AIが雇用を変え、働き方を変え、社会を変える
“全人口の1割しか働かない未来”の幸福論とは(前編)
駒澤大学経済学部 准教授
井上 智洋さん
いまはまだIT革命の途中、汎用AIの衝撃はこの程度ではない!?
井上先生はご著書で、2030年以降のAIは経済や社会のあり方を大きく変える可能性があり、その抜本的な変革は、汎用AIが平均的な人間のなしうる仕事の大部分を奪ってしまうことから生じる、と述べられていますね。
2030年以前にも、人間の労働を代替できるAIは次々に出てくると思いますが、それらがすべて特化型である限りは、技術的失業はこれまでどおり、一時的かつ局所的な問題に留まるでしょう。たとえば、AIが制御するセルフドライビングカーやドローンが普及することで、タクシー運転手や配送員が一時的に失業したとしても、人間に優位性のある別の仕事に移動すればいいからです。別の仕事とは、AIがその時点ではまだこなせない既存の職業かもしれないし、あるいは技術革新によって生まれる新しい職業かもしれません。もちろん特化型であっても、開発・導入の速度が速ければ、量的にはこれまでの技術を上回る社会的影響を及ぼす可能性がありますが、質的なインパクトという点では、セルフドライビングカーも18世紀の紡績機や織機と変わらないでしょう。
ところが、人間とほぼ同じような知的振る舞いができる汎用AIが実現し普及すれば、量的にも、質的にも従来とは異なる変化をもたらすと考えられます。たとえば新しい職業が生まれて、汎用AIがそれを次々とこなしていったとします。人間を雇用して教育するよりも、汎用AIをレンタルするほうが安いのであれば、後者を選ぶのが合理的な経営判断です。人間の労働の大半がAIに代替されると、技術的失業者を吸収する余地はきわめて少なくなってしまうかもしれません。
労働力不足に悩む社会や企業にとって、AIの進歩は生産性向上に資する福音でありながら、同時に人間の雇用を減少させるリスクと表裏一体にあるわけですね。
とはいえ、実際のところ、「AIの時代」と呼べるような実社会の変革はまだ始まってもいないと、私は見ています。現在はAIどころか、まだIT革命の真っただ中。人間の仕事が機械に奪われているとしたら、それはITに奪われているのです。
たとえば、アマゾンで本を買う人が増えた結果、街の小さな本屋さんは客足が遠のき、廃業が増えています。また、旅行を計画するのに、旅行代理店まで出向く人も少なくなりました。ネット上のサービスを利用すれば、プランの検討から予約まで、自分で全部できますからね。いまや空港のチェックインも自動です。このような局面で人間の労働を節約し、生産性を高めているのはITにほかなりません。しかし日本経済のサービス業の生産性の低さを考えれば、IT化さえ、まだまだ不十分だと言えるでしょう。
ビジネスの現場では、上司から「AIの時代だからAIで何かやってみろ」と言われて困っているといった話もよく聞きます。ブームといっても、実際の機運はまだその程度。むしろAI以前に、もっとやるべきことがあるのではないでしょうか。
ありがとうございました。後半では、汎用AIの出現による社会の変化、特に「全人口の1割ほどしか働いていない」という、井上先生の大胆な予測について、詳しくうかがいます。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。