学ぶことも業務――就業時間内の受講、評価制度との連動
ポラスが学びの文化を醸成した企業内大学の仕組みとは
ポラス株式会社 人事部長
石田 茂さん

2019年、ポラス株式会社は全従業員を対象とした企業内大学「ポラスアカデミー」を開校しました。受講は原則「勤務時間内」で、単位取得を義務付ける必修科目があります。評価制度と連動させるなど、ある種の“強制力”を伴ったこの施策。その背景には、過去の成功体験に縛られてしまい変化に適応できなくなる危機感と、働き方改革によって「育成の余白」が失われてしまった実態がありました。キャリア自律の重要性が叫ばれる中、「教育の場を提供するのは企業の責任」と話す同社人事部長の石田茂さんに、ポラスアカデミー設置の背景や狙いについて聞きました。

- 石田 茂さん
- ポラス株式会社 人事部長
いしだ・しげる/1996年ポラスグループへ入社し、以降一貫して29年間人事に携わり、2013年に人事部長に就任し現在に至る。過去複数のグループ関連会社設立に関与し、国内プレカット木材最大手のポラテック株式会社監査役を兼任。グループ全人事機能を主管し、制度・政策企画を得意としつつ企業カルチャーづくりに重きを置く。ライフワークとして、複数の異業種交流会や各種セミナーなどを20年以上に渡り企画・主催しており、日本最大規模の大手企業人事トップコミュニティである「人語会」の代表を務める。その他、多数のメディア取材を通して思考や取り組みが紹介されている。
安定が生んだ「経路依存性」への危機感と、働き方改革の副作用
2019年に企業内大学「ポラスアカデミー」を開校しました。アカデミー設立に至った背景をお聞かせいただけますでしょうか。
ポラスは創業以来、「地域文化、暮らし文化の価値の創造」というパーパスを掲げ、営利追求だけでなく、地域への貢献を真摯に実践してきました。私が30年近くこの会社に勤め続けている理由も、実直な姿勢に共感しているからです。
ある程度経営が安定し、組織としての「最適化と標準化」が進んだ結果、強固な組織力が生まれた一方で、管理型のマネジメントにシフトしすぎてしまった側面がありました。決められた計画を粛々と実行して結果を出す。これは強みである反面、過去の成功体験から抜け出せなくなる「経路依存性」に陥ってしまうのではないか、という危機感を抱くようになりました。
ビジネスを取り巻く環境が大きく変化する中、ただ目の前の仕事をこなすだけでなく、自ら変化を起こし、プラスアルファの価値を生み出せる組織へと脱皮しなければならない。これまで築き上げたものを生かしつつ変化に適応するためには、新しい刺激と学びが必要だと考えました。
「働き方改革」による影響も、アカデミー設立に至った理由の一つです。当社は2015年、労働時間を大幅に短縮する改革を行いました。それまでの住宅・不動産業界では、たとえばお客さまの仕事が終わってから、夜に商談を行うことが珍しくありませんでした。深夜までの残業が常態化していたことを看過できず、夜8時にパソコンを強制的にシャットダウンし、翌朝8時までは一切使えないというルールを一斉に導入しました。
数年かけて徐々に労働環境を改善することも考えましたが、「一気にやらなければ変わらない」と判断しました。ただ、あまりに強引すぎたのかもしれません。現場からは、「業績が落ちてしまう」「顧客から見放される」といった、悲鳴に近い声や大きな反発が噴出しました。
結果として、社員が懸念したような業績の低下は起きませんでした。限られた時間の中で成果を出そうと、社員が必死に工夫し、生産性が向上したからです。「やればできるじゃないか」という自信になりましたが、一方で大きな弊害も生まれました。それは、「育成のための余白」が消滅してしまったことです。
生産性向上の裏側で、人材育成の土壌が痩せてしまったわけですね。
以前は、たとえば休憩中に先輩と後輩が雑談したり、先輩が時間を気にせず後輩の商談に同行したりする中で、仕事の機微やマインドが伝承されていました。いわゆる「薫陶」を受ける時間です。働き方改革により業務時間が厳格に制限され、効率が最優先されるようになると、「見て覚えろ」という余裕もなければ、手取り足取り教える時間もなくなってしまいました。その結果、「若手の放置」という問題が顕在化したのです。
かつてのように先輩が面倒を見られなくなったことで、若手が育たないまま辞めてしまったり、生産性が低いまま滞留してしまったりするリスクが浮かび上がりました。人手不足が深刻化する中で、一人ひとりの戦力化は待ったなしの課題です。
限られた時間で成果を出すことが求められると、社員それぞれの実力差が如実に出ます。実力主義と言えばそれまでですが、「果たして会社に教育システムがあると言えるのか」と疑問を抱きました。現場のOJT機能が低下し、かつての徒弟制度的な育成が機能しなくなった以上、自助努力や現場任せにするのではなく、企業が責任を持って体系的な教育の場を提供しなければならない。そう強く感じたのです。
そして、創業50周年という節目に合わせて2019年に開校したのが「ポラスアカデミー」です。単なる福利厚生としての研修ではなく、組織課題を解決し、企業の持続的な成長を支えるための必然的な打ち手でした。

なぜ「勤務時間内」「必修科目の単位制」なのか?
