昨今の益々厳しくなる経営環境、激しさを増す企業間競争を乗り越えていくために、企業には、「組織・チームの活性化」「職場の一体感強化」が求められています。
そのようなチームビルディングを実現するための効果的な手法として、非日常の場での体験をベースにした、「体験型ワークショップ」が注目を集めています。
「体験型ワークショップ」は、「受講者自らの体験をベースにするため多くの内発的な気づきが得られる」「体と五感に訴える共通体験が鮮烈な印象と記憶を残し気づきの定着を促す」「受講者同士の対話を促すワークショップを通じて組織・チームに直接働きかけることができる」など多くのメリットがあげられます。しかしながら、「体験しないと分からない」「遊びの要素が強そう」「非日常な手法でイメージがわかない」といった特性が強いため、人事として自社で導入を決断するまでの障壁が高いのが、現実ではないでしょうか?
そこで、私たち『日本の人事部』では、魅力ある「体験型ワークショップ」をもっと多くの方々に知ってもらいたいという思いから、(株)リンクイベントプロデュース協賛による企画を考案。 『フラッグフットボール・ワークショップ~このチームが伝説になる~フラッグフットボールで個が目覚め、ワールドカフェでチームの礎を創る』というテーマで参加企業を募集したところ、トレンドマイクロ社に興味を持っていただきました。本レポートでは、同社が実際に(株)リンクイベントプロデュースの体験型ワークショップに取り組まれた模様をご報告いたします。
実施の狙い
インターネットを安心して使えるように、安全な情報社会を実現するソリューションを提供しているのがトレンドマイクロです。「コアバリュー」3Citという企業理念の下、絶え間ない革新に取り組んでいます。
3Citは社員の日常業務の基盤となっていますが、行動に移されてこそ価値があるもの。同社が社員教育に力を入れているのもそのためです。人事総務本部人事部シニアスペシャリストの坂本修司さんは、本ワークショップに期待する成果を次のように語ってくれました。
「部門に配属後、初期段階での新入社員に対するコミュニケーションの良し悪しは、新入社員のその後のパフォーマンスに大きな影響を及ぼします。OJTでは、業務知識にフォーカスしたトレーニングはしっかりと実施されますが、トレーナーとのホットラインを活かした組織適応は灯台下暗しになりがちでした。OJTのペアとなって1ヵ月足らずですが、まだまだ“知り合った”だけという関係性。これでは3Cit は体現できません。言い換えれば、トレーナーとトレーニーが「会社から任命されたからペアを組んでいる」という状態です。
弊社では、マネジメント2.0*のコンセプトをベースに、社員が役割関係だけでなく、お互いの個性や人間味でつながりを持ち、いきいきと働くことができる組織でありたいと考えています。
トレーナーとトレーニーの関係性においても、お互いが早期に持ち味を発揮しながらパフォーマンス向上を目指せるように人事部として支援したいと考えていました。 そこで今年は、仕事から少し距離を置いた環境下でワークショップを行い、普段とは異なる文脈でコミュニケーションを深めることで、トレーナーとトレーニーはもちろん、トレーナー同士のチームビルディングを図ることにしました」
マネジメント2.0とは
ハーバードビジネスレビュー(2009年4月号)に掲載されているマネジメント・イノベーションに関する論文です。トレンドマイクロでは、2009年よりマネジメント・イノベーションという名称で、全社的に仕事の進め方、マネジメントのあり方について再考し、人事諸制度の見直しのみならず、組織編成、地域間・部署間のコミュニケーション、人材育成、キャリア開発、働き方そのものを包括的に組み立て直す活動を継続的に行なっています。この活動におけるキー・コンセプトとして、ゲイリー・ハメル ミシガン大教授が提唱するマネジメント2.0* の以下の考え方を採用しています。
- いかに社員のポテンシャルを見出し、制約条件を取り除き、活躍の場を与えるか?
- いかに社員の情熱を引き出すのか?
- いかに社員がより俯瞰的な視点で物事を見る事が出来るようにするか?
