行橋労基署長事件(最高裁判決)が与える影響は?
宴会への参加は労働法上どう位置付けられているか
弁護士
渡邊 岳(安西法律事務所)
4. 宴会への参加をめぐる労働法上の取扱いの整理
宴会への参加が業務に当たると言えるかどうかの問題は、労災保険法の業務災害該当性を判断する場面以外にも議論されています。例えば、宴会に参加した時間は賃金支給の対象なのか、宴会参加中に負傷等した場合、使用者は安全配慮義務違反等を理由に損害賠償責任を負うことになり得るのか、過重労働により身心の不調をきたしたと主張されている事案において、宴会に参加していた時間は労働時間としてカウントされるのか、宴会の席でセクハラやパワハラ被害を受けた場合、その行為者に加えて、使用者に対し責任を追求することができるのか、宴会の席での言動に対し懲戒処分や降格その他の不利益処分が可能なのかといった問題です。
前述のように、本判決は、本件事案を前提とするものであり、宴会への参加と業務災害の関係に関する一般論を展開したものではありません。ましてや、労災保険法における業務遂行性の判断に関する判決であって、労働関係法の他の場面における宴会への参加と業務との関係を論じているものではありません。
したがって、本判決が、上記のような宴会参加の業務性をめぐる種々の問題の処理を意識して出されたものでないことは明らかですが、本判決を契機として、宴会参加と業務との関係について、改めて整理してみることとします。
(1)宴会参加時間と賃金
ある時間につき賃金を支払うべきかどうかの問題は、その時間が労基法上の労働時間に当たるかどうかの問題であるといえます。
そして、労基法における「労働時間」とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間であるとされています(三菱重工業長崎造船所事件・最高裁一小平12.3.9判決・民集54巻3号801頁)。
この基準によると、本判決の事案でも、本件被災労働者は、使用者の「支配下」にあったというのですから、使用者の「指揮命令下」にあったと言えるのではないか、仮に同様の事案において、宴会参加中の賃金(残業代)を請求された場合には、使用者はこれに応じなければならないのではないかと考えられるかもしれません。
確かに、この点の判断は難しい問題を含んでおり、労働時間性を肯定する判決が出ないとも限りません。しかし、筆者は、その帰結に疑問を持っています。それは、次の二つの理由があるからです。
第1は、使用者の指揮命令下にある時間が労基法上の労働時間に当たるといっても、その時間中に何をすることが求められているかということは、労働時間性の有無を検討するに際し、当然考慮の対象となります。マンションの住み込み管理人につき、通常はマンションの住人や来訪者等の対応が義務付けられているので、午前7時から午後10時までの時間のうち休憩時間を除く時間は使用者の指揮命令下にあるということができ、労働時間性が肯定されるとしつつ、その間になされた通院時間や犬の散歩時間は労働時間ではないとされている例が参考となります(大林ファシリティーズ事件・最高裁二小平19.10.19判決・民集61巻7号2555頁)。
この観点で宴会参加中の労働時間性を考えると、宴会の場で業務打合せが続いている場合は格別、飲食・懇親が中心であるという場合は、労基法上の労働時間とは言えないと解されます。
第2は、賃金支払の対象となる労働時間(すなわち業務)か否かは、労災保険法における業務か否かよりも厳格に判断されるという事情を指摘できます。裁判例においても、労災保険法における「業務とは、賃金の対象となる業務よりも広く、労働者が労働契約に基づく使用者の明示、黙示の実質的支配下にあることをいうと解される」と述べられています(大河原労基署長(JR東日本白石電力区)事件・仙台地裁平9.2.25判決・判時1606号145頁)。つまり、労災保険法との関係では「業務」と扱われるけれども、労基法の労働時間との関係では「業務」とは扱われないという事態が生ずることもあり得るのです。
そうすると、本判決と同様の事案において、宴会への参加が労災保険法上の業務に当たると認められたからといって、その時間についての賃金の請求が認容されるとは限らないということになります。
(2)宴会中の事故と使用者の損害賠償責任
本判決の影響として、宴会への参加が業務遂行性を認められ得るとなると、宴会参加中の事故等について、使用者の安全配慮義務違反が問われる範囲が広がるのではないかと考えられるかもしれません。
しかし、筆者はそのようには見ていません。というのは、従前から、この場面では、すでに宴会参加中の事故が業務災害とされるケースが存在しているからです。
