「自己応募」と「紹介経由」、どちらが有利か?
「内定」と「ほぼ内定」の境界線とは?
採用経費の圧縮で… 不況になると自己応募が有利?
景気が悪化していても、人材採用を行なう企業は少なくない。円高の恩恵を受け、業績が上がっている業界もあるし、いわゆる「巣ごもり消費」を支える企業などは今がチャンスと意気込んでいたりする。しかし、そんな企業でも「採用のための“予算”は減らすのではないか…」と考える人は多いようだ。特に、企業が紹介手数料を負担する人材紹介のシステムを知っている人は、「不況時には、人材紹介会社を経由しない方が採用される確率が上がりそう」と考えても不思議はない。
優先させるのは、「採用コスト」か「ヒューマンスキル」か
「実は私も人材紹介会社を経由しない方が合格率は高くなると思っていました。それで自己応募による就職活動を行っていたのですが…」
こんな話をしてくれたBさんは30代の中堅層。前回転職した時もあまり景気が良くない時期で、企業側に採用経費の負担がかかる人材紹介の利用を避けていたのだそうだ。
「採用関係の仕事をしている知り合いから、人材紹介のシステムを詳しく教えてもらったんです。不況の時期に経費をかけてまで採用するとしたら、それはよほど優秀な人材のケースだけに違いない。自分はそんなにキャリアもないし…と思ったんですよ」
ただ、求人雑誌やネットの情報だけでは応募先にも限りがある。
「そこで人材紹介会社に相談して、もらった求人票をもとに自分で応募していたんです」
数社に応募して無事転職を成功させたBさん。しかし、結果的に入社したのは、なんと自分で応募しなかった企業だという。
「それが今勤務している会社なんですが、ホームページのどこを見ても採用の情報が出ていなかったんです。仕方がないので、その企業だけは人材紹介会社に紹介を依頼したんですが、たまたま非公開求人だったらしくスムーズに話が進みました。皮肉なものですね…」
企業の人事担当者に実情を聞いたところ、必ずしも自己応募が有利とは限らないようだ。
「たしかに採用コストが優先度で上位にくるケースもあります。でも、それは若手を大量に採用する場合に限られますね。あるいはほとんど同じスキル、キャリアを持った人材がそれぞれ自己応募と紹介会社経由で来た場合でしょうか」
ある大手メーカーで採用責任者を務めるMマネジャーの話である。
「しかし、30代以上の中堅層になってくるとほとんど同じスキル、キャリアの人材はまずいないですよ。現場としてどちらが欲しい人材かという観点で見ると、必ず差が出てきます。その場合、採用コストよりもヒューマンスキルが高い人材を優先するのはいうまでもありません」
キャリアを活かしたいなら自信を持って
Mマネジャーによると、自己応募の方が有利になるのは、いわゆる「買い手市場」の時がほとんどだという。
「逆にいえば、売り手市場のケース、つまり自分のキャリアをしっかり活かしたい、正当な評価を得たい…と思っている場合には、紹介会社経由で応募する方が良いのではないでしょうか」
最初のBさんの話をもう一度聞いてみよう。
「たしかにそう思います。自己応募で内定をもらった会社と条件交渉をしたことがありますが、求人票と微妙に違う待遇があったりすると、ついつい『費用がかからないから、ついでに採用されるのだろうか…』と疑心暗鬼になるんですよ。結局自分を安売りしているのではないか…という思いが自分の中にあると、入社後も自信を持って働けないかもしれないですね」
Bさんはそうした理由もあって、わざわざ人材紹介会社経由で内定した企業を選んだのだという。
「紹介手数料を払ってまで自分を採用してくれたことに対しては責任を感じますし、同時に期待されているという誇りも得られます。これまでやってきたことを評価してもらった気分にはなりますね」
もう一つ、Bさんが人材紹介会社を利用してよかったことがあるという。
「面接日の調整や給与交渉などの折衝事です。自分でももちろん出来ますが、たまたま面接日とその時勤めている会社の出張日が重なったりすると、自己応募の場合、再調整してもらうのが心理的な負担になるんです。相手の企業に合わせないと、何となく入社意欲が低いと見られるのではないか…という気持ちになってしまうんですよね。給与交渉はもっとハードルが高いですよ」
景気低迷が続けば、転職マーケットに占める「買い手市場」の割合が大きくなってくる。そういう意味では自己応募が有利になるケースはあるかもしれない。ただ、キャリアを活かした転職を目指すならば、ひとつの手段として人材紹介会社をうまく活用することも考えていいのではないか──Bさんの話を聞きながらこんなことを考えていた。
