CHROは経営と社会をつなぐ存在
人的資本経営を磨き、日本を変える
エーザイ株式会社 執行役 チーフHRオフィサー(兼)コーポレートコミュニケーション担当(兼)サステナビリティ担当(兼)総務担当
真坂 晃之さん

2023年にエーザイ株式会社が国内製薬企業で初めて発行した人的資本レポート「Human Capital Report(HCR)」は大きな注目を集めました。同社CHROの真坂晃之さんは、「CHROは経営と社会をつなぐ存在」と語り、HCRを起点に、社員、投資家、そして他社の人事部門と積極的にコミュニケーションを重ねています。真坂さんが人事の領域を志すきっかけになった原体験や、人事の仕事を通して「日本を変える」ことを本気で目指す、熱い思いに迫ります。

- 真坂 晃之さん
- エーザイ株式会社 執行役 チーフHRオフィサー(兼)コーポレートコミュニケーション担当(兼)サステナビリティ担当(兼)総務担当
まさか・てるゆき/2001年エーザイ入社。MRとしてキャリアをスタートし、人事部、CEO秘書、海外事業、経営企画などを経験。2021年に執行役となり、2022年からCHROとして、人的資本経営や情報開示を推進している。
「熱狂的な組織体験」から人事部への異動を希望
真坂さんは、人事一筋ではなく、営業や経営企画、新規事業など多岐にわたる部署を経験されています。これまでのキャリアについて、お聞かせいただけますでしょうか。
2001年にエーザイに入社し、MRからキャリアをスタートさせました。初任地の三重県での経験が、原体験として今でも強く心に残っています。当時、東海地方は競合他社が強く、エーザイにとっては厳しいエリアでした。ただ、私は良い同僚に恵まれました。世代を超えて支え合うメンバーと、皆を引っ張る組織長がいたのです。「この厳しい環境で結果を出して組織長を“男”にしよう」「自分たちの手で三重のエーザイを変えよう」という熱気があり、全員が本気で仕事に向き合っていました。
先輩から厳しく指導される日々でした。時には居酒屋で議論が白熱しすぎて、先輩と激しい口論になることもありました。今では考えられないかもしれませんが、それくらい全員が仕事に対して熱く、真剣でした。毎日会社に行き、先輩と対話することが楽しくて仕方がなかったですね。
組織メンバーが自発的に集まり、どうすればエーザイに貢献できるかを全員で考え抜く。それをリードする組織長がいる。そんな「組織の力」を肌で感じたことが、人事に興味を持つきっかけとなりました。
初めて人事部に異動したのはいつでしょうか。
三重県での経験から、「こういう組織が増えればエーザイはもっと強くなるはずだ」と確信し、2005年に希望して人事部へ異動しました。そこからの5年間は、とにかく手を動かし続けましたね。組織改編、人事異動、評価、昇格、当時は「継続雇用」と呼んでいた定年後の再雇用制度の運用……。毎日ひたすら資料を作り、人事の基礎を徹底的に叩き込まれた時期です。
その後、オランダ留学を経て、2011年からはアジア事業部で販社管理を担当。インドネシア、フィリピン、タイといった各国の経営支援を行い、グローバルビジネスの最前線に触れました。2014年からはCEO秘書を務めました。これは私のキャリアの中で大きな転機でしたね。研究開発、生産、営業、本社管理と全方位の社員と関わりながら、トップの意思決定を間近で支える仕事です。各部門と協力しながらCEOの意図を形にしていく中で、社内ネットワークと信頼関係を築くことができました。何事にも代えがたい経験でした。
2016年からは中国事業のセールス&マーケティングのナンバー2として上海に駐在。そして2019年から、「DTIE(Dementia Total Inclusive Ecosystem)」という認知症エコシステムの立ち上げに関わりました。保険会社や自治体などの異業種と協業しながら、新規事業の幕開けならではの混沌(こんとん)とした状況の中で、「新しい価値をどう作るか」を組織メンバーと模索し格闘し続けました。その後、「数字だらけ」の中で過ごした経営企画を経て、2022年からCHROを務めています。
10年以上ぶりに人事部門に戻ることが決まったときの心境をお聞かせください。
経営企画に行く前から人事部への異動を希望していたので、「ようやく人事に戻れる」という喜びが大きかったですね。ただ、CHROという立場で戻ることは想定していなかったので、重責を感じました。まだ新型コロナウイルス感染症拡大による混乱が収まっていない中、人事責任者となることは重圧でした。
「数字」を見る経験は、CHROとしてどのように生きていますか。
経営企画では、管理会計や予算管理を通じて、会社全体を「数字」で俯瞰する視点を養いました。MR時代に見ていた「売上」という数字だけでなく、R&D費用、パートナー企業とのキャッシュフロー、資本構成、株主還元など、会社経営の根幹に関わる数字です。PL(損益計算書)だけでなく、BS(貸借対照表)の観点からキャッシュの動きを理解し、どのタイミングでどこに人や資金を投資すべきかを判断する。CHROになった今、人事戦略を経営戦略と連動させる上で、この時の経験が非常に役に立っています。
人事も「経営の数字」への感度を持つことが不可欠です。「数字」と「人」、そして「事業」と「経営」。これら全ての視点を持った上で人事戦略を描けることが、私の強みなのかもしれません。

