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大学卒女性の働き方別生涯賃金の推計(令和6年調査より)-正社員で2人出産・育休・時短で2億円超

生活研究部 上席研究員 久我 尚子氏

大学卒女性の働き方別生涯賃金の推計(令和6年調査より)-正社員で2人出産・育休・時短で2億円超

大学卒女性の生涯賃金について、雇用形態や育休・時短勤務の利用状況を考慮した11のケースで推計した。女性の就労状況を見ると、雇用者の過半数は非正規雇用者だが、「女性の活躍」推進により若年層ほど正規雇用率が上昇し、第1子出産前後の就業継続率は約7割に達するなど、М字カーブは解消傾向にある。

推計の結果、大学卒業後に正規雇用で60歳まで働き続けた場合の生涯賃金は2億6,160万円となった。2人出産し産育休を各1年取得してフルタイムで復職しても2億3,988万円、時短勤務を利用しても2億円を上回る。一方、出産を機に退職しパートで再就職した場合は7,071万円にとどまり、最大で約1億6千万円の差が生じる。大企業勤務・65歳退職・男性並の賃金水準では、2人出産・時短勤務を経ても3億4,612万円に達した。

2025年は女性活躍推進の数値目標到達年であり、制度の「有無」から「使いやすさ」と「活用後のキャリア」への視点転換が求められる。企業には育休取得者と同僚双方への配慮、政策には保育の質と量の充実や男性育休の実質化が期待される。

1――はじめに~女性登用の現状と数値目標の到達度

政府は2025年をめどに東証プライム上場企業の女性役員比率を19.0%とする目標を掲げている。これは2030年に30%という目標へ向けた中間目標であり、同時に「女性役員を1名以上選任する」ことも目標として設定されている。新聞社の集計によれば、2025年9月時点のプライム市場上場企業の女性役員比率は18.4%に達し1、目標値をわずかに下回っているものの過去最高の水準となった。

一方で、管理職比率に目を向けると、いずれの階級でも上昇傾向にあるものの、女性の登用は依然として限定的である(図表1)。2024年には民間企業の係長級で約25%に達したが、部長級では約1割にとどまり、男性との差は依然として大きい。より上位の意思決定層におけるジェンダー・バランスの課題は、なお大きく残されている。

2025年は、女性の活躍推進において「数値目標の到達度」と「実態」とを重ね合わせて考えるべき節目の年と言える。確かに、役員や管理職の数値目標、制度整備の面では一定の前進があるものの、一方で働き方の違いや昇進機会の格差は依然として存在し、このことが男女の賃金格差(図表2)や生涯賃金の差にもつながっている。

こうした状況のなか、本稿では、最新の統計に基づき大学卒女性(2024年の大学進学率56.2%:文部科学省「学校基本調査」)について、雇用形態や育児休業制度・時間短縮勤務制度の利用状況の違いを考慮しながら生涯賃金を推計する。

働き方の選択がもたらす経済的な帰結を明らかにすることは、女性一人ひとりのキャリア形成だけでなく、企業の人材戦略や社会全体の持続的な成長にも関わる重要な示唆を与えると考える。

図表1 階級別女性比率(民間企業) / 図表2 男女の所定内給与差(男性 = 100)

1 「東証プライム企業の女性役員比率18.4% ゼロ企業も依然17社」日本経済新聞社(2025/9/11)

2――近年の女性の就労状況~M字カーブ解消と就業継続の広がり

1|雇用形態の状況~若年層ほど正規雇用率が上昇、高年齢層の就業も活発化

生涯賃金推計の前提として、近年の女性の就労状況を確認する。かつて「М字カーブ」問題として指摘されてきたのは、出産や育児を理由に一旦離職し、再びパートなどの非正規雇用で働く女性が多いという状況であった。

女性の労働力率を年代別に見ると、М字カーブは解消傾向にあり、全体的にも労働力率は上昇している(図表3)。未既婚別に見ると、以前から未婚女性では全体的に労働力率が高かったが、近年では高年齢層でも上昇している。また、既婚女性では30代を中心に労働力率が大幅に上昇している。なお、これらの変化とともに男性の育休取得率も上昇傾向にある(図表4)。

図表3 女性の労働力率
図表4 育児休業取得率(民間企業)

一方で、女性では年齢とともに非正規雇用者の割合は高まり、雇用者における非正規雇用者の割合は過半数を占める(図表5)。35~44歳までは正規雇用者が非正規雇用者を上回るものの、45~54歳では逆転し、非正規雇用者の割合が半数を超えてさらに増加していく。