「内定」という言葉がいつ出るか
新卒でも中途でも「内定」が出ると応募者はとにかくホッとするものだ。それまでは、どんなに手応えを感じていたとしても安心はできない。だからこそ「内定」は候補者にとって非常に重みのあるものといえる。それだけに企業側としても軽々しくは口にできない。最終面接から正式に内定が出るまでの間、揺れる応募者の気持ちをフォローしていくのは人材紹介会社の大切な役割だが、案外紹介会社の担当者自身の方が揺れていたりするのである。
この段階で「内定」とは絶対言わないで下さい
「…というわけで、D社さんから早急に健康診断を受けてほしいというお話がきています。Yさんのご都合はいかがですか?」
最終面接の翌日にさっそく先方の企業から健康診断の連絡が入った。順調に進みそうだ…と思った私は、明るい気分でYさんに電話をかけた。
「健康診断があるんですか…」
意外にもYさんの声は冴えなかった。何か問題があるのだろうか。
「実は同時に応募していたN社からも内定と条件提示をもらっているんです。私自身はD社が第一志望なのですが、N社への返事の期限が迫っていまして…」
なるほど、それでYさんはD社の最終面接を早くしてほしいと焦っていたのか…と納得がいった。YさんとしてはD社の内定が確定した段階ですぐにN社に断りを入れたいというのが本音だろう。最終面接が終わればすぐに合否が分かると思ってN社のことは黙っていたのだろうが…。
しかし、D社の場合、最終面接後に健康診断があり、さらには社長の決裁まで下りないと内定が出ないのだ。スムーズに進んだとしてもこれまでの例をみると約2週間はかかる。
「2週間ですか! N社にそこまで待ってもらうのは絶対無理だと思います。どうしたらいいでしょう…」
ここで私は困ってしまった。実は、D社が健康診断を受けてほしいという時は事実上の「内定」なのである。過去のケースでもここからひっくり返ったことはない。本当ならYさんには、「もう、N社には断りを入れても大丈夫ですよ」と言いたいところだ。しかし、D社の人事からは、「この段階で内定とは絶対言わないで下さいね」と強く言われているのである。
「社長の段階でひっくり返ることはほとんどないんですが、それでも可能性はゼロではありませんから。当社としては“100%採用決定”となってから、候補者の方にお伝えしてほしいのです」
どたん場での大逆転がないとはいえない
D社とはまったく関係ない話だが、以前実際にこんなことがあった。
「社長決裁待ちのKさんですが、たぶん採用は間違いないので来週から出社してもらえないでしょうか。うちの人事部長も問題ないと言っていますので…」
現場が急いでいるので、早急に入社してほしい…という話だった。採用通知はきちんと書類でもらうのが原則だが、企業側の人事部長が断言しているのに「信用できません」とは言えない。幸か不幸か、候補者のKさんはすでに前の会社を退職して転職活動に専念していた。ご本人に打診してみると、「大丈夫です、行けますよ」という話になった。Kさんとしてもできるだけ早く働きたかったのだろう。そんなわけで、さっそく翌週から出勤してもらったのだが…。
「申し訳ありません。大変なことになりました…」
急いでその会社に駆けつけてみると採用担当者と人事部長が頭を抱えている。Kさんの採用に関して社長の決裁が下りなかったというのだ。
「事業部の再編を進める構想が持ち上がっていたようなんです。役員以外は知らなかったこととはいえ、Kさんには本当にご迷惑をおかけする結果になってしまいました…」
まだ3日しか働いてないKさんだが、1ヵ月分の給与を全額支払うという話でどうにか納得してもらうことができた。しかしその企業も、そして私も大きく信用を失ってしまったことは言うまでもない…。
そんな経験があるからこそ、D社に「ほぼ」内定しているYさんに対しても確実とまでは言えないのだ。N社を辞退してしまった後で、D社からまさかの不採用結果が出ることも考えられる。
「そうですね、まずはD社の健康診断をすぐに受けましょう。明日なんとかお時間をいただけないでしょうか…」
N社への返事を引き延ばすテクニックをYさんに伝授しつつ、こちらはD社の社長決裁を早めてもらうよう人事と交渉する。もちろん、Yさんにはこれまでのケースではすべてに採用の決定が出ていると伝えて、少しでも安心してもらうことが大切になる。
「きっといい結果が出ますよ。あともう少し頑張りましょう!」
私は電話の向こうのYさんにできるだけ明るい声を送った。