権限、役職、カリスマ性がなくても発揮できる
職場と学校をつなぐ「リーダーシップ教育」の新しい潮流(後編)[前編を読む]
早稲田大学 大学総合研究センター 教授
日向野 幹也さん
金融論の研究者から、リーダーシップ教育の第一人者へ――日向野幹也・早稲田大学教授の思いがけないキャリアチェンジの物語は、そのまま日本の大学におけるリーダーシップ教育の歩みと重なります。まったく新しい教育プログラムをゼロから立ち上げ、大学側の評価を獲得し、他に類のない規模にまで発展させることができた原動力は、ほかならぬ、日向野先生自身のリーダーシップでした(前編参照)。インタビュー後編では、過去11年間にわたる大学でのリーダーシップ教育の成果を振り返るとともに、新しいリーダーシップを学んだ人材を企業はどう活かすべきかについてもご意見をうかがいました。
ひがの・みきなり●1978年東京大学経済学部卒業、83年同大学院博士課程修了、経済学博士(東京大学)。同年より2005年まで東京都立大学経済学部勤務。同年立教大学に移籍し、2006年より経営学部ビジネス・リーダーシップ・プログラム(BLP)を主査として立ち上げ発展させ、その実績のもとに2013年度の全学向けプログラム(立教GLP)を立ち上げた。2011年頃よりアクティブ・ラーニングとアクション・ラーニングの両分野で内外の顕彰を受けた(国際アクション・ラーニング機構の年間賞など)。2016年4月からは早稲田大学に移籍し、全く新しくリーダーシッププログラム(LDP)を開始した。著書に『大学教育アントレプレナーシップ』(ナカニシヤ出版、2013年)、松下佳代編著『ディープ・アクティブラーニング』(勁草書房、2015年)第9章など。
役割分担は不要――“間の球を取りにいく”リーダーシップとは
立教大学経営学部で過去11年間取り組まれた、リーダーシップ教育の成果についておうかがいします。BLP(ビジネス・リーダーシップ・プログラム)によって、学生にどのような変化が生まれましたか。
一番大きいのは、教員や大学・学部に対して、提案する習慣、風土が醸成されてきたことですね。教育サービスを受ける側の学生たちが、単なる消費者として不満を言うだけでなく、「ここはこういう理由で良くないから、このように変えるともっと良くなると思います」というふうに声をあげ、学生団体を中心に自ら進んで実行するようになった、提案者に変わってきたということです。そういう学生団体が四つも五つも結成されて、お互いに仕事を取り合うぐらいの勢いで活動していますからね。学部のイベントなどにもすごく協力的だし、授業中にグループワークやディスカッションを補佐する学生アシスタントを募集すると、志願者が殺到するんですよ。学部の活動のほうが面白いからという理由で、せっかく入ったサークルを辞めてしまう学生も少なくありません。大手の私立大学で、これほど学生の帰属意識が高い学部は他にないと思います。
最近の学生気質からすると、ちょっと意外な感じがしますね。
人とのつながりを求めているという点では、昔の学生と比べても、それほど変わっていません。大人のほうが、そうしたつながりを実感できる場や機会を提供できていないから、変わったように見えるだけだと思います。
リーダーシップを学ぶ過程で、学生が問題を抱えたり、壁にぶつかったりすることも少なくないと思います。ふだん学生と接する中で、何かお感じになることはありますか。
BLPでは、それぞれリーダーシップに関する目標を立てるのですが、「私のやりたいことは“場作り”です」という学生が多く、歯がゆい思いをしています。「場作り」や「環境整備」は、言葉として非常に美しいのですが、そもそも授業という守られた環境下で行う「場作り」にはたいした技術がいらないし、リスクもゼロです。「場作り」に逃げてさえいれば、人とぶつかって嫌われる心配がありません。グループとして成果を上げることよりも、人を傷つけないことを最大の成果目標にしているわけです。そんなことでは、とてもリーダーシップとは言えません。反発されても、「成果を上げるためにはこの方がいいんじゃないか?」と問うて自ら実行するリーダーシップのほうが、多少の対人関係リスクはあるけれど、結局はチームのためになるんですよ。
それともう一つ、チーム全体の目標として「役割分担」を挙げる学生が多いのも、気になります。役割分担を誤解してしまうと、リーダーシップの成長に弊害が出るからです。グループワークの際に役割や担当を決めても、いざ始まってみると、誰が担当なのか言えないような仕事が次々と出てくるのが当たり前。ビジネスパーソンなら、誰もが日々実感していることでしょう。そこで「自分の役割じゃないから」と見て見ぬふりをするのは、リーダーシップ不足の典型例です。「権限のないリーダーシップ」を目指すなら、こうした仕事を“率先”して引き受け、「こんな仕事に気づいたからやっておいたよ」と報告することで他のメンバーにもそれを促す、“垂範”まで行うべきでしょう。サード後方にファウルフライが上がったら、ショートだけでなくサードもレフトも捕ろうとしなければいけない。おのおの役割はあっても、それを越えていくのが真のリーダーシップなんです。
どうすれば越えられるようになりますか。
チームで共有した目標をつねに確認し合い、それに忠実、敏感であることが大切でしょう。目標達成のために必要だと分かっているからこそ、野手間の取りづらい球も取りにいけるのです。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。