しかし、推移を見ると状況は着実に変化している。2013年頃から65歳以下では、若いほど非正規雇用者の割合が低下しており、2024年では2014年と比べて、15~24歳(在学中除く)や25~34歳で約1割低下している(図表6)。一方、65歳以上では非正規雇用者の割合が約1割上昇しているが、これは正規雇用者数が約3割増加した(2014年33万人→2024年43万人)一方で、非正規雇用者数が2倍以上に増加したためである(同102万人→同217万人)。つまり、「女性の活躍」が掲げられて以降、若年層を中心に正規雇用で働く女性が増加するとともに、高年齢層の就業も活発化している。

図表5 女性雇用者の雇用形態割合(2024年) / 図表6 女性雇用者に占める非正規雇用者の割合

2|結婚・出産前後の就業継続状況~就業継続率は上昇、第1子出産後7割・正規で8割超

М字カーブが解消傾向にある背景には、結婚や出産前後の妻の就業継続率の上昇がある(図表7)。子の出生年が2010~2014年と2015~2019年を比べると、第1子出産前後の妻の就業率は57.7%から69.5%(+11.8%pt)へ、育休を利用して就業を継続した割合は43.0%から55.1%(+12.1%pt)へ上昇している。就業継続者の中で育休を利用した割合も74.5%から79.3%(+4.8%pt)へと高まっている。

さらに、第2子出産前後の就業継続率は87.1%で(第1子出産前後比+17.6%pt)、第3子出産前後では89.5%(同+20.0%pt)に達しており、第1子出産前後に大きな壁が存在する様子がわかる。

就業状況別に見ると、もともと自営業主・家族従業者・内職では就業継続率が高く(出生年が2015~2019年の第1子出産前後で91.3%)、近年は正規の職員(同83.4%)やパート・派遣(同40.3%)といった雇用者でも上昇が見られる。正規職員の就業継続率は一貫して上昇を続けており、かつて2割程度にとどまっていたパート・派遣の継続率も、現在では約4割へと2倍に上昇している。

この背景には、近年の「女性の活躍推進」に伴う政府や関連機関の啓発活動により、非正規雇用者も育児休業制度の対象であるとの認識が広がったこと、さらに「改正育児・介護休業法」による非正規雇用者の育児休業取得要件の緩和が影響していると考える。

図表7 結婚・出産前後の妻の就業状況の変化

3――大学卒女性の生涯賃金の推計方法

1|設定した女性の働き方ケース

大学卒女性の生涯賃金について、正規雇用者・非正規雇用者別に、働き続けた場合や出産・子育てで離職をした場合など、11の働き方ケースを設定して推計する(図表8・9)。

図表8 大学卒女性の生涯賃金推計のために設定した働き方ケースの詳細条件
図表9 女性の生涯賃金推計のために設定した大学卒女性の働き方ケース

2|生涯賃金の推計条件

生涯賃金の推計方法は以下のとおりとする。

・生涯賃金2=年齢別賃金の合計(※1または2)+退職金(正規雇用者のみ)

※1 正規雇用者及び非正規雇用者の場合
年齢別賃金=きまって支給する現金給与額3×12ヶ月+年間賞与その他特別給与額

※2 パートタイムの場合
年齢別賃金=(実労働日数×1日当たり所定内実労働時間数×1時間当たり所定内給与額)
×12ヶ月+年間賞与その他特別給与額

生涯賃金の推計は、厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」における「きまって支給する現金給与額」および「年間賞与その他特別給与額」を用い、各年齢の賃金を推計して合算した4

大学卒業後、フルタイムの正規雇用者として働き続ける労働者として、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」における「標準労働者(学校卒業後直ちに企業に就職し、同一企業に継続勤務しているとみなされる労働者)」を用いる。その理由は、他ケースとの比較を行う際に、正規雇用者比率が高く、育児休業制度や短時間勤務制度などの利用が進んでいる層と考えられるためである。

なお、「標準労働者」の公表値には「所定内給与額」は存在するものの、「きまって支給する現金給与額」は示されていない。そのため、同条件における一般労働者の両者の比率をもとに、「標準労働者」の「きまって支給する現金給与額」を推計した。

