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あの仕事の「ヒト」と「カネ」

【舞妓】
芸妓になるための修業中の身分
給料なし、恋愛禁止で芸に打ち込むお座敷の華

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裾引きの振袖にだらりの帯。「おこぼ」と呼ばれる背の高い履物を履いて歩く「舞妓はん」の可憐な姿は、国際観光都市・京都のシンボルとして、いまや海外にも広く知られている。その歴史は古く、江戸時代初期に、八坂神社の門前で参詣客らにお茶を振る舞った水茶屋の茶立女(ちゃたておんな)が起源ともいわれるが、現代の舞妓が活躍する花街は「一見さんお断り」の特別な世界。人気や知名度の高さとは裏腹に、実物の姿を目にすることができる人はわずかしかいない。

昼間、京都の街中で出会う舞妓は“本物”の舞妓ではない!?

今年1月、京都・祇園に、増え続ける訪日観光客のマナー違反に業を煮やして、ある看板が設置された。そこに描かれていたのは、「舞妓さんに触らないで」と訴えるイラスト。一部の外国人が、夕方、お座敷に向かう舞妓を執拗に追いかけ、触る、つきまとう、写真撮影を強要するなどの行為におよび、トラブルが頻発していることからとられた苦肉の策だ。問題の背景には、女性観光客にメークと着付けで舞妓体験を楽しんでもらう“変身舞妓”と呼ばれるサービスの人気がある。サービス利用者の多くは一般の日本人だから、舞妓体験中に外国人観光客に注目されればついうれしくて握手はするし、写真撮影にも応じてしまう。街にあふれる変身舞妓を見て、外国人が偽物とわかるはずもなく、SNSで画像も拡散されるため、外国人観光客に舞妓の間違ったイメージが広がってしまい、“本物”の舞妓が迷惑を被っているのだ。京都といえば、風情ある街並みを可憐に歩く舞妓の姿を思い浮かべる人も多いだろうが、そもそも本物の舞妓は、昼間から表を出歩いたりはしないのだという。では、いったい何をしているのだろう。

舞妓とは、一人前の芸妓になるための修業中の身分である。京都で「五花街」と総称される上七軒、祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町の五つの花街に所属し、修業に励んでいる15歳から20歳前後の女性を「舞妓はん」と呼ぶ。見習いとはいえ、お座敷に呼ばれれば芸妓同様、踊りや唄、お囃子など日本の伝統芸で宴席に興を添え、客をもてなす仕事であることに変わりはない。舞妓は通常、中学を卒業するとすぐに、「置屋」と呼ばれる事務所兼下宿所に住み込み、修業の第一段階である「仕込み」に入る。1年ほどの仕込み期間中に、お座敷での礼儀作法や独特の京ことば、踊りなど、花街で働くためのイロハをひと通り覚えなければならない。仕込みが終わると舞などの試験が行われ、合格すれば見習いという期間を経て、晴れて舞妓になることができる。しかし、本当の修業はそこからだ。

舞妓 イメージ

昼は芸事の稽古、夜はお座敷と、
忙しい修業の毎日が続く

舞妓の毎日はというと、昼は芸事の稽古、夜はお座敷の繰り返し。舞や長唄、お囃子、茶道などの稽古の合間には、ひいきの茶屋(置屋から芸舞妓を呼び、客をお座敷で遊ばせる店)や先輩の芸妓たちへの挨拶回りが欠かせない。置屋では、家事の手伝いや先輩の身の回りの世話、後輩の面倒を見るのも大切な務めだ。とても街中で観光客の相手をしている暇はないだろう。夕方になると着付けや化粧などのこしらえにかかり、6時頃から夜遅くまで、呼ばれた茶屋を回って宴席を盛り上げる。華やかなお座敷とその陰で積み重ねる厳しい稽古、そして恋愛から携帯電話の所持まで“ご法度”の多い置屋でのくらし――。舞妓にとっては、日々のすべてが芸の腕を磨き、おもてなしの心と技を極める修業なのである。

最初に覚えなければならない京ことば、それは「おおきに」

一見の客はお断り、お座敷にはメニューも価格表もない。京都の花街はいわば、付加価値のきわめて高い“おもてなし産業”である。そこで働く舞妓も、「若くて綺麗だから」あるいは「伝統文化だから」といった理由だけで贔屓(ひいき)がつくのではなく、芸はもちろん、酒席での会話や気配りを含め、「京の花街だからこそ」といわれるようなサービスの質が問われるのだ。逆に言えば、舞妓にとってお座敷は、自らの技量で客の大きな期待に応え、京都・花街の面目を施す最高の舞台。それは、日々の稽古での精進が報われ、最もやりがいを感じられる瞬間だろう。

