「学習する能力」を科学する「ニューロサイエンス(神経科学)」とは
~脳の学び方を知り、職場のパフォーマンスを高める~
Neuro-Link社創設者、CEO
アンドレ・バーミューレン氏
人材開発や行動変革などの分野で近年、「ニューロサイエンス」の視点を生かした取り組みが注目されています。世界最大級の人材開発会議であるATD International Conference & Exposition(ICE)においても、2014年から「Science of learning(学習の科学)」というトラックが設けられ、ニューロサイエンス関連のセッションが多数展開されています。今回は、2016年11月に東京で開催されたATD 2016 JAPAN SUMMITの特別講演で初来日した、この分野の第一人者であるNeuro-Link社CEOのアンドレ・バーミューレン氏に、ニューロサイエンスの概要や神経科学的アセスメントの重要性、パフォーマンス向上の手法をうかがいました。
- アンドレ・バーミューレン氏(Dr. Andr é Vermeulen)
- Neuro-Link社創設者、CEO
Neuro-Link社のCEOかつ創設者でもあり、人の可能性を最大限に高める支援をするツールを提供している。また、モチベーションに関する国際的スピーカーであり、TEDxをはじめ、多数の国際カンファレンスで講演を行っている。ATD International Conference & Exposition(ICE)でも、2000年以来、毎年講演を行っている。大企業のCEOやスポーツチャンピオン、アフリカの王族などに人気のエグゼクティブコーチでもある。 世界中のテレビやラジオのトークショーにゲストとして多数出演。
「脳」の学び方を知り、いかに最適化するかが大きな課題に
「ニューロサイエンス」とは何ですか。どのように理解しておくとよいでしょうか。
ニューロサイエンスは、脳の機能を理解し学習の仕方を最適化することにより、タレントマネジメント、パフォーマンスの向上、組織学習、トレーニング、インストラクション、ラーニングデザインを改善していく専門分野です。まだ新しい科学ではあるものの、人材が学習する能力をどのように最適化するかを理解し、ファシリテートしていく上でとても重要であるといえます。
ATD国際会議をはじめとした人材開発・組織開発を議論する場においても、「ニューロサイエンス」への注目度が高まってきています。それはなぜでしょうか。ビジネスの環境や、求められる能力の変化という観点からご教示ください。
近年ますます「ニューロサイエンス」に関する研究が盛んになってきたことで、脳機能と人間が行動する環境との間に、有意な相互関係が存在するという証拠が多数提示されています。自然な脳機能の活動を支援する体制を組織として整えることによって、企業活動がうまくいくことは明らかです。そうすることで最終的に売上が増し、健康が増し、パフォーマンスが向上します。
また、脳の情報処理プロセス(脳がどのように情報を記憶し、処理するか)とその基礎となる神経システムの機能(神経可塑性が学習や観察可能な行動にどのように影響するかなど)の理解も大幅に進みました。これは、学習に関わる生物学的プロセス、脳半球と知覚優位との関係、認知制御への影響、精神的柔軟性のダイナミクス、個人の動機、社会的および感情的学習などの分野における深い理解をもたらしています。
さらには、グローバル化の進展も見逃せません。グローバル化によっていろいろな文化が互いに交流しなければならない状況が生まれつつあります。そのため、文化そのものを包括的に捉えることが重要になってきました。ただ、もともと脳の構造は、文化の違いに関係なくすべての人間に共通に備わっています。その点も「ニューロサイエンス」がクローズアップされている大きな要因といえるでしょう。
職場の学びや、従業員の関係性を考える際に、どんな脳の働きや分泌物質に着目すべきなのでしょうか。また、それはなぜでしょうか。
労働環境を考えたときに、人間的に振る舞える場所にする必要があります。生産性を向上させる最も確実な環境は、労働者自身が積極的で安全でリラックスしていると感じる場所です。そのためにも、ふさわしい環境を構築するとともに現状がどうなっているのかを知らなければなりません。従業員一人ひとりの脳がどんなふうに機能しているのか、どんな思考プロセスなのか、何がパフォーマンスを向上する原動力になっているのかを測定、把握することが第一のステップとなります。
リーダーシップの発揮やコミュニケーションの質向上を目的とした能力開発は、「ニューロサイエンス」の観点を取り入れると、どのように進化していくのでしょうか。
リーダーシップはこれからどんどん変わっていくと思いますが、基本的には三つのポイントで成り立っています。「他者に奉仕する」「影響を与える」「感動を与える」の三つです。私たちはこれらを発揮することができますが、その方法は決して一つではありません。リーダーシップが発揮されている時、自分自身の考えを基にしたリーダーシップスタイルと能力によって、そのリーダーシップは進化しています。例えば、アインシュタインは、ネルソン・マンデラとは異なる独自の知的選択、天賦の素質、才能に基づいたタイプのリーダーでした。どんなリーダーであるかは、それぞれが持っているスキルセットや脳のデザイン、使い方に関係しているわけです。そこを知る必要があります。
脳の働きに影響を与えるドライバを検証・改善
従業員の学習を最適化するためにNeuro-Link社で提供しているフレームワークやサービスをいくつか紹介してください。
Neuro-Link社は、職場の神経科学を手掛ける国際的なコンサルティング会社です。脳のパフォーマンスに影響を与えるドライバを検証し、以下の項目を改善する学習ソリューションを提供しています。脳のフィットネスレベルがどこで高く出ているのか、どこをもっと良くすべきかを見ていくことで、脳の柔軟性を把握できますし、自分自身の真のドライバーが何であるかが理解可能となります。それができた時に初めて本人の学習潜在力がどれだけあるかが見えてきます。そのために下図にある要因を調査し、評価しています。
