ベビーシッター
単なる子守りではない、
育児全般を担うワーキングマザーの代役
保育を通じて女性活躍の推進に貢献できるやりがいも
キャリアと家庭との両立が叫ばれて久しいが、ワーキングマザーを取り巻く環境には依然として問題が山積している。子どもを預ける施設が見つからない、急な 残業で幼稚園のお迎えに行けない、子どもが熱を出しても保育所で預かってもらえない――。そんなとき、頼りになるのがベビーシッターの在宅保育サービス だ。施設保育が対応できない個別のニーズにも、きめ細かいサポートで柔軟に対応。女性活躍の推進を陰ながら、力強く支えている。
保育園の送り迎えから塾の付き添いまで
ミュージカル映画の名作「メリー・ポピンズ」の主人公メリー・ポピンズはある朝、空から舞い降りてロンドンのバンクス家にやってくる。メリーの仕事は「ナニー」と呼ばれる乳母兼家庭教師。ヴィクトリア朝時代のイギリスに発祥したこの保育の専門職が、現在のベビーシッターの原型だといわれる。
ベビーシッターは、保護者に代わり、その自宅などで一時的に子どもの世話をする在宅保育サービス業の一種だ。先述のナニーは乳幼児教育のプロであり、より専門的なスキルをもって、しつけから勉強、情操教育まで請け負うが、ベビーシッターも決して子どもを預かるだけの単純な“子守り”ではない。一時的とはいえ、親の代役を務める以上、その仕事の内容は育児全般におよぶ。とりわけ乳幼児は急に体調を崩したり、思いもよらないアクシデントでケガをしたりすることも珍しくない。ベビーシッターに、子どもの健康や保健・衛生に関する高度な知識や技能が不可欠なのはそのためだ。
場合によっては、保育園や幼稚園の送り迎え、塾や習い事への付き添いも行う。また最近は幼児期教育への関心の高まりを背景に、子どもの安全・安心を確保するだけでなく、しつけや遊びを通じて言葉や音楽を教えられるなど、育児プラスαのスキルが求められることも多く、サービスの高度化・専門化の傾向が強まっている。
保育サービスは施設保育と在宅保育に大別されるが、日本では現状、保育所などの施設型が主流で、ベビーシッターに代表される在宅保育はまだそれほど浸透していない。しかし早朝や夜遅くの預かり、病児・病後児保育など、施設型が対応できないニーズにも柔軟にきめ細かく対応できるのは、在宅型のベビーシッターならではの強みだ。本当に困っている依頼者をサポートし、心から感謝されることは、働き手自身のやりがいにもつながっている。
“子育て”ワーキングマザーの強い味方
女性の社会進出が本格化するなか、出産しても、職場への早期復帰を望む女性が増えているが、キャリアと家庭との両立をはばむ壁はいまだ厚い。近隣の幼稚園や保育所に空きは少なく、送迎だけでひと苦労。核家族化や大都市一極集中の影響で、ワーキングマザーの多くは実家に頼ることもままならないのが実情だ。ベビーシッターはそんな働く女性たちの強い味方。まだ敷居の高いイメージはあるものの、このところ企業も女性活躍の推進に本腰を入れ始めているだけに、潜在的な利用ニーズはかなり高まっているといえるだろう。活躍の場は個人宅に限らない。最近は女性向けのセミナーや趣味交流の場で“子連れOK”のイベントが増えており、そうした会場内の託児ルームなどもベビーシッターによって支えられている。
ベビーシッターとして働く際は、保育サービス会社に正社員やパートタイマーとして勤務するか、派遣スタッフとして登録するのが一般的だ。曜日や時間帯など、各自のライフスタイルにあわせた柔軟な働き方が可能なため、子育てが一段落したベテラン主婦が経験を活かせる副業として始めるケースも多い。在宅保育サービスの普及とその質の維持・向上を図ることを目的とする「公益社団法人全国保育サービス協会」の資料によると、ベビーシッターの年齢層は四十代が32%と最も多く、四十代以上が全体の6割を占めているという。
保育関連資格の保有者が大半、待遇面で有利に