ポラスアカデミーは原則として「勤務時間内」に受講させるスタイルを取っていますが、どのような狙いがあるのでしょうか。
eラーニングなどの外部サービスを導入しても、実際に学ぶのは意識の高い一部の層に限られてしまい、本当に学んでほしい層は自ら進んで学ぼうとしない、というのはよく聞く現象です。組織全体の底上げを図るため、全員に学びを行き渡らせたい、「全社員ごと化」したいと考え、「学ぶことは業務である」と定義し、就業時間中にしか受けられない仕組みにしました。
当社は30年以上、大工を育成する職業能力開発校を運営しています。そこでは工業高校などを卒業した社員が、給料を受け取りながら1年間で約1400時間の座学のほか実技訓練にいそしんでいます。つまり、もともと「技術の習得は業務である」という土壌があったのです。本来、企業のリスキリングとはそうあるべきだと思います。
就業時間外に個人のスマートフォンで動画を視聴させるのではなく、企業が投資として時間と金銭を負担するべきだと考えました。時短勤務の社員でも受講できるよう、コアタイムに講座を設定し、リアルタイムでの受講を原則としています。「後で見ればいい」と思わないよう、基本的に録画配信はしません。
カリキュラムはどのような構成になっているのでしょうか。
「必修科目」と「選択科目」に分かれています。必修科目は職種ごとに必要な専門知識やスキルを学ぶもので、例えば建築部門なら建築士が教える構造や法規制、営業部門なら自社商品の特徴や折衝スキルなどを学びます。一般的な社外セミナーは「受講」がゴールとなっていますが、受けて終わりではなく、社員の成長に直結させるため、ポラスアカデミーでは受講後に修了テストに合格し「単位を取得すること」を求めます。
必修科目は必ず受講し、単位を取得しなければなりません。また、3年ごとに再受講して更新する必要があります。一度学んだ知識やスキルを継続的にアップデートするためです。
一方、選択科目は視野を広げるためのリベラルアーツ的な位置づけです。大学教授ら外部講師を招いての講義が中心で、金融や経済学、メディア・情報発信の講座、対人トレーニングなど、業務に直結しなくとも人間力を高めるような講座も用意しています。
現在は165の講座やカリキュラムを展開しており、内製と外部講師の割合は7対3を目安にしています。なるべく内製化しているのは、現場のノウハウを持っているリーダーやマネジャーに登壇してもらうことで、実践的な知見を体系化・可視化するとともに、教える側の成長も促したいから。また、外部サービスを導入すると、その費用はコストになりますが、内製化することで、「投資としての人件費」と捉えています。
必修科目の受講を、人事制度とどのように連動させているのでしょうか。
必修科目の修了を昇格要件にしています。昇格面接の中でも私が必ず受講履歴をチェックし、「学ぶことは義務である」というメッセージを唱え続けています。また、個人の評価だけでなく、「組織評価」の加点要素にもしています。部下が単位を取得すれば、組織の点数が上がり、上司の評価にもつながる。管理職は他人事とせず、自部署のメンバーがどれくらいの単位を取得しているかを気に掛かけるようになるでしょう。上司が部下に「ポラスアカデミーを受講してこい」と背中を押すインセンティブとして設計しました。
現場の反発を乗り越える地道な活動
就業時間中に研修を受けるとなると、現場からは「業務で忙しい」といった反発があるのではないでしょうか。
当初は大きな反発がありました。たとえば、5人の営業所でそのうち3人が業務時間内にパソコンに向かって勉強しているようなケース。「仕事にならない」といった声が、日常的に人事部に届いていました。定年退職が近い社員からは「もう少しで定年なのに、私もこれを受けなければならないのか」という問い合わせもありました。
