経営陣および取締役への多面的な評価の実施
~ステークホルダーの期待役割に応えるために~
ウイリス・タワーズワトソン シニアディレクター
Employee Experience(EX) 統括 平本 宏幸氏
昨今、企業変革をリードする取締役会への期待役割が高まっている。単なる監督機能の強化にとどまらず、様々な継続して生じる危機や急速な環境変化に対応し、従業員の活力を引き出しながら、社会や環境に対する要請に応えつつも高い資本収益性と成長性によって株主に価値を還元していくという、ステークホルダーの期待に応えて長期的な信任を得るための役割が取締役会に益々求められるようになってきた。
こうした中長期の視点での広範なアジェンダを審議するとともに、適切な方向性を執行側と協業しながら設定し、リスクテイキングとリスクマネジメントを行いながらその状況を監督して機動的に修正をしていくことが、取締役会というチームとして果たすべき重要な役割となりつつある。
経営陣および取締役に求められる役割の高度化
こうした中で、執行を主導する経営陣と、取締役会を構成する取締役の双方に求められる役割はますます高度化しつつある。
経営陣は、企業の価値創造をけん引する立場であり、様々な企業の活動を株主にとっての価値に変換していくことが主たる役割であることは当然ながら、多様なステークホルダーとの対話と期待の調整が求められる中で、人的資本・サスティナビリティ経営への関心の高まりによって、従業員のステークホルダーとしての位置づけにより重きが置かれるようになってきた。
顧客・市場、ひいては社会の課題を解決して価値を生むような構想と実現のための戦略を掲げて組織を実行に向けて主導する役割に加えて、その価値創造の根幹を担う人的資本としての従業員に対して、高い貢献意欲を引き出して会社の方向性と整合させるとともに、多様な背景を持った人たちを受け入れて巻き込み、意欲が持続するようにはたらきかけ続けるという、人的資本の実質的な価値を高める役割がますます重要視されてきている。
会社と従業員との関係性が変化しつつある昨今、会社が従業員を採用して育成するという観点のみならず、「Employer of Choice」、まさに会社が従業員から評価され選ばれるという観点から、いかに従業員にとって魅力的な場をつくるかということが、経営陣のなすべき役割となっている。
一方、取締役会を構成する取締役について、その総体としての取締役会の実効性のみならず、個々人が適切に役割をはたしているかという観点で、ますます高い実効性が求められている。
経営の監督や助言といった役割を担う中で、アジェンダセッティングや活性化という観点から取締役会に対する能動的な働きかけがなされているかという具体的な行動や、経営陣の評価と指名・報酬への関与、独立した立場から遠慮なく発言・行動すること、取締役会として持続的成長に向けた企業の中長期の方向性を考えるといった、求める貢献により焦点を当てた具体的な指針が政府からも示されている。
コーポレートガバナンスの実質的な実効性を高めるという観点で経営陣の監督をしつつも、単なるけん制役にとどまらず、経営陣と適切に協業しながら持続的な発展への能動的な貢献をすべきという論調が、以前にもまして強まっているのが現状といえる。
高度化を支える仕組みとしての多面的な評価
ではこのような役割の高度化に対して、どのようなことを進めていくことが望ましいのか。もちろん期待役割を示したうえでそれに対する共通の認識を持っていただくことは有用であり、当然ながらそうした認識はすでに持たれている方も多くおられるであろう。
しかし、経営陣、取締役のそれぞれに対して、求める期待役割を改めて評価軸として示し、役割の遂行度合いという目に見えにくいデータを可視化することによって、自らの行動を振り返って改善をしていくという、高度化を進める手立てを用意して、継続的な経営の仕組みとしていくことが有効であると考えている。
経営陣への多面評価(360度評価)
経営陣に対しては、もちろん財務業績の評価や定性的な個人評価において、財務・非財務の指標および経営トップによる評価によって、その貢献度がはかられるという側面はある。しかし、特に重要なステークホルダーであり、また企業の価値創造の中核を占める人的資本でもある従業員からどのようにそのリーダーシップが評価されているのか、また従業員の意欲を減退させるようなネガティブな言動がなされているようなリスクがないか、こうした点を適切にモニタリングしていくことが、従業員に対する実質的なマネジメントの実効性をはかるためには有効な手立てとなる。
このような従業員の認識を適切に測るには、やはり直接従業員の声を聴くことが適したアプローチとなる。もちろん、従業員が組織全体としてどのようなエンゲージメントのレベルにあるのか、そのために何が課題か、といったことを定量的に把握していくためには、従業員エンゲージメント調査が非常に有効な非財務指標となり、経営者の評価指標として取り入れる会社も増えているのが実態である。しかしながら、エンゲージメント調査は組織全体の傾向を測るには有効であるとしても、その結果は様々な会社の施策や文化・風土にも影響されることから、経営陣のリーダーとしての個人のマネジメントの有効性を直接的に測るには、それだけでは十分でないことも多い。
そこで、周囲からの多面的なフィードバックを得る仕組み(360度評価(多面評価))が、一つの有効な手法としてあげられる。
