帝人株式会社:
「One Teijin」の旗印の下、大胆な人事改革に着手
帝人が取り組む人財育成の要諦とは(前編)
帝人株式会社 人事・総務本部 人事部長
藤本 治己氏
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「One Teijin」でグループ全体としての一体感を高める
「One Teijin」について、その概要や目的などをお聞かせください。
帝人グループは、2003年に事業持ち株会社制になり、事業会社がたくさん誕生しました。一つの事業会社の売上は数百億円程度へと、小さな塊に切り分けていったのです。その結果、経営のスピードは飛躍的に向上しました。「個別最適化」が実現されたからです。しかし同時に、働く人たちも帝人グループ全体を見るのではなく、自分の所属する事業会社だけに興味・関心を持つようになっていきました。その結果、組織を見る視点が、どんどんと小さくなっていったのです。このままでは、帝人グループ全体としてのパフォーマンスが落ちてしまうという危機感を経営層が強く持つようになり、2012年10月からは一部の持ち株会社を解消。帝人ファーマ、帝人フロンティアなどの事業会社を残して、各事業会社を帝人に吸収。組織を再編することになりました。
もちろん、当初から事業持ち株会社制にすることの弊害は分かっていましたが、その頃は各事業の成長を優先しました。しかし、事業持ち株会社制の下で10年が経過し、帝人グループとしての組織の問題、そこで働く従業員の心(気持ちのベクトル)の問題に対して、人事が何か手を打たなければいけないと感じていました。
帝人グループには六つの事業部門がありましたが、各部門が国内外の多様な会社で構成されていたため、組織体系が複雑になり、事業間や機能間(営業・製造・開発)、地域間(本社・事業所、日本・海外、研究所・工場)、上下の階層間に壁ができていました。そのため、コミュニケーションが不足し、情報の共有化ができていない状況になっていました。そこで、「One Teijin」の旗の下、大胆な人事改革を始めたのです。
組織内のさまざまな壁を打ち破り、グループ全体としての一体感を高めるために「One Teijin」を導入したわけですね。具体的に、どのような施策を行われたのでしょうか。
「One Teijin」は、トップマネジメントが発信するメッセージを現場に浸透させるとともに、現場発のアイデアや提案を、グループ全体で共有し、組織が一体となって新しい価値やイノベーションを生み出していく体制を実現することを狙いとしています。そして、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー:最高マーケティング責任者)、CHO(チーフ・ヒューマン・オフィサー:最高人事責任者)がトップマネジメントの立場となります。
帝人グループは中長期経営計画の中で、「ソリューション提案型ビジネスの進化」を目指すと掲げています。それを実現するには、帝人グループすべての社員が、組織や事業、地域・国境を越えて、持てる力を結集し、顧客に対して一丸となってソリューションを提供すること、帝人グループとしての総合力を高め、顧客にとって一枚岩の頼れる存在となることが必要です。そのためには、技術の融合・複合化、営業の一体化、営業と技術の連携など、さまざまな場面で、「One Teijin」を実現しなければなりません。
しかし実際には、いろいろな人がいるのに、その人たちのことをあまり知らない。また、何をやっているのかもわからない。コンタクトを取りあうこともないので、同じクライアントに対して、いろいろな事業会社から担当者が行くことになり、クライアントも困惑するばかり。これでは適切なソリューションを提案できるわけがありませんが、こうした状態が実に10年も続いていたのです。今はこのような状態を解消するために、一つのクライアントに対して原則一人の担当者を置き、その下に各事業の担当者を置く体制にするなど改善を行っていますが、以前は混乱した状態でした。
また、研究開発でも似たようなことが起きていました。世の中のメガトレンドに対して、皆がそれに向かってバラバラに研究をしていたのです。こうしたコミュニケーションロスから起きる問題は多々あったので、社内で情報共有化を図るために開催したのが「営業大会」です。営業だけではなく、研究開発の人たちも参加。あるクライアントに対してどんな提案を行ったのか、営業担当がプレゼンテーションを行い、それに続いて、研究開発担当が自分たちの研究内容について説明します。以前から「研究技術」の発表会を行っていましたが、参加するのは研究開発の人たちだけでした。そこで、営業大会に研究技術の発表会も持ち込んだというわけです。なお、「営業大会」はCMO主管で開催しています。
では、CHOが主管として行うものは何でしょうか。
「One Teijin Award」です。これは事業や組織、国や地域、技術やマーケット、職種などの壁を越えて、今までの仕事のやり方を変えたり、壁を壊したりするアイデアやアクションを会社全体でリスペクトする、新たな表彰制度です。表彰する対象は「アイデア部門」と「アクション部門」で、社員の投票により決定します。1位から5位までは賞金も出ます。「One Teijin Award」は成果を問わず、行動そのものを表彰するところがポイントであり、会社の業績に結び付いた事案を表彰する従来の制度(有功賞)とは、大きく異なります。また、期間に関しては、2014~2016年度の3年間に限定して実施しています。
「One Teijin Award」の狙いは、自由な意見を発信できる、失敗を恐れずに行動できる風土・環境作りにあります。こうした取り組みが全社プロジェクトを多数生み出す基盤となり、「イノベーションプロジェクト」へとつながっていくことを期待しています。
初めて開催した2014年度は、アイデア部門だけで400件を超える応募があり、アクション部門への応募も30件を超えていました。また、イントラネットを通じて投票を求めたところ、1万3279件もの投票がありました。2回目の2015年度は、中国や欧州、米国などグローバル展開を図るため、各国での体制の整備を行いました。「One Teijin Award」に関しては、風土改革を目指すという目的を経営トップと握っており、6月の創立記念式典では、表彰式とパーティを大々的に開催します。
「One Teijin Award」を進めていく中で、何か懸念事項はありましたか。
正直に言うと、最初は応募が少ないのではないか、投票も大して集まらないのではないか、そもそも社員が白けてしまっているのではないかなど、いろいろと心配しました。しかし、実際にやってみると大きな反響がありました。2年目は応募が減るのではないかとも思いましたが、そんなことはありませんでした。特に、海外での盛り上がりがすごかった。こうした経験から、風土改革では地道な取り組みと、イベントのようなものをうまく組み合わせることがポイントだと感じました。
経営トップからは「いったい、何で成果を測るのか?」と言われましたが、それは「経年で変化を見ること」でしか分かりません。そのため、「一定の時間をください」と言いました。それが、2014年から2016年の3年間。3年目でどのような成果が出たかを確認し、次にどうするのかを提案することが、今の私に与えられた「お題」です。
現段階での成果を、どのようにお考えですか。
例えば、いろいろなところで「知りたがる人」が増えてきたように感じます。「情報が欲しい」という声を多く聞くようになりました。そこでヨーロッパでは、それぞれの国でどんなことを行っているのか、またどんな人がいるのかを納めたDVDを作成しています。またアジアでは、中国とタイの工場間で、お互いに留学し合う取り組みを始めました。今まで国と国との交流がほとんどなかったのですが、「One Teijin Award」を始めたことで、状況は大きく変わりました。