正社員と非正社員の処遇格差を是正するには
株式会社日本総合研究所 調査部
マクロ経済研究センター所長 主任研究員
山田 久さん
働く人の3人に1人が非正社員という状況を背景に、正社員と非正社員の処遇格差をなくしていこうという動きが活発化しています。安倍内閣が「再チャレンジ支援策」の柱に掲げるパート労働者への厚生年金適用拡大もその一つ。しかし、新たな負担を強いられることになる企業からは、反発の声も出ています。格差是正に求められる視点、企業が果たすべき役割について、山田さんに聞きました。
やまだ・ひさし●1963年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒業後、87年に住友銀行(現三井住友銀行)入行。経済調査部、日本経済研究センター出向を経て、93年から日本総合研究所へ。2003年に調査部経済研究センター所長。同3月、法政大学大学院修士課程修了。05年から現職。著書に『賃金デフレ』(ちくま新書)、『図解 日本総研大予測』(共著、徳間書店)など。
非正社員の社会保障を充実させるよりも正社員の処遇を見直すべき
パート労働者への厚生年金加入に関して、現在は「週30時間以上働く人」を対象にしています。政府案ではこれを、「週20時間以上働く人」へ拡大するとしています。
正社員と非正社員の格差をなくしていこうという方向性には大賛成です。しかし、それがすなわち、非正社員の社会保障を正社員並みにしていくことなのかについては、疑問があります。
政府案では、週20時間以上というほかに、(1)月収9万8000円以上(2)1年以上の勤務期間があるといった条件がついています。さらに、従業員300人以下の中小企業は当面、この法案の対象外となりました。その結果、当初想定したよりも対象者は減り、10万~20万人程度に絞られる見込みです。パート労働者は全体で約1200万人以上いますから、これでは、法案の目的は必ずしも達成できず、形だけの印象は否めません。結局のところ、こうした改革は企業の論理や経営合理性を無視しては進めることができない。法案の後退は、それを如実に物語っています。
パート労働者も厚生年金に加入するとなれば、企業にはその分、新たな保険料負担が生じます。企業が負担増を避けたいと思えば、パート労働者の働く時間を週20時間未満に抑えることなどで、逃れようとするでしょう。企業の論理を無視した改革は結局のところ矛盾を生じ、結果的には働く側にデメリットをもたらす可能性が高い。ですから基本的には、今ある正社員の処遇を見直す形で、結果的に正社員と非正社員の格差をなくしていくべきだ、と思います。
しかし、企業の論理を優先する考え方には、労働組合が強く反発しています。
正社員と非正社員の処遇格差について、最も矛盾を抱えているのは労働組合だと思います。格差をなくしていこうと言いながら、実際に是正しようとすると、正社員である自分たちの既得権が侵されかねない。ですからなかなか、非正社員を内部に取り込むことができません。また、非正社員といっても、パートタイマーやアルバイト、派遣社員とそのあり方はさまざまですから、意見を一つに集約できないもどかしさもあります。
現在の経済情勢や社会情勢を考えると、正社員の処遇は手厚すぎます。労働基準法など各種の法律によって、簡単には解雇されないよう雇用保障されていますし、労働者にとって不利益となるような労働条件の変更も厳しい制約が課せられています。しかも、手厚い厚生年金の制度もあります。
こうした保護が可能だったのは、高い経済成長によって十分に雇用が吸収でき、健全な年金財政が維持できていたから。そこが大きく崩れてしまった以上、やみくもに保護を拡大しようとしたり、雇用保障を守ろうとしても、うまくはいかないでしょう。
働く個人にとって、これからの時代に必要なのは、雇用保障よりも能力開発機会の確保です。一つの会社でしか通用しない価値観や考え方を身につけるよりも、どこへ行っても通用する能力を身につける方が、ずっといい。ただし、いざという時のセーフティーネットは大事ですから、そこは政府がきちんと時代に合った形で張り直す必要があるでしょう。
年金制度に関しては、基礎となる最低保障の部分に税金を投入して、正社員も非正社員も平等にする。その上で、2階建ての部分に関しては、企業が独自にのせていくものと、いわゆる401kのような自己責任型のものが並存するようにする。そして、企業が独自で整備する年金制度や自己責任型のものに関しては、就業形態等にかかわらず、平等な税制優遇枠を設ける、という形でやっていけばいいんだと思います。
「同一価値労働、同一賃金」
セーフティーネットを整備し直す上で、基本となる考え方とは何でしょう?
