人事施策は60点でいいからまず共有し、みんなで100点に練り上げていく
時代の流れをつかみ「実現力」へとつなげる、人事の「先見性」と「決断力」
キッコーマン株式会社 常務執行役員CHO(最高人事責任者)
松﨑 毅さん

売上の75%、営業利益の85%を海外が占めるグローバル企業、キッコーマン株式会社。その変革を人事の側面からリードしてきたのが、常務執行役員CHOの松﨑毅さんです。松﨑さんは、人事部門における施策の立案時には、時代の流れをキャッチし、「立案時点では60点でいいから、まず見える化し、その後の決断力が人事戦略の成功につながる」と語ります。キャリア自律を促すCDP(キャリア開発プログラム)、グローバル人財育成など、さまざまな人事改革を実現してきた松﨑さん。その「先見性」と「決断力」の極意を通じて、人事パーソンが持つべき視座を探ります。

- 松﨑 毅さん
- キッコーマン株式会社 常務執行役員CHO(最高人事責任者)
まつざき・つよし/1981年にキッコーマン株式会社に入社し、大阪支店・京都営業所にて10年間の営業経験を積む。その後、人事部門へ異動し、人事部門の各セクションを経験。2008年に人事部長、2013年に執行役員を経て、2017年より常務執行役員CHOに就任し、現在に至る。長年の営業経験と労務・人事企画の経験に基づき、同社のグループ経営におけるグローバル人財戦略や、社員のキャリア自律支援、高度プロフェッショナル人財の育成に尽力している。
時代を先読みし、経営を支えるCHOの役割とは
松﨑さんがお考えになるCHOの役割と、経営において大切にされていることをお聞かせいただけますでしょうか。
一言で申し上げると、CHOの役割として常に意識しているのは、経営、特にCEO(最高経営責任者)のパートナーとして、「人」という側面から経営を支えていく役割を担っていることです。「CHO(CHRO)は単なる人事担当ではない」とよく言われますが、全く同感です。
人事部長を担当していた時期もありますが、ラインを持っているとどうしても身近な問題に目がいき、それに時間を取られてしまいます。CHOはそうではなく、グループ各社を含めて全体を俯瞰し、「人」と「組織」を見ることが最大の役割だと考えています。
現在、キッコーマンはグループ経営を推進しているので、グループ全体を見て人事の方針を決め、それを各社に共有し、実行していかなければなりません。ただし、各社で体力や状況が異なるので、しっかりと緩急をつけながら進めていくことが求められます。そういう意味でも、グループ全体の経営に対して大きな影響力を持っているのがCHOだと捉えています。
しかし、現実にはなかなかうまくいきません。制度や人の動き、労務問題といった身近な問題に深く関与せざるを得ないからです。CEOのパートナーという役割がどれくらいできているかというと、正直なところ、まだCEOの期待には十分応えられていないというのが、私の役割に対する認識です。
60点でいいからスタート――「決断」を最優先する理由とは
CHOとして、また仕事をする上で、松﨑さんが特に大切にされていることは何でしょうか。
特に意識しているのは、「人の意見を聞くこと」と「決断すること」です。相談や意思決定を求められることが圧倒的に多いので、意見に対してきちんと耳を傾け、その内容を基にしっかりと決断する姿勢を大切にしています。決断が遅れると、周りの仕事に影響が出てしまうからです。決断がCHOとしての最大の仕事だと考えています。
決断するためには、自身のアンテナを高くし、判断材料となる情報をしっかりと集める必要があります。時代の流れを知っていなければ、適切な判断ができないからです。人事部門のメンバーにも、「時代の流れやトレンドをしっかりとつかみ、スピードを上げてやっていこう」とよく言っています。人事パーソンには「先見性」が求められるのです。
また、「60点でいいからスタートして、そこからみんなで修正していこう」とも伝えています。仕事を手元に置いて80点になるまで待っているようでは、時間ばかりかかるし、そこから修正するのも大変だからです。
