。そのマインドでコミュニケーションを取っていけば、現場や経営層との信頼関係も自ずと高まっていくはずです。
また、人事パーソン同士のコミュニケーションをさらに盛り上げていくことも重要だと考えています。人事に関する悩みや課題は、企業を超えて共通する部分も多いはず。各社がそれぞれに悩み、似て非なる取り組みがいろいろなところで生まれていますが、このままではもったいないし、日本全体で見ると非効率でもありますよね。人事のコミュニティを最大限に活用して、人事パーソン同士が互いの悩みを共有し、勇気を与え合う。そうすることで、日本企業全体がさらに成長していけるのではないでしょうか。みんなで頑張っていきましょう。
(取材日:2023年9月7日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。