驚くべきは、中学を出たばかりの少女が2年も経たないうちに、親子より年齢の離れた客の前でも、そうしたプロのおもてなしができるようになるという事実である。京都・花街の人材育成を経営学の視点から研究している京都女子大学の西尾久美子教授によると、その成長要因は二つあるという。一つは、花街の伝統である厳格かつ濃密な上下関係をもとにした、先輩による細やかな指導だ。舞妓には、先述の「仕込み」の間に、同じ置屋に所属する一人の芸妓と“姉妹”の盃(さかずき)を交わすしきたりがある。この姉妹関係は花街にいるかぎり続き、「姉さん」と慕われる芸妓は実の妹のように舞妓の面倒を見て、一人前に育てあげる。

しかし、いくら熱心に教えても、教えられる側に虚心に学ぼうとする姿勢や先輩に感謝する態度がないと、指導の効果は出ない。そこで、教えられる側の心構えを醸成することが、舞妓の成長を促すもう一つの要因となる。西尾教授によると、舞妓は仕込み期間中、「教えてもらえる準備」をすることの重要性を徹底的に教育される。例えば、最初に覚えなければならない京ことばは「おおきに」(ありがとう)だという。周囲が自分を育ててくれることへの感謝を示す心が、おもてなしのプロを目指す修業の第一歩となるからである。舞妓としての適性に、持って生まれた容姿や素養が関わることは否めない。しかし、素直さや前向きさ、謙虚さなど、教える側をその気にさせる“教えられ上手”の要素こそが、厳しい芸の道でおのれを伸ばし、「ええ舞妓はん」になるための最も大切な武器といえそうだ。

一人の舞妓を育てて売り出すまでには数千万円の投資が必要

舞妓 イメージ

日本の伝統、京のお座敷を彩る華だが、
憧れだけでは続けていくことは難しい

舞妓になるには、まず置屋に所属しなければならない。かつては、何らかのコネクションが必要といわれたが、現在では広く門戸が開かれていて、志願者が各花街の組合などに問い合わせれば、置屋を紹介してくれる。中卒以上の女性なら、学歴や資格はいっさい問われないが、採用・不採用は置屋の経営者である「女将」の判断ひとつ。女将の眼鏡にかなえば、置屋での住み込み生活が始まる。舞妓は芸妓になるための見習いの身分であることから、基本的に給料などの収入はない。そのため、舞妓が「職業」といえるか否かは判断が分かれるところだが、賃金の代わりに舞妓の生活にかかる費用のすべては、衣装代や稽古代なども含め、置屋が負担するしくみになっている。そのほか、月に1万円~2万円程度のお小遣いが与えられ、自由に使うこともできる。一人の舞妓を育てて売り出すまでには、数千万円の投資が必要と言われるだけに、置屋にとっても、京の花街全体にとっても、人材育成はまさに死活問題なのだ。

置屋に入って5、6年後、20歳前後で舞妓の期間を修了すると、芸妓の道へ進むかどうかあらためて判断し、芸妓になる場合はさらに独立するまで置屋のサポートを受けながら、芸の腕を磨いていくことになる。最近は修学旅行の思い出やテレビの影響などで、地元の京都より他地域からの志願者が増えているというが、花街特有の厳しさからか、人材育成の努力もむなしく道半ばでリタイアする舞妓、芸妓が後を絶たない。現在、五花街に所属する芸・舞妓の人数はあわせて約300人。減少の一途をたどっているという。

この仕事のポイント
やりがい お座敷で、芸はもちろん、酒席での会話や気配りなど、自らの技量で客の期待に応えること
就く方法 中学卒業後、「置屋」と呼ばれる事務所兼下宿所に所属。昼は舞や長唄、お囃子、茶道などの稽古、夜はお座敷という5、6年の修業期間を終了後に芸妓に
必要な適性・能力 ・持って生まれた容姿や素養
・素直さや前向きさ、謙虚さなど、教える側をその気にさせる“教えられ上手”の要素
収入 舞妓は芸妓になるための見習いの身分であり、基本的に給料などの収入はない。ただし、舞妓の生活にかかる費用のすべては、衣装代や稽古代なども含め、置屋が負担。月に1万円~2万円程度のお小遣いが与えられる

 


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