企業研修、採用、評価、人材開発、労務・福利厚生のナレッジコミュニティ

「見えにくいけれど大切なもの」を見えるようにする社会学的視点
組織を変えたい人事のための
「組織エスノグラフィー」入門(前編)

法政大学キャリアデザイン学部 准教授

田中 研之輔さん

田中研之輔さん 法政大学キャリアデザイン学部 准教授

「組織エスノグラフィー」という言葉をご存じでしょうか。「エスノグラフィー」とは、「民族誌」という意味で、もともとは人類学者が異国の村や集落に入り込み、いっしょに生活する中で、その集団の実態や特性を言語化して描き出すという、人類学が得意としたフィールドワーク手法のことです。これを、企業の部署やチームなど身近な組織の分析に援用したのが「組織エスノグラフィー」。社会学と経営学の強みを活かしたハイブリッドな調査方法として、近年、内外で注目されるようになってきました。組織エスノグラフィーのスキルを使いこなす専門家を「組織エスノグラファー」と言いますが、社会学者で法政大学キャリアデザイン学部准教授の田中研之輔先生は、その組織エスノグラファーの日本における第一人者にして、パイオニア。田中先生は「人と組織のプロである人事こそ、エスノグラファーであれ」と提言します。組織エスノグラファーの方法論とはどういうものなのか、それは人と組織に何をもたらすのか――まずは考え方の基本を解説していただきました。

Profile

たなか・けんのすけ●社会学博士。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部准教授兼デジタルハリウッド大学客員准教授。専門は社会学。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書に『先生は教えてくれない大学のトリセツ』、『丼家の経営』、『都市に刻む軌跡』、『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』、『ストリートのコード』等。近著に『覚醒する身体』。株式会社ゲイト社外顧問他、社外顧問を歴任。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。

必然だった社会学との出会い、自らの身体を賭けて現場に入り込む

 田中先生のこれまでのキャリアについてお聞かせください。まず、社会学という学問分野に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

社会学が扱うテーマは非常に広範で、たとえば、社会問題もあれば、メディア論やネットワーク論もありますが、私は最初から「集団」をテーマにしようと決めていました。集団や組織、人と人との関係性などについて、私が子どもの頃からずっと抱いていた疑問や違和感に考える道筋を与え、それでいいのだと正当化してくれたのが社会学だったからです。なかでも、社会学の著作で、ミシェル・フーコーの権力論、『監獄の誕生』を読んだときには、まさに「そうそう!」という感じでした。自分と同じことを考えている人たちがいるとわかっただけで、なにかエネルギーをもらえました。もう、この道をつきすすむしかないと。

 集団に対して疑問や違和感を抱くような原体験が、何かあったのですか。

たとえば、入学式ではなぜ全員整列しなければいけないのか。そういうことにいちいち疑問を持つ子どもでした。いまでも強烈に覚えているのは、小学6年生の修学旅行で行ったディズニーランドでの出来事です。園内ではグループ行動をとることになっていたのですが、自分たちのグループだけ学校の名札を外して遊んでいて、すごく怒られたんです。集団の秩序を乱したと。「名札を外そう」と言い出したのは、私でした。別に悪いことをするわけじゃないし、ディズニーランドという空間の中では名札をつけているほうがおかしいんじゃないか。そう言って、グループの他の五人に外させたのを覚えています。でも、結果的に怒られて、友達をみんな泣かせてしまった。正座して、引率の先生に囲まれ、長い時間、叱られましたが、どうしても納得ができなかった。あれが一つの原点かもしれません。

社会の規範やルールというものは、合理的か否かよりも集団内の人と人との関係性の中で醸成され、それによって人々の生活も規定されているのではないか――そういう気づきや問題意識は、いま振り返ると、早くから自分の中にありました。私にとって、社会学との出会いは必然だったと言えるでしょう。

 そして、集団や組織を分析・研究する一つの手法として、「組織エスノグラフィー」とも出会われたわけですね。

ウイリアム・F・ホワイトというアメリカの社会学者が、1943年に著した『ストリート・コーナー・ソサエティ』を読んだのがきっかけです。ボストンのイタリア系移民のコミュニティに対するフィールドワークをまとめた作品で、都市社会学におけるエスノグラフィーの古典的名著と言われています。社会学者の分析はどちらかというとドライな視点に偏りがちですが、この作品は登場する人々の“肌触り”を感じるというか、社会と集団のダイナミクスがとても生々しく描き出されていて、衝撃的でしたね。社会学にこういう方法論があるのか、ここまでやっていいのかと。