そもそもとして、行動レベルでどのようなことが期待されているのか、マネジメントの受け手である従業員の視点を含めて設問として設計をすることで、期待役割が具体的に理解されるとともに、答える従業員側にとっても、経営陣に対する期待やそれに対する実際の行動の発揮の程度を答えやすくなる。
また、普段は直接言いにくいフィードバックでも、匿名性が担保された心理的に安全な状況であれば、経営陣への要望や期待についての率直な意見を伝えやすくなる。特に指名委員会において、限られた情報に基づいて役員の選任の判断や状況の把握をしなければならない社外役員の立場からすれば、経営陣に対して従業員から具体的にどのようなフィードバックがなされているかは、多角的かつ客観的な検証という観点で、貴重な情報源となりうる。
また、特に重要なのはリスクマネジメントである。こうした多面的な評価をすることで、業績は高く評価されていても、従業員のエンゲージメントや活力に対してネガティブな影響を与える、あるいはその可能性が高そうなケースのデータを得ることができる。こうしたリスクをリーダーシップ・リスクと呼んでいるが、このようなリスク要因を大きな問題が生じる前に確認し、経営トップおよび指名委員会として状況を把握するとともに、本人に対してフィードバックを伝えて行動の改善につなげるといった、適切なフィードバックサイクルを通じた人の面でのリスク管理の仕組みに発展させることにつながる。
特に、自己評価と他者評価でのギャップが大きい場合には、自身の言動が相手にどのような影響を与えているかが十分に認識されていない場合が考えられるため、気づきの機会として有効となる。
取締役への多面評価(自己評価・相互評価)
取締役会を構成する取締役の役割の高度化に対しても、求める行動の評価軸を明確に示し、それに対してフィードバックをすることは、有効な対応手法となる。特に、どのような行動をとることが期待されているかについて、様々な背景や経験を持った方々が集まることから取締役会及び取締役として全体が共通の認識を持つことは容易でないことも多く、期待する水準や目指す姿に対する認識が人によって異なるケースもみられる。
こうしたなかで、ステークホルダーへの期待に応えるという観点から、期待水準を明確に示し、それに到達しているかどうかを自ら、あるいは互いに確認するというプロセスは、建設的なカルチャーを醸成し、より高みを目指す取締役会としての指針となるとともに、対外的な説明の上でも有効なものとなる。手法としては以下のようにいくつかの選択肢が存在するため、状況や導入のしやすさなどから適切な手法を選択していくことが望まれる。
まず、求める行動の発揮の度合いを評価軸として示しながら、それに対して取締役個々人が自身に対する自己評価を実施するというステップが考えられる。これは、一足飛びに相互評価をするのではなくて、あくまで求められる期待役割の遂行度を網羅的に測る設問によって自身としての貢献を確認することで、強みとして発揮されている点、および更に発揮の余地がある点を明確にすることができ、自己の振り返りとして活用することが可能になる。また、そのような情報を元にすれば、議長や指名委員長が面談・対話をする際の共通の材料として話を進めやすくなり、期待に対しての現状に対する認識に相違がある場合に、そうしたずれを早めに修正する効果もある。
また、もう一段踏み込んだ方法として、自由記述として良い点やより貢献してもらいたい点を相互に匿名でフィードバックすることによって、周囲からの忌憚のない意見を集めることが可能になる。自己評価のみの場合と異なり、複数の目からフィードバックを得ることができるため、より客観性の高い情報を得ることができるとともに、定性的なコメントを通じて具体的な改善への期待を明らかにすることも可能となる。
特に、課題の指摘という観点ではなく、更なる貢献の機会として期待される点という聞き方をすることによって、建設的な意見交換という形を担保することができることに加え、一方的な評価ではなく相互に意見を言い合うという形式を持つことによって、ニュートラルにお互いを振り返ることができる。
そして、それに加えて、設問ごとに詳細に取締役会への貢献の程度を相互に聞き、それを一定のスコア化(平均値あるいは好意的なスコアの比率)をすることによって定量的に把握をするという、標準的な360度評価(多面評価)のアプローチを用いる方法も考えられる。これらは互いのフィードバックをして建設的に活かすというカルチャーが定着し、取締役会の個々人全員の平均との相対的な比較を通じて求められる水準との差異を数値で捉えることが前向きに受け止められるようであれば、上述した方法よりも精度の高い方法として取り入れることも検討しうるだろう。
このように、高度化する役割に対応する形で、従業員からの評価あるいは取締役間の相互の評価をすることによって、経営陣および取締役の個々人の実効性を振り返り、自己改善していくための仕組みにつなげることが可能となる。このような客観的な情報は、バイアスを排除して個々人の状況を明らかにするとともに、潜在的なリスクや更なる貢献の機会を見出すことにつながり、経営チームおよび取締役会としての質を向上させる一助となるだろう。
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