すなわち、銀行の支店長主催の期末預金増強の決起大会として飲食店で開催された宴会に参加していた行員が、店内の階段から落下し、意識を失った状態となったが、その場にいた支店長以下の者は、眠っているものと軽信して、救急車を呼ぶ等の措置を執らず、自宅まで送り届けたのみで、転落の経緯等を妻にも話さなかったところ、翌日、医師に「手遅れ」と診断され、脳挫傷で死亡したという事案において、本件決起大会が銀行の業務に関連したものであること、同大会への出席は任意ではなく事実上業務命令であったことなどを指摘して、本件事故は「業務中の事故」であり、使用者には安全配慮義務違反があるとしたものがあります(太陽神戸銀行四街道支店事件・千葉地裁佐倉支部昭58.2.4判決・判時1082号114頁)。
この判決の考え方は、宴会が業務に関連したものであり、事実上参加せざるを得ない状況にあったことから、宴会中の事故を「業務中の事故」と位置付けているものであって、実は本判決と同様の見方を指摘していると言えるでしょう。つまり、宴会中の事故による労働者の負傷等に対する使用者の安全配慮義務違反を問題とする場面では、古くから、本判決と同様の要素によって業務中か否かが判断されていたということです。
そうすると、宴会中の事故により労働者が負傷等した場合の使用者の安全配慮義務違反の有無を検討する場面では、本判決が出されたことによる影響はほとんどないと考えられます。
ところで、安全配慮義務について最初に判示した最高裁判決では、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべき」義務であるとしています(自衛隊車輌整備工場事件・最高裁三小昭50.2.25判決・民集29巻2号143頁)。
ここで注目すべきは、安全配慮義務が、使用者と労働者の間でのみ問題となる義務ではなく、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者」の間に認められる義務であるうえ、同義務が認められる場面が、業務遂行中に限られているわけではないということです。
したがって、宴会参加中に労働者が負傷したという事例を想定すると、その宴会への参加が業務性を帯びていないとしても、使用者の安全配慮義務違反が問題となる余地はあると言えます。言い換えれば、そうした事例において、使用者が、「今回の宴会への参加は業務ではなかった」と主張してみても、安全配慮義務違反の責任を免れることができるとは限りません。
この意味でも、この場面では、本判決の影響はほとんどないといってよいでしょう。
(3)業務の過重性を判断する場面における宴会の位置付け
過重労働により心身の健康を害したとして、労災保険法における業務災害に当たると主張される事案や使用者の安全配慮義務違反が追求される事案では、当該労働者の労働時間数が問題となってきます。その中で、宴会への参加時間が労働時間としてカウントすべき時間と言えるのか否かが争われることもあります。
大阪事務所長のくも膜下出血死の業務起因性が争われた、国・大阪中央労基署長(ノキア・ジャパン) 事件( 大阪地裁平23.10.26判決・判時2142号121頁)では、取引先への接待時間につき、当該会食は顧客を交えて技術的な問題点を議論する場であったなどとして、労災認定にあたって業務の量的過重性を判断する際の労働時間として算入するとされる一方、天辻鋼球製作所(小脳出血等)事件(大阪高裁平23.2.25判決・労判1029号36頁)では、執務中に小脳出血および水頭症を発症した労働者およびその家族から使用者に対し損害賠償請求がなされた事案において、歓迎会への参加時間は、労働の量的過重性を判断する際の労働時間に算入することはしていません。
そして、虚血性心不全による死亡が労災に当たるかどうかが争われた、国・池袋労基署長(光通信グループ)事件(大阪高裁平27.9.25判決・労判1126号33頁)では、「決起会」と呼ばれる部署ごとに月1回程度行われる飲酒を伴う会合について、その費用の一部が福利厚生団体から補助され、戦略や目標値の共有および成績優秀者の奨励などが目的とされていたとしても、居酒屋などで開催され、出席が任意であり、部署内の懇親会と実質的には変わりがなかったことなどから、その参加時間を労働時間から除外しています。
このように、過重労働に起因する健康障害に当たるかどうかを判断するに際しての労働時間算定の場面において、宴会への参加時間を労働時間と見るかどうかに関しては、出欠についての任意性の有無が重要な判断要素となります。このため、本判決のように、「顔を出せるなら、出してくれないか」といった程度の言い方による要請であっても、「参加せざるを得なかった」と認定されるのであれば、労働時間として算入すべきであるとされるでしょう。そうなると、この場面では、本判決の影響が若干あると言えそうです。
もっとも、本判決の事案は、本件被災労働者がアルコールをまったく口にしていなかったケースですから、事実上参加せざるを得ない宴会であるとしても、積極的にアルコールを摂取しているようなケースについてまで、その宴会への参加時間が労働時間にカウントされることになるのかどうかははっきりしません。今後の裁判所の判断を注目する必要があります。
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