ただし「60点主義」には注意点もあります。人事部門の働き方は、大きく「オペレーション」と「戦略・企画」の二つに分けられます。「オペレーション」は、給与計算や勤怠管理など。ミスがなく、常に100点でなければなりません。一方、「戦略・企画」では、トレンドや流れを見ながら、自社に置き換えて考え、実現していくことが求められます。このとき、80点まで待っていたら、取り残されてしまうかもしれません。そこで、60点主義が適用されるのです。
「ダメだったらまたやり直せばいい」という感覚で進めています。時代の流れをつかんで、スピードを上げ、とにかく自分の考えを出す。そこからみんなで揉んでいくことで100点に持っていく、ということです。
将来的に100点を実現するために、みんなの意見を聞いて60点の段階で決断することは、CHOとして非常に大きな仕事だと考えています。
「人事に人生を賭けてみよう」と考えるようになったターニングポイント
松﨑さんのキャリアについてお聞かせください。
もともとキッコーマンには、営業がやりたくて入社しました。関西で10年間営業を担当し、京都にはその内の7年間いましたが、一つの営業所に7年もいるというのは、社内でもかなり珍しいことでした。
4年目くらいから「異動したい」「違ったところで営業をやりたい」と考えるようになり、毎年、自己申告書に書いて、人事部門の部長との面接でもその思いを伝え続けました。その結果、7年が経った時に「では君が人事に来て、異動やローテーションの制度を作ってみなさい」と言われたんです。これが私のキャリアの中で、一つ目のターニングポイントとなりました。営業しか考えていなかったのに、人事という新しい道ができたのです。
当時の私は人事部門に対して、「採用と研修をやっている部門」という認識しかありませんでした。正直、「人事で何をやるの?」という戸惑いがありました。最初の3年は採用担を担当し、その後、人事企画を担当。一時、マーケティング室に異動となり宣伝を担当していたこともありますが、労務担当者が異動になったため、労務担当のサブとして人事に戻りました。ここで、労務の仕事に深くはまりました。
労務の仕事に面白さを感じられたのは、どのような点だったのでしょうか。
労働組合と丁々発止の議論を繰り広げながら、経営に直結していることを自分で決めていくという実感を強く持てた点です。自分の意見を反映したことが経営と直結しているという感覚が、やりがいにつながっていたのだと思います。それなりの成果も出せましたし、労務を担当したことは、二つ目のターニングポイントだったと思います。
労務を経験したことで、「営業ではなく人事に人生を賭けてみよう」という意識を持つようになりました。それから今までの25年間、ずっと人事部門を渡り歩いてきました。

これまでのキャリアの中で、特に印象に残っているプロジェクトなどがあれば、お聞かせください。
労務担当のマネジャー時代に、基幹工場を初めて分社化した際のプロジェクトです。北海道の千歳工場を新しい会社として分社化する際、今まで分社化などしたことがなかったので、労働組合が猛反対し、現場の社員からも「自分たちはどうなるんだ」という不安の声が上がりました。
私が中心になって動いたのですが、キーパーソンだった当時の専務と工場長である常務の二人に、「こうやりたい」「こういう問題が起きたからどう対応すればいいか」と直訴し、二人を巻き込みながら進めていきました。最終的には、自分が考えていた方向に持っていくことができたのですが、そのときの達成感が非常に強く印象に残っています。
松﨑さんは31年の人事のキャリアの中で、制度改革に積極的に取り組まれていますね。
はい。初期のCDP制度および選抜研修の構築を始め、年金制度改革でDB(確定給付年金)からDC(確定拠出年金)へ移行したことや、定年年齢を60歳から65歳に引き上げたこと、グループ社員の一体感を醸成するための運動会の実施、特例子会社であるKCS(キッコーマンクリーンサービス)の設立など、思い出深いことが数多くあります。
これらの改革はいずれも、世の中の動きより少し早く仕掛けることを意識して行いました。例えば定年延長は2020年に導入しましたが、それよりもかなり早いタイミングで経営会議で話したところ、「なぜやらなければいけないのか」「国が言い始めてからやればいいじゃないか」と、最初は反対意見が多かったんです。
