不倫している従業員にどう対応すべきか。懲戒処分は可能なのか
「従業員が不倫している」といううわさを耳にしたとき、人事としてどう対応すべきか、頭を悩ませる担当者は少なくありません。「プライベートな問題」と一蹴して良いのか、それとも企業秩序への影響を考慮し、何らかの措置を講じるべきなのか――。特に社内不倫の場合は、職場環境の悪化や情報漏えいのリスクも懸念されます。従業員の不倫問題に対し、企業がどこまで介入できるのか、懲戒処分の可否とその判断基準、実際に問題が発生した際の具体的な対応フローを解説します。

原則は「不介入」
まず大原則として、従業員の私生活上の行為に対して、企業がその責任を問い、懲戒処分などを安易に行うことはできません。不倫は、民事上の不法行為や家庭内の問題ではあっても、本質的には個人のプライベートな領域に属する事柄だからです。
しかし、人事担当者のもとには、「〇〇さんと△△さんが不倫関係にあり、職場の雰囲気が悪い」「業務に集中できていないようだ」といった相談やうわさが寄せられることがあります。原則は理解しながらも、具体的な影響を目の当たりにすると悩むのが実情でしょう。
企業が介入を検討せざるを得ない場面
企業が介入を検討せざるを得ないのは、その行為が「企業の具体的な利益を侵害する、または侵害するおそれがある」と客観的に認められる場合です。例えば、以下のようなケースです。
- 職場の風紀・人間関係の悪化
- 社内不倫の当事者、あるいはその関係者が、業務に関係のない私情を職場に持ち込み、周囲の従業員の業務遂行を妨げている
- 特定の従業員へのえこひいきが疑われ、チームワークが阻害されている
- 業務への支障
- 当事者が業務時間中に密会や私的な連絡を繰り返すなど、職務専念義務に違反している
- 不倫関係のもつれから、一方が退職を申し出たり、精神的な不調を訴えたりしている
- 企業の信用の毀損(きそん)
- 営業担当者が取引先の担当者と不倫関係になり、その結果、取引が打ち切られるなどの実害が発生した
- 会社の制服や社用車を利用して不倫行為に及ぶなど、企業の社会的評価を低下させる行為があった
これらのように不倫という行為が、企業の「円滑な事業運営」という具体的な利益を害する段階に至ったとき、初めて企業は当事者への介入や対応を検討する必要が出てくるのです。
懲戒処分の可否を分ける「企業秩序への影響」
従業員の不倫を理由に懲戒処分を検討する際、最も重要なキーワードとなるのが「企業秩序」です。従業員は労働契約を締結することで、企業の秩序を尊重し、これを乱すような行為をしないという「企業秩序遵守義務」を負っていると考えられています。
懲戒処分が有効とされるのは、不倫という私生活上の行為が、「企業秩序を乱した」と客観的に評価される場合に限られます。
懲戒処分が認められやすい場合・認められにくい場合
では、具体的にどのようなケースで「企業秩序を乱した」と判断されやすいのでしょうか。過去の裁判例などを踏まえると、以下のような要素が総合的に考慮されます。
懲戒処分が認められやすいケース | 懲戒処分が認められにくいケース |
---|---|
(1)職務上の地位・関係性の悪用
|
(1)対等な関係
|
(2)業務への具体的な悪影響
|
(2)業務への影響が軽微・不明確
|
(3)企業の信用の毀損
|
(3)企業の信用への影響が限定的
|
重要なのは、単に「不倫があった」という事実だけで処分を決定するのではなく、その行為が企業の事業活動に、どのように具体的かつ重大な悪影響を及ぼしたかを、客観的な事実に基づいて慎重に判断することです。
参考となる裁判例
従業員の不倫に関する判例の一例として、豊橋総合自動車学校事件(名古屋地裁 昭56.7.10判決)があります。豊橋総合自動車学校に雇用されていた、スクールバスの運転手が教習生と不倫関係になったことがうわさとなり、受講生の減少などの事態を招きました。そのことを理由に、自動車学校が運転手を懲戒解雇したのは妥当性を欠き、解雇は無効であるとされました。
一方で、会社の役職者が部下と不倫関係となり、その関係を利用して不正な経費支出を行わせるなど、職務上の地位を悪用し、企業秩序を明確に乱したケースでは、懲戒処分が有効と判断される可能性が高まります。
不倫問題が発生した際の、人事の具体的な対応手順
実際に従業員の不倫問題が発覚した場合、人事担当者は冷静かつ慎重な対応が求められます。ここでは、実務的な対応フローを四つのステップで解説します。
(1)情報収集と慎重な事実確認
まず、うわさや臆測だけで行動を起こしてはいけません。人事担当者の役割は、客観的な事実に基づいて状況を把握することです。
情報源の確認
誰から、どのような経緯で情報がもたらされたのかを確認します。相談者(他の従業員など)がいる場合は、その従業員が何に困っているのか(例:「業務に集中できない」「えこひいきがひどい」)という「事実」を中心にヒアリングします。
客観的な事実の収集
- 勤怠データに不自然な点はないか(二人同時に不自然な中抜けや時間外労働がないかなど)
- 経費精算に不審な点はないか
- 職場の風紀を乱す具体的な言動(私的な口論、過度な接触など)が、いつ、どこで、誰によって目撃されたか
注意点
この段階で、当事者のPCを無断で確認したり、尾行のような調査を行ったりすることは、プライバシー侵害にあたるリスクが極めて高いため、避けなければなりません。あくまで「職務上の問題」として確認できる範囲にとどめます。
(2)当事者へのヒアリング
客観的な事実から、業務への支障など「企業秩序」に関わる問題が確認できた場合、当事者へのヒアリングを実施します。
