【大使】
国益を左右する外交の最前線で
リーダーシップを発揮する、グローバル人材の理想像
日本を離れる直前、テレビドラマがきっかけで流行した「恋ダンス」を大使館職員らとともにYouTubeで披露して、話題を呼んだ前駐日アメリカ大使のキャロライン・ケネディ氏。外交手腕には賛否両論あったものの、持ち前の発信力で去り際に鮮やかな印象を残したのはさすがだった。大使といえば、赴任先で多くの要人と交流する機会が多く、国によっては家族同伴で社交界に出入りすることもある。しかし、その本分は、華やかなイメージだけでは語れない。任地での大使の一挙手一投足が、自国の行く末を左右するといっても過言ではないのだ。
「国交断絶の一歩手前」を意味する一時帰国、国を代表する重みとは
韓国・釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が新しく設置されたことを受けて、今年1月、日本政府が長嶺安政駐韓日本大使らを一時帰国させる対抗措置に出たことは記憶に新しい。この措置は韓国のみならず、国際社会にも大きな衝撃を与えた。なぜならば、正常な国交、すなわち二国間の外交関係は、互いに相手国を主権国家と認める国家承認を前提として開かれ、外交官で構成される外交使節団の交換を伴うのが通常だからである。外交使節団とは、相手国に在外公館(大使館)を設置し、常時外交任務を果たす国家機関であり、その長として最高の席次を有する大使の“引き上げ”は、一般的に「国交断絶の一歩手前」の厳しい措置と解されるのだ。
大使を派遣する国を「派遣国」、大使を受け入れる国を「接受国」と呼ぶが、現代の外交においては、大使の存在そのものが派遣国と接受国を結ぶ、まさに生命線になっているといっていい。
大使は、正式な名称を「特命全権大使」という。互いに直接会って話す機会が限られている国のトップに代わり、自国の全権代表として条約に調印・署名できるなど大きな権限を持っている。外交関係に関するウィーン条約によると、大使および外交使節団の任務はおもに以下のことから成り、どの国の大使も求められる役割に変わりはない。
- 接受国において派遣国を代表すること
- 接受国において、国際法が認める範囲内で派遣国およびその国民の利益を保護すること
- 接受国の政府と交渉すること
- 接受国における諸事情をすべての適法な手段によって確認し、かつ、これらについて派遣国の政府に報告すること
- 派遣国と接受国との間の友好関係を促進し、かつ、両国の経済上、文化上および科学上の関係を発展させること
もちろん、これらの任務に属する具体的な業務は、大使だけでなく、大使館というチームが一丸となって遂行する。海外の日本大使館であれば、大使は、日本の外交官と現地スタッフ、公邸料理人なども含めた「チームニッポン」をまとめ上げるリーダーでもあるのだ。
ケネディ大使就任で外交儀礼に注目、華やかさの陰で危険や困難も
大使は、派遣国の元首から接受国の元首に対して派遣されるが、先述したウィーン条約4条1項により、派遣国は派遣する者について、接受国から「アグレマン」(合意)を得なければならない。また、派遣の際には、派遣国の元首から託された信任状を、大使が接受国の元首に直接提出する儀式を経て、初めて正式に大使と認められる。これを「信任状捧呈式」という。2013年、女性として初めて駐日アメリカ大使に登用されたキャロライン・ケネディ氏が、オバマ大統領からの信任状を天皇陛下へ手渡すために、馬車に乗って皇居に向かったのを覚えている人も多いだろう。日本においては、信任状捧呈式に臨む各国の駐日大使は、古式ゆかしく馬車で参内するのが慣わしとなっているのだ。
現代でも、外交儀礼にはヨーロッパの貴族文化の伝統が残り、大使を筆頭とする外交官には貴族的な趣味・教養も求められる。そうした背景から、大使というと、世界を舞台に活躍する華やかなイメージが強いが、実際は地道な仕事が多く、しかも派遣先によっては、紛争やテロなど国内では考えられない危険や困難もつきまとう。紛争地域だけではない。
