定昇「廃止・縮小」を行うとどうなる?
中小企業における「定期昇給見直し」の考え方と実務上の留意点【前編】
1. 定期昇給制度をめぐる誤解と混乱
「定期昇給制度」について、一般に多くの誤解と混乱が存在しています。そこで、以下の諸点を確認しつつ議論を進めることが有用と考えます。
(1)「制度」とは「当事者が粛々と遂行すべき約束」のこと
第1に、「制度」というものは一般には、「国家・団体などの統治・運営のために、制度的手続きによって定 められたきまり」と理解されています。また、「社会における人間の行動や関係が、一部の勢力によって無秩序化されることのないように、すでに当事者間にお いて長期にわたって守られてきている慣行やきまり」も、社会制度として理解されています。
いずれにせよ、「制度」は、当事者間の約束として、誠実に履行されていくことに基本的な意味があるもので す。したがって、定めるにあたっては当事者間の十分な議論と理解を踏まえることが不可欠であることは、言うまでもありません。「定期昇給制度」について も、この意味において、「約束としての制度がある」ということと、「昇給が行われている」ということとは、本来的には区別して理解されなければならないと ころです。
(2)「定期」ということ
したがって、「定期に」ということは、「決まった時期に必ず実施する」という約束を意味することになります。
「定期昇給制度」については、これまでの慣行からみても、「2年に1度であるとか、昨年は4月、今年は5月に実施とか、あるいは会社に余裕がないときには実施しない」といった運用は、一般的にはなされていないものと考えられます。
(3)「昇給」ということ
次に、「昇給」とは、単なる「増給」や「追加支給」とは異なり、あらかじめの約束としても「制度」に基づくものを言います。
「定期昇給制度」は、一般には「従業員の賃金を管理していくために当事者間に公表されている基本給表に基 づいて引き上げていくこと」を意味します。したがって、「当事者間に基本給表が公表されている」ことと、「賃金を引き上げていくためのルールがある」こと が大事なことになります。「賃金を上げる」ということと、「昇給させる」ということを明確に区別しないで把握するところに、誤解と混乱の原因があるものと 言えましょう。
なお、企業によっては、定期に基本給額の改定を積み上げてきた結果としての基本給表があり、毎年、それに 何がしかを積み上げることを慣行としていることをもって「定期昇給制度あり」、とする企業もあります。しかし、それは「増給」に近いもので、必ずしも「制 度化された昇給」とは言えない側面をもっていますが、確立された労使関係の中で、話合いや交渉によって相互に合意に達し、その誠実な履行が約束されるもの であれば、それも「制度的な昇給」とみて差し支えないこととは考えられるところです。
(4)「定期昇給を見直す」ということ
「定期昇給の見直し」の意味についても、基本的な誤解が見られるところです。すでに述べた観点からすれ ば、それは「制度を見直す」という意味と、「今年は前年通りに賃金の引上げを行うかどうか、その引上げ幅に関する考え方は前年通りでよいのかどうかを検討 する」という意味の、少なくとも2つの意味があることが理解されなければなりません。言うまでもなく後者については、いわゆる「賃上げ」の問題と考えられ ますから、「個別企業の事情と今後の方針を踏まえて、慎重に判断すべき」ということになります。
焦点は前者です。「定期昇給制度」は、多くの場合、次に示すようないくつかの基準によって、運用されているものです。
- 基本給表上の金額ランクを一定段階、自動的に上に進ませる場合の基準
- 平均の昇給段階数を決めたうえで、昇給査定などによって一人ひとりの進ませる段階に差を設ける「査定昇給」を行う場合には、その基準と手続き
- 「昇給額」を、自動昇給分と査定昇給分の組合せとする場合には、その基準と手続き
- 年齢帯によって、適用に違いを設ける場合には、その基準と方法
- 特別昇給制度をもつ場合には、その基準と方法
- 「昇格」との関係を処理する基準
- 中途採用者に対する扱い、等
「定期昇給制度」が果たしてきたこれまでの役割を熟慮するならば、これらのうちのどの部分に「見直しが必要になっているのか」について、慎重かつ十分な議 論をすることが必要と言えます。まして「制度の凍結」や「廃止」は、企業風土を変質させてしまうだけの大きな影響力をもっていることを考慮して、どこまで も慎重でなければならないものと考えられるところです。
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