もちろん子育ての経験さえあれば、誰でもベビーシッターとして活躍できるわけではない。ベビーシッターには本来、何よりも「依頼者の家庭の状況や育児方針にあわせたサービス」が要求されるからだ。とにかく「子どもが好き」なのは、適性として大前提。その上で、明るく親しみやすい人柄や依頼者のニーズを的確につかむコミュニケーション能力、子どもの安全・安心に万全の注意を払う観察力と責任感、育児や家事に関する知識を幅広く習得しようとする旺盛な学習意欲などが、ベビーシッターに向いている人の条件に挙げられる。
ベビーシッターに就くために必須の資格はないが、保育士あるいは幼稚園・小学校教諭などの国家資格や、前出の全国保育サービス協会が付与する認定ベビーシッター資格といった保育関連の資格を取得しておいたほうが採用や給与面で有利になることは間違いない。同協会によると、保育関連資格を保有するベビーシッターのうち8割が保育士資格を、7割が幼稚園教諭資格を持っているようだ。一部の大手事業者には資格取得のためのサポート体制もあり、無資格者が入社しても、働きながら資格取得試験の準備を進めることができる。
近年は外国人宅でのニーズも増えているため、語学力や海外経験があれば、キャリアアップにはなお有利だ。業界の草分け的存在である株式会社ポピンズは、欧州各国の王室や上流階級の子息のためのナニーを養成する英国の名門校「ノーランドカレッジ」と提携。保育留学や保育研修を支援し、社員のスキルアップを図っている。
“時間をカネで買う”志向が市場を拡大
気になる収入面は就業形態や資格の有無などによって変わる。保育サービス会社の正社員としての採用なら、相場は月に16万円~20万円ほど。パートや登録スタッフとして勤務する場合は、時給1000円~1500円といったところだ。保育士や幼稚園教諭の資格をもっていれば、給料もそれらの職業の水準に準じることが多いという。
日本でのベビーシッターの歴史はまだ浅く、認知度も普及率も決して高いとはいえない。施設保育に比べ、費用面で割高感があるのもその一因だろう。しかし共働き世帯は専業主婦の世帯より年間可処分所得が高く、年間消費支出も多い。ワーキングマザーがその多忙さゆえに“時間をカネで買おう”としているからで、仕事と育児の両立のために必要だという認識さえ広がれば、彼女たちはベビーシッターへの投資もいとわないのではないか。今後の市場拡大が見込まれるゆえんである。
映画のメリー・ポピンズは魔法を使って大活躍。子どもにも、大人にも笑顔を取り戻した。社会全体の働き手が減り、ますます忙しさを増す日本のワーキングマザーにも、時間と安心と心のゆとりをもたらすベビーシッターの“魔法”が必要となるに違いない。
※数字や記録などは2013年9月現在のものです。
この仕事のポイント
やりがい | ・子供が成長していく過程に携わることができる ・働く両親を支援することで信頼関係を築くことができ、感謝される |
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就く方法 | 特別な資格は必要ないが、保育士や幼稚園・小学校教諭などの国家資格があると有利。その他に、代表的な資格として、『認定ベビーシッター』(公益社団法人 全国保育サービス協会)がある。働くには、保育サービス会社に就職または登録する、ベビーシッターを必要とする家庭と個別契約するなどの方法がある。 |
必要な適性・能力 | 明るく親しみやすい人柄、子供が好きであること、責任感が強いこと |
収入 | ・正社員として勤務:相場は月に16万~20万ほど ・派遣会社へ登録:相場は1時間当たり1000円~1500円ほど (資格の有無によっても異なる) ・個人契約:それぞれの契約、仕事内容によって異なる |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。