Neuro-Link社が提供するフレームワークの先進性はどこにあるとお考えですか。
世の中には右脳・左脳で見る、前頭葉と後頭葉で見る、論理性と情緒性で見る、脳を四つのパートに分けて見るなど、さまざまなフレームワークがあります。それぞれ個別なものが多くて、全体性で見るというものはほとんどないといっても良いほどです。ただ、Neuro-Link社が提供するフレームワークは違います。自分自身の脳活動を最適化していくには、どんなところを改善していけば良いか、学習潜在力がどこにあってどういうふうに開発していくかを体系化したトレーニングプロセスがあって、その結果ブレイン・フィットネスがどれくらい最適化できているかを検証するといった、一連の流れを網羅している点は非常にユニークであるといえるでしょう。
学習の神経科学を理解し人的資本開発に応用すべき
今後、「ニューロサイエンス」の考え方に基づき、人材開発・組織開発を構築していくには、どのようなことが大切だと思われますか。
専門家と実践者が、学習の意味と組織学習への応用を理解するために不可欠な神経科学の基本的な知識を持つ必要があります。その上で、研修・人材開発や教育に従事する人、ファシリテーター、実践者は、2020年にも出てくるであろう新しい仕事や状況において、子どもたち、生徒、そして労働者が活躍できるだけのスキル開発の準備が求められることになるでしょう。一例として下記のような問題への理解を深めておく必要もあります。
・学習と思考の生物化学
・学習サイクルの神経科学
・神経可塑性、認知の柔軟性、そしてそれを学習と行動変化のコアとする方法
・脳の働きと情報処理
・異なる脳領域の学習への影響
・脳のパフォーマンスを最適化するドライバの特定と改善の方法
・神経学的優位性の概念、それは脳半球と感覚優位性との間の関係、そしてその性能と安全性への影響
・人々のユニークな神経設計と潜在的な可能性を判断する方法
・喜び、エネルギー、目的意識、エンゲージメント、パフォーマンス、フローを高めるための、職場機能と労働者のニューロデザイン、学習環境の合致
・学習、思考、創造のための脳の準備と活性化の仕方
・脳のフィットネススキルと精神力を柔軟にするエクササイズ
・職場での社会的、情緒的学習の受け入れ
・大量の情報を処理する21世紀の労働者のための高度なビジュアルスキル
・将来の労働者のための複雑な問題解決、批判的思考、創造性および感情的知能のスキルを開発する方法
・職場での学習実践と記憶と注意の繋がりの調整
・脳にやさしい作業環境と学習環境の創造
従って、学習と人材・組織開発を担当するすべての人々は、学習の神経科学に対する理解を強化し、この証拠に基づく知識を人的資本開発の実践に適用する必要があります。目標は、これらの基本原則を学習設計に組み込み、新しい神経調整や学習介入のアプリケーションを通じてそれらをテストし、行動変化、パフォーマンス改善、健康、生産性、安全への影響を判断することです。
まずは、何から着手すべきでしょうか。
どういうふうに脳が学びを行うのか。神経物質が人にどのように影響を及ぼすのかといった基礎的な構造を抑えることです。また、それらがいかに自分たちの生産性や学習に良い影響をもたらすかというメンタルな側面を確固たる証拠を持って明らかにしていくことです。それができて初めて従業員の行動変革をカタチにすることができます。「求められる行動はこれです」といっても、それが本人にとって自然な状態でなければ決して生産性の向上につながる脳の状態にはなりません。それぞれの脳がどういう状態であればうまくパフォーマンスを発揮できるのか、どういう状態になった時にストレスでシャットダウンするのかを知らないで、行動変革といっても意味がないことを理解してもらいたいと思います。
顕著な導入事例がありましたらご紹介ください。
世界全体でも非常に新しいので、事例はなかなかありません。唯一南アフリカの鉱業会社で成功例があるくらいです。私たちが提供するニューロサイエンスのフレームワークを活用して生産性・安全性を3倍もアップしています。
ニューロサイエンス自体は、人材開発だけでなく免疫学であったり、科学であったりとさまざまな分野で用いられていますし、今や週に120以上もの関連ビジネスが世の中に出ているような状況です。残念ながら、ニューロサイエンスというジャケットを着ているだけというものも数多く見受けられます。果たしてそこに根拠となるフレームワークが入っているのか疑問だと言わざるを得ません。
IoTやAIなどによって産業革命4.0が起こっているなかで、人間はどこに能力を発揮していかなければならないのかが問われています。ニューロサイエンスの観点が注目されることで、少しでも人々の成長を支援することができればと望んでいます。そのためにも、ニューロサイエンスにより、人材開発や能力開発が単なるソフトスキルではなく、確かにビジネスドライバーにもなりうることが示されなければならないと思っています。
職場の学習環境整備や、それによってパフォーマンス向上に取り組む企業の経営者や人事部へ向けて、アドバイスやメッセージをお願いいたします。
測定できないものを改善することはできません。人材開発を担当するすべての人が、人々の神経学的デザインの予測測定ツールとこの可能性を最適化する要因を持つことが重要であると考えています。予測測定ツールで検証することによって、マネージャーは、働く人々の神経学的デザインの観点から彼らの仕事に合わせた改善を行うことによってエンゲージメントを向上させることができます。測定で特定された各人の脳パフォーマンスに影響を与えるドライバを知り、環境を最適化することによって、人々のパフォーマンスを大幅に改善することができます。