2年ほど前にゲイリー・ハメルの呼びかけで、アメリカで人材マネジメントの大きな会議が開かれました。そこで提唱されたのが「マネジメント2.0」という考え方です。世界トップクラスの経営学者たちが導き出したのは、「これからは人間味あふれる組織が大切だ」ということ。心の通い合う信頼関係に満ちた職場環境の大切さを説いています。また人材を活かせない場合、悪いのは組織であって人ではない。元々人間は主体的に動くし、創造性ももっており、情熱を傾けて仕事をしたいと思っている。組織がそれを妨げずに本人のもっている力を解き放つことが大切だ、
という事も指摘しています。
(出典:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2009年4月号)
- ワークショップ実施の狙い
- 【1】トレーナー・トレーニーのチームビルディング
- 【2】トレーナー同士のチームビルディング
- 【3】メンバー間のコミュニケーション活性化
スポーツを通して仲間意識を醸成し、心理的距離を縮めていく。日常を離れたコミュニケーションによって相互理解を深め、よりコミュニケーションを活性化していく。さらには、参加したOJTトレーナー同士が意見交換などを交えて、関係性を強固なものとしていく――。こうしたチームビルディングの強化を狙って、今回のワークショップ実施が決定しました。なお、このようなスタイルのワークショップを新入社員教育プログラムの中に取り入れるのは、初めての試みだそうです
ステップ | チームビルディングを「体感」する | チームビルディングについて「ダイアログ」する |
---|---|---|
狙い | チームの中での相対的な個の強みを見出す | チームの礎を創る |
概要 | チームの共通の目的設定を行い、個々人の強みを共有する。 PDCAサイクルを繰り返しながら、チームビルディングを実践。 |
チームビルディングの実践から得た観点を、全員で統合する。 |
形式 | フラッグフットボール | ワールド・カフェ |
「フラッグフットボール」を体感!「ワールドカフェ」で対話!
オリエンテーション
当日の気温は30度近く、立っているだけでも汗が出る夏日となりました。普段とは違うメンバーの姿に見慣れないまま、オリエンテーション開始。人事部の坂本さんが今回の研修の目的(チームワークの意識、チームビルディングの体感)を説明した後、講師陣からプログラムの説明がありましたが、参加者の多くはまだ緊張した面持ちです。
プログラムの詳細はこちらウォーミングアップ
参加者からは、「何をやるんだろう」という不安の声も聞こえてきます。久々の運動とあって、女性陣の表情が硬い印象です。そんな中、早速ウォーミングアップを開始し、フラッグを装着。
ウォーキング、しっぽとり、3対1ランゲーム、3対3ミニゲームを行っていく中で、徐々に体がほぐれてきました。ウォーミングアップのゲームとはいえ、皆の顔つきが変わり始めます。
皆、ゲームのコツが少しずつ分かってきたようです。1対1から3対3になることで、戦略の重要性が増すことを実感。その後、DVDを使って「フラッグフットボール」のルール説明。皆、真剣な表情で見入っています。
続いて、チームの発表。名前が呼ばれる度に、どよめきの声が上がります。チーム発表が終わった後は、昼休み。チームメンバーで集まり、作戦会議が行われました。
昼食後、ゲームに入る前に、プレーの基本となる「手渡し」を練習。
フラッグフットボールスタート
まだお互い気恥ずかしさが残るものの、各メンバーでチーム名を決め、一人ひとりが決意表明を行いました。そして、いよいよ最初のゲームがスタートです。
ゲームが進行していく中で、監督役がボードにポジション取りや動きのパターンを記していきます。そこに結果が出る、出ないに合わせて、皆の意見が加わっていきます。このプロセスにより、一人ひとりの役割が明確になっていきます。
ゲーム(1)が終わり、振り返りです。モチベーションシートに、研修に参加してからここまでの状態を「グラフ化」していきます。重要なのは、各メンバーのモチベーションが上下したタイミングについて詳しく知ること。共有し合うことで、メンバーに対する新しい気づきが生まれてきます。次に、「皆のモチベーションが高い」+「勝つ」にはどうするか?を各チームで話し合い、目標を発表していきます。
ゲーム(2)では、新たに「女性の得点は2倍」ルールが追加。ゲーム(1)よりも、確実に会場に響く拍手や称賛の声が増えてきました。はじめは緊張していた女性も作戦設定などに積極的に絡み、楽しんでいる様子が目立ちます。そして、振り返りです。今度は目標に対してのフリートーク。各自の強みや良かったプレーを確認していきます。
最後のゲーム(3)がスタート。ここにきて、随所に高度なプレーが見られるようになりました。作戦にも工夫がなされ、サイドからのアタックやランニング、ロングパスからのタッチダウンなど、どんどん得点が入ります。得点のシーンでは、メンバー同士のハイタッチが飛び交います。逆に得点を入れられたチームからは「くやしい!」という声が発せられていました。
ゲーム終了後は、誰もが達成感のある表情。何より、皆が旧知の間柄のような関係になっていることには驚かされます。ゲームが始まった頃とは、まったく違った雰囲気です。
