ミドル層採用時の情報収集・経歴詐称・ミスマッチ等への対応
KAI法律事務所 弁護士 奈良 恒則/佐藤 量大/端山 智/髙橋 顕太郎
4 中途採用した管理職が能力不足の場合の処遇方法(解雇、降職、降格)
Q19.管理職として中途採用したにもかかわらず、部下の管理能力がまったくなく、管理職としての役割を果たせない社員がいますが、どのように対応すべきでしょうか。
(1)地位(役職)が特定されている場合
中途採用時に、管理職などの一定の地位(役職)を特定し、その地位に相応した能力を即戦力として発揮することを期待していたと明確に言える場合についてです。
この場合、一般には解雇が合理性を有するには他業務への配置転換等によって解雇を回避することの検討が必要とされていますが、「長期雇用を前提とし新卒採用する場合と異なり、Y〔会社〕が最初から教育を施して必要な能力を身に着けさせるとか、適性がない場合に受付や雑用など全く異なる部署に配転を検討すべき場合ではなく、労働者が雇用時に予定された能力を全く有さず、これを改善しようともしないような場合は解雇せざるを得ない」とされ(ヒロセ電機事件・東京地判平14.10.22労判838号15頁)、特段の事情のない限り、解雇に先立って配置転換等を検討する必要はないとされています。
(2)地位(役職)が特定されていない場合
他方、上記(1)と異なり、一定の地位(役職)を特定して中途採用したとは言えない場合には、解雇に先立って、配置転換等を検討するのが無難でしょう。
具体的には、管理職は、部下を指揮監督し業務命令を発する権限を適正に行使する職責を負っているところ、そのような職責を果たせない場合、第1に、会社の人事権に基づいて、管理職としての適性・能力を欠くものとして職位や役職を引き下げること(いわゆる「降職」)、第2に、懲戒処分として降格等を検討すべきことになります。
まず、役職者の任免については、「使用者の人事権に属する事項であって、使用者の自由裁量に委ねられており裁量の範囲を逸脱することがない限りその効力が否定されることがない」とされています(エクイタブル生命保険事件・東京地決平2.4.27労判565号79頁)。そのため、就業規則に根拠規定がなくとも、職位や役職を引き下げることは可能とされています。その場合、降職に伴う賃金の減額、例えば、管理職に対して支給されていた管理職手当が一般社員となって支給されなくなることは、賃金が相当程度下がるなど本人の不利益が大きく人事権の濫用に当たる場合でない限り、許容されるものと言えます。もっとも、職能資格制度を採用している会社では、職能資格は個々の従業員の職務遂行能力を示すものであり、資格や等級は引下げを予定していないため、役職を解くこと自体は可能としても、それに伴って職能資格や等級を引き下げることは、労働者との合意により変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当な理由がなければならないので注意が必要です(アーク証券事件・東京地決平8.12.11労働判例711号57頁)。
また、管理職の地位にある者について部下を指揮監督する能力が著しく低く、職務怠慢等の就業規則上の懲戒事由に該当する場合には、懲戒処分の対象となります。その場合には、事案に応じてより軽い懲戒処分(けん責等)から検討し、かつ、就業規則に定める懲戒処分の手続きに則って行うことが必要となります。
(3)証拠の収集と従業員への説明の重要性
いずれの場合であっても、証拠の収集と従業員への説明が重要となります。
すなわち、地位(役職)を特定して雇用したと言えるためには、中途採用時の雇用契約書や誓約書等において、地位(役職)として求められる役割が、具体的に特定して記載されていることが重要です(図表3)。
また、管理職としての地位に見合った職責を果たせていないことを示すためには、日々の業務のなかで、会社側において証拠を積み重ねる必要があります。特に、解雇や降職等に至る前に会社が従業員に対してどのような働きかけを行ったのかについては、例えば口頭での注意指導だけでは、最終的には証拠不十分となるおそれがあるので、適宜、書面によって証拠を確保しておくことが肝要です。
また、従業員に対して説明をすること、例えば、地位が特定されているのであれば中途採用時にその旨の説明をするとか、降職等による賃金減額については、減額すべき理由を従業員に説明して同意書を得ておくことが重要です。
図表3
株式会社●●●●
代表取締役●●●●様
誓 約 書
このたび、貴社社員として入社するにあたり、下記報告内容に間違いがないことを誓約いたします。
記
- 私が履歴書、職務経歴書その他貴社に提出した書類に記載した内容は、真実間違いないこと
- 私が貴社からの質問に対して回答した以下の内容には、真実間違いがないこと。
- 1) (例)私が、前職で、●●部門の部長として、●●製品の開発プロジェクトにおいて、●人の部下をマネジメントしながら年間●●円の収益を上げたこと。
- 2) (中略)
【注】前職での秘密保持義務に注意しつつ、可能な限り具体的に記載します。
- 私が、貴社の求める役職・地位に必要な以下の能力を有していること。
- 1) (例)私が、貴社の●●部の●●職として、平成●●年●月末までに、●●の販売台数を月間●台以上とすること。
- 2) (中略)
【注】 役職(地位)を限定する場合には、求める能力や目標について、金額や期限などを可能な限り具体的に記載します。
- 仮に、他社等から、競業避止義務や秘密保持義務等に違反する旨の通知・指摘を受けた場合には、直ちに貴社に報告したうえで、自らの責任および費用で対応し、貴社に一切の迷惑をかけません。
(中略)
平成 年 月 日
住所________________________________________
氏名____________________㊞
【執筆者略歴】 ◎奈良 恒則(なら つねのり) 平成11年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。同18年KAI法律事務所設立。経営法曹会議会員。経営者側の労働問題を中心に扱う。著書に「合同労組・ユニオン対策マニュアル」(日本法令)等がある。 ◎佐藤 量大(さとう ともひろ) 平成25年弁護士登録。東京弁護士会所属。同年KAI法律事務所入所。経営者側の労働問題を中心に扱う。 ◎端山 智(はやま さとし) 平成26年弁護士登録。東京弁護士会所属。同年KAI法律事務所入所。経営者側の労働問題を中心に扱う。 ◎髙橋 顕太郎(たかはし けんたろう) 平成26年弁護士登録。東京弁護士会所属。同年KAI法律事務所入所。経営者側の労働問題を中心に扱う。
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