人的資本レポートによる「外」への意識変革
2022年にCHROに就任されて以降、特に2023年の人的資本レポート(HCR)の発行は大きなトピックでした。社外への発信を強化された狙いはどこにあったのでしょうか。
正直、最初から明確な戦略があって「外」を向いたわけではありません。人事部門の役割として、従業員の立場に立ち、ニーズをくみ取り、制度を整え、運用していくことは大前提です。絶対におろそかにしてはいけません。
一方で、そこに自分たちのリソースを集中させすぎると、どうしても視点が内向きになり、世の中の変化に気づけなくなってしまう恐れがあります。「井の中の蛙」になってはいけません。変化の激しい社会から取り残されないためには、外の世界で何が起きているのか、他社はどのような課題に向き合っているのかを、ウェブやニュースといった二次情報・三次情報ではなく、一次情報として取りに行く必要があると痛感しました。
レポートを出したことで、どのような変化がありましたか。
予想しないほど大きな反響をいただきました。最大の成果は、外部との接点が爆発的に増えたことです。HCRを読んでくださった投資家や他社の方からフィードバックをいただいたり、対話の機会をいただいたりすることが格段に増えました。
私はもともと、他社の方と話すことに苦手意識がありました。「自社の話が相手の役に立つのか」「相手の話を聞いて自社に生かせるのか」などと考え、自信がなかったからです。ところが、HCRで情報を全てさらけ出したことで、逆に多くの情報が入ってくるようになりました。
他社からの情報が施策につながった例はありますか。
例えば、社員が亡くなった際のご家族への保障制度が挙げられます。当社はもともと「子どもが高校を卒業するまで」の学費などを支援する制度があり、当時はそれで十分手厚いと考えていました。しかし、大学卒業までをカバーしている事例を聞き、衝撃を受けました。「自分たちの制度は根本的に足りていなかった」と気づかされたのです。すぐに制度改定に動き、大学生までの保障へと拡充しました。
こうした「気づき」は、自分たちだけで考えていては絶対に得られなかったものです。HCRは単なる開示資料ではなく、外部とつながるための大きなツールになりました。
他社と包み隠さず議論する「ぶつかり稽古」
2025年のレポートには他社の人事部門が登場しています。
味の素さん、丸井グループさん、中外製薬さんといった、人的資本経営の先進企業との交流会を企画しました。「ぶつかり稽古」と呼んでいますが、各社の人事メンバーが集まり、施策や課題について包み隠さず議論を戦わせる、非常に学びの多い場です。その様子を紹介するとともに、各社の人事担当役員からコメントをいただきました。
同業他社である中外製薬さんに声をかけた理由はシンプルで、人的資本経営において常に私たちの一歩先を進む存在だからです。エーザイが初めて「なでしこ銘柄」に選ばれた際、すでに中外製薬さんは何度も選定されていました。「健康経営銘柄」に選定されても、やはり先には中外製薬さんがいる。悔しいことですが、後塵を拝しているのなら、直接教えを請うのが一番早いと考えました。そこで、中外製薬・矢野嘉行さんとコンタクトを取り、交流会を申し入れました。二つ返事で「やろう」と快諾していただきました。
丸井グループさんとのつながりは2023年、私たちが丸井グループさんを訪問したのが始まりでした。そこで「手挙げ文化」などの取り組みを聞き、当社とのあまりのレベルの違いに衝撃を受けました。帰り道は疲労感でいっぱいだったのを覚えています。その「差」を肌で感じることが重要でした。現在地を知ることで、「どうすれば近づき追いつけるか」を具体的に考えることができます。その後、HCR2024を持って再び訪問し、「このレポートを叩き台にして、また稽古をつけてください」とお願いしました。
味の素さんとは事業上でのつながりはありましたが、「人事としての交流を深めるためにお願いします」と飛び込みました。味の素さんの情報開示によるオリジナル指標については学びが大きかったです。それぞれ異なる強みを持つ企業の人事が集まることで、多角的な視点が得られました。