ワールドカフェで対話
こうして「フラッグフットボール」は16時過ぎに終了。休憩の後、後半の「ワールドカフェ」に移ります。「ワールドカフェ」のテーマは、「良いチームとは何か?」。これを、グループメンバーをシャッフルしながら3回のラウンドを通して話し合っていきます。模造紙に落書きをする感じで、皆で対話をしていくのですが、「フラッグフットボール」を通じてお互いのことをよく理解し、それぞれの人柄や性格も分かってきたのか、皆とてもリラックスした表情で話をしています。
しかしながら、「良いチーム」に対する見方、考え方もさまざま。他のグループに移って話をしていく中で、誰もがそのことを実感している様子です。さまざまな知見を得ながら、グループごとに、「良いチーム」の定義やポイントなどについて発表を行いました。
最後は、チームの最小単位である二人、すなわち「トレーニー&トレーナー」によるメッセージの交換です。トレーニーはこれからの意気込みを、トレーナーは期待を込めたメッセージを緑色のカードに記して、皆の前で発表しながら手渡します。そして握手。とても感動的なシーンで、全員から盛大な拍手が起こります。
以上で、約一日をかけて行った「フラッグフットボール」と「ワールドカフェ」による体験型研修は終了です。
プログラムが始まった11時頃と終わった18時頃とでは、明らかにお互いの表情や関係性が違っています。「不安」や「戸惑い」だったものが、「自信」や「前向きな気持ち」へと変化しているようです。何より、トレーニーとトレーナー、そしてトレーナー同士におけるコミュニケーションや相互理解が一段と進んだことが見て取れます。それは終了後の参加者の声を聞いても、よく分かります。
トレーナー・トレーニーという“会社から与えられた”役割関係から、
温度感のある関係が強化されたと認識しています。
坂本修司さん
人事総務本部人事部シニアスペシャリスト
今回の研修は、「フラッグフットボール」を通してチームで活動するセッションと、その活動結果とプロセスを参加者が振り返る「ワールドカフェ」というセッションに分かれており、トレーナーとトレーニーが個々に自分達でチームビルディングについて考えることができる仕掛けになっている点が特徴です。また、6対6のチーム戦で行うためチームメンバーの組み合わせを工夫することで、トレーナー・トレーニーの関係性だけでなく、トレーナー間のチームビルディングも期待できると考えました。
自分自身もトレーナー代行として参加しましたが、何より社内で見る顔とは違った表情を、お互いに認識できたと感じています。
ワークショップの終了時に、トレーナーとトレーニー同士で今後に向けて激励しあう時間を設けましたが、体を動かし、自由な雰囲気でディスカッションをした後であったため、職場や研修ではなかなか作れない、温度感の高い時間になったと感じました。トレーナー・トレーニーという“会社から与えられた”役割関係から、温度感のある関係が強化されたと認識しています。
日本の人事部から
前半の「フラッグフットボール」フェーズでは、参加者全員が先輩・後輩に関係なく楽しみつつも競技に熱中していて、誰がトレーナーでトレーニーなのか、見た目だけでは分からなくなっていました。このように急速に距離が縮まり、自己開示のできている関係性が作られたからでしょうか。振り返りの「ワールドカフェ」では、対話の中身の濃さが印象的でした。どのグループもすぐに盛り上がるような一人ひとりの参画感の強さだけでなく、表層的なものではなく、本質的な内容に話が及んでいたことには驚かされました。
最後のトレーナーとトレーニーが1対1でカードを交換する際のコメントでは、「研修だからやらなくてはならない」という考え方ではなく、自分が思っていること、感じていることをそれぞれが本音で語りかけます。これも前段からのフラッグフットボールでの流れからの、ストーリーがあるからこそ、最後の場が生きているのだと感じました。
体験型のワークショップが通常の研修と違うのは、出発点として主催者(人事など研修を企画する)側からの伝えたいことありきではなく、皆がこの経験を通して、何かを生みだし、共に気づいていくことを第一の目的に置いていることです。それが、その後の自立的な行動を促します。そしてこのアプローチは、今回のようなトレーニー・トレーナーの関係性の向上だけではなく、内定者同士・新入社員同士の一体感の醸成やチームに対する主体性の強化、あるいは部署単位の一体感の醸成(チームで仕事することへのモチベーションアップ)や部署間コミュニケーションの活性化などといった展開にも応用できると感じました。
日常のしがらみに左右されやすい課題に対して、今回の「フラッグフットボール」や「ワールドカフェ」といった非日常の経験を通じたワークショップが、課題を突破するためのきっかけとなり、多様な考え方や意見の交わりを実現し、共通見解を作っていくことができる――。そんな印象を強く持ちました。
プログラムの概要