2012年9月、日本政府による尖閣諸島国有化を受けて、中国で反日デモが拡大した際には、日中国交正常化以降最大規模となる約2万人のデモ隊が北京の日本大使館を取り囲み、規制の鉄柵を突破して投石に及ぶなど暴徒化した。大使を長とする大使館は、その国の代表であるがゆえに、“完全アウェー”の下で批判や不満の矢面に立たされやすいのである。
また、日本人がほとんど住んでいないような小国では、大使館で働く日本人の振る舞いが、そのまま日本人の実像と受けとられることもある。大使の仕事は、国を代表する覚悟と気概がなければ、到底務まらない。その重責を誇りと思える人ほど適性が高く、国益に資する外交の最前線でリーダーシップを発揮できることに大きなやりがいを感じられるだろう。
必要な能力としては、外国の政府と直接交渉にあたる以上、高い語学力が求められることは論をまたない。さらに近年は、派遣先の人々の自国に対する理解と関心を深め、国のイメージアップに資するような情報発信力も重要な資質となっている。たとえば、東日本大震災の後、日本からの食品輸入の規制を世界で最初に全面撤廃した国はカナダだったが、この決断には、震災直後から連日現地のメディアに出て、事実関係の説明に努めていた当時の在カナダ大使の尽力が功を奏したという(日本テレビ「NEWS ZERO」13年11月18日放送より)。
17世紀のイギリスの外交官ウォットンは、大使を「自国の利益のために、外国で嘘をつくために派遣される誠実な人間」と語ったが、グローバル化が進んだ現在の国際社会では、そうしたスタンスは通用しない。大使にはむしろ、自国の利益だけでなく相手国の、ひいては世界全体の平和と発展にも貢献できるような大局観に基づく判断力、異文化への理解、強く柔軟な交渉能力などが求められる。グローバル人財の理想像と言い換えてもいいだろう。
“キャリア官僚”の道は険しいが、収入面ではアベノミクス万歳!?
大使は、外務大臣の推薦を受けて内閣が決定、天皇により認証される。先述のケネディ氏のように、アメリカでは政治経験のない民間人が登用されることも珍しくなく、日本でも近年、伊藤忠商事の相談役だった丹羽宇一郎氏が在中国大使に就任するなど民間人大使の起用が散見されるが、基本的には外務省職員からの任命が大多数を占めている。したがって、大使になるにはまず国家公務員採用総合職試験に合格して外務省に入省し、いわゆる“キャリア外交官”の道を目指すことになる。外交官の幹部候補として期待される総合職の採用人数は例年30名にも満たない。東大、京大、難関私大の法学部出身者がひしめく、極めて狭き門である。
大使の給料の額は、国の規定する「特別職の職員の給与に関する法律」で定められており、これは民間人大使も変わらない。主要国に駐在する大使の本給は14年4月に増額され、年間1791万円にアップした。加えて、同年3月に在外公館設置法が改正され、本給とは別に支給される「在勤基本手当」も、円安で生活が苦しくなる」という理由から毎月100万円程度まで引き上げられた。アベノミクスの恩恵というべきだろう。ほかにも、在勤基本手当の20%と決められている配偶者手当や子女教育手当などが支給され、大使をはじめとする外交官の海外赴任時の年収は国内勤務の約2倍になるという。
この仕事のポイント
やりがい | 国益に資する外交の最前線でリーダーシップを発揮できる |
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就く方法 | 国家公務員採用総合職試験に合格して外務省に入省するそれまでの経歴から、民間から起用されることもまれにはある |
必要な適性・能力 | 高い語学力 派遣先で自国に対する理解を深めてもらう情報発信力 自国・相手国、ひいては世界全体の平和と発展にも貢献できるような大局観に基づく判断力、異文化への理解、強く柔軟な交渉能力 国を代表する覚悟と気概があり、その重責を誇りと思える意思力 |
収入 | 年間1791万円の他、本給とは別に支給される毎月100万円程度の「在勤基本手当」、配偶者手当や子女教育手当など |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。