環境設定
他の従業員に聞かれない、プライバシーが確保された会議室などで行います。人事担当者複数名(可能であれば男女一人ずつなど)で対応するのが望ましいでしょう。
ヒアリングの進め方
- 目的の明示: 「プライベートを詮索する目的ではない」ことを明確に伝えます。「〇〇さん(相談者)から、業務に支障が出ているとの相談があったため、事実確認のために時間を取らせてもらいました」など、あくまで職務に関する問題として切り出します。
- 事実の提示: 収集した客観的な事実(例:「〇月〇日の業務時間中に、会議室で口論しているのを見たという報告があったが、事実か」)を示し、説明を求めます。
- 威圧的な態度はNG: 相手を問い詰めるのではなく、冷静に、淡々と事実確認を行います。「不倫しているんだろう」といった断定的な言い方や、道徳的な説教は避けます。
記録と弁明の機会
ヒアリング内容は、後日のトラブルを防ぐためにも記録に残します。記録については、本人の確認と署名をもらうことが理想です。また、このヒアリングは、懲戒処分を検討する際の「弁明の機会の付与」としての意味合いも持ちます。
(3)懲戒処分の検討と実行
ヒアリングの結果、就業規則違反(職務専念義務違反、企業秩序を乱す行為など)が明確に認められ、その影響が重大であると判断した場合に、懲戒処分を検討します。
処分の根拠
処分の前提として、就業規則に懲戒処分の種別と事由が明記されていることが必須です。「私生活上の非行であっても、会社の信用を著しく毀損するなど、企業秩序を乱した場合は懲戒処分の対象となりうる」といった趣旨の規定があるか確認します。
処分の相当性(バランス)
最も重要なのが「処分の重さ」です。行為の態様や結果、本人の反省の度合いなどを総合的に考慮し、社会通念上、相当と認められる処分を選択しなければなりません。いきなり懲戒解雇を選択すると、裁判で無効と判断されるリスクが非常に高くなります。一般的には、けん責(始末書の提出)、減給、出勤停止といった軽い処分から検討するのが妥当です。
処分の実行
懲戒処分を決定したら、「懲戒処分通知書」を本人に交付します。通知書には、処分の根拠となる就業規則の条文、処分の原因となった事実、処分の内容を具体的に記載します。
(4)事後対応と職場環境への配慮
処分を行って終わりではありません。職場環境を正常な状態に戻し、再発を防止するためのフォローアップが重要です。
配置転換の検討
当事者が同じ部署で働き続けることが、さらなるトラブルや生産性の低下を招くと判断される場合、配置転換を検討します。ただし、懲罰的な意図で行われたと見なされると、権利乱用と判断されるリスクもあります。業務上の必要性や本人の意向も踏まえ、慎重に判断してください。
他の従業員への説明
臆測やうわさが広まらないよう、管理職などを通じて必要最小限の説明が求められる場合があります。その際は、「職場の風紀を乱す行為があったため、会社として厳正な対応を行った」という説明にとどめ、個人のプライバシーには一切触れないよう徹底します。
再発防止
全従業員に対し、服務規律に関する研修を実施したり、相談窓口を再周知したりすることで、企業として秩序維持に厳しく臨む姿勢を示すことが、再発防止につながります。
その他のポイントと予防策
最後に、人事担当者がこの問題に対応する上で、特に注意すべき点と、トラブルを未然に防ぐための予防策について解説します。
陥りやすいわな:「うわさ」の取り扱いとプライバシー侵害のリスク
人事担当者が最も陥りやすいわなは、正義感や秩序維持への意識から、不確かな情報で動き出してしまうことです。うわさレベルで当事者を呼び出して問い詰めるような行為は、事実でなかった場合に本人の名誉を著しく傷つけ、逆に会社が訴えられるリスク(名誉毀損やパワーハラスメント)を負うことになります。あくまで冷静に、客観的な「業務への支障」という事実に基づいて行動することが必要です。
予防策としての就業規則の整備
トラブルを未然に防ぎ、いざというときに会社として毅然(きぜん)とした対応を取るためには、就業規則の服務規律に関する規定を整備しておくことが重要です。
服務規律の規定例
- 「従業員は、職場の内外を問わず、会社の信用や名誉を傷つけ、その他企業秩序を乱すような行為をしてはならない」
- 「勤務時間中は、職務に専念し、正当な理由なく職場を離脱してはならない」
このような包括的な規定を設けておくことで、具体的な問題が発生した際に、懲戒処分の根拠としやすくなります。
まとめ
不倫の問題は「私生活」と「職場秩序への脅威」との線引きが難しく、感情的にもなりやすいテーマです。人事担当者としては、企業秩序や業務運営に与える影響の有無を軸に、冷静かつ法的根拠に基づいた対応を心がけることが、組織の健全性を守るために不可欠です。
この記事の監修
井上 久
井上久社会保険労務士・行政書士事務所 代表
井上 久 昭和30年11月25日の69歳です。2021年4月1日に開業しました。得意な業務は、交通事故相談とクレーマ一・ヘビークレーマ一対応です。「本気・本音・本物」のアドバイスをさせていただきます。お気軽にご相談ください。
井上 久 昭和30年11月25日の69歳です。2021年4月1日に開業しました。得意な業務は、交通事故相談とクレーマ一・ヘビークレーマ一対応です。「本気・本音・本物」のアドバイスをさせていただきます。お気軽にご相談ください。
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