テクノロジーの急速な進化により、世界が大きな一つの市場となっている今、日本企業にはグローバルで勝つための競争優位性が求められています。そのための重要な要素の一つが、グローバルで活躍できる人材の採用・育成・配置です。そしてグローバル人材の基礎となるのが、英語でのコミュニケーション能力。昨今は自動翻訳ツールの精度が上がってきていますが、「むしろ英語コミュニケーション力を必要とする人の裾野は広がっている」と、「TOEIC® Program」を運営する国際ビジネスコミュニケーション協会 執行理事の永井聡一郎さんは言います。戦略人事を実現するために、日本企業は従業員の英語コミュニケーション力をどのように可視化し、伸ばしていけばいいのでしょうか。グローバル人材育成の要諦についてうかがいました。
- 永井聡一郎さん
- 一般財団法人 国際ビジネスコミュニケーション協会
執行理事 / IP事業本部 本部長
ながい・そういちろう/金融機関、外資系メーカーを経て、一般財団法人 国際ビジネスコミュニケーション協会(IIBC)に入団。現在、執行役員とTOEIC Programを企業・学校法人に普及する部門の責任者を兼任。
グローバル競争を勝ち抜くカギは、人と人との関わり
昨今の企業のグローバル競争について、どのように捉えていますか。
生成AIやブロックチェーン技術といったテクノロジーの急速な発展により、世界的に開発競争が激化しています。企業は多様な人材と協働しながらデジタル技術を活用してイノベーションを起こし、競争優位性を確立しなければなりません。その中で日本企業が直面している課題の一つは、英語によるコミュニケーションです。コロナ禍を経て、ビジネスの進め方は大きく変化しました。最も顕著なのが会議。Web会議の浸透によってコミュニケーションの頻度が増え、部門を問わずより多くの人が会議に出席するようになりました。さらに、その場で自分の意見を話す即応力も求められるようになりました。英語コミュニケーション力を必要とする人の裾野が広がっているのです。
業務で英語を使う人が増えているのですね。自動翻訳ツールや生成AIに頼る人も増えそうです。
生産性向上のために自動翻訳ツールや生成AIを使うのはいいことだと思います。ただし、業務での使用においてはAIが翻訳した英語が正しいか、コミュニケーションの目的や相手との関係性に合っているのかを確認することが重要です。英語の伝え方は何通りもあります。AI翻訳の結果をそのまま使うのではなく、自分で取捨選択できることが大切です。そのための英語力は備えておかなければなりません。
また、ビジネスには競合相手がいます。さまざまな国の人が英語で直接やり取りしながら仕事を進めていく中で、日本人だけが翻訳ツールを使っていては、競争に勝つことはなかなか難しいでしょう。
昨今は「英語公用語化」の第二の波が来たと言われています。第一波は1999年に日産自動車が、その後に楽天グループやファーストリテイリングなどが社内の公用語を英語にすると宣言したとき。第二波の現在は、特にエンジニアを多く抱えるIT企業を中心に英語公用語化が進んでいます。そうした企業ではエンジニアの半数以上が外国人ということも珍しくなく、職場環境が多国籍化しています。海外から優秀な人材を採用したくても、日本語でしか働けない職場環境では、国際的な人材獲得競争に負けてしまいます。英語でコミュニケーションがとれる職場環境をつくることは、大きな強みになるでしょう。
グローバル競争に勝っている企業には、どのような特徴があるのでしょうか。
経営戦略を実行する上で、あるべき人物像を定め、それに即した人材の採用・育成・配置をすることは極めて重要です。例えば海外売上高比率の増加を目標にしている場合、英語を個人のスキルではなく、経営目標を達成するための重要な業務スキルと位置付けている企業は強いですね。そうした企業にとっては、英語コミュニケーション力は経営目標を達成するために重要な業務スキルだからです。英語学習を組織の人材育成計画に落とし込んだ上で、組織の英語コミュニケーション力を信頼性が高くブレないモノサシで数値化。それを社内の共通指標とし、KPIとしてモニタリングすることが重要です。昨今、自己学習での英語力の習得を推奨する企業もありますが、その場合も、会社が求める英語力を社員に示すことは最低限必要な取り組みです。
信頼性の高い指標でスキルを可視化 経営戦略の実現を支える
英語力が高くてもグローバルビジネスで苦戦する人がいると耳にすることがあります。
グローバルビジネスにおいて必要なスキルをピラミッド型で表すと、一般的な英語コミュニケーション能力を土台に業務知識を上乗せし、さらにマーケティングなどの担当部門の専門スキル、その上に交渉力やプレゼン力、そして最後に異文化対応力やリーダーシップが位置付けられるでしょう。このようにして、英語でも仕事のできる人材になります。
英語コミュニケーション力は、前提として必要なスキル。また、英語というと「話す」力に焦点が当たりがちですが、「聞く」力が大切です。ビジネスコミュニケーションでは、まずは誤解なく正確に相手の話を理解することが極めて重要です。そして、話す内容はある程度事前に準備できますが、議論の場では相手の発言を聞きとれないと的を射た発言はできません。
英語コミュニケーション力のある人材が力を発揮するために、人事は何をすべきでしょうか。
