田中潤の「酒場学習論」
【第3回】「都橋商店街」「折尾」のRのある世界と、人事制度の運用
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
とある4月の午後、北九州エリアの角打ち巡りをしている中で、折尾駅に降り立ちました。駅からさほど遠くないところに、堀川と呼ばれる小さな川があります。この川沿いには酒場が立ち並んでいるのですが、この風景が言葉にならないくらい美しい。この美しさを醸し出しているのがRです。Rとは川のつくる曲線を意味します。建築物や機械などの角の部分に丸みを持たせることを「Rを施す」などといいますが、この街はまさに、Rが施された世界なのです。この曲線が街の美しさを際立たせています。
この日は夜まで時間があったため、川沿いの店々がネオンを輝かせるまで待てず、最高の角打ちである「宮原商店」で2杯ほど呑んで、Rのある街を後にしました。
Rのある川沿いの風景を観ていると、デジャヴのような感覚に襲われました。野毛の「都橋商店街」のRが脳裏に浮かんだのです。横浜の酒都・野毛。ここの大岡川沿いに建つ2階建のビルが「都橋商店街」です。今や多くの飲食店が入り、たくさんの人が訪れる人気スポットです。そして、ホッピー好きの聖地ともいえる「ホッピー仙人」が拠を構えるビルでもあります。この建物のRがまた素晴らしいのです。これを観るだけで心が震えます。
これらのRのある世界に対して、私たちの住む都会は、ほとんどがスクエアでデザインされています。直方体のビルが乱立する中で、あくせくと私たちは働きます。そんな中でのRの存在は、人間として生きるなまめかしさを感じ、したたかさ、原始的な力、不条理な魅力、優しさに満ちた包容力、怪しげな期待感、心の機微、そんなさまざまな情念を発信します。おそらく人は、スクエアばかりの世界では生きられないのではないでしょうか。近年では建造物をはじめとして、さまざまなデザインの世界でRを持つものが増えているように感じます。そして、徳利も一升瓶も平盃も、すべてRをいにしえの時代から持っています。
今、仕事で人事制度についていろいろと考えています。私が人事制度を構築するときのポリシーの一つに、適度に「Rを施す」ということがあります。スクエアばかりの制度ではなく、要所要所に「Rを施す」わけです。
人事制度における「スクエア」とは、制度の絶対性のことを指します。つまり、制度に照らし合わせて明確に白・黒をつけられるようにする方法、細部に至るまで制度で縛り、ガチガチの運用を実現させるやり方です。それに対して「Rを施す」とは、制度のさまざまな部分に運用の幅を持たせることを意味します。スクエアな人事制度は、運用者を楽にさせます。制度の基準でスパッと物事を決め、「制度だから仕方がない」というあきらめ的な納得感を万人に与えます。ある意味、平等ですし、運用負荷がかかりません。わかりやすい例として、役職定年制があげられます。一律に「部長職は55歳で全員退く」という人事制度をつくれば、役職からの退任を内示する上長も「制度だから、ごめんね」と言い切れば、それで済むわけです。
それに対してRを持った制度は、基本は制度で決めるのですが、ケースによっては、最終判断は運用に委ねられます。一人ひとりの社員の事情を理解し、本当に必要性があると判断したのなら、例外をつくったり、新ルールを講じたりするのです。しかし、これには高い見識と清らかな倫理観が求められます。また、場当たり的にならない運用マネジメントをできる力が必要です。運用する側には大変な苦労が強いられることもあります。しかし、社員は一人ひとり違う人間です。効率性や秩序のために、ある程度は制度で割り切らなければならないことは間違いありませんが、本当に必要な場合であれば、きちんと個をみた人事をするというのが、Rを施す人事の本質なのです。
都橋商店街や折尾の街の美しいRは、さまざまな思いを私たちに呼び起こさせてくれるのです。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会理事。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。