キャリア支援としての不妊治療と仕事との両立
第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 主席研究員 的場 康子 氏
1.不妊治療を受ける人の増加
少子化が進むなか、晩婚化・晩産化を背景の1つとして、不妊で悩む夫婦が増えている。国立社会保障・人口問題研究所によると、不妊について心配したことがある夫婦の割合は、2021年調査で夫婦全体の39.2%であり、前回調査(2015年)の 35.0%から増加している(図表1)。約3組に1組の夫婦が、不妊の心配をしているということである。また、実際に不妊の検査または治療経験がある夫婦の割合(「検査・治療中」と「過去に検査・治療経験あり(検査・治療中を除く)」の合計)も、2015年調査の18.2%から、2021年調査には 22.7%に増加している。約4組に1組の夫婦が不妊の検査または治療経験があるということだ。
このように不妊治療を受ける人の増加を受けて、2022年4月から不妊治療の健康保険適用の範囲が拡大された。保険診療を受けるためには年齢や回数の制限があるものの、健康保険が適用された場合、治療費は3割負担となる。不妊治療の経済的なハードルが低くなったことにより、今後も不妊治療を受ける人が増えることが見込まれる。
2.男女ともに3割近くが不妊治療と仕事との両立を諦めている
しかしながら、もう1つ、不妊治療には大きなハードルがある。それが仕事との両立である。厚生労働省が2023年に実施した調査により、不妊治療をしている(していた)人の仕事との両立状況をみると、約半数が「両立している(していた)」と回答しているが、「両立できず仕事を辞めた」10.9%、「両立できず不妊治療をやめた」7.8%、「両立できず雇用形態を変えた」7.4%を合わせると、26.1%つまり約4人に1人は両立できずに、仕事あるいは不妊治療をあきらめている(図表2)。性別にみると、女性のみならず男性も3割近くが両立をあきらめたと回答しており、男女ともに不妊治療と仕事との両立が難しいことを示している。
一般に、不妊の原因は女性だけでなく、男性にもあるといわれている。しかも不妊治療は、女性にとっても男性にとっても、年齢的にキャリアを積むうえで大事な時期と重なっている。治療の個人差も大きく、いつ治療が終わるのか先の見通しも立たないなかで、不妊治療をしながら仕事を続けることの難しさに直面している人が多いようだ。
3.不妊治療と仕事との両立が難しい理由
不妊治療と仕事との両立において、特に難しいと感じる点はどのようなことであろうか。
不妊治療と仕事との両立をしている(していた)男女にたずねた結果をみると、男女ともに「通院回数が多い」と「精神面で負担が大きい」が上位を占めている(図表3)。こうした結果は、不妊治療の特性によるものと思われる。不妊治療は女性の生理周期に合わせておこなうものであるため、頻繁に通院が必要となる。しかも、通院日を事前に決めることができないために、急に休みを取ることになってしまうこともある。いつになったら妊娠できるのか、先の見通しが立たないなかで、周りの同僚に迷惑をかけないよう気を遣いながら働かざるをえない。そのため、治療のために体に負荷もかかるが、それ以上に「精神面で負担が大きい」ということであろう。やはり、周りのサポートがなければ、治療と仕事との両立を続けることは難しいことを示している。
4.不妊治療に対する企業の支援制度の実施状況
不妊治療を行っている従業員に対する企業の支援はどのような状況であろうか。前出の厚生労働省の調査によると、支援制度を「制度化して行っている」企業は10.6%、「制度化されていないが個別に対応している」は15.9%であり、「行っていない」が73.5%を占めている(図表省略、厚生労働省「令和5年度不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査(企業アンケート調査)」)。現状、社内で支援制度を整備している企業は少数派である。
なぜ、多くの企業は支援制度に取り組んでいないのだろうか。
先の調査によれば、「要望等が表面化していないため」が26.4%で最も多い(図表4)。次いで「不妊治療を行っている従業員を把握していないため」が22.2%、「プライベートなことなので関与していないため」15.5%となっている。
治療中であることが職場内で顕在化しにくいことも、不妊治療の特徴の1つである。実際、不妊治療経験者のうち、不妊治療をしていることを職場に一切伝えていないという人が大半を占めているという結果もある(図表省略、厚生労働省「令和5年度不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査(労働者アンケート調査)」)。
職場内に伝えたくないという人の気持ちを尊重することは重要である。しかしながら他方、不妊治療と両立して働くためには会社のサポートも必要だということを職場内で共有することも重要であろう。そのためには、まずは日ごろから職場内で「心理的安全性」に配慮して従業員同士、あるいは上司・部下との信頼関係を構築することが不可欠である。そのうえで、職場内の上司や同僚とよく対話し、業務量を調整しつつ両立可能な働き方を模索し、治療を受けながら働くことができる職場環境を整備していく工夫が求められる。
5.不妊治療と仕事との両立のために会社に希望すること
実際、不妊治療を受けている人は、治療を続けながら働くために、どのような支援を希望しているのか。
前出の調査によれば、全体では「不妊治療に利用可能な休暇制度」が最も多く 20.8%となっている(図表5)。次いで「有給休暇など現状ある制度を取りやすい環境作り」が20.1%である。ちなみに、「特に希望することがない」にも 20.8%が回答している。
性別にみると、男性は「特に希望することがない」が20.5%と最も多くの割合を占めているものの、「不妊治療に利用可能な休暇制度」と「通院・休息時間を認める制度」が支援内容の1位に挙げられている。女性は「有給休暇など現状ある制度を取りやすい環境作り」と「不妊治療に利用可能な休暇制度」が、「特に希望することがない」を上回っている。やはり、不妊治療は極めて個人的なものであるため、職場内にオープンにしたくないという思いもあり、不妊治療との両立支援策を積極的に希望しない人が一定程度いるものの、それでも、男女ともに不妊治療のために休める制度を希望している人が多い。「通院回数が多い」という不妊治療の特性に対応し、周りに過度に気を遣うこともなく両立ができる職場環境を望んでいる。
6.不妊治療と仕事との両立支援の本来の目的とは?
冒頭で不妊を心配している人が年々増えていることを示したように、今は不妊治療も育児や介護と同様に誰にでも起こりうる家庭の事情の1つである。あるいは、急な体調の変化は、誰にでも起こり得るものであろう。不妊治療もそのような誰にとっても必要な休みの1つであることを職場内で理解し合い、「お互いさま」という助け合いの雰囲気を浸透させることで、支援制度の普及・定着を進めていくことが望まれる。
また、不妊治療は、年齢的にキャリア形成の重要な時期に、しかもキャリアプランに長期的な影響を与える可能性があるものである。不妊治療で最も難しいことの1つは、治療がどれくらい続くかわからず先を見通せないことである。不妊治療をしている間は、たとえキャリア形成上の重要なチャンスがあったとしても、それを受け入れることを躊躇しがちになる。通院のために急に休むこともあるし、もし治療により出産できたら育児休業に入るので、さらに長期で休むことになる。子どもは早く欲しいと思っていても、その反面、自分のキャリアへの影響を考えると、どうしていいかわからず、キャリアプランの見通しが立ちにくくなる。
したがって、キャリア形成の視点からの企業の支援も重要である。不妊治療もキャリアの一部と捉え、女性に対しても、男性に対しても、「切れ目のないキャリア支援」を行って人材を育成する。そのような長期的な視野での人材育成を企業の成長につなげていくことが、不妊治療に限らず、育児や介護などを含む両立支援策の本来の目的であると思われる。
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