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邂逅がキャリアを拓く【第2回】
日本の人材開発列島化構想

株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

西田 政之氏

株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

時代の変化とともに人事に関する課題が増えるなか、自身の学びやキャリアについて想いを巡らせる人事パーソンも多いのではないでしょうか。長年にわたり人事の要職を務めてきたブレインパッドの西田政之氏は、これまでにさまざまな「邂逅」があり、それらが今の自分をつくってきたと言います。偶然のめぐり逢いや思いがけない出逢いから何を学び、どう行動すべきなのか……。西田氏が人事パーソンに必要な学びについて語ります。

観光立国の裏側

コロナ明け後のインバウンドの回復基調には目を見張るものがあります。観光地はおろか、かつては外国人の姿なんて見なかったところまで外国語が飛び交っている状況は、まさに「爆買い」に象徴されたモノ消費からコト消費へのシフトを物語っているようです。加えて円安がさらに背中を押していることもあり、観光立国・日本への道を順調に歩んでいるように思える反面、国力の弱体化に伴って安価な国へ成り下がってしまっているのではないかという、一抹の淋しさも感じざるを得ません。

そんな中で、一部の地方が元気です。島根県隠岐の島の海士町、そして、私の郷里である北海道十勝、大樹町の隣町にある浦幌町。この二つの町に共通するのは、離島、過疎の町という条件を逆手にとって、大自然の恵みや一次産業に懸命に向き合う地元民のたくましい生命力を活かした、人材開発プログラムを展開している点です。

海士町との邂逅

海士町で「株式会社風と土と」を運営する阿部裕志さんとの出会いは、10年以上前にさかのぼります。当時運営していた北城塾(日本IBM名誉相談役の北城恪太郎氏を塾長とする、リーダーシップ開発を目的とした私塾)のメンバーを引き連れて当地を訪問したのが、阿部さんとの邂逅でした。

昨年より新たに、早稲田大学大学院の入山章栄先生や元ユニリーバの島田由香さんをプログラムディレクターに迎えて構築した「SHIMA-NAGASHI(島流し)」という心を動かすリーダーシップを育む人材育成プログラムを展開しています。そのトライアルプログラムに、他のCHRO仲間と参加する機会を得ました。

海に囲まれた美しい自然の中で、島中の資源を使い倒す秀逸なプログラム構成です。岩牡蠣養殖を中核とする漁業、後鳥羽上皇が流された地ということを連想させる米作り、島の地形を生かしてのびのびと育てられている隠岐牛。14の異なる地域特性に根差した、特徴ある地区住民や地元起業家、そして、島留学の先駆けとなった島前高校の学生たちとの交流やディスカッション。まさに体感と対話により、身体知から内省、言語化へとつながるプロセスを経ることで、都会では認識し難い気付きが得られます。

また、「風と土と」は出版まで手掛けているので、アカデミズムも包含されています。「ないものはない」という島のキャッチフレーズは言い得て妙の表現であり、島改革の先導に立った山内前町長を先頭に、官民挙げて地域活性化のモデル地域にしてきたというフロンティア精神と熱意が伝わってきます。これこそが海士町の魅力であり、まさに心を動かすリーダーシップを体現している島です。

日本海に浮かぶ隠岐諸島、海士町

日本海に浮かぶ隠岐諸島、海士町

浦幌町との邂逅

一方、私の地元、十勝の浦幌町も負けてはいません。東京から漁師に憧れて当地へ移住してきた近江正隆さんが立ち上げた「一般社団法人十勝うらほろ樂舎」の地域に根差した活動は、地元住民はもちろんのこと、道や国、さらには諸外国までも課題解決の先進事例地域として関心を示しています。

近江さんは良い意味で究極的な「人たらし」であり、会った人にないがしろにできないと思わせる、不思議な魅力を持った方です。その証拠に、私もいつの間にか顧問として、うらほろ樂舎に巻き込まれることになりました。

元々は、都会の中高生を招いて農家や酪農家の家に寝泊まりしながらリアルな就労体験をすることで、都会では気付けない食の尊さ、自然の尊さ、命の尊さを体感するプログラムを展開していました。また、大手企業から研修目的での派遣も受け入れています。自ら地元の課題を発見し、その解決に向けて取り組むことで、自己成長を促すものです。