2 退職金は必ずしも賃金に当たらないが(就業規則や労働契約等に、退職金の支給条件が定められている場合は賃金に相当)、本稿では便宜上、賃金に含まれる形で生涯賃金を推計している。
3 労働契約等により予め定められている支給条件により支給された6月分現金給与額(基本給、各種手当等含む)。ここから超過労働給与額を差し引いたものが「所定内給与額」。
4 本稿の推計は、独立行政法人労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2024」における生涯賃金推計を参考に、現時点の各年齢の賃金を積み上げて算出している。長期にわたる就業期間では物価や賃金水準の変化が想定されるが、本稿では賃金水準を現在のものに合わせるという前提に立つ。なお、この方法とは別に、物価水準などを調整して生涯賃金を推計する方法もある。こちらは賃金の世代間格差を把握するには適しているが、今年新卒で働き始めた者が、生涯どの程度の賃金を得るかという視点から見るには必ずしも適当ではない。

・育児休業利用時の取扱い
育児休業中は、休業前の賃金水準に基づき「育児休業給付金」が支給されるものとする。復職後は休業前と同水準の賃金に戻るが、復帰初年度のみ「年間賞与その他特別給与額」を半額とする。

・短時間勤務制度利用時の取扱い
短時間勤務期間中は残業を行わないため、超過労働給与額を含む「きまって支給する現金給与額」ではなく、「所定内給与額」を用いて年収を推計する。賃金水準は労働時間数比率(6時間/8時間=75%)を乗じた値とし、短時間勤務期間の経過年数は実年数の75%として扱う(例:短時間勤務を8年間利用した場合、フルタイム勤務6年分に相当)。フルタイム復帰後は、その経過年数に相当するケースAの年齢別賃金に接続する。

・55歳以降の取扱い(正規雇用者)
正規雇用者の55歳以降の賃金は、ケースによらず同水準とする。標準労働者では55歳を境に「所定内給与額」が大きく減少するが、ケースごとの違いを反映するにはさらに様々な仮定が必要となるため、今回は設定していない。

また、60歳~64歳については、再雇用として雇用形態が変わる場合が多いことを想定し、雇用期間の定めのある非正規雇用者の年齢階級別賃金を用いる。

近年は「高年齢者雇用安定法」の改正により、定年年齢の引き上げや継続雇用の拡充が進んでいる。厚生労働省「令和6年高年齢者雇用状況等報告5」によると、60歳定年とする企業が64.4%と最も多く、次いで65歳定年が25.2%どなっている(図表10)。さらに、60歳定年の企業における定年到達者のその後の状況を見ると、継続雇用が約9割を占めており、圧倒的に多い(図表11)。

図表10 企業における定年到の動向 / 図表11 60歳定年企業における定年到達者等の状況(2023年)

5 集計対象は、全国の常時雇用する労働者が21人以上の企業237,052社。うち大企業(301人以上)17,060社、中小企業(21~300人)219,992 社。

・非正規雇用者の取扱い
非正規雇用者の賃金は、「正社員・正職員以外」の値を用いる。育休から復職時の賃金水準は、標準労働者と同様に休業前と同等とする。なお、ケースA-Bにて標準労働者が非正規雇用者として復職する際の賃金水準は、第1子出産退職時と同年齢の非正規雇用者と同等とする。

・退職金の取扱い
正規雇用者の退職金は、厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」の1人平均退職給付額を用いる。ただし、男女別の数値がないため、男女計のものを、学歴種別では大学卒の数値がないため、大学・大学院卒のものを用いる6。また、出産等による休業のない場合は、勤続年数階級35年以上の値、育休を利用した場合は勤続年数階級30~34年の値(60歳で退職の場合)、第1子出産時に退職した場合は勤続年数階級20~24年の値に勤続年数比率を乗じた値とする。

6 平成30年調査から学歴種別は大学卒から大学・大学院卒へと変更。よって、実際の大学卒の女性の平均退職給付額より多い可能性がある。

4――大学卒女性の生涯賃金の推計結果~正社員で2人出産・育休・時短利用でも2億円超

1|60歳で退職の場合~正社員で2人出産・育休・時短利用で2億円超、パート再就職で約7,000万円

女性が大学卒業後に直ちに就職し、同一企業で休職することなく60歳まで働き続けた場合(ケースA)の生涯賃金は2億6,160万円となる(図表12)。参考までに、同様の条件で働き続けた男性では3億1,206万円となり、女性より5,046万円多い。