そこまで積極的に他社とコミュニケーションを取る行動力の源泉は何でしょうか。
いわゆる「MR精神」ではないでしょうか。足で稼ぎ、人の懐に飛び込んでいく姿勢は、若い頃のMRの経験が生きています。人事が抱えている課題において、人事の世界では「企業秘密」はないと考えています。むしろ、悩みを共有し、共に解決策を探る方が建設的です。隠すのではなく開示していき、そこから解決の糸口をつかむのが効果的だと思います。
人事部のメンバーにとっても、こうした他流試合は刺激になるのではないでしょうか。
最初は「やらされ感」があったと思います。多忙な中、「なんで他社の人と話さなきゃいけないんだ」と。しかし、実際に他社のメンバーと議論し、自社の施策を自分の言葉で説明する体験をすると、目の色が変わります。
「自分たちの会社はここが良い、でもここは遅れている」という客観的な視点を持つことができ、腹落ちして業務に取り組めるようになる。今では現場同士のネットワークができあがっていて、新しい施策を導入する際は「ちょっと丸井さんに聞いてみよう」「中外さんの事例を調べよう」と、自然と外に目が向くようになっています。これは組織として非常に大きな変化です。
日本を代表する人的資本経営企業に
人事パーソンとして、またCHROとして大切にされている価値観は何でしょうか。
デイビッド・ウルリッチ氏が提唱した「人事の役割」の中で、私が特に重視しているのは「変革のエージェント」としての役割です。「従業員のチャンピオン」として日々の従業員の活力や満足度を高めることは基盤として重要ですが、それだけでは足りません。社会が日々変化する中では、人と組織の最適解も変わっていきます。経営戦略を実現するために、何を変えるべきか。守るべきものは守りつつ、変化を味方につけて組織を進化させる姿勢を大切にしています。
CHROは「経営と社会をつなぐ存在」だと考えています。1社だけでは解決できない課題が増える中、投資家、アカデミア、他社など、外部の知とネットワークを経営につなぎ、価値の「共創」をリードする。そして人と組織の未来をデザインする役割です。
人事戦略は経営戦略に従属するものではなく、相互に影響を与え合う循環関係にあるべきです。「こういう文化にしたいから、経営戦略にこの要素を入れるべきだ」という提案も、人事部門からどんどんしていくべきだと考えています。
これまでのキャリアで、特に印象に残っている仕事は何でしょうか。
「これが人生最高の仕事だった」とは、まだ思いたくないですね。常に「今」やるべきことに全力を注ぐ姿勢を忘れたくありません。リタイアした後に「あの仕事は良かった」と振り返ることができる働き方をしていきたいですね。
今後、注力していきたいテーマについてお聞かせください。
HCR2025に明記していますが、エーザイは「日本を代表する人的資本経営企業」を目指しています。そのために注力したいテーマは大きく三つあります。一つ目は「インターナルコミュニケーション」の強化です。エンゲージメントサーベイの結果を見ると、エーザイは「社員同士の横のつながり」が非常に強く、組織内の関係性は良好です。一方で、「会社(経営)と社員の縦のつながり」、つまり経営の方向性に対する理解や共感にはまだ課題があります。会社のベクトルと社員のベクトルを合わせ、大きな推進力を生むために、デジタルとアナログを組み合わせたコミュニケーション施策に全力で取り組みたいと考えています。
二つ目は「AIの活用」です。AIから逃げることはできません。5年後、10年後を見据え、人事業務のどの部分をAIに任せ、人間はどこに注力すべきかを定義し、恐れずに導入を進めていきます。これも先進企業から多くを学びたいと思っています。
そして三つ目は「全世代の総力結集」です。ベテラン層の知見やスキルは会社の財産で、これからますます必要になります。年齢にかかわらず、全ての世代が意欲を持って活躍できる環境をつくること。これは労働人口が減少する日本において、企業の責務でもあります。
最後に、これからの時代を担う人事パーソンに向けて、メッセージをお願いします。
AIがどれだけ進化しても、最後にイノベーションを起こすのは「人」です。「人」起点で新しいサービスや価値が生まれる以上、人事の重要性は高まっていくはず。だからこそ、人を理解する努力を怠らないでほしい。そして、ぜひ勇気を持って外に出てほしい。私も最初は苦手でしたが、一歩踏み出したことで世界が変わりました。外の人と議論することで、自分にも、他者にも良い影響を与え合うことができます。
人事部門が元気になれば会社が元気になり、それが集まれば日本全体が元気になる。私たちは「日本」を主語にして語れる仕事をしているのです。一人の力は小さくても、それが波及して社会に大きなインパクトを与えることができる。そんな気概を持って、共に日本の人事を、そして日本社会を盛り上げていきましょう。

(取材:2025年12月3日)
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