さらに直近では、代表理事の一人に就任した元Jリーガーの曽田雄志さんを中心として「うらほろアカデメイア」を立ち上げ、本格的に企業向けリーダーシップ開発プログラムの提供を開始しました。

北海道南東部に位置し、自然に恵まれた浦幌町

北海道南東部に位置し、自然に恵まれた浦幌町

先日、15名の参加者を募って、初めてのトライアルプログラムを実施しました。その特徴は、北海道という大自然を背景にした一次産業のダイナミズムにあります。プログラムは、(1)「命と経済」を問う、(2)「理想と現実」を問う、(3)「今と未来」を問う、という3部から構成されており、都会の生活では想像し得ない過酷な現実を体感します。例えば、朝の食卓にある一杯の牛乳は、家畜や就労者のどんな痛みや犠牲を払って届けられたものなのか。本当の価値や意義を腹の底から理解し、生きる意味、仕事の意味付け、社会の在り方などの根源的な問いとあらためて向き合うことで、自らの思考の土台から“再定義”する構成になっています。トライアルプログラムは参加者大絶賛のうちに終了したので、2024年から一般に向けて本格展開していく予定です。

日本を人材開発列島へ

海士町の「島流し」に参加した際、最後に感想を求められました。そのとき素直にお話ししたのが、「地域活性化も人材開発も、海士町の中だけで閉じてしまってはもったいない。海士町がゲートウエイになって日本全国の同類の地域と連携し、海外から人の育成を請け負い、日本が持つ資源をフル活用して、日本列島自体を世界の人材を育てる一大拠点にしてはどうか」ということでした。つまり、観光産業だけでなく、人材開発も日本の産業にできるのではないか、というアイデアです。

私は日本が“人材開発列島”になりうる条件を満たしているように思っています。第一に、四季のある豊かな大自然があります。実は日本のように四季がはっきりとしている国、地域は多くありません。それを体感するだけでも十分な価値がありますが、その自然環境で育まれた独自の伝統文化や習慣、さらには八百万の神に代表される東洋思想、そして、人々を魅了する食文化があります。

第二に、漁業や林業、農業や酪農など、自然と人間とをつなぐ第一次産業がバランスよく体感できる環境条件が整っています。これは命と経済を問うには不可欠な条件です。

第三に、語学の壁です。これはデメリットと捉えられるかもしれませんが、私はむしろ逆だと思っています。公用語の英語で難なく意思疎通できることは便利な反面、相手を言葉により理解しようとするだけで、体や感覚での理解を鈍らせてしまいます。身体知という言葉に象徴されるように、人間が持つ叡智は実は身体に宿っている部分が少なくありません。言語が思うように通じない場に自らを置くことは、普段使わない感覚を研ぎ澄ますことになるのではないかと考えます。

第四に、日本が課題先進国であるという事実です。少子高齢化や過疎化、環境・エネルギー問題や食の問題など、日本はあらゆる難題に直面しています。他の国々にとって、今の日本は将来遭遇するであろう光景に違いありません。その課題先進国日本での研修は、諸外国の人々にとって大変興味深い貴重な体験となるはずです。

第五に、日本自体のプレゼンスの高さです。冒頭で触れたように、インバウンドの回復には目を見張るものがあり、その中心がコト消費に移りつつあります。ここに観光から人材開発へのトランスフォーメーションが起きれば、諸外国の人々にとって、より魅力的なオファーになるのではないかと思います。

不便な体験にこそ価値がある

日本を人材開発列島化するプロセスで最初にターゲットになるのは、企業経営者を中心とした富裕者層ではないかと考えています。その場合、単価を一般的なリーダーシップ開発研修の何十倍かに置いてもおかしくありません。一流の宿泊施設に泊まらせる必要なんてありません。ありふれたものには価値が付きませんが、豊かな自然と“味わい深い不便さ”には、そこに意義や哲学がある限り、驚くほどの価値が付きます。ビジネスプランを練る際は、我々日本人がひと手間かかり不便だと思っていることに価値を置いた設計が必要でしょう。

日本が世界の人材開発拠点になる。そんなことを誰が想像したでしょう。妄想できないことは発明できません。妄想こそイノベーションの母です。ありえないこと、考えられないこと、そんなことを想起させてくれるのが、邂逅の一つの力ではないかと思っています。

西田 政之氏
西田 政之氏
株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

にしだ・まさゆき/1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、幕別町森林組合員。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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この記事ジャンル 人材育成概論

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