前回の推計7(年齢別賃金は厚生労働省「令和5年賃金構造基本統計調査」および退職金は厚生労働省「令和5年就労条件総合調査(退職給付額の調査は5年毎実施)」)では、ケースAは2億5,183万円であり、今回は+977万円の増加となっていた。退職金の数値は前回と同じであるため、この増加は年齢別賃金の上昇によるものである。

図表12 女性の働き方ケース別生涯賃金(60歳で退職した場合)

年齢別賃金について詳しく見ると、40歳代半ばまでは今回の方が前回を上回っていたが、50歳前後では前回の方が高く、その後は年齢層によって前回・今回が交錯する形となった。結果として、50歳代全体では今回の方が+394万円多くなっている(図表13)。

図表13 女性のA(標準労働者)の年齢別賃金の比較

さらに、前々回の推計(「平成27年賃金構造基本統計調査」および退職金は厚生労働省「平成25年就労条件総合調査」)と比較しても、40歳代から50歳代前半にかけて年齢別賃金が減少している。これは、女性の賃金が単純に下がったのではなく、働く女性の増加によって労働力の質が変化し、年収分布が広がった影響と考えられる。例えば、2015年の統計を基にした推計における55歳の女性は、1990年頃に大学を卒業し、定年まで働き続けた層である。当時、女性の大学進学率は12.5%にとどまり(現在は56.2%)、1986年に男女雇用機会均等法が制定されて間もなく採用された、いわゆる「均等法第一世代」にあたる。総合職として入社したものの、結婚や出産、子育てを理由に退職する女性が多い中で、働き続けた層は非常に限定的であり、高収入層に属していたと見られる。

年齢別賃金の推計値を見ると、若い年代では今回が、年齢が上がるにつれて過去の推計が上回る傾向は、標準労働者の賃金を用いて育休を取得したケース(A-A、T1、T2)でも同様である。ただし、育休による休業期間の影響で、過去と比べて賃金の差が大きく開く年代(50歳代後半の一部)は含まれない一方で、20・30歳代では賃金の増加効果が比較的大きく表れるため、全年齢を合計すると、今回の推計値は過去の推計値をやや上回る結果となっている。

さて、図表12の大学卒女性が60歳で退職した場合の働き方ケース別推計に戻ると、2人の子を出産し、それぞれ産前産後休業制度と育児休業制度を合計1年間(2人分で合計2年間)利用し、フルタイムで復職した場合(A-A)の生涯賃金は2億3,988万円となる。復職時に時間短縮勤務制度を利用し、子が3歳まで時短勤務を利用した場合(A-T1)は2億3,067万円、小学校入学前まで利用した場合(A-T2)は2億2,301万円となる。

つまり、2人の子を出産し、それぞれ産休・育休を1年取得し、復職後に時短勤務を利用したとしても、生涯賃金は2億円を優に超える。もっとも、本稿の推計では、育休からの復職後にすみやかに休業前の状態へ戻ることを前提としているが、実際には仕事と家庭の両立負担は大きい。職場と家庭双方で両立支援の環境が十分に整っていなければ、休職前と同様の働き方を続けることは容易ではない。

また、人事評価上の問題(休職期間が昇進や昇給で不利に働く可能性など)や、周囲・本人の意識の問題(本人の希望によらず負担の少ない業務を割り当てられる、あるいは家庭とのバランスを重視するように意識が変化するなど)も指摘できる。

一方で、冒頭に示した通り、女性の職業生活に関わる環境は着実に改善している。すみやかな復職を希望する場合には、それを実現しやすい環境が拡大していることを、今後とも期待したい。

第1子出産後に退職し、第2子就学時にフルタイムの非正規雇用者として再就職した場合(A-R-B)の生涯賃金は1億474万円となる(A-T2より△1億1,827万円、▲53.0%)。また、かつてМ字カーブ問題として指摘されていたように、出産を機に退職し、子育てが一段落してからパートで再就職した場合(第1子出産後に退職し、第2子就学時にパートで再就職:A-R-P)は7,071万円(同△1億5,230万円、同▲68.3%)にとどまる。

出産前後で退職せずに就業継続したケース(A-A、A-T1、A-T2)と、退職後にパートで再就職したケース(A-R-P)を比べると、生涯賃金には1億5千万円から7千万円程度の差が生じる。この金額差は、女性本人の収入としても、世帯収入としても極めて大きい。もちろん、配偶者の収入や資産の有無・相続状況によって家計の余裕度は異なるが、この差は住居や自家用車の購入、子どもの教育費など、高額な支出を伴う消費行動に少なからず影響を与える。結果として、こうした働き方の違いは、個人の家計を超えて、国内の個人消費全体にも波及する。

