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あの仕事の「ヒト」と「カネ」

【スピーチライター】
米国では人気も、日本ではまだまだ
リーダーの“言葉”を操る名参謀

「バイ マイ アベノミクス」「ジャパン イズ バック」「汚染水は完全にコントロールされている」――。これらの“決めゼリフ”を語ってスピーチを行ったのは、もちろん安倍晋三首相だが、言葉そのものを生み出したのは、スピーチの原稿を代筆した首相のスピーチライターである。社会に変革が起こるとき、そこには必ず、人々の心に“刺さる”リーダーのスピーチがあった。言葉の力を使って、世界を動かす“影”のキーパーソンの仕事に光をあててみよう。

脚光を浴びる黒子役――政治を動かす、ビジネスを変える

スピーチライターはもともと“存在しない”職業だった。厳密に言うと、“実際はいるのに、いないことにされる”黒子役だった。スピーチ原稿を代筆するという仕事には、いわゆるゴーストライターの側面があり、しかもその原稿を自らの言葉として発するのは、影響力の大きい各界のリーダーである。だからこそ、その存在は固く伏せられなければならなかったのだ。

スピーチライターの仕事が初めて公的になったのは、米国第35代大統領ジョン・F・ケネディの特別顧問を務めたセオドア・C・ソレンセンの活躍――とくに「国家があなたのために何をするかではなく、あなたが国家のために何ができるかを問いたまえ」のフレーズで有名な就任演説を起草した功績が大々的に報じられたことによる。2008年には、オバマ大統領に抜擢された弱冠27歳のジョン・ファブローが、“YES, We Can”のスローガンでブームを巻き起こし、職業としてのスピーチライターの知名度を一躍高めた。

スピーチライター イメージphoto

世界を動かす「決めゼリフ」の陰に、
スピーチライターの存在がある

ファブローらの活躍を受けて、日本でも09年には、当時の鳩山由紀夫首相が松井孝治内閣官房副長官と劇作家・演出家の平田オリザ氏をスピーチライターとして起用、話題を呼んだ。その後、菅直人、野田佳彦両首相の下では元アナウンサーの下村健一氏が、現政権では経済誌記者出身の内閣官房参与・谷口智彦氏がスピーチライターとして活躍している。注目を集めた前出の安倍首相の“決めゼリフ”も谷口氏が生み出したものだ。

とはいえ、日本ではまだまだ、スピーチライターは一般的な仕事とはいいがたい。その点、米国ではすでに職業として広く認知され、他の職業と同じように、求人募集も頻繁に出回っている。スピーチライターには、政治を専門とする政治系スピーチライターと、企業トップなどの発信をサポートするビジネス系スピーチライターの二種類があり、米国では後者を活用する企業が非常に多い。黒子であっても、需要が大きいので、なり手も多いのだ。

日本企業では、トップのスピーチ原稿はたいてい社内の広報担当者が代筆する。外部スタッフを頼む場合も、PR関連のコンサルタントが業務の一環として請け負うケースがほとんどだろう。自らもスピーチライターとして活動し、15年1月に著書『スピーチライター』を出版した蔭山洋介氏によると、現在、日本でスピーチライターの肩書を使い、独立して活動している人は「おそらく片手で足りる程度」しかいないという。

原稿を書くことよりも大切なスピーチライターの仕事とは

民主主義国家なら、政治の世界でスピーチ能力が重んじられるのは当然だが、それが近年、ビジネスリーダーにも求められるようになったのはなぜなのか。変化の激しい経営環境では、いかに人を動かすか、リーダーの影響力が組織の明暗を分ける。目指すべきビジョンを語り、戦略を説くスピーチの効果は、その影響力の源泉なのだ。とりわけバブル経済崩壊以降の日本企業においては、終身雇用など家族的な経営スタイルが崩れ、職場の人間関係が希薄化した。組織としての一体感や求心力が保ちにくい時代だからこそ、人を動かすリーダーの言葉の力が試されるのだろう。顧客やマーケットも当然、新製品発表会や決算報告などでの企業トップのスピーチに耳を澄ませている。