人事は経営戦略に沿って最適な部門の人材配置や研修、採用などの判断ができるよう、常に従業員の最新の英語コミュニケーション能力を把握しておく必要があります。そうした背景から、全従業員を対象にTOEIC Programを実施し、個人と組織の英語スキルを把握する企業が増えています。
また、2023年3月決算の有価証券報告書から、大手企業に人的資本の開示が義務付けられました。開示項目は多岐にわたりますが、投資家にとって、どのくらい英語コミュニケーション力を持った人材がいる企業なのか、組織としてどのように能力向上に取り組んでいるかは、その企業のグローバル展開や成長のポテンシャルを測る上で気になるところです。開示情報の元となるエビデンスに信頼性の高い指標を用いることで、投資家への訴求力が増すでしょう。
スキルを可視化するにあたり、どのようなことに気を付ける必要がありますか。
人材の採用・育成・配置は、経営戦略の実現を左右します。だからこそ、信頼性の高い測定ツールを利用することが重要です。TOEIC Programは、グローバルビジネスで求められる英語コミュニケーション力を測定対象とし、その力が変わらない限り、いつ受験しても同じ結果が出る一貫性が評価されています。
実際の英語運用能力と相関性が高いTOEIC Program
「TOEIC Listening & Reading Test(以下、TOEIC L&R)」を受験したことがある人は多いと思います。企業ではどのように評価されているのでしょうか。
TOEIC L&Rのスコアと実際の英語運用能力には相関があり、実践的な英語能力を測れる点や、同じ英語力であれば何度受けても同様のスコアが出るというスコアの信頼性において、世界各地の企業から高く評価されています。日本でも毎年約3,000の団体がTOEIC L&Rを活用し、成果を上げています。TOEIC L&Rで聞く・読む能力の向上が確認出来たら、次のステージとして話す・書く能力を測定する「TOEIC Speaking & Writing Tests(以下、TOEIC S&W)」もぜひ活用してほしいですね。
TOEIC S&Wには、どのような特長があるのですか。
TOEIC S&Wは、英語の発信力を測定することができます。
特長は、AIではなく「人」が採点すること。言葉の論理性や一貫性、状況に応じたコミュニケーションを取れているかなどを複数の採点者が評価します。また、緊張して言葉に詰まってしまっても、言い直して最終的に言いたいことが伝われば加点評価されます。英語の正確さや流暢さだけであれば今やAIによる測定が可能ですが、英語で「伝える力」を評価するには人による採点が適しています。TOEIC S&Wが重視するのはこのような実践的なコミュニケーション能力です。
TOEIC Programを人材育成に取り入れたことで、成果が上がった企業事例はありますか。
「英語公用語化」を宣言した企業として広く知られている、楽天の事例をお話しします。2010年に英語公用語化を宣言し、2012年から正式にスタート。当時のTOEIC L&Rの社員平均スコアは526点でしたが、2015年には800点を突破し、現在はさらに上昇しています。また、800点を超えた社員にさらなるスキルアップを目指してもらうべく、TOEIC Speaking Testでも一定スコアに到達することを促しています。組織の英語力をモニタリングするKPIツールとしてTOEIC Programのスコアを位置付け、社員の英語学習を支援したり、お互いに競い合う環境を整備したりしながら、英語力を上げる環境を整えてきました。
組織の英語力が上がり、何が起こったのか。まず、外国人採用が増えました。70以上の国・地域の社員が働いており、多国籍な職場環境が当たり前になっています。さらに、円滑にコミュニケーションが取れることで、意思決定やビジネスのスピードが上がったという話も聞いています。
ただ、組織の英語力向上は、いまや海外売上高比率が高い企業や外資系企業に限定したテーマではありません。インバウンド需要への対応や最先端情報へのアクセス、国内の労働力が縮小する中で海外人材を確保することなど、さまざまな企業にとって喫緊の課題となっています。
また昨今は、人的資本の情報開示への関心が高まっています。中期経営計画などで、3年後にグローバル人材を何割増やすといった指標を示す際に、TOEIC Programのスコアを採用している企業もあります。投資家などのステークホルダーに開示した情報を参考にしてもらうためには、信頼性の高いツールによって測定されていなければなりません。その点、TOEIC Programは開示情報の裏付けに活用してもらえると考えています。
人事の方々にメッセージをお願いします。
人材育成には長期的な視点が必要です。特に英語コミュニケーション力は知識と違い、一定の時間をかけて訓練をした先に得られるもの。効果的な学習法はありますが、短期間で効率的に身に着ける方法はありません。時間がかかる「人への投資」を継続した企業こそが、高い競争優位性を獲得できるのです。各企業さまの人事戦略の元でTOEIC Programを最大限に活用いただければと思います。
「人と企業の国際化」の推進を基本理念とする私たちは、その中心事業であるTOEIC Program事業や出版・ラーニング事業等を通して英語によるコミュニケーション能力の向上とグローバル人材育成に寄与してまいります。TOEIC Programは1979年に日本でスタートしました。現在では世界約160カ国に広がり、英語能力を測る世界共通のモノサシとして、英語によるコミュニケーションの促進に大きな役割を果たしています。