さらに、企業側の視点から見ると、出産後も就業を継続していれば、生涯で2億円を稼ぐような人材を確保できていたにもかかわらず、両立環境の不整備などにより人材を手放す結果となり、新たな採用・育成コストが発生しているとも捉えられる。女性の出産や育児を理由とした離職は、職場環境だけが原因ではないが、両立支援の充実を図ることは、企業にとっても人材確保とコスト削減の両面で有効と言える。 

一方で、女性が大学卒業後に直ちに就職し、正規雇用ではなく非正規雇用の職に就き、休職することなく働き続けた場合(B)の生涯賃金は1億2,365万円であり、同一企業で働き続ける正規雇用者(A)の半分以下にとどまる。また、正規雇用者と比べて賃金水準が低いため、産休・育休を2回取得して復職した場合(B-B)でも生涯賃金は1億1,964万円であり、休職せず働き続けた場合と大きな差はない。

2020年4月からは「同一労働・同一賃金」のもと、同一企業における正規雇用者と非正規雇用者の間の不合理な待遇差の是正が進められている8。しかし、賃金水準の格差だけでなく、非正規雇用者では退職金が支給されない場合が多いことから(本稿では非正規雇用者に退職金を設定せずに推計)、正規雇用者との差は依然として大きい。

参考として、図表14にケース別に各歳別賃金の推移(退職金を除く)を示す。ケースごとの賃金変化を見ることで、どの時期に差が生じ、どの段階で追いつくのか、あるいは差が拡大していくのかがイメージしやすいだろう。

図表14 女性の働き方ケース別・年齢別賃金(60歳で退職した場合、退職金を含まない)の推移

7 久我尚子「大学卒女性の働き方別生涯賃金の推計(令和5年調査より)-正社員で2人出産・育休・時短で2億円超、男性並で3億円超」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2024/10/23)
8 パートタイム・有期雇用労働法(2021年4月1日より全面施行)、労働者派遣法(2020年4月1より施行)

2|大企業勤務かつ65歳で退職の場合~男性並みの賃金水準の女性は2人出産でも復職で3億円超

同様に、11の働き方について、大企業勤務(企業規模1,000人以上)の場合や65歳で退職した場合、そして男性労働者と同等の賃金水準にある女性の場合(標準労働者のみ)について推計した結果を図表15に示す。

その結果、当然ながら、60歳で退職した場合より65歳で退職した場合の方が生涯賃金は多くなる。また、退職年齢が同じであれば、大企業勤務の方が中小企業を合わせた全体よりも高く、さらに女性労働者の賃金水準よりも男性労働者の賃金水準を用いた方が高い結果となった。

最も生涯賃金の推計値が多くなったのは、「大企業勤務で65歳退職、男性労働者の賃金水準を適用した場合」である。この条件下では、正規雇用者で2人の子を出産後に産休・育休を利用し、フルタイムで復職したケース(A-A)の生涯賃金は3億4,612万円となる。これは、企業規模を考慮せず60歳で退職、女性労働者の賃金水準で推計した場合の値(A-Aは2億3,988万円)を約1億円上回る。また、この条件の場合、時短勤務を利用したとしても生涯賃金は3億円を超える。近年、共働き世帯の増加に伴い、夫婦ともに高収入の「パワーカップル」世帯が少数ながら増加傾向にあるが、こうした世帯の妻はこの水準を超えるものと考えられる。

図表15 女性の働き方ケース別生涯賃金

5――おわりに~女性の経済力の向上が拓く、社会と経済の新たな可能性

本稿では、最新の統計を基に女性の就労状況を確認し、雇用形態や育児休業制度・短時間勤務制度の利用状況の違いを踏まえて、大学卒女性の生涯賃金を推計した。

女性の就労状況については、かつて「М字カーブ」の存在が課題であったが、現在では解消傾向にある。一方で、依然として年齢とともに非正規雇用者の割合が増加する傾向があり、35~44歳までは正規雇用者が多いが、45~54歳では逆転し、65歳以上では非正規雇用者が8割を超える。

しかし、推移を見ると状況は着実に変化しており、2013年に「女性の活躍」が掲げられて以降、若年層を中心に正規雇用で働く女性が増加するとともに、高年齢層の就業も活発化している。