スピーチライター イメージphoto

魅力的なスピーチを作り出すには、
情報収集力も必須

しかし多忙を極めるリーダーに、スピーチ原稿を自ら練り上げる時間などあるはずがない。また、文章表現や言葉の伝え方に関する専門知識を備えた人材を、社内に求めるのも容易ではないだろう。そこで、スピーチライターの出番だが、スピーチライターの役割は単に原稿を書くだけではなく、むしろ書くことよりも大切な仕事があると前出の蔭山氏は言う。それはリーダーに何を語ってもらうか――スピーチに盛り込むべき情報や話題を集めることである。そのために、政治系スピーチライターなら関係省庁やリーダーの側近と、ビジネス系なら社長秘書や広報担当などと緊密に連携しながら、“使える”情報を仕入れ、臨機応変に内容を調整していかなければならない。文才はあって当たり前。それ以上にコミュニケーション能力や情報収集力、調整力を求められるのが、スピーチライターの難しさである。

また、スピーチはあくまでもリーダー自身が直接語る言葉なので、原稿を作る際、スピーチライターはあえてすべてを文字化せず、アウトライン程度にとどめる。それをもとに話し手と打ち合わせを重ね、話し手のなじみのある言い回しやリズムなどを取り入れながら、時にはスピーチの手本を披露して見せるなどして内容を練り上げていくのだ。話し方や発声、表情、身振り手振り、服装などの指導も行う。表現力や指導力、総合的な演出やプロデュースの素養まで持ち合わせていなければ、一流のスピーチライターとしての活躍は難しい。

前出の蔭山氏の著書『スピーチライター』の副題はズバリ、「言葉で世界を変える仕事」。本の帯文には「世界を動かす“影”の職業」と記されている。こうした役回りやポジションにやりがいを感じる人ならば、適性は大いにあるといっていいだろう。

年収2000万円!? 日本でもビジネス需要が広がれば……

ただし、スピーチライターを職業にするための具体的な進路やキャリアパスは、残念ながら日本ではまだ確立されていないのが実情である。いま国内で活動しているスピーチライターも、ほとんどがマスコミや演劇など他分野の経験者で、直接この道を志したケースは皆無といっていい。一方、スピーチライターが職業として定着している米国では、古くから表現や話し方に関する教育が各年代を通じて徹底されており、大学にはスピーチライターを目指す学生向けの専門課程も用意されているほどだ。

先述したとおり、米国では企業による需要が安定しているため、収入面もそれなりの金額が望める。一般的なレベルのスピーチライターで600万円程度。なかには年収2000万円、あるいはスピーチ一本の原稿料が400万円超といった売れっ子もいるという。はたして日本での、職業としての将来性はどうだろうか。

14年1月に、電通パブリックリレーションズが上場企業479社を対象に行った「第1回企業の広報活動に関する調査」によると、「トップのメッセージを専門的に作成する社内外の体制がある」と答えた企業の割合は23.4%。全体の4分の1しかスピーチライティングの体制を構築していないことがわかったが、広報活動に積極的な先進企業73社にかぎって集計すると、回答率は7割近くまで跳ね上がった。こうした動きが企業社会全体に広がれば、日本にも、スピーチライターの活躍できる土壌が育まれていくに違いない。

この仕事のポイント
やりがい 各界のリーダーの影の存在として、言葉で世界を動かせること
就く方法 米国では大学の専門課程もあるが、日本ではまだその道は確立されておらず、マスコミや演劇などの他分野で活躍してからの転身。または、企業の広報部門に所属して技術を磨く
必要な適性・能力 文才だけでなく、コミュニケーション能力や情報収集力、調整力。スピーチを指導する、表現力や指導力、総合的な演出やプロデュースの素養
収入 米国では 年収600万~2000万円台

※本内容は2015年8月現在のものです。

 


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