エスノグラフィーとは「民族誌」という意味で、もともとは異郷の地の生活現場に深く入り込み、その社会集団の実態や特性を言語化して描き出すという、人類学が得意とした記述法のことです。これを身近な組織の分析に援用したものが「組織エスノグラフィー」。近年は社会学だけでなく、経営学などの分野にも取り入れられています。

ホワイトの著作に触発された私は、社会学的エスノグラフィーにほれ込み、この分野の権威がいるメルボルン大学で2年間、さらにカリフォルニア大学バークレー校で2年間と計4年間、客員研究員として研さんを積みました。とくにバークレー校時代の恩師であり、すぐれたエスノグラファー(エスノグラフィーの専門家)であるロイック・ヴァカン教授には、「自らの身体を賭けて現場に入り込む」社会学の理論と方法を徹底的に叩き込まれました。


記事のオススメ、コメント投稿は会員登録が必要です
  • 参考になった0
  • 共感できる0
  • 実践したい0
  • 考えさせられる0
  • 理解しやすい0
  • その他の感想1
オススメ1
最新順 | 人気順 | 古い順
*****さんがその他の感想でオススメしました
2017/08/10

日頃から管理部門と現場との認識の乖離に悩んでいましたが、この記事を読んで納得しました。
やはり現場にもっと入り込んでこそ、会社と現場組織の心理的なつながりが得られるのだと確信がもてました。

1件中 1~1件を表示
  • 1

キーパーソンが語る“人と組織”のバックナンバー

尾形真実哉さん:
リアリティ・ショックの扱い方がポイントに
新入社員の組織適応を促す要素とは
この4月に、新入社員を迎えた企業は多いでしょう。昨今の労働力不足を考えると、採用した人材が組織に定着し、長きにわたって活躍するしくみを整えることは、企業にとって...
2020/07/13掲載
中川功一さん:
「ダイバーシティ」と「経営理念・ビジョンの浸透」
ぶつかりあう二つの考え方を両立させるマネジメントとは
多様性のある職場は働きやすく、イノベーションを生み出すのにも効果的。もはや、企業にとってダイバーシティが重要であることを疑う人事パーソンはいないと言ってもいいで...
2020/07/03掲載
石黒圭さん:
そのチャットでは、本音が交わされていますか?
「非対面コミュニケーション」の時代に人事が取り組むべきこととは
2020年4月以降、多くのビジネスパーソンがオフィスを離れ、対面での会話ができなくなったことで、オンラインでのチャットのやり取りなど「テキストによるコミュニケー...
2020/06/24掲載

関連する記事

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第7回】
「新たな人事」にむけて: 新型コロナ対応でテレワーク中の社員に、人事が今こそ届けるべきメッセージとは?
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事とい...
2020/05/25掲載編集部注目レポート
タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第6回】
新型コロナ禍によるテレワーク、今こそ問われる「人事」のアダプタビリティとは?
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事とい...
2020/04/22掲載編集部注目レポート
タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第5回】
経験を積んだミドル・シニアは、どのようにして新しいことへチャレンジすればいいの?
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事とい...
2020/03/26掲載編集部注目レポート
田中研之輔さん:
見えにくいけれど大切なものを見えるようにする社会学的視点
組織を変えたい人事のための「組織エスノグラフィー」入門(後編)
「組織エスノグラフィー」――インタビューの前編では、この聞き慣れない言葉が人事の領域にどう関わってくるのか、法政大学キャリアデザイン学部准教授の田中研之輔先生に...
2017/05/22掲載キーパーソンが語る“人と組織”

会員として登録すると、多くの便利なサービスを利用することができます。

記事アクセスランキング

注目コンテンツ

【人事の日制定記念企画】
オピニオンリーダーからのメッセージ

HR領域のオピニオンリーダーの皆さまから全国の人事部門に向けてメッセージを頂戴しました。


人事メディア情報

人事メディア情報

人事・労務関連の代表的なメディアをご紹介いたします。


働きやすさだけでなく、働きがいも大切<br />
不調者が輝きを取り戻すメンタルヘルス対策とは

働きやすさだけでなく、働きがいも大切
不調者が輝きを取り戻すメンタルヘルス対策とは

2012年11月に独立行政法人「労働政策研究・研修機構」が実施した調査...