「同一価値労働、同一賃金」を徹底させることだと思います。つまり、正社員であっても、非正社員であっても、その労働の価値が同じであれば、同じ賃金を支払う。労働保護の仕組みもすべて、この考え方を基準に修正していくべきだと思います。
日本の社会保障はこれまで、どちらかというと企業丸抱えでやってきました。それとセットになっていたのが、雇用の中心は正社員で、非正社員はあくまで周辺労働、しかも、働くのはもっぱら男性で、女性は家にいて家庭を守るべき、という考え方です。だからこそ、社会の安定のためには雇用保障や年功賃金が大事だと考えられていましたし、雇用の流動化は良くない、という考え方も強かったように思います。
しかし、経済のグローバル化と少子化で、これまでのような企業丸抱えのシステムは、すでにもたなくなっています。その結果、企業も政府も組合も、それとセットになっていた価値観そのものを、変えていかざるを得なくなっています。正社員と非正社員の処遇格差の改善というのは、そうした大きな流れの一部にあるもの。それを認識した上で改革を進めていかないと、それぞれの改革が、整合性のない、場当たり的なものになってしまうと思います。
具体的には、どのような方法で正社員と非正社員の処遇格差を縮めていけばよいのでしょうか?
一つの参考になるのは、オランダの「ワッセナー合意」(1982年)でしょう。
オランダは、パートタイマーを増やすことで失業問題を解消し注目されましたが、最初からそれを意図していたわけではありません。ワッセナー合意とはそもそも、労働組合が賃上げ要求をしない代わりに、企業は生産性を上げて雇用を維持する、それに対して政府は、生活水準を維持するために法人税や所得税を減税してバックアップしますよ、という三者の合意を指しています。パートタイマーが増え、ワークシェアリングが進んだのは、あくまでそうした合意の結果です。
また、オランダには、賃金や解雇規制、年金、健康保険などの処遇に関して、日本で見られるような正社員とパートタイマーの差はありません。パートタイマーであっても、キャリアを積んでいくことが可能。同一価値労働、同一賃金が徹底しているからこそ、賃金は上がらなくても、余暇を楽しみながら、または子育てと両立しながら働けるワークシェアリングを、人々は受け入れたと言えます。
ひるがえって、日本はどうか。政府も組合も、「企業は雇用を守れ」「賃金を上げろ」と要求するだけで、政府、企業、個人の役割分担を仕切り直そうという発想に、乏しいような気がします。
正社員か非正社員かは、コストの問題でも身分の問題でもない
政府が正社員と非正社員の処遇格差是正に動く一方、企業のなかには、来るべき人材不足を予感して、非正社員を正社員化する動きも出ています。
これは、非常に危うい感じがします。非正社員が増えたのはそもそも、企業の生産性以上に人件費が高くなりすぎて、コスト削減の必要が出てきたからです。それを、景気が回復したからといって正社員を増やすというのでは、あまりにも戦略性がありません。
企業の採用活動はそもそも、5年先、10年先にはどのように事業発展していくべきか、そして、そのためにどんな人材がどれくらい必要なのか、を戦略的に考えながら実施していくべきものです。最近の言い方で言うと、それは「ヒューマン・リソース・アーキテクチャー」、つまり、建築物をどう作り上げるかと同じような発想が求められます。
こうした時代に求められる人事部の役割とは、企業の将来戦略に基づき、「マネジャー職とプロフェッショナル」「新卒と中途」「正社員と非正社員」など、それぞれの望ましい比率をはじき出し、それぞれの特性に応じて適切に配置していくことです。設計図のないまま、単に景気が悪いから非正社員を増やして、景気が良くなったら正社員を増やしましょうというのは、人材を単なるコストとしてしか捉えていない証拠。
正社員か非正社員かは、戦略上の問題であって、コストの問題でも身分の問題でもない、と認識すべきです。
パートタイマーやアルバイトなど、会社に縛られない人材のやる気を、どうやって引き出していったらいいのでしょうか?
