働き方改革の深化と探求のステージに向けて
リクルートワークス研究所 客員研究員 松原哲也氏
2019年の働き方改革の政策展開から、間もなく5年が経過する。いわゆる2024年問題などと言われているが、トラックをはじめとした自動車運転者の方々、建設現場で働く方々、病院で働く医師の方々など、一般に労働時間が長い状況にあった方々については、他の業種の方々への労働時間の上限規制の適用から5年の猶予期間を経て、4月から適用されることになる。
2024年は働き方改革の関連政策が全ての働く方々に適用される年であるとともに、2019年から展開された政策が、この5年間で、この国の「働き方」にどのような変化をもたらしたのか、何が成果であり、何が足りないのか、を振り返ってみる年となるであろう。
5年間の振り返りにおける「探求」
この振り返りに当たっては、制度化した政策の深化と探求が必要となるが、政策の「深化」については、この5年間の働く現場における取り組みの状況を、国としてきちんとした調査を行った上で、足らざる政策を議論していくことになると考えられる。一方、政策の「探求」については、ひとところに留まっていることはない社会の変化、働く方の働き方への考え方の変容などを踏まえれば、ある意味先をみて必要となる政策を考えていかなくてはならない。ここでは、これから制度・政策を「探求」する上で、ポイントとなる視点を3点挙げてみたい。
(1)1つ目は、言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症の蔓延による働き方の変化である。自宅での仕事を余儀なくされる環境下で、それまでさほど導入されていなかったテレワークが、都市圏を中心としたいわゆるホワイトカラーで導入が進み、そうした方々は「出勤しない」で働くことが可能であることが証明された。もちろん、テレワ―クは全ての働く方にマッチするものではなく、テレワークという働き方ができない方もおり、また、テレワークで働くことが可能な方も、フルでテレワーク勤務をするのが果たして働く方にとって利点ばかりではないのではないかという課題もある。しかしながら、テレワークという働き方が、働き方の一つとして地位を確立したと言える状況になったことは、「働く場所は出勤した職場である」という「働く場所」の考え方の見直しを迫るものであり、「職場で働く」ことを前提とした制度・政策で対応できているのか、という視点を与えてくれる。
(2)2つ目は、働く方の多様化である。これまでも「『働き方』の多様化」という言葉はよく用いられてきたが、企業サイドから言われることが多く、「『働く方』の考え方が多様化することによる、求める働き方の多様化への対応」という視点は強くなかった。
(3)に記載するように、働く方が減少していくことが避けられない中で、働く方の求める働き方に対応しなければ、将来の企業の担い手を採用できないという状況が既に起こりつつある。働く方が望む働き方を選択できるようにする、という視点での議論が可能になっていると感じられる。
また、働く方の求める働き方が多様化すればするほど、画一的な手法での健康確保が難しくなると考えられ、企業が働く方の健康を守る責任と、働く方自らが自分の健康をどう守るか、という両方の視点が大切になってくるものと考えられる。
(3)3つ目は、少子高齢化に伴う労働力人口の減少、働く方の減少である。リクルートワークス研究所のレポート「未来予測2040労働供給制約社会がやってくる」(※1)においても指摘しているように、働く方に困らない、労働力が企業に供給され続けるということを前提としたビジネスモデルは終わりを迎える。言い尽くされているようにも感じられるかもしれないが、これは近い将来に迫っているという「危機感」を持つことが必要である。限られた人数の働く方で、エンゲージメントを高め、この国の成長を支えていかなければならない、という視点の浸透が必要である。
政府における「探求」
厚生労働省では、令和5年1月に「新しい時代の働き方に関する研究会(座長:今野浩一郎学習院大学名誉教授)」(以下、「今野研」という)を設置、議論を開始し、8月の中間整理(※2)、報告書骨子案を踏まえたパブリックコメントを経て、10月に報告書(※3)を取りまとめている。
今野研報告書の詳しい内容は、厚生労働省ホームページをご覧いただきたいが、概要を簡潔にまとめると、「働く方々が、それぞれの生活ステージの場面で、それぞれの考え方に基づいての働き方の選択を可能としなくてはならない」という理念を打ち出し、そのためには健康確保と職場でのコミュニケーションの機能強化が何よりも大切であるとしている。具体的制度論ではなく、あくまでこれから制度・政策展開を考える上での道しるべを提示したところに、激動し見えがたい未来を見据えた、積極的な政策の探求を求める報告書になっていると感じられる。
厚生労働省のホームページによると、1月23日に「労働基準関係法制研究会」(※4)が開催されている。今野研の理念を受けた形での制度・政策議論が展開されていくものと考えられ、注目される。
鳥瞰すれば
人間にはツワモノもいれば弱い人もいることは当然であり、また、働く方が望み、自ら選んだ働き方ができることが大切であることも自明である。「自分から選んだ働き方ができる」ということは、「自分の人生の時間をどう使うかの選択」と同義である。
他方、企業は、混沌とした状況が常態化しつつある世界情勢、過去の経験が参考とならないデジタル技術の革新などの環境変化の中にあって、不連続な事業展開に対応できる経営のあり方を構築し成長を図っていかなければならない。
「自分の時間の選択=自分の求める働き方」と「企業の成長」との折り合いをどうつけていくかという社会の命題について、よりよい未来を探求しながら、知恵を出していかなくてはならない。
(※1)未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる
(※2)「新しい時代の働き方に関する研究会」第12回資料(厚生労働省HPより)
(※3)「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書(厚生労働省HPより)
(※4)「労働基準関係法制研究会」 (厚生労働省HPより)
リクルートワークス研究所は、「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」を使命に掲げる(株)リクルート内の研究機関です。労働市場・組織人事・個人のキャリア・労働政策等について、独自の調査・研究を行っています。
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