マタハラ防止措置義務化。人事が知っておくべきポイントとは?
西村あさひ法律事務所 弁護士
塚本健夫さん
マタハラを引き起こさないためには
私は、「先回りの一方的な配慮はマタハラになる可能性が高い、本人が言い出してから対応しても間に合う場合がほとんどです」とセミナーで説明しています。
本人がまだ仕事ができると考えているのに、難易度の低い軽作業に異動させられることで、「マタハラを受けている」と感じる場合もありますし、本人はつらくて仕事ができないのに、残業させられると「マタハラを受けている」と感じる場合もあるでしょう。いずれにしても、本人の希望をよく聞く必要があるということです。
配慮か強要かは、裁判でも争われ得るところなので、個室で言われたのか、平場で言われたのか、個別に呼び出されていろいろ注意されたうえで言われたのか、つらそうにしているときに言われたのかなど、詳細な事実関係を確認した上で判断する必要があります。ちなみに、ハラスメント事案における事実関係を調べるときは、ハラスメントの窓口の人に会社内の状況を双方に聞いて調査してもらうことがほとんどですが、弁護士が直接聞く場合もあります。
なお、客観的に見て妊婦の体調が悪い場合に業務量の調整を行うことは、企業に課せられている安全配慮義務の観点からも重要であり、マタハラには当たらないとされています。
客観的に体調が悪いといえるのは、どのような場合でしょうか。
分かりやすいのは、医師による診断書が出された場合です。また、母性健康管理指導事項連絡カード(主治医などから受けた勤務時間や休業についての指導事項を、妊婦である女性労働者から事業主へ的確に伝えるためのカード)が提出された場合も、客観的に体調が悪いといえるでしょう。
このカードは診断書の代わりになりますし、通常だと診断書よりも安く作ってもらえるので、妊婦の方は積極的に活用した方がいいですね。ところで、妊娠を機に「役職を任せられない」として降格したり、人事評価を低くしたりした場合はどうなるのでしょうか。
妊娠出産にまつわるライフイベントの1年以内に起きた降格などの措置は、原則としてマタハラとなります。どのような人事評価を行えばいいのかは悩ましいところですが、個人的には、前年度の評価を据え置くというのが一つの方法だと思います。要するに、産休や育休をとることを踏みとどまらせてしまうような制度になっていないことが重要なのです。
最後に、企業側の立場も担当する弁護士として、今回の法律についてご意見があればお聞かせください。
マタハラ防止措置義務が法的義務として課せられることにより、会社側が動き、従業員にも「マタハラはしてはならない」との認識が広まることは間違いないと思います。ただ、企業風土が変わるには時間がかかります。日本では「育休は女性がとるものである」との意識が依然として強い。しかし女性だけに負担がいくと、育児と仕事の両立が難しくなり、女性側はキャリアを諦めざるをえません。今まであった社会的な構造も、解消されないでしょう。
マタハラは女性のみを対象とするものではなく、男性に対しても成立します。パタハラ(パタニティー・ハラスメント)と呼ばれることもありますが、厚労省のパンフレットにも、「男のくせに育休をとるなんてありえない」などと言うことは、ハラスメントに当たるとされています。女性だけに育児の負担が集中することのないよう、男性も育児参加できるような会社作りと意識改革が望ましいと、個人的には思います。
長時間労働が、男性の育児参加を困難にしているという指摘もあります。企業に対して過度の負担になるといけませんが、長時間労働問題の解消と合わせ、労働環境と企業の成長をどう結び付けて、どうバランスをとるのか、より研究が進むことが望まれます。
マタハラについて、罰則を定めることも考えられますが、長時間労働の問題のように、罰則があったとしても、それが守られない事態も発生するでしょう。その場合、良い取り組みをしている企業に、社会保険料の優遇や、減税措置をとるなどできれば、企業側もモチベーションを保てるだろうと思います。くるみん認定企業(子育てサポート企業として認定を受けた企業)には税制での優遇がありますが、今回のマタハラ防止措置義務とは、直接は連動していません。良い取り組みをした企業にインセンティブを与えるような制度が導入されることが望まれます。
取材:小酒部さやか(株式会社natural rights 代表取締役)
2014年7月自身の経験からマタハラ問題に取り組むためNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞し、ミシェル・オバマ大統領夫人と対談。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より『マタハラ問題』、11月花伝社より『ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~』を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rights(自然な権利)となるよう講演・企業研修などの活動を行っており、Yahooニュースにも情報を配信している。
ライター:水野宏信/カメラマン:村上岳