そうした反発に対して、どのように対応されたのですか。
クレームの一つひとつに対して、逃げずに丁寧に対応しました。「今やらないと、将来もっと苦しくなりますよ」「70歳まで働く時代じゃないですか。まだまだ現役ですよ。受けて当たり前でしょう」と、時にはなだめ、時には毅然と説得し続けました。
「人事は現場を知らない」と言われることもありましたが、そこで引いてはいけません。人事のメンバーが一丸になって、現場の不満を受け止めつつ、施策の意図を辛抱強く伝え続けました。
そうした地道な活動を続けるうち、次第に空気が変わってきました。現場で「ポラアカ(ポラスアカデミーの略称)」という言葉が自然と飛び交うようになり、学習することが日常化していったのです。
トップダウンの号令だけでなく、現場との対話をやり切ったことが大きいのですね。
トップからの発信も強力な後押しになりました。社長が取締役会などの場で「学ぶことの重要性」を繰り返し説き、経理部門からは「人材開発への投資は税制優遇の対象になる」といったメリットを経営層にインプットしてもらうなど、全方位から「学びのカルチャー」を醸成するための楔(くさび)を打ち込み続けました。
人事施策というのは、きれいな制度を描いて終わりではありません。変革期においては、現場の慣習や抵抗勢力に負けずに、泥臭くやり続ける覚悟が必要です。「現場の反発に負けるような人事は、人事ではない」。それくらいの気概を持って取り組んできました。

人事部門が「一枚岩」であることも重要だと感じます。
その通りです。トップが旗を振っても、後ろを振り向いたら誰もいない、なんてこともあり得ます。現場と対峙する人事メンバーが腹落ちしていなければ、言葉に力が宿りません。アカデミー導入時、社内講師をお願いするのも大変でした。ただでさえ忙しいリーダーに「テキストを作って講師をやってほしい」と頼むわけですから、「時間がない」と断られます。それでも人事担当者が食い下がって、「あなたの持っているノウハウを可視化することが会社のためになる」と説得して回りました。
「なぜこれをやるのか」という思いを人事部門全体で共有し、同じ熱量で現場に語りかけられるかどうかが、施策の成否を分けます。当社の人事部メンバーは、私と同じ熱量で動いてくれていました。
「キャリア自律」という言葉の危うさと、「地図よりコンパス」
ポラスアカデミーが定着してきた今、次なるテーマとして「キャリア自律」をどのように捉えていますか。
「キャリア自律」という言葉は、慎重に扱うべきだと思っています。準備ができていない社員に対して、いきなり「自律しなさい」と突き放すのは、ある種の「キャリアハラスメント(キャリハラ)」になりかねません。「自律」という言葉は、伝え方を間違えれば「会社はもう面倒を見ないから、自分でなんとかしろ」という責任放棄にも聞こえてしまいます。今まで会社主導でキャリアを決めることが当然だったのに、急に「あなたはどうしたい?」と問われても、社員は戸惑うばかりです。
私たちが若い頃は、「出世して、良い車に乗って、家を建てる」という、わかりやすい成功パターンが共通認識としてありました。今はもう、一つの正解がある時代ではありません。「成功パターンがない中で、いきなり自律しろと言われても困る」と感じてしまうのも無理はありません。「好きにしていいよ」と言われることは、自由である反面、道しるべがないと不安にもつながります。入社したばかりで右も左もわからない社員に「どうしたいの?」と問い続けることは、酷な場合もあるのです。
そうした状況に対して、どのようなアプローチをとっているのでしょうか。
私たちは「地図よりコンパスを持とう」というメッセージを発信しています。変化の激しい時代において、正確なキャリアの地図を描くことは難しいかもしれない。しかし、進むべき方角を示すコンパスなら持てるはずです。そのコンパスを、上司と部下が対話しながら一緒に探す。企業としてある程度のメニューや選択肢を用意した上で、「この中から選んでみよう」と手を差し伸べ、徐々に主体性を引き出していくアプローチが現実的だと考えています。