「時代の流れがそうなるはずだから、絶対にやった方がいい」と主張し続け、1年後にようやく「当社も定年年齢を延長しよう」という話になりました。その時はもう実施する準備が整っていましたから、段階的ではなく一気に実行に移しました。
流れをつかんだら発信しておき、それが時代の流れとして現実になったときは、すぐに実行できるように準備しておく。この動きは、時代の流れを読んで決断するという、私の行動原則とつながっていると思います。
キャリアについて、社員と会社が話し合う
キャリア自律を促すCDP(キャリア開発プログラム)も1997年からと、非常に早い時期に始められていますね。
当時も「キャリア開発プログラム」という考え方があり、流行していましたが、それを体系立てて導入したのは早かったかもしれません。
キャリアは会社が社員に与えるものではなく、社員が自分で考える。社員は自身で考えたキャリアについて表明し、会社はそれに対応する。ただし会社は、できることは「できる」、できないことは「できない」と、社員に明確に伝える。そういう状態を目指しました。意識改革と同時に、ジョブローテーションをしっかりとやっていくことも目的でした。
CDPはジョブローテーションに加えて、研修と面接が柱になっています。自分のキャリアについて振り返る研修を受講した上で、面接を通じて自分の考え方をしっかりとしたものにする、という流れです。キャリアに焦点を当てた研修を行い、さらにキャリアに特化した面接を実施して、社員が将来像を見つけるためのサポートをする企業は、当時はまだ少なかったのではないかと思います。
現在はCDPがすっかり定着しているかと思いますが、課題はありますか。
始めた当時から変わらずあるのは、社員が「やりたい」と思っても、ポストが空いているのか、ポジション的に実現できるのか、という問題です。
そこで現在は、会社が考えていることを社員に伝えることに注力しています。これまでは社員が考えていることを聞くことがメインでしたが、それだけではなく、「あなたにはこんなことを期待している」「あなたにはこういう道がある」と、会社からキャリアに関するヒントを伝えているのです。
人事部門には、社員が若手のうちから、今後のキャリアについてしっかりと伝えるように指示しています。本人のリテンションのためにも、すべての社員にはまだ難しいのですが、できるだけキャリアパスや期待感について伝えることが必要だと考えています。社員の希望を聞くのは当然ですが、会社からの期待も伝えて、社員と会社が話し合う。CDPは現在、双方向的で、より戦略的なものに変わってきています。
キッコーマンは、若手のうちからきちんとキャリアを考え、それを実現するためにサポートをしてくれる。そう言われる会社にしていきたいと考えています。今の若手は、キャリアに対してきちんと向き合っていないと、会社を魅力的だと思いません。「選ばれる会社」になるのが大きな課題です。
もともと貴社は離職率が低いと伺っていましたが、変化はありますか。
離職率が2%を切る時代もありましたが、最近は離職する人が増えてきました。昔と違うのは、辞めていく理由が「会社が嫌だから」ではない、ということです。キッコーマンは好きだけれど、「やりたいことが他にあり、他社ではそれがすぐにできるから」という理由で離職するケースが増えています。
当社では、新入社員のほぼ100%が「海外に行きたいと」言います。当社には、「5年くらい国内で働き、キッコーマンのDNAや仕事を覚えてから海外に行く」という人事異動の考え方があります。当初は納得して入社した社員も、仕事を進めていくと待てなくなる人も出てきています。「他の会社に転職すれば、すぐに海外へ行けるので待てない」というのです。優秀な若手社員が3年くらいで転職するケースが少しずつですが増えています。
そこで対策の一つとして、アルムナイ制度を導入しました。退職後にサイトに登録しておけば、アプリ上で募集している職種を確認し、応募することができます。退職者はその能力もこれまでのキャリアも分かっているのでミスマッチが少なく、即戦力としても期待できます。これからの採用・雇用の一つの流れとして、アルムナイは重要になってくると思います。やはり、時代の流れを見ていかないといけない、ということですね。

グローバル化を支える「人財戦略の3本柱」
貴社ではグローバル化が進んでいます。海外売上の比率も非常に高くなっているそうですね。