参加者はトレーニーとトレーナーを合わせた総勢36人で6人編成のチームを6組結成しました。前半の「フラッグフットボール」プログラムでは、チームで共通の目的の達成を目指し、施行錯誤するプロセスを通じて、相互理解を深めていき、後半の「ワールドカフェ」プログラムでは、「フラッグフットボール」で体感し、気づいたことを基にグループメンバーをシャッフルしながら振り返りを実施。「良いチームとは?」について対話を深めた後、トレーニーとトレーナーが期待とエールを交換します。
プログラム | 目的 | 内容 |
---|---|---|
導入(オリエンテーション) | ルールの説明 | 目的の共有、ルールの説明 |
第1ラウンド | 良いチームとは何かを考える | 問い:良いチームとは? |
第2ラウンド | 同上 | 問い:良いチームとは? グループをシャッフルして、再度対話を行う |
第3ラウンド | 同上 | 他のグループで話してきたことを、元のグループで共有 |
第4ラウンド | チームメンバーに求めることを考える | これから共に過ごすペアに向けて、意気込み(新人→トレーナー)や期待を込めたメッセージ(トレーナー→新人)を考える |
全体発表 | 共有 | お互いに向けてのエールを各ペアが参加者全員の前で発表する |
参加者(トレーナー・トレーニー)の感想
普段の仕事とつながることがあるな、応用できるな、
と感じる部分がとても多くありました
田口ひかるさん
コーポレートマーケティング部
体を動かしながら行うことで、ポジティブな考え方のまま研修を続けることができました。1日を通して、「どんどん前に進んで行こう」「とにかくやってみよう」という意識がありました。実際、皆の表情にそれが出ていましたね。
また、自分の動きを他のメンバーに観察してもらい、それを紙に書いてもらうというワークがありましたが、私は「スピード感をもって前に出て行ってほしい」と書かれていました。これは日常の業務で言われていることと同様で、とても印象深かったです。こうした場でも普段の仕事とつながることがあるな、応用できるな、と感じる部分がとても多くありました。
トレーナーとの関係で言えば、いつもと違う形でコミュニケーションが取れたことが大きいですね。ちょっと突っ込みを入れたり、軽いノリで接したりすることができました。仕事の場では、他に人もいるので、なかなかそういう感じにはできませんから。
楽しくかつ学べる研修というのは、非常によいと思います
鰆目順介さん
コーポレートマーケティング部
体を動かしながら、目標に向かってメンバーと本音で語り合う。その中から戦略を決めて、一つのことを達成していくというのは、本音が出やすいように思いました。
普段の業務では、新入社員に対してマニュアル的に対応することがあります。また、立場や経験上、“教えてあげる”という場面が多くなってしまいます。それがここでは、彼ら・彼女達からに聞かせてもらうという場面が多々ありました。トレーナーとして一緒に考えることもあって、とても勉強となりました。
何より、研修は楽しく行わなければ印象に残りません。覚えていないと明日の業務に使えません。このように、楽しくかつ学べる研修というのは、非常によいと思います。
企業向けの社員総会、周年行事、表彰式、研修旅行、インセンティブツアーなど、様々な「場」創り、「イベント」のプロデュースを通じて、人のこころを動かし、組織の活力を高めるサポートを行う。
「フラッグフットボール・ワークショップ」では、体験型ワークショップのメリットをフルに活かして、メンバー間の交流促進、結束強化や組織の一体感醸成といった、チームビルディングの「場」を提供している。
1日を終了して、自分の中で湧き起ってきたのはワクワク感
片山誠也さん
エンタープライズ営業本部 東日本営業統括部
最初は正直、暑い中遠くまで来て、体を動かす研修はやりたくないと思っていましたが、トレーナーの方々と汗を流してフラッグフットボールをやった経験はとてもよかったです。
1日を終了して、自分の中で湧き起ってきたのはワクワク感です。トレーナー・トレーニーが一緒になって体を動かし、プログラムに取り組む中で、心の距離が飛躍的に縮まっていきました。仕事をする環境では遠慮していた部分や壁がありましたが、これからは思ったことを素直に言えそうな気がします。
日常の業務では教えていただく立場ですが、今回の研修では同じ立場で、同じ目標に向かって意見を出し合いました。それを通じてより密なコミュニケーションが図れ、今まで以上に信頼関係を築くことが出来たと感じました。
トレーニー世代の人が今どのようなことを考え、
仕事をしているのかを理解するよい機会となりました
萩村剛さん
エンタープライズ営業本部 東日本営業統括部
最初に依頼を受けた時、いったい何が行われるのか、また、その目的もよく分かりませんでした。今回の研修を通じて、トレーニーである片山さんをよく知ることができたということ。同時に片山さんの強みを理解し、これからはその強みをさらに伸ばしていけるようにと、一人のトレーナーとしても強く決意しました。
「ワールドカフェ」では、トレーニー世代の人が今どのようなことを考え、仕事をしているのかを理解するよい機会となりました。片山さんとは相当の年齢差があり、日常のコミュニケーションにおいて価値観の違いを感じる場面もありましたが、「何をどのように考えて仕事をしているのか」、今回の「ワールドカフェ」のテーマに取り入れていただくことで、理解することができたのは非常に大きな成果でした。