上司であるマネジャー層への支援も重要ですね。
プレイングマネジャーとして業務過多に陥っているマネジャー層に、「部下のキャリア開発を支援してください」「1on1もお願いします」と言うのは、物理的にも精神的にも限界があります。疲弊している上司の下で、キャリア自律など育つはずがありません。
そこで、マネジャーの上司にあたる事業トップや部長層を巻き込んだ改革を進めています。部下の育成をマネジャー任せにするのではなく、事業トップや部長も一緒になって考え、マネジャーの業務負荷を軽減しながら、組織全体で心理的安全性や「学習安全性」を担保する。そうした環境づくりなしに、キャリア自律は根付きません。
今後のポラスアカデミーの展望をお聞かせください。
「ポラアカ」という言葉が広がっているように、“学びの文化”は浸透しつつあります。ただ、自由意志で選択する選択科目の受講者増加には課題を感じています。ミドル・シニア層への働きかけも強化していきたいと思います。
今後は少しずつ選択の幅を広げ、社員自身が選ぶ要素を増やしていくフェーズに入ろうとしています。たとえば、必修科目を固定せず、ある範囲から社員が講座を選択する方式や、各社員に合ったカリキュラムを現場ごとに選ぶ方式です。オンデマンド配信も少しずつ取り入れていこうと検討しています。
また、アカデミーで学んだことをキャリアに紐づけられる体制づくりも必要です。受講履歴をはじめ、スキルや経験などを可視化し、部門を超えて共有する仕組みを整えつつあります。「人材発掘・育成分科会」を立ち上げ、各事業部門のトップや管理部門長が集まって、タレントレビューを行う場を設けました。これまでは人材情報が縦割りの組織の中で閉ざされがちでしたが、これからは「隣の部署にこんな面白い人材がいる」「こんなスキルを持っているのだから、あのプロジェクトにアサインしてみよう」といった議論を活性化させたいですね。
本人の学びが実際のキャリア機会につながるようなサイクルをつくる一環として、「ジョブフォーラム」という取り組みを始めました。各事業部門のトップが、自らの部門の仕事内容や魅力を全社員に向けてプレゼンする、というものです。お昼休みに2部門ずつリレー形式で開催し、アーカイブでも見られるようにしました。「この事業部門にはこんな仕事がある」という発見を促し、社内公募や異動のきっかけにしてもらう狙いです。
人事部に求められる「やり抜く強さ」
お話を伺っていると、石田さんご自身が、変化を恐れずに現場と向き合い続けている姿勢が印象的です。社内に学びの文化を根付かせようと取り組む人事担当者にメッセージをお願いします。
何か一つの施策だけで社内の文化を醸成するのは難しいと思います。ポラスアカデミーは評価制度と関連付けました。また、ボトムアップで湧き上がってくるのを待っていると、世の中の変化についていけないので、トップからの情報発信も欠かせません。その際、現場からの反発もあれば、経営と現場の板挟みになることもあります。人事部には、そこでひるまず、「会社を良くするためにはこれが必要だ」と信じ、施策をやり抜く強さが求められます。
CHROや人事部長という肩書に関係なく、組織に対して当事者意識を持ち、汗をかけるかどうか。そして、思いを共有できる仲間とともに、人事部が一枚岩となれるかが問われます。リスキリングもキャリア自律も、流行の言葉に踊らされるのではなく、自社の文脈に合わせて翻訳し、泥臭く定着させていく。それができるのは、現場を知る人事だけです。

(取材:2025年12月5日)
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