現在は、売上の75%、営業利益の85%は海外が占めています。社員も2〜3年くらい前から、海外のグループのほうが国内より多くなっている状況です。
グローバル化が進む中、具体的にどのような人財戦略に注力されていますか。
現在注力していて、今後も継続して注力していきたいことが、大きく三つあります。
一つ目は、重要なポストの可視化とサクセッションプランの構築です。経営陣に対して、社内の重要なポストを見える化し、それに対する後継者計画がしっかりとできていることを共有し、対応を検討します。基幹ポストに必要な人財が不足している場合は、雇用や育成を通じて、質・量ともに対応していきます。
二つ目は、喫緊の課題であるグローバル人財の育成と確保です。既存のグローバル人財は、ヨーロッパからアメリカ、アメリカからアジアというように、海外拠点を渡り歩くローテーションパターンが中心でした。今後は国内のバックボーンから、安定的にグローバル人財を供給できる仕組みを、雇用と育成によって確立しなければなりません。
三つ目は、高度プロフェッショナルの育成と採用です。DXを中心として、マーケター、法務、経理、そして人事部門と、高度な専門性を持つプロフェッショナルをいかに育てるかが重要です。まず社内で育成することを第一とし、どうしても不足する場合は外部から採用します。ただ、外部から高度専門人財を獲得するためには、今の賃金制度と違う特別な処遇をしなければなりません。新たな処遇の仕組みを構築した上で、その人財を活かし、定着させる風土にしていくことが必要です。
人事パーソンに求められる「本質を見極める力」と「実現力」
人事パーソン、特に若手の人事パーソンの方々に向けてメッセージをお願いします。
私が仕事の進め方として大切にしているのは、何かを作るにしても、何かをやるにしても、「本質をついた考え方なのか」に一度立ち帰ることです。悩んだら本質に立ち帰って、「間違えていないか」を確かめる。「本質を見極める」ことをずっと意識しています。
定年延長にしても、副業・兼業の導入にしても、それは社員のためなのか、会社のためなのか、なぜやるのか。そういうベーシックな部分をしっかりと考える。「多くの企業がやっているから」「流行しているから」という理由だけで進めていては、自己満足で終わってしまう危険性があります。
また、人事パーソンには、人に対してきちんと配慮し、温かみや思いやりを持って人に接することのできる人財になってほしいと強く願っています。人事は、社員の人生に大きな影響を与えます。異動や昇格、処遇などによって、今までやったことがガラッと変わってしまうこともあるからです。そのことを認識し、相手のことをしっかりと考えた上で仕事を進めることが、本当に重要だと思います。人事パーソンは「人が好き」ということ以上に、人に対しての配慮や思いやりができる人であることが大事です。
時代の流れをつかみ、自分で考え、それを実現する力も求められます。アンテナを高くし、感度を高くした上で、自分で作り上げ、スピード感を持って実現する。やりきる力がないといけません。失敗してもいいから、とにかくやってみる。徹底してやり切り、ダメだったら撤退すればいい。そういう「実現力」を身につけてほしいと思います。
また、大事なのは「ポジティブ・シンキング」です。人事パーソンはポジティブであるべきです。人事パーソンが暗い顔をしていてはいけません。明るく元気で、社員からも気軽に話しかけられるような雰囲気を作ることが大事です。ただし、人事評価や異動などでけじめをつけなければならないこともあるので、その線引きは人事パーソンとして必要な要件の一つかもしれません。
キッコーマンに昔から伝わる言葉に「時運に竿(さお)さす」という言葉があります。「竿さす」にはポジティブな意味として、チャンスを察知し行動する、そしてそれをやり遂げるという側面があります。時代の流れをつかみ、自分のやりたいことをしっかりと主張して実現する。そういう姿勢も人事パーソンには求められると思います。
人の人生に影響を与えるという認識を持って、時代の変化を楽しみ、自ら仕掛け、実現していく。その姿勢が、これからの人事パーソンには不可欠です。

取材:2025年12月2日
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