必要なのは参画意識です。トップが明確に企業理念を打ち出し、それに多くの人が賛同する。正社員であれ、非正社員であれ、自分もその一翼を担っているのだという意識を持てることが大事です。
よくよく考えてみると、人が働く意欲を持つ理由は、正社員も非正社員もそんなに変わりはないはずです。重要な要素の一つは、仕事自体が面白いこと。つまり、それによって成長していると実感できるかどうか。もう一つは環境、つまり、一緒に働く仲間や上司を好きになれるかだと思います。
したがって、モチベーションアップの方法というのも、そうした人間の基本的な欲求に基づいて考えていけばいい。それを、正社員はこう、非正社員はこうと区別して考えすぎると、かえってうまくいかなくなるような気がします。
何をどう頑張っても一生このままだと思ったら、誰だって真剣に働こうとは思いません。その職種なりのスキルアップの道筋が明確で、それを磨いていけば報酬も上がるし、管理職にもなれる、ひょっとしたらいずれその道のプロとして独立できるかもしれないと思うからこそ、働く意欲も沸いてきます。
パートタイマーもアルバイトも、基本的にはこれと同じです。「やっぱり正社員がいい」と思う背景には、雇用不安だけでなく、このままでは将来どうなっていくんだろうという確信のなさがあるんだと思います。正社員と非正社員の格差をなくしていくためには、能力に応じてステップアップできる、または仕事の幅を広げていける機会こそが、本当は必要なんです。
社外でも通用するプロフェッショナルを育てる
そのために、人事部がすべきことは何でしょうか?
一つには、正社員か非正社員かではなく、職種や役割に応じた評価システムを明確にして、社外でも通用するプロフェッショナルをきちんと育てていく、ということだと思います。どこの組織でも通用する人材を育てていたら、仮にその人が辞めても必ず、それに代わる人材が入ってきます。
人材が流動化し、一つの組織に新卒入社の正社員だけでなく、中途入社の正社員も派遣社員もアルバイトもいるとなれば、確かにコミュニケーションコストは増えます。これまで「あ、うん」の呼吸で済んでいたものも、あえて言葉にする必要が出てくるかもしれません。しかし、そうした手間と時間をかけないことのリスクの方が、今は高い。同質の人間が、同じ方向だけを向いているような組織は、変化の時代に対応できません。
人材は会社固有の財産ではなく、社会共有の資産。これからは、そういう考え方が必要なんだと思います。
それと、歴史的に見て、正社員中心の社会というのは、何も絶対ではありません。戦後すぐの製造業は、ほとんどがブルーカラーの臨時工で、正社員は全体の1割くらいしかいませんでした。中卒、高卒の若い人たちをとにかく1年、2年と働かせてみて、それを現場の上司たちが見ていて、「見込みがあるな」と思ったら、採用試験を受けさせていた。2年かかって声がかからなかった人間はどうするかというと、辞めて別の会社で再チャレンジしたそうです。
ですから、問題は必ずしも、非正社員が多いことにあるのではなく、「非正社員が増えると困る」という固定観念や思い込みのなかにこそ、あるのかもしれません。
(取材・構成 曲沼美恵)取材は2007年4月26日、日本総合研究所東京本社にて
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。