М字カーブ解消の背景には、結婚や出産前後の女性の就業継続率の上昇がある。現在では、第1子出産前後の妻の就業率は約7割に達し、育休を利用して就業を継続した割合も過半数を超えている。さらに、正規職員だけでなく、パート・派遣においても就業継続率は上昇しており、かつて約2割と低水準であったが、現在では約4割にまで高まっている。これには、法改正による育児休業制度の拡充が大きく影響している。

また、大学卒の女性の生涯賃金を推計した結果、同一企業で60歳まで働いた場合は2億6,160万円、2人の子どもを出産し、育児休業を1年取得後にフルタイムで復職した場合は2億3,988万円であった。復職後に時短勤務を利用したケースでも2億円を超えている。

一方、出産を機に退職し、再就職した場合の生涯賃金は7,071万円にとどまり、その差は本人や家庭だけでなく、個人消費や日本経済にも多大な影響を及ぼす。また、女性が出産後も働き続けられる環境整備は、企業にとって人材確保やコスト削減につながる重要な取り組みである。

大企業に勤め、65歳で退職した場合には生涯賃金がさらに増加し、2人の子どもを持ち、フルタイムで復職したケースでは3億4,612万円に達した。近年、共働き世帯の増加とともに高収入世帯も増えており、パワーカップルの妻はこの水準を上回ると見られる。

独身の若者のライフコースに対する希望を見ると、近年、男女ともに「両立コース」が増え、最多を占めるようになっている(国立社会保障人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」)。この背景には、将来の経済不安といったネガティブな要因もあるが、「女性の社会進出」や「女性の活躍推進」といったポジティブな変化が大きく寄与していると考えられる。

また、未婚化は進行しているものの、18~34歳の独身者の8割以上が結婚を希望しており、結婚の意思がある場合の希望子ども数は平均して約2人である(先の調査によると、男性1.82人、女性1.79人)。

2025年は、女性活躍推進に関する数値目標の到達年として、これまでの成果と課題を見つめ直す節目にあたる。この10年余りで、仕事と家庭の両立環境は着実に前進してきた。冒頭で示したように、女性役員比率や管理職比率は上昇し、男性の育休取得も進んでいる。一方で、意思決定層における女性の登用や、働き方による生涯賃金の格差といった課題も依然として残されている。

次の10年に求められるのは、制度の「有無」から、その「使いやすさ」と「活用後のキャリア」へと視点を転換することである。

企業には、育休取得者のキャリア形成支援や、復職後の柔軟な働き方の選択肢拡大が求められる。本稿の推計が前提とした「すみやかな復職」を実現するには、単なる制度の整備だけでなく、周囲の理解や人事評価の公平性、そして本人が希望するキャリアパスを選べる風土づくりが不可欠である。

同時に、育休取得者の業務を担う同僚への配慮も重要である。業務負担の増加に対する適切な評価や報酬の工夫、人員配置の見直しなど、チーム全体で支え合える体制の構築が求められる。また、非正規雇用者への退職金制度の導入や正規転換の機会提供など、雇用形態による処遇格差の是正も引き続き重要な課題である。

政策面では、保育の質と量の両面での充実、男性の育休取得の実質化、そして管理職層への女性登用を後押しする継続的な支援が期待される。特に、意思決定層における女性比率の向上は、組織文化の変革や次世代のロールモデル形成につながるだろう。

そして何より、働き方の選択が個人の自由意思に基づくものとなるよう、社会全体で多様な生き方を尊重する意識の醸成が求められる。出産・育児と仕事の両立を選ぶ人、専業主婦・主夫を選ぶ人、キャリアを優先する人、それぞれの選択が経済的・社会的にも不利にならない環境づくりこそが、真の意味での「活躍」を支えるものと考える。

将来を担う世代が希望通りに働きながら子育てを実現できるようになれば、少子化の抑制につながり、日本経済のさらなる発展も期待できる。女性の経済力の向上は、個人の選択肢を広げるだけでなく、社会全体の活力を高め、新たな可能性を拓くものである。本稿で示した生涯賃金の推計結果が、一人ひとりの選択と、それを支える環境づくりを考える一助となれば幸いである。

※本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

株式会社 ニッセイ基礎研究所

ニッセイ基礎研究所は、年金・介護等の社会保障、ヘルスケア、ジェロントロジー、国内外の経済・金融問題等を、中立公正な立場で基礎的かつ問題解決型の調査・研究を実施しているシンクタンクです。現在をとりまく問題を解明し、未来のあるべき姿を探求しています。
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